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2016年3月25日 (金)
佐藤舞, ポール・ベーコン (2015) 世論という神話: 日本はなぜ、死刑を存置するのか. The Death Penalty Project.
死刑について内閣府調査の追っかけ調査をやった研究者がいるという話を新聞で読んで、検索してみつけたもの。いま考えている件に関係するかと思って読んでみた(関係なかったけど)。第一著者は英国在住の社会学者の方。
死刑廃止運動の団体が出したパンフレットのようなものなので、話の方向性は目に見えているのだけれど、方法論が面白そうなので目を通した。著者らの立場としては、死刑の存廃を世論で決めるべしと主張したいわけじゃないんだけど、現に日本政府は世論による死刑支持に死刑存置の論拠をおいているわけだから、その論拠をアタックします、という内容である。
分析するデータは:
- 内閣府の世論調査。2014年まで5回、死刑存置の支持を同じ設問で訊いている。さらに、(設問は違うらしいが)1967年に死刑についていろいろ訊いており、いきさつはよくわからないそうなのだが、なんと個票が公開されている由。
- 「ミラー調査」。2014年の内閣府世論調査の3ヶ月後にそっくり同じ調査をやった。さすがに本家と同じ個別面接というわけにはいかなかったが、郵送留置でやった由。実査は新情報センター。
- 審議型意識調査。パネルから都内在住者135名を集めて2日間拘束[←まじか。お金あるなあ...] 。専門家をいれたセッションをやったり、グループディスカッションやったり。実査は日本リサーチセンターさん。なお、カメラをいれてドキュメンタリー映画をつくった由。
面白かったところのみメモ。
- 2014年のミラー調査で、「死刑もやむを得ない」は83%(本家は80%)。さらに死刑はあったほうがいいかどうか5件法で訊いたら、TB(死刑は絶対にあったほうがよい)は27%。著者ら曰く、これは死刑存置派が実は少数派であることを示している由。[うううむ... 仰りたいことはわかるけど... ある主張への支持を問う5件法設問のTBが3割であることを根拠に、その主張への支持者を「少数派」と呼ぶならば、たいていの社会的主張の支持者は少数派だということにならないか?]
- 存置派のうち、仮に死刑が廃止されたら「政府の決めたことなら不満だが仕方がない」が71%。著者ら曰く、このように、政府が政府廃止に向かえば実現は難しくない。[うううむ... これもなかなか厳しい論点だ。日本で調査したら、それがどんな政策であれ、「政府の決めたことなら不満だが仕方がない」 は7割くらい行っちゃうんじゃないかしらん]
- 67年個票を使って、死刑に対する態度を予測する重回帰をやったそうだ。効いた変数は、死刑に犯罪抑止の効果があるという考え(→存置)と、反省が大事だという考え(→廃止)。更生可能性を信じるかどうかは変数として効かない。[←面白い!]
- 死刑についての知識と態度の関係は単純じゃなくて、たとえば袴田事件について知っている人は廃止派のほうが多い。死刑の犯罪抑止効果について、廃止派はないと考え存置派はあると考えている(著者曰く、どっちも誤り。正解は「わからない」)。要するにこれは確証バイアスじゃないかとのこと。
- 審議型意識調査による事前-事後の態度変容は少なく、どっちの方向が多いともいえない。どっちの立場の人も相手の意見にかなり理解を示している。[←これも面白いっすね。想像するに、ある人の死刑への態度は合理的思考を通じて形成されているというより、もっとドロドロした基層に根ざしているのではないだろうか]
うーむ...調査データの集計値の絶対的な大きさでなにかを主張することの難しさを痛感した次第だが、そもそも「国民の8割以上が死刑を支持している」から死刑は廃止できないという日本政府の主張を掘り崩すことが目的なので、これで筋は通っているのだろう。むしろ、死刑のような問題に対する態度がどのように形成されているかに関心があるのだが、そっちは論文を探して読まないといけない模様。
というわけで、著者の方々のご趣旨とは違うところに目を引かれているような気もするけど、興味深い文章であった。
論文:調査方法論 - 読了:佐藤 & ベーコン (2015) 世論という神話