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2014年12月10日 (水)
Meade, N., Islam, T. (2006) Modelling and forecasting the diffusion of innovation - A 25-year review. International Journal of Forecasting, 22, 519-545.
ちょっときっかけがあって目を通した。
以前から、マーケティングに関して豊富な経験を自負する方々の新製品・新技術普及についての捉え方が、控えめに申し上げてもかなりナイーブであるような気がしていて、正直なところ少しげんなりしていたのである。消費者のうちイノベータは3%だといわれている、とか。最近新製品が売れないのはイノベータが減っているからだろう、困ったものだ、とか。これは別にマーケティングに限ったことではなくて、さまざまな統計的現象のなかでも、個体間異質性を伴う経時的現象は「経験に基づく直感が無力をさらす」難題のひとつだ、ということではないかと思う。学力発達とちょっと似ている。
床屋談義に引き摺り込まれないように、たまにはまともな議論に触れておきたいものだ、と思って手に取った次第。幸か不幸か、イノベーション普及は歴史の古い分野で、新製品と新技術の両方で、実証研究がそれはもう山のようにある。
まずは研究小史。新製品受容に話を絞る。
横軸に時間を、縦軸に新製品なり新技術なりの累積受容率をとると、累積正規分布曲線のようなS字型の単調増加曲線が描ける。これを時期ごとの増分に落とせば釣鐘型の曲線が描ける。有名なロジャーズのイノベーション普及曲線である。こういう発想は少なくともFort & Woodlock(1960) まで遡れるらしい。
この曲線をどうモデル化するか。主要モデルは60年代にほぼ出揃っている: Bass(Bass, 1969), 累積対数正規(Bain, 1963), 累積正規(Rogers, 1962), ゴンペルツ(Gregg, Hassel, Richardson, 1964), 時間の逆数の定数倍の指数(McCarthy & Ryan, 1976), ロジスティック(Gregg et al, 1964; 修正版が多数ある), 時間の定数倍の指数の一次変換(Fourt-Woodlockモデルは結局のところこれだそうな)、ワイブル(これは新しくて、Sharif & Islam, 1980)。
70年代はモデルの修正の季節であった。マーケティング変数の導入(Robinson & Lakhani, 1975), 異なる国・普及段階への一般化(Gatignon, et al, 1989), 技術の新世代ごとの普及(Noron & Bass, 1987)。いずれも予測というより過去の説明が主眼であった。
80年代以降はレビューがいっぱい出た。メモしておくと:
- Meade(1984 J.Forecasting): 予測という観点からは以下の点が重要である。(1)モデルの妥当性。(2)統計的妥当性。(3)予測能力と妥当性をなにかの指標で表現できること。
- Mahajan & Peterson(1985 書籍)
- Mahajan, Muller, & Bass (1990 J.Mktg; 1993 Chap.): これからのアジェンダは(1)個人レベルでの理解, (2)ハザードモデルでマーケティング・ミクス変数を取り込む、(3)供給・流通上の制約の研究, (4)製品のtake-offのモデリング, (5)他の売上予測モデルとの実証的比較
- Baptista(1999 Int.J.Industrial Org.): 知識転移における企業間のネットワークと地理的関係の役割を示した
- Mahajan, Muller & Wind (2000 書籍, 2000 Chap.)
- Meade & Islam (2001 Armstrong本)
以下、4つのテーマに分けて論じる。
テーマ1. 単一市場における単一イノベーションの普及。
そもそも、なぜ累積普及曲線はS字型になるのか。二つの仮説がある。
- 集団のダイナミクスによる説明。たとえばBassモデル。Bassさんは個人の需要がイノベーションと模倣のふたつに影響されると考えた。時点$t$における受容者の割合を$F(t)$として、潜在的受容者がこの時点に受容する確率は$(p + qF(t))$。pがイノベーション、qが模倣を表し、$(q/p)>1$のときにS字曲線となる。
- 集団の異質性による説明。つまり、個人が受容閾値を持っているんだけどそこに個人差がある、という説明である。このアイデアの始まりはRogers(1962)。有名な、イノベータは2.5%, アーリー・アダプター13.5%, アーリー・マジョリティ34%, レイト・マジョリティ34%, ラガード16%、というのがそれだ(この割合は正規分布をSDで刻んだ値にすぎない。ロジャーズさんも罪深いですよね)。しかし、受容性が所得によって異なるという指摘は Duesenberry (1949)まで遡るし (相対所得仮説!うわあ...ここで出てくるとは)、所得が正規分布に従うことから受容曲線のS字型を説明しようという路線は以後綿々と続いている。
Van den Bulte & Stermersch (2004, Mktg.Sci.)のメタ分析では、Bassモデルの$q/p$が国の個人主義的特性と負の相関、集団主義的特性と正の相関、権力格差と正の相関、男性性と正の相関、不確実性回避傾向と負の相関を示した。伝染ダイナミクスによる説明と整合する。いっぽう$q/p$は所得のジニ係数とも正の相関を示しており、これは所得の異質性による説明とも整合する。面白いなあ。なお、Rogersは95年の第四版で、受容閾値の分布に不連続性があるような場合、財によってはクリティカル・マスにリーチしないと普及が始まらない、という説明をしているそうで、ダイナミクスを全然考えていないわけではないらしい。
年収などの社会経済変数の分布データを使って普及を予測するという路線や、異質性に特定の確率分布を仮定したミクロ-モデリングの提案もある(分布パラメータを変えて集団のBassモデル的挙動を再現するわけだ)。ミクロレベルでの異質性を消費者の空間分布で説明しちゃうモデルもある。
以下、テーマ1に属する7つのトピックを紹介。やばい、軽い気持ちで読みだしたが、これガチの網羅的レビューだ...
トピック1. 説明変数の導入。価格や広告を入れたモデルをつくれば価格・広告戦略の最適化に使えるじゃん、というわけである。
典型的には、説明変数を(a)市場ポテンシャル(飽和レベル)の項に入れるか、(b)受容確率なりハザード関数なりにいれるか、(c)両方にいれるか、である。(a)の例は山のようにある。(b)としては、たとえばBassモデルに価格$P(t)$を入れて、ハザードを
$h(t) = (\beta_0 + \beta_1 F(t)) exp(-\beta_2 P(t))$
とするとか。この路線のさらなる拡張も山ほどある。(c)の例としてはKamakura & Balasubramanian (1988)の... 名前の長さだけでお腹一杯なので省略するけど、この路線も何本かあって... さあ真打ち登場です。Bass, Krishman, & Jain (1994)の一般化Bassモデルは
$h(t) = (p + q F(t)) x(t)$
ここで$x(t)$は「現在のマーケティング努力」で、$A(t)$を広告, $P(t)$を価格として
$x(t) = 1 + \beta_1 \frac{\partial P(t)}{\partial t} + \beta_2 max(0, \frac{\partial A(t)}{\partial t})$
なるほどね、うまいものだ。
なお、こうやって説明変数を入れることで予測が向上するかというと、案外そうでもない、という研究もある由。
トピック2. モデル推定をめぐる諸問題。非線形モデルだから、いろいろ大変なのである。
Bassモデルの推定に絞っていえば、オリジナルではOLS推定であった。これが不安定だというのでML推定が提案され、いやパラメータのSEが過小評価されているというのでNLS推定が提案された。どっちがいいとか悪いとか、いろいろ研究がある由。さらに、誤差分散の不均質性を考慮するとか、遺伝的アルゴリズムによるNLSとか... まぁとにかく!OLSが良くないことは確実で、現在はNLSが主流だが、MLも捨てがたい、とのこと。なお、パラメータが時間変動するんじゃないかというので開き直ってカルマンフィルタを使うという提案や、ランダム係数にしてシミュレーテッド・アニーリングを使うという提案もある由。
現実場面を考えると、累積受容率の時系列がまだすごく短かったり、全然なかったりする段階で普及を予測したいわけである。方法としては、まず時期を短くとって(年次じゃなくて四半期とか)季節調整するという手がある。他の普及曲線と一緒に階層ベイズモデルという手もある(単一曲線のML推定による予測より精度が良いという話もある)。云々。
(面倒になってきたのでこの辺から駆け足に)
トピック3. 制約付きの普及のモデル化。たとえばUSの携帯電話の普及には、基地局が足りなかったりサービス地域拡大が遅れたりといった制約があったのだそうだ。こういう制約はビジネス戦略として用いられている面もある。というわけで、モデル化の提案がいくつかある由。
トピック4. 普及と買い替えのモデル化。初回購買と買い替えを区別して観察できない場合もあるので、モデルで分解するという話。横断データなのに態度変数などで無理やり区別している例もある。世帯にテレビが複数台ある状況下でのテレビの新製品普及、なんていうモデルもあるそうだ...
トピック5. 複数のサブカテゴリでの普及のモデル化。たとえばiPhoneとandroidの両方で新技術製品が出るとか、正規品と非正規品で新製品が普及するとか。これも結構研究がある模様。よくやるなあ。
トピック6. モデル選択と将来予測。こうやって頑張って組んだモデルは、季節調整つき線形トレンドモデルみたいな時系列モデルよりも正確だ、と思うでしょう? ところがこれにも諸説あってだね... という話。扱っているデータセットが等質であれば、それらに合った良いモデルをひとつ選ぶことができるんだけど、いろんなデータセットを扱っている場面では、良い予測モデルなんて選べないんだそうだ。
普及予測に際しては予測区間を示すのが大事。ブートストラップ、カルマンフィルタ、ベイジアンアプローチによる手法も提案されている。
トピック7. 応用。マーケティングでは、上市前予測、製品ライフサイクルに基づく戦略決定支援、市場参入タイミングの最適化、といったところ。技術研究ではテレコムが最大分野だそうだ。ほかにもいろいろ挙げられているけど、省略。
(時間が無くなってきたのでどんどんおおざっぱに)
テーマ2. 複数の国における普及。Bassモデルにリード・ラグをいれた研究が多い。パラメータp, qを国の特性の関数にするという路線もある。イノベーション係数を、ロジャース的な意味での生得的イノベーション性とメンバー間のコミュニケーションに分解したモデルもある。潜在変数をかまして国のセグメントを作った研究もある(Helsen, Jedidi, DeSarbo, 1993, J.Mktg. うわぁ、急に仕事と直結する話になってきた...読まなきゃ...)。
推定面でのモデル比較もあって、Bassモデルよりゴンペルツモデルのほうが良いという話が合ったり、階層ベイズモデルを使うという話もあったりする(そりゃあるだろうなあ...
Talukdar, Sudhir, Ainslie, 2002, Mktg.Sci.; Desiraju, Nair, Chintagunta, 2004, IJMR)。
テーマ3. 技術の複数の世代を通じた普及。たとえば携帯とか、PCとか。Norton & Bass (1987)がBassモデルを修正したモデルを提案している。これまた、後続が山ほどある模様。世代間の競合を考える奴もある。全然違う方角から、技術ライフサイクルのモデルを使う提案もある。
説明変数を入れる提案も山ほどあって... 云々。よくやるよ。全然違う方角から、アップグレードに対する顧客の効用関数を考えるという路線もある。
テーマ4. マルチ・テクノロジー・モデル。これは著者らの研究の紹介で、ごく短い。ある国における、たとえばファックスの普及と携帯電話の普及の関連性を説明するモデルを組み、これを他の国に適用する、というような話。
今後の研究の方向性。
- データがほとんどないときの新製品普及予測。データが溜まってきた現在では有望な領域だ。メタ分析とか、イノベーションと模倣の尺度化とか。
- 多国間モデルによる予測。グローバルのテレコムサービスが発展している現在では重要な課題だ(なるほど)。
- 多世代モデルによる予測。
やれやれ、終わった... 予想外に網羅的・包括的なレビューであった。さらに、予想を超えて研究の蓄積がある分野だとわかった。なめてました、すいません。
論文:マーケティング - 読了:Meade & Islam (2006) イノベーション普及研究レビュー