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2017年9月21日 (木)
柘植隆弘(2014) 「表明選好法と熟議型貨幣評価」. 坂井(編)「メカニズムデザインと意思決定のフロンティア」, 慶應義塾大学出版会.
日本語の本の1章で、そんなに長いものでもないんだけど、慣れない分野なのでメモをとりながら読んだ。
環境経済学ではさまざまな環境評価手法(環境の価値の経済的評価)が開発されている。次の2つに分けられる。
その1、顕示選好法。人々の行動によって評価する。代替法、トラベルコスト法、ヘドニック価格法など。非利用価値(「生態系を守る」的な、自分が利用しなくても得られる価値)は測れない。
その2, 表明選好法。代表的な手法は、
- 仮想評価法(CVM)。環境改善への支払意思額(WTP), 環境悪化に対する受入補償額(WTA), 環境改善中止に対するWTA, 環境悪化中止に対するWTA、のいずれかを評価させる。設問形式は二肢選択にすることが多い。なお訊き方についてはNOAAガイドラインというのがある。ランダム効用モデルで分析することが多い。
- コンジョイント分析。環境評価手法として用いられるようになったのは90年代以降[えええ? 結構最近だな...]
表明選好法は対象者が消費者選好に基づき決定することを前提にしているが、選好を持っているかどうか怪しいし、社会的問題についての意思決定ってのはむしろ非利己的な市民としての選好に基づくのかもしれない。
実験例:
- Bateman et al. (2008 J.Env.Econ.Mgmt.): 人は経験を通じてはじめて経済理論と整合的な選好を持つ。[メモは省略するけど、面白いなあ、この実験]
- Spash (2006): 環境への意識が高い人は環境へのWTPが高い。[素人目にはそりゃそうでしょうという話だが、この分野ではまずい話なのだろう]
最近では熟議型貨幣評価というのが提案されている。これは討論型世論調査なんかの環境評価版。ワークショップみたいのをやったあとで環境を評価させる。手法はいろいろあって、体系的に確立していない。
実証研究は2つにわかれる。(1)選好形成に主眼を置いた研究。WTPは個人で決める。グループでの議論はその支援である。(2)市民選好に主眼を置いた研究。WTP自体も集団で決めちゃう。
著者らの研究例:
- 笹尾・柘植(2005): ワークショップで選好がどう変わるか。
- Ito et al.(2009): 最後を多数決にする場合と合意形成にする場合を比較。合意形成のほうが納得感が高い。
今後の課題。DMVについて以下の点の改善が求められる:(1)人数が多いと無理、(2)コストが高い、(3)評価額の理論的基礎づけが足りん。[←なるほど]
... いやー、DMVって面白いなあ! 仕事ともものすごく関係が深い。なんとなく衝動買いして、軽い気持ちで読み始めたんだけど、こいつは良いものを読んだ。時間ができたら勉強してみよう。
ちょっと気になった点をメモ。
- 二肢選択形式のWTPデータを分析する手法として、ランダム効果モデルのほかに「支払意思額関数モデル」「生存分析」が挙げられていた。生存分析か...きっと提示金額を時間、回答を生死に見立てるのだろう。以前、マーケティングの研究者の方が、マーケティング・リサーチで使われるPSMのデータを生存モデルで分析するという論文を書いておられたが、そういう分析ってアリなんだなあ。栗山浩一という方の本か、Mitchell & Carsonという訳書を読むと良さそうだ。
- CVMの回答プロセスの心理学的研究: Schkade & Payne (1994 J.Env.Econ.Mgmt.), Payne, Bettman, Schkade(1999 J.Risk&Uncertainty), Clark et al.(2000 Ecological Econ.)。えっ、Bettmanって、消費者行動論のBettman??
論文:調査方法論 - 読了:柘植(2014) 表明選好法と熟議型貨幣評価