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2013年7月 2日 (火)
Shafir, E., Simonson, I., Tversky, A. (1993) Reason-based choice. Cognition, 49, 11-36.
Tversky先生晩年の論文。選択の文脈効果に関連してよく引用される、かなり有名な論文だと思う。仕事の都合でめくった。まっさか、いまになってCognitionの論文を読む羽目になるとは。。。
あらすじはこんな感じ。
選択の際、葛藤の解決のために人は「自分の選択を正当化する理由」を求める。この観点からいろんなことが説明できる。
- 等価値な選択肢のあいだの選択。被験者自身が等価値だと答えた2つの選択肢を示し、どちらかを無理やり選ばせると、被験者は自分が重要だと答えた属性において価値が高い選択肢を選ぶ。理由の正当化に役立つから。(Slovic, 1975, JEP:HPP)
- 選択とリジェクトのちがい。被験者に「どちらかを選ぶ」課題を与えると、被験者は自分が選択する選択肢を選択する理由を得るべく、ポジティブな属性を重視する。いっぽう、同じ課題が「どちらかをリジェクトする」課題として提示されると、被験者は自分がリジェクトする選択肢をリジェクトする理由を得るべく、ネガティブな属性を重視する。たとえば、離婚後の養育権を巡るふた親の間の裁判を想定させ、「収入も健康も労働時間も子どもとの関係も社会的安定性も平均レベル」の親と、「収入は平均以上、子どもとの関係は密接、社会的にはすごくアクティブ、出張多し、健康に難あり」の親と、どっちに勝たせるべきでしょうか? と尋ねると、後者の選択率が高い。しかし、どっちを負けさせるべきでしょうか? と尋ねても、やっぱり後者の選択率が高い。(Shafir, 1993, Cog. Psy.)
- 選択肢の探索を打ち切るかどうか。たとえば、ある対象者群(葛藤条件)には「月額290ドル、キャンパスから25分」のアパートと「月額250ドル、キャンパスから7分」のアパートを提示し、どちらか選びなさい、あるいは別の選択肢を出してやってもいいけどこの二つのアパートはなくなっちゃうかもよ、と教示する。別の対象者群(優越条件)にも同じように教示するんだけど、選択肢は「月額290ドル、キャンパスから25分」と「月額330ドル、キャンパスから25分」のふたつ。主観効用の最大化という観点からいえば、手元の選択肢の効用が期待を上回ったときにのみ探索が打ち切られるわけだから、葛藤条件のほうが探索が打ち切られやすいはずだ。しかし実際には、優越条件のほうが探索が打ち切られやすい。選択の理由を提供しているからである。(Tversky & Shafir, 1995, Psy. Sci.)
- 非対称支配効果(いわゆる魅力効果のことだろう)。「CDプレイヤーを買いにお店に行ったら本日限りのセール中。以下の選択肢のどれを選ぶ?」という課題で、「ソニーを割引価格で」「別のを探す」から選択させると、66%, 34%。「ソニーを割引価格で」「アイワの最高級品を割引価格で」「別のを探す」から選択させると、27%, 27%, 46%。「ソニーを割引価格で」「アイワのぱっとしないのを通常価格で」「別のを探す」から選択させると、73%, 3%, 24%。理屈からいえば、ソニーを買うか別のを探すかはアイワと関係なく決まるはずなのに(IIA仮定)、ここでは劣ったアイワがソニーの魅力を増大させている。著者ら曰く、これも選択の正当化の理由探しのせいである。なお、アイワの提示が「別のを探す」が成功する見込みについての情報を与えているんだ、という反論もありうるが、反証がある(パイロットのペンかゼブラのペンか金か選べ、ってやつ。以上、Tversky & Shafir, 1995, Psy. Sci. )。
- よく似た例で、"tradeoff contrast"と"extremeness aversion"。前者の例としては、電気製品のカタログにすごく高いのを載せたら既存の選択肢が売れるようになって... という例が挙げられている(妥協効果と呼ばれることが多いと思うんだけど。Simonson & Tversky, 1992. J. Marketing Res.)。後者の例は省略するけど、出典はSimonson(1989, J. Consumer Res.)。
- 分離効果(disjunction effect)。「あなたは試験が終わってくたびれています。試験の結果、{あなたは受かってました/落ちてました/まだわかりません}。落ちてる人はクリスマス休暇後に再試験です。さて、クリスマス休暇に格安のハワイ旅行パッケージがあります。申し込みは明日まで」 選択肢は、買う、買わない、5ドル払ってちょっと待ってもらう、の三択。選択率は、合否を伝える条件では買う人が50%強。ところが「合否はまだわかりません」条件だと32%に減る。合否がわかっていればなんであれ理由付けしやすいからである。(この課題、知らなかった。他にも事例がいくつか紹介されている。出典はTversky & Shafir, 1995, Psych. Sci.; Shafir & Tversky, 1992, Cog.Psy.)
- 無価値な属性の効果。UCBの学生に質問紙調査するんだけど、「予算削減の都合で、二人で一部の回答用紙を共有してもらいます」と教示し(よくもまあヌケヌケとそういう嘘八百を...)、見知らぬ他の学生の回答が手書きで書き込まれた用紙を渡す。設問は「MBAコースはノースウェスタンとUCLAのどちらにしますか?」 書いてあった回答が「ノースウェスタンにします、シカゴに親戚がいっぱいいるので」だと、理由なしに「ノースウェスタン」と書いてあった場合と比べてノースウェスタンの選択率が落ちる。(これも知らなかった。面白い! Simonson, Nowlis, & Simonson, 1993, J. Consumer Psy. よく似た実験として、Simonson, Carmon, O'Curry, 1994, Marketing Sci. 「私にとってはどうでもいいわ」という販促は逆効果なわけだ)。
最後の考察で面白かった話。実験から得た知見を説明する際に「理由」に頼る、というのは社会心理学者の十八番だ。不協和理論をみよ、自己知覚理論をみよ、帰属理論をみよ。でもそれらが注目しているのは決定のあとの合理化であり、彼らは決定が思考に及ぼす影響を調べているのである。いっぽう我々は、決定の前の葛藤に注目し、思考に登場する理由づけが決定に及ぼす影響について考えている。こういうアプローチもこれまでなかったわけじゃなくて、社会心理学ではBilligという人、決定研究ではPennington & Hastie、そして哲学では倫理推論における論拠についてのトゥールミンの研究が挙げられる... とのこと。
時間をかけて熟考して選択しているにもかかわらず、自分の選択理由や選択時重視点について消費者がうまく回答できないという現象は珍しくないと思う。あれはいったいなんだろうか、というのが、わざわざこんな論文を読んだいきさつであった。この論文の線でいくと、理由について語る人と語れない人では選択のメカニズムが異なるということになるかしらん(どちらの選択が合理的かは別にして)。でも、選択時の葛藤解決のために選択を正当化する理由を探すということと、その理由を言語化できるということは、またちょっとちがう問題かもしれない...
5年ほど前に講義の準備で調べたときにも思ったんだけど、選択の文脈効果をめぐる議論には似た概念を指すことばがいっばい出てきて困る。たぶん、現象のカテゴリの名前(「妥協効果」とか)と説明原理の名前(「極端の回避」とか)がごっちゃになってしまっているからだろう。不幸なことだ。
この論文のようにあれもこれも全部 reason-based choiceで説明しちゃうという考え方は、どのくらい支持されているんだろうか。うろ覚えだけど、たしか妥協効果をめぐっては対抗する説明がいくつもあったと思う。
ネットのあっちこっちに落ちているPDFのひとつで読んでたんだけど、OCRでつくったものらしく、文字や図があちこち化けていて参った。いくら探してもそういうPDFしか見当たらない。なんでこんなファイルが流通しちゃうんだろうか。
論文:心理 - 読了: Shafir, Simonson, & Tversky (1993) 理由に基づく選択