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2015年11月30日 (月)
Bothos, E., Apostolou, D., Mentas, G. (2009) IDEM: A prediction market for idea management. "Lecture notes in business information processing", vol 22. pp.1-13.
いわゆるアイデア市場の研究のひとつ。書籍の章の体裁になっているが、カンファレンス・ペーパーの再録らしい。前にざっとめくっていたのだけど、都合により急遽再読。
著者らはギリシャの人。今調べたら、どうやらSAP社と協同でやっているようだ。このチームは現在もアクティブに研究しているようだから、もっと新しい論文もありそうなものだな...
いわく。
予測市場を使ったアイデア生成ってのがある(先行研究としてSoukhoroukovaらのとLaCombらのを挙げている)。両方ともうまくいっているようだが、既存手法との比較が大事だ。
アイデア管理のために予測市場を使おうとする際、難しい点が3つある。(1)アイデアは必ずしも実現しないので、ふつうの予測市場とはちがって将来の出来事が定義できない。(2)アイデア評価には多様な使用シナリオが伴う[製品の使用文脈のことじゃなくて、アイデア生成か拡張か評価か、という話]。(3)市場価格しか出力がない。
というわけで、このたびアイデア管理のための予測市場プラットホームIDEMをつくりました。以下の工夫をしています。
- アイデアを株価ではなくVWAPで評価する。[←それはそんなに誇るべきことなのか...?]
- 専門家委員会の意見でアイデアを評価し、それに基づいて参加者のポートフォリオを評価し勝者を決める。[←なにをいっているのか大変わかりにくいが、運営側は実はVWAPに関心があるんだけど、参加者にとっては専門家委員会の評価を予測する市場になっている、ということだと思う。Soukhoroukova方式だ]
- 参加者は取引だけでなく、アイデア生成や改善でも儲けることができる。用意されたブログに改善案を投稿すると、その投稿もまた取引可能なアセットになる、という仕組み。
取引アルゴリズムはマーケット・メーカつきの連続ダブルオークション。
価格関数はオープン・ソース・ツール Zocalo にインスパイアされたもので、実世界の需給条件をシミュレートしている。この関数は対数ルールに従い、多くの人が買うとマーケット・メーカの価格を上げ、多くの人が売ると下げる。オリジナルのアルゴリズムでは価格の範囲が0から1になっているので、取引をわかりやすくするために0から100に直した。さらに、ある市場に多くのマーケット・メーカが含まれるようにした。ひとつのアイデア証券あたりひとつのマーケット・メーカがつく。これは、Zocaloの実装ではそれぞれの証券がひとつの市場を構成し、したがってそれぞれの市場にひとつのマーケット・メーカが与えられるからである。
[このくだり、以前読んだときには「お前はなにを言っているんだ??」という状態だったが、いまなら言っている意味がわかる。想像するに、個々のアイデアごとにbuy証券とsell証券をつくり、この2銘柄のマーケット・メーカを走らせているのではないだろうか。で、個々のマーケットメーカだけをみると、たぶんLMSRみたいな仕組みになっているのだと思う。くそー、こういう話だったのか...]
参加者は匿名。3週間実施。最初に架空通貨で10000単位を渡す。参加者は取引だけでなく新アイデアの投稿もできる。2人の審査員が投稿を審査し、上場を決定する[投稿ごとに審査員が変わるのか、全投稿をこの二人が審査するのか、よくわからない]。上場時の株価は50。上場された銘柄の株が50枚配られる[ここだけでは誰に配るのかはっきりしないが、次節とあわせると、どうやらアイデアが上場したらその株を全参加者に配るという話らしい。現実の株式市場とのアナロジーで考えていると度肝を抜かれる展開だ]
[そのほか、ソフトの機能の説明。省略]
実験。
5人の専門家が、市場終了時点で全アイデアを100点満点で評価、これをペイオフとする。アイデア投稿者にはその株を10枚プレゼント。34アイデアの投稿があって26アイデアが上場。取引は1572回発生。
最後に質問紙。投資家には、これまでにイノベーション過程に関与した経験、予測市場への評価、システムの使いやすさ、実験の特徴(例, 匿名性)が行動にどう影響したか。結果は[...このくだり、別にメモを取るのでここでは省略]。専門家にもアンケートをとった[省略]。
考察。
アイデア評価の既存手法として以下がある:
- 多基準決定分析(multi-criteria decision analysis)。その核になるのはvalue tree分析で、その代表例がAHPだ。もっと簡単な方法としてはチェックリストを使う方法がある。
- 統計的方法。たとえばコンジョイント分析。
- 見込み消費者からの定性情報収集。フォーカス・グループ、応用エスノグラフィー。
- Rapid Prototype Development。新製品アイデアを特別な材料やツールをつかって素早く実現してしまう。ソフトウェア開発でいえばアジャイル・プログラミング。
- Feasibility Study。経済、環境、技術、組織の観点からプロジェクトの成功の見込みを検討する。
- そして集団的知能システム。予測市場とか。
以上の手法を、アイデアの数、評価者の数、扱えるアイデアのタイプ、フィードバックのタイプ、評価者のモチベーション、の観点から比較すると...[略。予測市場は、そのアイデアがなぜ高く/低く評価されたかのフィードバックが限定的だが、他の観点では全勝、という整理であった]
今後の課題としては... (1)アイデアがすごく増えたときに投資家にどう見せるか。アイデアの擬人化とかどうよ、というようなことを書いている[←面白いかも]。(2)上場審査の民主化。あるいは完全な無政府状態にしちゃうとか。
云々。
ところで、この論文の本文中で、アイデア管理のための予測市場プラットホーム(つまりIDEMと競合する既存サービス)として、Spigit, InnovateUs, VirtualVenturesの3つが挙げられている。調べてみると、Spigitは2011年から電通国際サービスが代理店をやっている(売れているのかしらん??)。日本語の宣材をみても、市場メカニズムをにおわせる記述はない。InnovateUsは現存する模様。VirtualVenturesは確認できなかった。
本題とは関係ないけど、予測市場をつくったら魅力的な固有名詞を付けることが大事だと思った。HSXとかIEMとか、Gates-Hillman Marketとかshuugi.inとか。アイデア市場の先行研究はそこんところでしくじっていると思う。Imagination Marketでは一般的すぎる。ついでにいうと、Soukhoroukovaさんの名前が長すぎるのでメモを取るのに困る。
論文:予測市場 - 読了:Bethos, et al. (2009) アイデア市場プラットホームIDEM