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2019年10月 9日 (水)

 どんな分野でもそうだと思うけど、その分野におけるちょっとした通用語で、きちんとした書籍などにはなかなか登場しないんだけど、現場の人はなんとなく知っている、というような言葉があるものだ。そういう言葉を聞くと、なんとなく嬉しくなってしまう。
 いま良い例がぱっと思いつかないんだけど、ずっと前にキリスト教関係の方と話していて、世間話の折にふと「ニッキの人は...」という表現が出てきて、それが日本最大のプロテスタント教派・日本基督教団のことだと気が付いたときは、なんだかちょっと嬉しかった。おおお業界用語だあ、という妙な感動がある。

 三十代も半ばを超えてから、ひょんなことから市場調査の会社に拾っていただいたところ、ブランドの「間口」と「奥行き」という言い回しを聞かされて、え?なんですかそれ?と訊き返した。あんたはこんな言葉も知らんのか、という顔をされたのにはちょっとムッとしたが(知るかいな)、いっけん無関係な日常語がスッと紛れ込むあたり、なんだか通っぽくて楽しくもある。
 どうやら、たとえばあるブランドに接する人の広がりと、そのブランドに対する顧客の関わりの深さを、それぞれ漠然と「間口」「奥行き」と表現しているらしい。抽象概念を空間的に捉えているわけですね。いま検索したら、国内最大手の市場調査会社・インテージの資料に、ブランド認知者に占める購入経験者の割合を「間口」、購入経験者に占める現在使用者の割合を「奥行き」と呼んでいるのがあった。正確にどう定義するかは別にして、まあだいたいそんなニュアンスの言葉なのでありましょう。
 しばらく経って、マーケティング系の英語の論文を読んでいたら、ブランドのdouble jeopardyという言葉が出てきて、これもなかなか意味がわからなかった。辞書を引くと、同じ犯罪で二度裁判を受けることを禁止する法律上の原則 (一事不再理の原則) のことだ、なんて説明がある。余計に混乱したのだが、どうやら、間口の狭いブランドは奥行きも狭くなるよ、というようなことを指しているらしい。

Wilbur, K.C, Farris, P.W. (2014) Distribution and Market Share. Journal of Retailing, 90, 154-167.

 仕事の都合なのでなんだって読みますけど、さすがにここまでくると、「なんで俺こんなの読んでんだ?」という奇妙な感覚があるなあ...

 いわく。
 製品のdistribution[以下、配荷と訳す]と市場シェアの関係については膨大な実証研究がおこなわれている。特に重要な知見のひとつとしてdouble jeopardyが挙げられる。つまり、配荷率1ポイントの増大に伴う売上増大は高シェアなブランドのほうが大きいという現象である。横軸に配荷率、縦軸にシェアをとると下に凸(convex)になるわけだ。
 その理由として以下が考えられている。(1)消費者の選好。(2)小売業者の陳列戦略。(3)小売業者の期待。
 さて、従来の研究はすべてブランド単位であった。ということは、convexな関係はブランドレベルで生じていてSKUレベルで生じていないのかもしれないし、逆かもしれないし、両方で生じているかもしれない。SKUレベルで調べてみよう。

 データは、ACニールセンのスキャナ・データ、CPG、37カテゴリ、SKUレベル、国レベルの配荷率(ACV)と売上金額シェア、2003-2005(四半期別に値があるが年ごとに平均する)。SKUは実に79000以上、年あたりでみたアクティブなSKUでも2200件くらいある。[あーあ... 素人なので失礼なことを書いちゃいますけど、データが売りの研究って感じだなあ]

 結果。
 カテゴリ別に配荷とシェアの関係をみると、たしかにconvexでした。
 4つのモデルを組んでみる。SKUを$k$, 時点を$t$, シェアを$s_{kt}$とする。
 モデル1, カテゴリを無視して
 $s_{kt} = \beta_0 + (ACV_{kt}) \beta_1 + (ACV_{kt})^2 \beta_2 + \epsilon_{kt}$
 モデル2, SKUはあるカテゴリ$c_k$にのみ属するとして
 $s_{kt} = \beta_0 + (ACV_{kt}) \beta_{1c_k} + (ACV_{kt})^2 \beta_{2c_k} + \epsilon_{kt}$
 モデル3, $L$個のカテゴリ特性$x_{cl}$ を考えて、
 $s_{kt} = \sum_l^L x_{c_k l} [(\beta_{0l} + ACV_{kt}) \beta_{1l} + (ACV_{kt})^2 \beta_{2l}] + \epsilon_{kt}$
 モデル4, SKUはカテゴリ$c_k$, ブランド$b_k$に属するとし, $b_k$のカテゴリにおけるランク(1位, 2位, ..., 9位, 10位以下)を$r_{kc}$として
 $s_{kt} = \beta_0 + (ACV_{kt}) \beta_{1r_{kc}} + (ACV_{kt})^2 \beta_{2r_{kc}} + \epsilon_{kt}$
 あてはめると、モデル4,2,3,1の順にRMSEが小さい[そりゃパラメータ数が多いからね]。ホールドアウトに対しても同様。
 モデル1のACVのパラメータをみるとconvex。モデル2をみるとほとんどのカテゴリでconvex。
 モデル3をみると、金額規模がでかいカテゴリでよりconvex (ターンオーバーの頻度が高いので、流通は品切れを避けるために人気商品を並べたがるのだろう)、SKUへの集中度が高いカテゴリでconvex, 美容産業でconvex。モデル4をみると、上位ブランドでよりconvex。
 以上をまとめるとですね、(1)SKUレベルでみても配荷-シェア関係はconvex、(2)その程度はカテゴリの金額規模と集中度とともに強くなる、(3)首位ブランドにおいて強くなる。

 さて。以上の知見は新SKUの上市判断に活かすことができる。
 通常、SKUの上市判断は次のようになされる。まず、上市コストに基づき、とんとんとなるシェアを求める。次に、SKUのポテンシャルに基づき、予測シェアを求める。予測シェアがとんとんシェアを超えていたらGOだ。
 ここで予測シェアを求めるための情報源は4つある。(1)認知率。(2)トライアル率。(3)再購入率と数量。(4)配荷率。
 このうち(1)-(3)はどうにかなるとしても、(4)はガイダンスが乏しい。早い話、上市したいマネージャーは上市後の配荷率を高めに見積もればいいわけだ[←はっはっは]。
 実際、上市が失敗する大きな理由のひとつはマネージャーの過信だということが知られている。マネージャーは異動するので配荷率の予測に責任感を感じない。配荷率の予測をちゃんと記録し、失敗したSKUについてちゃんと反省している組織は少ない。[この論文、メーカーをディスるくだりになると急に生き生きしてくるな...]
 そこでご提案です。配荷率-シェア関係を使いましょう。

 試してみます。
 あるブランドについて、2004年のSKUでもって配荷率とシェアの曲線を求めておく。2005年の新SKUについて、その配荷率のベクトルを$ACV$とし、これを曲線にあてはめて推定した2005年の市場シェアのベクトルを$\hat{s}_{04}(ACV)$とする。実際の市場シェアのベクトル$s_j$に対する説明率指標$R^2$を定義する[式省略]。
 新SKUが8つ以上あった57ブランドについて試してみたら、失敗したSKUを別にすれば、結構あたっている。[なんだかめんどくさい議論になったので読み飛ばした]
 ということは、マネージャーが仮定した配荷率と、それを使って求めたシェア予測が、既存SKUから求めた配荷率-シェアの曲線にあてはまらないようであったら、配荷率の仮定を疑ったほうがいいわけだ。
 云々。

 ... フガフガと無責任に読んでいる分には面白かったんだけど、最後のインプリケーションのところ、なんだかまわりくどい話だなあ。ある配荷率の設定に基づきシェアを予測し、そのシェアと配荷率設定を見比べてチェックするというよりも、(広告予算から予測した)認知率と(製品テストから予測した)トライアル率・リピート率・数量から想定可能な配荷率の上限を求める、というほうがシンプルなのではないだろうか。

 この論文の主旨とはちがうんだけど、消費財の店頭配荷率っていったいどうやって決まってんですかね。きっと配荷率とシェアが相互作用するダイナミクスがあって、そのなかでなにかこう均衡みたいなものが生じているんだろうなあ。そういう研究はないのかしらん。
 上市が失敗する大きな理由のひとつはマネージャーの過信だというくだりで、Camerer & Lavallo (1999, Am.Econ.Rev.), Lowe & Ziedonis (2006, MgmtSci.)というのが挙げられている。面白そう。

論文:マーケティング - 読了:Wilbur & Farris (2014) 配荷率増大が売上に与える効果はシェアが大きい製品において大きい、SKUレベルでみてもやっぱりそうだった

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