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2017年9月17日 (日)
Kappes, H.B., Morewege, C.K. (2016) Mental simulation as substitute for experience. Social and Personality Psychology Compass, 2016, 1-16.
社会心理学分野でのメンタル・シミュレーション研究レビュー。仕事の役に立つかと思って読んだ。
聞いたことない誌名だし、webをみてもIFが書いてないし、不安だったんだけど、2007年発刊のオンライン・ジャーナルなのだそうだ。ScimagoというScopusがやってるランキングでは社会心理で27位だったので、じゃあ目を通してみるか、と。
Taylor et al. (1998 Am.Psy.)いわく、メンタル・シミュレーションとは一連の事象のimitative なエピソード表象である。それはふつう特定の事象(現実かどうかは別にして)の詳細な心的表象を含む。
メンタル・シミュレーションに関わる神経システムと概念システムは、シミュレート対象の行動に関与する知覚運動システムと重なっている。[イメージング研究とかをいくつか引用...] メンタル・シミュレーションは経験の代替物として働くことがあると思われる。
代替効果について。
これは人間の資源が有限だという認識に由来する概念である。経済学とかマーケティングとかだと、複数の選択肢に対する時間なり金銭なりの支出は負の関連を持つことがある。これが代替効果。目標志向的行為はモチベーショナルな特性を持っているから代替効果が生じる。[...しばらく社会心理系の研究の引用が続き...]
行為じゃなくてメンタル・シミュレーションでも代替効果が起きる。以下では4つのカテゴリ(網羅的じゃないけど)にわけてレビュー。
A) 物理的エビデンスの代替をシミュレーションが提供する
事象のシミュレーションが価値を持つ:
- Carroll(1978 JESP): 1976年大統領選で、カーターが勝つと想像させるとその後のカーター勝率予測が上がった。スポーツでも同様の結果。
- Anderson(1983 JPSP): 献血とか休暇取得とかを想像させると自分がそうするという見込みが上がった
- Shearer, et al.(2007 J.Sports Sci. Med.): チームの成績が良い場面を想像させるとチームの能力を高く見積もるようになった
シミュレーションで期待が変わる(cf.期待-価値モデル):
- Morewedge & Buechel (2013 Emotion): 成功したときの価値は高いが成功できるかどうかが不明なとき、人は成功をシミュレーションする
- Hall(2001 Chap.), Murphy, Nordin & Cummig (2006 Chap.): 能力あるアスリートはシミュレーションによってモチベーションと確信を得る
- Stachi & Crisp (2008 JESP), Truner, Crisp & Lambert(2007 Group Proc. Intergroup Rel.): 外集団との相互作用の成功を想像すると実際に相互作用しようという意向が高まる
- Gregory et al.(1982 JPSP): ケーブルテレビを見るのを想像すると契約したくなり、実際に契約しやすくなる [←まじか、82年の段階でこんなのがあるのか...考えてみると、Sharmanの質問-行動効果の実験が80年のJPSPだ。ルーツは共通しているのかも]
シミュレーションが期待に影響するのは利用可能性を高めるからだと考えられてきた。でもそれだけではない。
一般に人は、自分が行為者であるときよりも観察者であるとき、行為の原因を傾性に帰属しやすい。これがシミュレーションにもあてはまる。Libby & Eibach(2011 Adv.ESP), Libby, Shaeffer, Eiback, & Slemmer (2007 Psych.Sci.), Vasques & Bueler(2007 PSPB). [←なるほどね...シミュレートされた行為の原因を自分の傾性に帰属するって訳か。面白い説明だ]
B) 物理的練習(practice)の代替をシミュレーションが提供する
[本項、いま関心ないのでかなり端折る]
この現象はimaginary practice, covert rehearsal, symbolic rehearsal, introspective rehearsalなどと呼ばれている。
認知課題や運動課題でスキルが必要な奴にメンタル・シミュレーションが良く効く。このタイプの研究はいっぱいあってメタ分析まである。とはいえメンタル・シミュレーションだけだとあんまり効かず、実際の練習との併用が必要。
なぜ効くのか。2説ある。(1)複雑な行為の表象的枠組みが作られたり再構築されたりして、行為の単位のチャンキングと関連づけが起き、計画が促進されるから。(2)実際と同じ視覚・筋運動プログラムが活性化されるから。最近の研究は(1)を支持。
C) 実際の消費の代替をシミュレーションが提供する
[ここは関心があるので丁寧にメモると...]
食刺激に関連する感覚手がかりを想像すると、実際に接触したときと類似したsensitizationが生じる(初回接触における刺激への反応性が増す):
- Krishna, Morrin, & Sayin (2014 JCR): 食べ物の匂いを想像すると想像した消費が実際に増える
- Huh, Vosgerau, & Morewedge (2016 JMR): 食物の消費を想像すると消費が増え支払意思額があがる
- Djordjevic et al.(2004 Exp.Brain.Res.): 匂いの想像が味覚に影響する
- Djordjevic et al.(2005 NeuroImage), Simmons, Martin & Barsalou(2005): 匂いの想像が実際の匂いを嗅いだ時と同じ脳活動を引き起こす
実際の刺激への繰り返し接触が引き起こすhabituation(モチベーショナルな反応が減ること)やsatiation(ヘドニックな反応が減ること)が、刺激接触の想像でも起きる:
- Morewedge, Huh, & Vosgerau (2010 Sci.) 大量のチョコを食べる場面を想像するとそのあとのチョコの消費が減る。この抑制はチョコ同士の間でないと起きない。また大量のチョコをボールからボールに移すのを想像しても減らない。[←キャッチーな実験だなあ]
食経験のメンタル・シミュレーションは自発的に起きる:
- Tucker & Ellis(1998 JEP:H): カップの取っ手を見るだけでつかむ動作が想像される
自発的シミュレーションが実際の行為を促進する:
- Elder & Krishna(2012 JCR), Krishna & Sckwarz (2014 J.Cons.Psysh.): 利き手向きにフォークが刺してあるケーキは魅力的
- Larson, Redden, Elder (2013 J.Cons.Psysh.): 多くの食べ物の選択肢のなかから選ばせると食欲が減る。つまり自発的シミュレーションがもたらすのは流暢性だけではない。
背後のプロセスについて直接示した研究はないけれど、記憶における心的表象が、初期状態→活性化→減衰→初期状態と移行しているからだろう。cf. Epstein et al.(2009 Psych.Rev.)。
D) 実際の達成の代替をシミュレーションが提供する
未来を想像することで満足の先延ばしを可能にしその場の行為を抑制するのは、実際にその場で満足を手に入れようとするのがまずい場合には有益だけど、達成の代替物になっちゃって目標追求を阻害することもある。
- Kappes & Oettingen(2011 JESP): ポジティブなファンタジーを書くとその後でネガティブな目にあったり時間管理がうまくいかなくなったりする
- Spencer & Norem (1996 PSPB): ダーツ投げの前に、自分が熟達していると想像すると、防衛的な悲観主義者や戦略的な楽観主義者は成績が悪くなる
- Kappes, Oettingen, & Mayer(2012 Euro.JSP), Oettingen & Mayer(2002 JPSP), Oettingen & Wadeen(1991 Cog.Therapy Res.): ダイエット、新しい人間関係の開始、進級について、成功をイメージしている人が多い群のほうが成績が悪い
背後のプロセスは2つある。(1)想像上の成功が現実とごっちゃになっちゃって努力しなくなるから。(2)想像上の成功がプランニングを阻害するから。
統合
このように、メンタル・シミュレーションは経験の代替となり、さまざまな代替効果を引き起こす。
- 今後の課題として、代替効果の持続性の問題がある。
- メンタル・シミュレーションによる代替効果は、経済学でいう古典的な代替効果にだいたい従っている。少なくともB,C,Dはそう。Aの場合は、想像されたエビデンスが物理的エビデンスを単に補足するのではなく、物理的エビデンスの探索を阻害するのだと考えればそうなんだけど、これは直接的な証拠がない。
- これまでの研究では、上述のメンタル・シミュレーション効果の基盤にある過程をばらばらに扱ってきた。でもたぶんプロセスは共通している。違うところを調べるのも大事。おそらく、認知のレベルでは、記憶とプランニングのプロセスが共通点で、モチベーションと目標追求への影響が違う点なのであろう。
- 実務的な問題として... 人々はたいてい、成功を想像するとモチベーションが上がると思っている。ベストセラー「ザ・シークレット」をみよ、そんな話ばっかしだ。でもむしろ目標追求のサボタージュに繋がる場合もあるわけだ。
- メンタル・シミュレーションの効果は代替効果だけではないことに注意。行為の学習という側面もある。
- 行動変容研究の文脈でいうと、シミュレーションは回避行動への関与を高めるツールとして使われることが多く、ある行動を減少させようという場合には思考抑制に頼ることが多い。禁煙のためにたばこの心的イメージを壊す課題をやるとか。でも行動変容ってのはもっと複雑な問題で、むしろ望ましくない行為をシミュレートさせた方がいいのかも。
云々、云々...
...オンライン・ジャーナルと思って正直なめてましたが、きちんとしたレビューであった。疲れた。
読んでいる途中で気がついたんだけど... メンタル・シミュレーションって、なんとなく技能学習の文脈のなかで捉えていたのだが(この辺は伝統的な心理学の体系に知らないうちに縛られているのかも知れない)、質問紙調査法の研究でいうところの質問-行動効果とか、いま流行の身体化認知とか、いろんな問題の基盤として考えることができる。
調査手法研究の文脈でいうと、メンタル・シミュレーションは回答時課題であって調査者にとってポジティブなもの、質問-行動効果は回答行動がもたらす予期せざる影響であって調査者にとってネガティブなもの、身体化認知は意外な回答方略でありポジティブともネガティブといえない... という漠然とした思い込みがあったけれど、著者らが最後に述べているように、認知的プロセスはかなり共通しているのだろう。
なんだかなあ。面白そうでいやになるなあ。
もう一点、面白かったのは、こういうレビューはべつに網羅的でなくていいんだな、ということ。
率直にいって、著者らが選んだ4つのテーマがメンタル・シミュレーションの研究史をどこまで包括しているのかわからないし、なぜこの4つを選んだのかという点にも、ちょっと恣意的な感じを受ける。でも、いいんだなあ、これで。4つのテーマを統合して、あるビジョンを示したわけだから。
論文:心理 - 読了:Kappes & Morewedge (2016) メンタル・シミュレーションが引き起こす代替効果レビュー