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2017年8月21日 (月)
たまたま見つけた面白そうな論文。仕事が押している折りも折り、夕方のお茶菓子代わりに読んだ。なにやってんだか。
キャッチーなタイトルもさることながら("The Heart Trumps the Head", もちろん米大統領の名と掛けている)、基礎心理学分野の最高峰誌にして重厚長大な論文が多いJEP:Generalに、こういうショート・リポートが載るのね、という驚きがある。
Tappin, B.M., van der Leer, L., McKay, R.T. (2017) The heart trumps the head: Desirability bias in political belief revision. Journal of Experimental Psychology: General. Advance online publication.
いわく。
信念に新情報を統合するやりかたについて2つの仮説がある。
- 望ましさバイアス。人は自分から見て望ましい情報を重んじる。
- 確証バイアス。人は自分の信念を確認する情報を重んじる。
このふたつの分離はふつう難しい。信念を確証する情報は望ましい情報でもあることが多いからだ。本研究では、政治的信念の更新という文脈で分離を試みます。舞台は2016年米大統領選。自分の支持とは別の問題として、きっとクリントンが勝つだろうと思っていた人が多かった。望ましさバイアスと確証バイアスが分離できる好例である。
手法。
事前登録研究です。対象者はAmazon Mechanical Turkで集めた米居住者900名。フィラー課題で一部除外し、結局811名を分析する。
手順は以下の通り。
- スクリーニング質問:
- a. 誰が勝つのが望ましいか:{トランプ、クリントン、どちらも望ましくない}
- b. どちらが勝つと思うか:クリントン(0点)-トランプ(100点)の両極スライダーで回答
- aで「どちらも望ましくない」と答えた人、bでちょうど真ん中に回答した人は対象者から除外する。通過者は次の通り。<望ましい候補者-勝つであろう候補者>の順に、
- <トランプ-トランプ>127人
- <クリントン-クリントン>279人
- <クリントン-トランプ>91人
- <トランプ-クリントン>314人
- フィラー課題。
- 証拠提示。全国世論調査の結果を読ませる。{クリントン有利, トランプ有利}の2条件。
- またフィラー課題。
- 本課題。上記b.を再聴取する。
というわけで、2(望ましい候補者)x2(勝つであろう候補者)x2(証拠提示)の被験者間8セルができるわけだが、以下では候補者名は潰して2x2デザインとして捉える。つまり、(事前信念と証拠の{一致/不一致}) x (事前信念と望ましさの{一致/不一致})。
設問b.(1回目, 2回目)の回答を、50点から事前信念方向へのずれとしてスコア化したのち、証拠方向への差を正として1回目と2回目の差をとり、これを信念更新スコアとする。[たとえば1回目の回答が80点, 提示された証拠は「クリントン有利」、2回目の回答が70点だったら、信念更新スコアは+10、ということであろう]
結果。
信念更新スコアの平均は以下の通り。
- 自分の予測に一致する証拠を提示した場合: 望ましくない候補者+3.74, 望ましい候補者+10.55
- 自分の予測に反する証拠を提示した場合: 望ましくない候補者-0.95, 望ましい候補者+1.34
1回目スコアを共変量にいれたANCOVAだと、望ましさの主効果は有意、確証の主効果もいちおう有意、交互作用も有意で、望ましさバイアスは確証時に高い。
スコアの分布が歪んでいるので、それを考慮してあれこれ分析すると[すいませんちゃんと読んでません]、望ましさバイアスはロバストだが、確証バイアスはそうでもない由。
政治的に右の人のほうが望ましさバイアスが強いんじゃないかという仮説があるが、そちらは支持できなかったとかなんとか。[ちゃんと読んでない]
考察。
望ましさバイアスはロバスト。確証バイアスは限定的。
本研究からの示唆:
- 先行研究で示されてきた信念の極化は、先行信念それ自体による効果というよりは欲求の効果ではないのか。
- 先行研究は態度の更新に注目していたが、本研究は政治的リアリティについての信念に注目した。そこでも願望によるバイアスがあるということがわかった。
云々。
なるほどねえ... 興味本位でめくったんだけど、仕事とも案外関係がある話であった。
予測研究の文脈ではcitizen forecastという言葉があって、たとえば選挙予測で、あなたは誰に投票しますかと聞くより、あなたは誰が勝つと思いますかと聞いたほうが、集計結果の予測性能が良いという話がある。いっぽうこの研究はcitizen forecastにおける強い望ましさバイアスを示していることになる。
citizen forecastに限らず、未来の事象について集合知による予測を試みる際には、予測対象について強い事前信念を持っている人を外すより、強い願望を持っている人を外したほうがいいのかもしれない。
論文:心理 - 読了:Tappin, et al.(2017) 確証バイアスと望ましさバイアス、どちらが深刻か?(あるいは:トランプ勝利を予測できなかったのは頭のせいかハートのせいか?)