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2019年7月12日 (金)
先月終わったセミナーの準備の際に悩んだあれこれを、いまだ気分的に引きずっているのだが...これもそのときにとったメモ。
うーん、やっぱり基礎教養が足りないのだと思う。辛いなあ。でも、もともと文系だし... 別に意図して選んだ仕事じゃないし... (泣き言)
$L$をラグ演算子とする。一階差分方程式
$(1-\phi L) y_t = w_t$
があるとき、$(1-\phi L)^{-1}$をどう定義すればよいか。
ラグ演算子を含む方程式の操作では、$|\phi| < 1$のとき
$(1-\phi L)^{-1} = 1+\phi L + \phi^2 L^2 \cdots$
だと定義するのが普通である。この話はあっちこっちの参考書に書いてある。
しかしここでは$|\phi| \geq 1$である場合について考えたい。この話、なかなか本に書いてないような気がするのです。
そういう例として...
時点$t$におけるある株の価格を$P_t$, 配当を$D_t$とする。ある投資家がこの株を$t$において買い$t+1$において売ったら、この投資家は配当から利率$D_t/P_t$を、売買差益から利率$(P_{t+1}-P_t)/P_t$を得る。リターンは
$r_{t+1} = (P_{t+1}-P_t)/P_t + D_t/P_t$
となる。
話をすごく単純にして、リターン$r_{t+1}$がどの時点でも一定の正の値$r$であるとしよう。
$r = (P_{t+1}-P_t)/P_t + D_t/P_t, \ \ r > 0$ ... [リターン公式]
両辺に$P_t$を掛けて移項すると一階の差分方程式になる。
$P_{t+1} = (1+r)P_t - D_t$ ... [株価の差分方程式]
ところで、一階の差分方程式
$y_t = \phi y_{t-1} + w_t$
は、元の式の右辺に$y_{t-1}, y_{t-2}, \ldots$を逐次代入して
$y_t = \phi^{t+1} y_{-1} + \phi^t w_0 + \phi^{t-1} w_1 + \cdots + \phi w_{t-1} + w_t$
と書き換えられる。従って、株価の差分方程式は
$P_{t+1} = (1+r)^{t+1} P_0 - (1+r)^t D_0 - (1-r)^{t-1} D_1 - \cdots - D_t$
と書き換えられる。
配当$\{D_0, D_1, \ldots, D_t\}$と、初期株価$P_0$の両方が決まれば、株価$\{P_1, P_2, \ldots, P_{t+1}\}$も決まる。初期株価$P_0$が未知の場合には、株価は決まらない。
ちょっと話がそれるんだけど、話をさらにものすごく単純にして、リターン$r_t$は常に$r$、配当$D_t$は常に$D$であるとしよう。
$P_{t+1} = (1+r)^{t+1} P_0 - [(1+r)^t + (1-r)^{t-1} + \cdots + 1] D_t$
カメカッコの中身をよくみると等比数列の和になっている。等比数列の総和ってのは、えーと、$c \neq 1$のときに$\sum_{k=1}^n c^{k-1} = (1-c^n)/(1-c)$でしたね(Wikipediaをみながら書きました)。よって
$P_{t+1} = (1+r)^{t+1} P_0 - \frac{1-(1+r)^{t+1}}{1-(1+r)} D$
分母が$r$になるので、結局こうなる。
$P_{t+1} = (1+r)^{t+1} [P_0 - (D/r)] + (D/r)$
ここでも、初期株価$P_0$が決まらないと株価は決まらない。
- 初期株価が$P_0 = D/r$だったらどうなるか。第1項が消えるので、株価は常に$P_t = D/r$となる。売買差益はゼロになり、全収益は株価に対する配当の比$r = D/P$となる。
- 初期株価が$P_0 > D/r$だったらどうなるか。投資家たちがその株に、配当を超えた価値を見出している場合である。このとき、株価$P_{t+1}$は上がり続ける。バブルみたいな感じですね。
本題に戻して...
話をもうちょっと現実的にする。配当$D_t$は変化する、しかし有界である、としよう。
話をリターン公式
$r = (P_{t+1}-P_t)/P_t + D_t/P_t, \ \ r > 0$
に巻き戻す。両辺に$P_t$を掛けて移項すると
$P_t = \frac{1}{1+r} [P_{t+1} + D_t]$
以下、$R = \frac{1}{1+r}$と略記する。
これに
$P_{t+1} = R [P_{t+2} + D_{t+1}]$
を代入して、さらに$P_{t+2}$を代入して...という風に、時点$T$まで前向きに逐次代入していくと、
$P_t = R^T P_{t+T} + R^T D_{t+T-1} + R^{T-1} D_{t+T-2} + \cdots + R D_t$ ... [★]
となる。
株価$P_t$が有界であれば、第一項の極限は
$\lim_{T \rightarrow \infty} R^T P_{t+T} = 0$
だし、配当$D_t$が有界であれば、第二項以降の和には極限
$\lim_{T \rightarrow \infty} \sum_{j=0}^{T} R^{j+1} D_{t+j}$
が存在する。というわけで、株価と配当が有界であれば、株価は第二項以降の和
$P_t = \sum_{j=0}^{\infty} R^{j+1} D_{t+j}$ ...[ファンダメンタル解]
となる。
ここでは、初期株価$P_0$も上の式で決まるという点にご注目。$D_t=D$としても決まらなかった$P_0$だが、$D_t$が有界だと仮定すれば決まるようになるわけだ。
ずいぶん前置きが長かったが... ここからはラグ演算子$L$をつかってやりなおす。
リターン公式
$r = (P_{t+1}-P_t)/P_t + D_t/P_t \ \ r > 0$
の両辺に$P_t$を掛けて移項して、一階の差分方程式をつくり
$P_{t+1} = (1+r)P_t - D_t$
これをラグ演算子を使って書き換える。
$[1-(1+r) L] P_{t+1} = - D_t$
以下、$\phi = 1+r$と略記する。
さあ、$P_{t+1}$はどうなるか。ここで$\phi > 1$だという点がこの話のミソである。
まず、ラグ演算子そのものの逆数を定義しておく。
$L^{-1} w_t = w_{t+1}$
まず、両辺に$-\phi^{-1} L^{-1}$をかける。左辺は
$[-\phi^{-1} L^{-1}] [1-\phi L] P_{t+1} = [1 - \phi^{-1} L^{-1}] P_{t+1}$
右辺は
$\phi^{-1} D_{t+1}$
となりますね。
さらに、両辺に$1+\phi^{-1} L^{-1} + \phi^{-2} L^{-2} + \cdots +\phi^{-(T-1)} L^{-(T-1)}$を掛ける。左辺はうまいこと整理されて
$P_{t+1} - \phi^{-T} P_{t+T+1}$
となる。右辺は
$\phi^{-1} D_{t+1} + \phi^{-2} D_{t+2} + \cdots +\phi^{-T} D_{t+T}$
となる。つないで移項すると
$P_{t+1} = \phi^{-T} P_{t+T+1} + \phi^{-1} D_{t+1} + \phi^{-2} D_{t+2} + \cdots +\phi^{-T} D_{t+T}$
よくよくみると、★式を1期ずらした式になっていますね。
$r >0$で、株価$P_t$が有界であれば、$T$が十分に大きい時、左辺から移行した第1項$\phi^{-T} P_{t+T+1}$は無視できる。従って、$r >0$で$P_t$と$D_t$が有界であれば、両辺に$-\phi^{-1} L^{-1} [1+\phi^{-1} L^{-1} + \phi^{-2} L^{-2} + \cdots +\phi^{-(T-1)} L^{-(T-1)}]$を掛けるという演算子は、その極限において、演算子$(1-\phi L)$の逆数だとみることができる。
というわけで、$(1-\phi L)$の逆数は、$|\phi| < 1$のとき
$(1-\phi L)^{-1} = 1 + \phi L + \phi^2 L^2 + \phi^3 L^3 + \cdots$
$|\phi| > 1$のとき
$(1-\phi L) ^{-1} = -\phi^{-1} L^{-1} \left[ 1 + \phi^{-1} L^{-1} + \phi^{-2} L^{-2} + \cdots \right]$
と定義できる。
ただし、いずれの場合も、$y_t$, $w_t$が有界であるという暗黙の仮定があることに注意すべし。
... 以上、Hamilton(1994) の2.5節からメモ。
ううう、わからん...
この本の2.2節には、$|\phi| < 1$のときの$(1- \phi L)$の性質についての説明があり、末尾に「$|\phi| \geq 1$のときの$[1-\phi L] ^{-1}$の性質については2.5節をみよ」と書いてある。ハミルトン先生、$|\phi| > 1$についてはわかりました。では、$|\phi| = 1$のときの$[1-\phi L] ^{-1}$はどう定義すればよろしいのでしょうか。
愚かな私の考えるところによれば、差分方程式
$y_{t} = y_{t-1} + w_t$
$(1-L) y_t = w_t$
において、$w_t$が有界でも$y_t$は有界じゃないし、仮に$y_t$が有界だと仮定したところで、$w_t$が与えられても$y_t$はなお未知だから、$(1-L)^{-1}$は定義できないように思うのですが、正しいでしょうか?
それとも、$(1-L)^{-1}$とは
$(1-L)^{-1} w_t = y_t = y_0 + \sum_{t=1}^{t} w_t$
となる演算子、つまり「演算子の左に書いてある奴をt=1から累積して初期値を足せ」という奇妙な演算子だと考えるべきなのでありましょうか???まさかねえ...
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