ミニレビュー: 身体に埋め込まれた認識 ~マーケティング・リサーチへのインパクト~

 どうもこんにちは! あっという間に2016年も折り返し点近くとなりました。

 マーケティング・リサーチ関係の論文をちまちま読む、という主旨のこのブログでありますが、例によって日本マーケティング・リサーチ協会「マーケティング・リサーチャー」の連載コラムをご紹介させていただきたいと思います。
 えーと、こちらは下書き原稿ですので、もしご関心をお持ち下さった方がいらっしゃいましたら、ぜひ本誌をお手にとって頂ければと思いますです。

 今回は、身体化認知と呼ばれる研究群についての紹介です。今日や明日の仕事に役に立つ話じゃないかもしれませんが、気楽にお目通し頂ければと思います。
身体に埋め込まれた認識 ~マーケティング・リサーチへのインパクト~
(初出: 「マーケティング・リサーチャー」126号, 2015年)

 今号のこのコーナーでは、近年の消費者行動・マーケティング研究で注目を集めている「身体化認知」という概念を紹介する。
 まず、いくつかの事例を紹介しよう。

腕を曲げると欲しくなる

 スーパーマーケットの来店客は、買い物かごを手に持っている場合と、カートに載せて押している場合がある。ある研究者たち(Van den Bergh, Schmitt, & Warlop, 2011)はスーパーで来店客を観察し、かごを手に持っている客の方が、レジの前の棚のチョコレートバーやキャンディを買いやすいと報告している。
 なぜだろうか? この研究者たちの解釈はとても意外なものである。カートを押している人は腕を伸ばしているのに対し、かごを持っている人は腕を曲げている。人は腕を曲げる動作を続けていると、本当は我慢したほうが良いが魅力的な商品を、つい買ってしまうようになるのだ。
 この説明を裏付けるために、彼らは次のような実験を行っている。学生を椅子に座らせ、片手でテーブルを押し続けながら、「今日10ユーロもらうのと25日後に12ユーロもらうのとどちらを選びますか」といった質問に答えてもらう。すると、テーブルを上から下に押し続けている(腕を伸ばす動作をしている)人より、下から上に押し続けている(腕を曲げる動作をしている)人の方が、「今日の10ユーロ」を選びやすかった。つまり目先の快楽をより好むようになった。
 なぜ腕の動作が意思決定に影響するのか。彼らは次のように説明している。人は発達の過程で、外界のものを獲得・回避する経験を積み重ねる。ふつう獲得は腕を曲げる動作、回避は腕を伸ばす動作によって行われる。この経験の繰り返しによって、腕を曲げる動作は快刺激に接近する動機づけを高めるようになるのだ。
 この研究は、身体動作が消費者の認識に及ぼす意外な影響を指摘し、それを身体経験の蓄積によって説明している。類似した研究をいくつか紹介しよう。

  • ペンを見ながら首を縦に振ると、そのペンがほしくなる (Tom, et al., 1991)。
  • 日用品を高いところから撮った写真をみると、知覚的解釈が大局的になり、「組み立て不要ですぐに使える普通の机」より「組み立て作業は必要だが高機能な机」を選びやすくなる(Aggarwal & Zhao, forthcoming)。
  • 上の棚から選ぶよりも下の棚から選ぶ方が、もっとも好きな商品を選びやすい。見下ろす動作は近くを見ることと結びついており、距離の近さは具体的な解釈と結びついているためである(van Kerckhove, Geuens, & Vermeir, in press)。

心のなかで身体を動かしている

 家庭用液体洗剤のボトルは、ラベルを正面にみて右側に取手がついている。つまり、右手(多くの人の利き手)でつかんですぐに使える形状となっている。このことは製品の実際の使いやすさとは無関係である点に注意されたい(家庭ではボトルがラベルを正面にして置かれているとは限らない)。人はすぐに使えるようにみえるものを好むのだ。
 では、消費者は取手が右についているボトルの形状を使いやすさと結びつけて記憶しているのだろうか。Ealen, Dewitte, & Warlop (2013)はこれを否定する実験結果を示している。ふだん左手をある程度使っている右利きの人を集め、取手が右についているボトルと左についているボトルを示すと、右についているボトルを選びやすい。ところが、回答のキーを左手で押させると逆になり、質問への回答と並行して無関係な数字を記憶させると差が無くなる。この結果は次のように解釈できる。消費者はボトルを見るたびに、使用時の身体動作を心の中でシミュレーションし、使いやすさを判断している。このとき左手を使っていると左手を使うシミュレーションが行われ、無関係な課題を行っているとシミュレーションが妨害されてしまう。
 この研究は、身体動作の心的シミュレーションが消費者の意思決定や選好を支えていることを示している。このような身体-製品間相互作用の心的シミュレーションは、消費者による製品評価(特に創造的な新製品の評価)において重要な役割を果たしていると考えられている(Zhao, Hoeffler, & Dahl, 2012)。

身体の「たとえ」は現実化する

 抽象的概念の多くは身体経験を基盤に持つ言葉で語られる。時間、価値、感情といった抽象的な事柄が、空間や感覚についてのメタファ(比喩)的な言葉で表される例は極めて多い(たとえば 「評価が高い」「態度が柔らかい」)。こうしたメタファ的な対応関係は、人間の概念そのものを支えるメカニズムの現れであると考えられている(Lakoff & Johnson, 1980)。
 近年では、身体に基盤を持つ概念的メタファに注目し、身体が認識に及ぼす影響についての仮説を導出し、それを実験的に検証する研究が盛んに行われている。例を挙げよう。

  • 重いクリップボードを持っていると、与えられた課題が重要なものに感じられ、思考が精緻化される(Jostmann, Lakens, & Schubert, 2009)。
  • 固い椅子に座っていると、対人交渉においてかたくなになる(Ackerman, Nocera, & Bargh, 2010)。
  • 拳を握りしめていると、意思が固くなり食品の誘惑に打ち勝ちやすくなる (Hung & Labroo, 2011)。
  • 椅子を後ろに倒し身体のバランスを保ちながら商品を選択させると、バランスのとれた商品を選びやすくなる(Larson & Billeter, 2013)。

「身体化認知」とは

 これらの多様な知見を目にして、いったいどこまで日常生活に当てはまるのだろうか、と眉に唾をつけたくなる人もいるかもしれない。その反応はある意味で正しい。これらの報告は、私たちが持つある特徴を明示するために精巧に作り出された事例であるといえる(Schwarz, 2006)。すなわち、認識がいっけん無関係な身体感覚・運動に影響されてしまうという特徴である。
 この特徴は身体化認知(embodied cognition)という概念を用いて説明されることが多い。身体化認知とは、人間の認識が「頭のなか」においてではなく、むしろ身体に埋め込まれた(embodied)かたちで働いているのだ、という主張を表す概念である。
 ふつう私たちは人間を、その時々の状況から必要な情報を集め、知識と照らしあわせて態度を決定し行動を計画する存在として捉えている。この現代的な人間観(情報処理アプローチ)は様々な領域に大きな影響を与えている。試みにマーケティングの教科書を開けば、消費者行動に関する内容のほとんどが、消費者が得る「情報」、消費者の「知識」といった概念を軸に述べられていることに気がつくだろう。
 身体化認知は情報処理アプローチに対するアンチテーゼとして登場し、90年代の認知科学(心理学・哲学・工学を中心とした人間の認識についての研究領域)を席巻した概念であった。近年この概念は、消費者行動・マーケティング研究の分野で新たな脚光を浴びている(Krishna & Schwarz, 2014)。
 なぜ身体化認知という概念が注目を集めるのか。一時の流行に過ぎないというシニカルな見方もできるだろう。しかし、マーケティング研究者・実践家が身体化認知という概念の有用性を発見したという見方もできる。
 90年代以降、成熟市場におけるマーケティングの新たな視座として「経験価値」概念が注目を集めるようになった。その代表的論者であるSchmittは経験価値を5つのタイプに分類しているが(シュミット, 2000)、そのうちのひとつである「行動的経験価値」(ACT)は身体化認知概念から導出されている(長沢・大津, 2010)。また、身体化認知はマーケティング実務家の間で注目されている感覚マーケティング(例, リンストローム(2005))の理論的基盤となっている(Krishna, 2011)。

今後の課題

 消費者行動の理解という文脈における、身体化認知という視点の課題について考えてみよう。
 第一に、理論的枠組みの整理が期待される。現時点では、身体化認知とはなにかという問いに答えることさえ難しい。研究者たちは人間の認識における身体の重要性を強調する点では意見が一致しているが、なぜ・どのように重要かという点についてはさまざまな主張を持っているからだ(Shapiro, 2011)。多くの研究者は、身体運動に関与する感覚運動システムが抽象的認識においても働いているという見方、ないし人間の概念が身体経験に制約されているという見方(概念化説)を採るが、よりラディカルに、人間が心の中の概念を用いて判断・決定するという考え方自体を拒絶する立場(置換説)や、認識を身体と外界からなる統合的システムの働きとして捉え直す立場(構成説)もある。こうした混乱と対立は理論研究の深さと広がりを示している反面、身体化認知という概念の普及・活用を阻害している面もある。
 第二に、ボトムアップ的研究の発展が求められる。身体化認知に関する研究の多くは、ある種の認知活動(たとえば意思決定)に身体感覚・運動(腕の動作)が影響しているはずだという仮説を理論からトップダウン的に導出し、これを実験室的環境において精巧に設計された課題を用いて検証するという方法をとっている。しかし、私たちの日常の行動は多様な要因に影響されている。研究者が示した感覚・運動の効果が、現実の消費者行動においてどの程度の相対的な大きさを伴っているのかはわからない。これは実務家にとって特に重要な問題となる。本稿の冒頭に紹介した研究者らは、チョコレートバーのような商品を売る店は入り口を引くドアにすると良いのではないかと示唆しているが、商店主が知りたいのはドアを引く動作が購買を促進するか否かではなく、売上増加がドアの交換費用に見合うかどうかであろう。現実場面での人の行為とそこでの身体の役割の詳細な分析(Wilson & Golonka, 2013)から出発するボトムアップ的研究が併せて求められる。

マーケティング・リサーチへのインパクト

 最後に、マーケティング・リサーチャーにとっての身体化認知アプローチの意義について考えてみよう。
 第一に、身体化認知研究において蓄積された知見は、消費者の購買や製品使用についての理解を促進し、店頭設計や製品開発に貢献するかもしれない。
 第二の、これまであまり注目されてこなかった可能性として、消費者調査手法への貢献が挙げられる。すでに心理学の研究では、腕の動作と獲得-回避との結びつきを活用して言語化されない潜在的態度を測定する手法が提案されている(Chen & Bargh, 1999)。また、身体に基盤を持つメタファを利用して調査参加者の創造性を高めようとする試みもある(Marin, Reimann, & Castano, 2013)。「身体に埋め込まれた認識」への注目は、これからの消費者調査にブレークスルーをもたらすかもしれない。

引用文献

Ackerman, J.M., Nocera, C.C., Bargh, J.A. (2010) Incidental Haptic Sensations Influence Social Judgments and Decisions. Science, 328, 1712-1715.
Aggarwal, P., Zhao, M. (forthcoming) Seeing the Big Picture: The Effect of Height on the Level of Construal. Journal of Marketing Research.
Chen, M. & Bargh, J. A. (1999). Nonconscious Approach and Avoidance Behavioral Consequences of the Automatic Evaluation Effect. Personality and Social Psychology Bulletin, 25, 215-224.
Ealen, J., Dewitte, S., & Warlop, L. (2013) Situated Embodied Cognition: Monitoring Orientation Cues Affects Product Evaluation and Choice. Journal of Consumer Psychology, 23(4), 424-433.
Hung, I.W., & Labroo, A. (2011) From Firm Muscles to Firm Willpower: Understanding the Role of Embodied Cognition in Self-Regulation. Journal of Consumer Research, 37(6), 1046-1064.
Justman, N.B., Lakens, D., & Schubert, T.W. (2009) Weight as an Embodiment of Importance. Psychological Science, 20(9), 1169-1174.
Krishna, A. (2011) An Integrative Review of Sensory Marketing: Engaging the Senses to Affect, Perception, Judgment and Behavior. Journal of Consumer Psychology, 22(3), 332-351.
Krishna, A. & Schwarz, N. (2014) Sensory Marketing, Embodiment, and Grounded Cognition: A Review and Introduction. Journal of Consumer Psychology, 24(2), 159-168.
Lakoff, G., & Johnson, M. (1980) "Metaphors We Live By." Chicago: Univ. Chicago Press. (邦訳: 渡辺昇一・楠瀬淳三・下谷和幸(訳)「レトリックと人生」,大修館書店, 1986.)
Larson, J.S. & Billeter, D.M. (2013) Consumer Behavior in "Equilibrium": How Experiencing Physical Balance Increases Compromise Choice. Journal of Marketing Research, 50(4), 535-547.
Marin, A., Reimann, M., & Castano, R. (2013) Metaphors and creativity: Direct, moderating, and mediating effects. Journal of Consumer Psychology, 24(2), 290-297.
Schwarz, N. (2006) Feeling, Fit, and Funny Effects: A Situated Cognition Perspective. Journal of Marketing Research, 43(1), 20-23.
Shapiro, L. (2011) "Embodied Cognition." NY: Routledge Press.
Tom, G., Pettersen, P., Lau, T., Burton, T., & Cook, J. (1991) The Role of Overt Head Movement in the Formation of Affect. Basic and Applied Social Psychology, 12(3), 281-289.
Van den Bergh, B., Schmitt, J., & Warlop, L. (2011) Embodied Myopia. Journal of Marketing Research, 48(6), 1033-1044.
van Kerckhove, A., Geuens, M., & Vermeir, I. (in press) The Floor is Nearer than the Sky: How Looking Up or Down Affects Construal Level. Journal of Consumer Research, 41. 2005.
Wilson, A.D. & Golonka, S. (2013) Embodied Cognition is Not What You Think it is. Frontiers in Psychology, 4(58).
Zhao, M., Hoeffler, S., & Dahl, D. (2012) Imagination Difficulty and New Product Evaluation. Journal of Product Innovation and Management, 29, 76-90.
長沢伸也・大津真一 (2010) 経験価値モジュール(SEM)の再考. 早稲田国際経営研究, 41, 69-77.
シュミット, B.H. (2000)「経験価値マーケティング」. 嶋村和恵・広瀬盛一(訳), ダイヤモンド社. (原著1999)
リンストローム, M. (2005)「五感刺激のブランド戦略」. ルディー和子(訳), ダイヤモンド社. (原著2005)

 お粗末さまでごさいました。
 次回は「正直で真剣な回答を引き出す仕組み」と題し、市場調査におけるインセンティブ整合的メカニズムの活用に関して、Becker-DeGroot-Marshakメカニズムとベイジアン自白剤に焦点を当ててご紹介する予定であります。面白そうでしょう? 面白いといいんですけどね。
 ではまた!

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このページは、2016年6月 2日のブログ記事です。

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