マーケティング・リサーチ関係の論文をちまちま読んでは紹介する、という主旨であったこのブログですが、9本書いたところでストップしてしまいました。何をやらせても継続できない。これは成功できない人の典型だなあ... と、時々思い出しては気に病んでおりました。
その後、御声掛けいただきまして、市場調査の業界団体である日本マーケティング・リサーチ協会の機関誌「マーケティング・リサーチャー」に、ときどき短いコラムを載せていただいております。もともと「海外の動向紹介」というざっくりしたご依頼からスタートした連載なので、このブログの延長戦というか、出張版というか、江戸の敵を長崎で討つというか、吉原の敵を雄琴で討つというか(すいません冗談です)、そんな気持ちで書いております。
毎回すっごく苦労して書いているのですが(自慢できることではありませんけど)、あまり人目に触れるタイプの雑誌ではないので、以前の原稿のドラフト版をこちらに載せてみたいと思います。下書きですので、雑誌に掲載されたものと言い回しが違ってたり、図表が汚かったりすると思います。もしご関心をお持ち下さった方がいらっしゃいましたら、ぜひ本誌をお手にとって頂ければと思います。
(初出: 「マーケティング・リサーチャー」120号, 2013年)
調査参加者に「私にとって最も大事なのはお金だ」という文を示し、同意できる程度を聴取した。その結果、「同意できる」と回答した人の割合は日本人よりも某国人で大きい、という結果が得られた。さてこの結果は、かの国の人々のほうが拝金主義的だということを示しているのか? それとも、かの国の人々はどんな質問に対しても同意しやすいということを示しているのか?
これが「回答スタイル」の問題である。今号の本コーナーでは、質問紙調査における回答スタイルの問題についての最近の実証研究を、マーケティング・リサーチの分野を中心に簡単に紹介する。
「回答スタイル」とは?
リサーチャーは、調査参加者が調査項目に対して示した回答を分析することを通じて、それらの項目の意味内容に対する人々の知識や態度を探ろうとする。しかし調査参加者の回答は、リサーチャーの関心とは異なる様々な要因によっても左右されてしまう。これを回答バイアスという。たとえば、回答が社会的望ましさに迎合した方向に偏ってしまうという現象(社会的望ましさバイアス)は広く知られている。
さまざまな回答バイアスのうち、項目の意味内容と無関係に、個々の回答者において一貫して体系的に生じているバイアスは回答スタイル(response style)と呼ばれることが多い(Paulhus, 1991)。定量調査の経験があるリサーチャーなら、「5件法尺度でいろいろな項目について聴取したのに、ほとんどの項目でなぜか中央ばかり選んでいる人」といった回答者を目にしたことがあるだろう。「どんな項目に対しても中央に反応する」という回答スタイルが疑われる例である。
なぜ「回答スタイル」が注目されるのか
回答スタイルについての研究の歴史は長い。すでに1940年代には体系的議論が行われており(e.g., Cronback, 1946)、60年代には回答スタイルの文化差 (Rorer, 1965) やパーソナリティ特性との関係 (McGee, 1962) についての研究がさかんに行われた。回答スタイルはすでに研究され尽くされた「枯れた」話題となっていてもおかしくない。しかし意外なことに、マーケティング・リサーチにおいて回答スタイルはいまだアクティブな研究テーマでありつづけている。ホット・トピックとはいえないが、地道な進展を続けているテーマなのである。
現代のマーケティング・リサーチにおいて、なぜ回答スタイルは注目を集めるのか。二つの理由を挙げることができるだろう。
第一に、近年のマーケティング・リサーチにおける消費者の多様性・異質性への関心の高まりである。回答の個人差への注目は回答スタイルの問題を顕在化させる。
第二の理由はマーケティングの国際化である。経済活動のグローバル化は、国境を越えた国際市場という概念をもたらした。その分析のためには、異なる国・言語・文化に属する消費者を共通の枠組みによって捉えることが必要になる。その典型的な例は国際セグメンテーションである(Steenkamp & TerHofstede, 2002)。いっぽう調査参加者の回答スタイルは、国・言語・文化によって大きく異なる可能性がある。回答スタイルは、国際調査データの分析において深刻な問題として立ち現れる。
「回答スタイル」の分類
従来関心を集めてきたいくつかの回答スタイルのイメージを図1に示す。これまでもっとも注目されてきたのは、X件法評定項目に対して一貫して両端に反応する回答スタイル(ERS)、ならびに、すべての問いに対して「はい」という方向で答える回答スタイル(ARS)であろう。Baumgartner & Steenkamp(2001) は先行研究において指摘されてきた回答スタイルをERS, ARSを含む7種類に分類し(表1)、それぞれの背景要因についての知見を概観している。
回答スタイルの実証研究は主にX件法評定項目に焦点を当てることが多いが、ほかの形式の調査項目も回答スタイルから自由ではない。Ter Hofstedeら(1999) はMA型設問 における回答スタイルの影響を示している。
「回答スタイル」の影響の大きさ
回答スタイルは実際の調査回答にどの程度の影響を与えているのだろうか。異なる国の間には、どんな回答スタイルのちがいが存在するのか。
こうした問いに定量的に答えるのは案外難しい。第一に、互いに無関係な内容を持つ多数の項目群に対する回答について検討する必要がある。第二に、回答スタイルの影響の大きさは項目の形式によって著しく異なる(Diamantopoulos et al., 2006)。第三に、異なる国・言語・文化の間で回答スタイルを比較するためには、等質な調査参加者を選ぶ必要がある。しかし、たとえばすべての国において大学生を調査対象者としたとしても、A国の大学生が持つ社会経済的特徴はB国の大学生と同じか、という疑問が残る。
このように回答スタイルの定量的把握のためには、比較可能な対象者に対して多様な内容の項目を聴取し、回答を慎重に比較する必要が生じる。このような難題に挑む実証研究は数が限られるが、そのなかで目立つのは、米国国内のマイノリティについての研究である。Hui & Triandis(1989)は米陸軍の新兵を対象にした研究で、5件法尺度項目に対するヒスパニックの回答がERSを示しやすいこと、10件法尺度項目ではその傾向が消失することを示している。こうした研究がさかんに行われている背後には、米国の実証主義的な社会政策決定メカニズムからの要請があるといえるだろう。
日本のリサーチ関係者が特に関心を持つのは、中国など近隣アジア諸国と日本とのあいだの文化差であろう。Chen, Lee & Stevenson (1995)は日本・台湾・カナダ・米国の高校生を比較し、7件法尺度への回答において、日本・台湾が北米に比べてMPRの傾向が強いことを示している。
こうした慎重で精密な実証研究は、調査における回答スタイルの影響の大きさについて注意を喚起してくれる。しかし、これらの研究もまた、先に述べた難題を完全に克服しているわけではない。こうした研究によって示された回答スタイルの影響を、他の調査へと一般化するのは難しい。また、その影響の大きさが実質的問題となりうるかどうかも、個別の調査がおかれている課題状況によって異なる。ひとことでいえば、「調査における回答スタイルの影響は大きいかもしれないし、そうでもないかもしれない。それを事前に知るのは難しい」ということになるだろう。
「回答スタイル」への対処
回答スタイルの影響を除外・軽減する方法はないだろうか。古くから活躍しているのは、設問や調査設計上の工夫である。調査票にX件法尺度項目をたくさん入れるときには、逆転項目(ほかの項目と負の相関を持つのが自然な項目)をいくつか入れておきなさい、といったコツを、ベテランのリサーチャーから聞いたことはないだろうか。この慣習的工夫は、ARS・DARSをチェックする手法のひとつとして理解できる。
近年では、回答スタイルについての統計モデルを構築し、個々の回答から回答スタイルの影響を分離するという手法が進歩を遂げている。それらは、回答スタイルの少数の潜在的パターンを想定するものと、連続的な分布を想定するものに大別できる。
前者の例として、van Rosmalen, van Herk & Groenen (2010) は潜在クラスを組み込んだ双一次多項ロジットモデルを用い、回答データから態度と回答スタイルのそれぞれのセグメントを抽出する手法を提案している。
後者の例としてはRossi, Gilula & Allenby(2001)の階層ベイズモデルによる手法が挙げられる。彼らは解説書を出版するとともに、分析のためのソフトウェアを公開している(Rossi, Allenby, & McCulloch, 2005)。
こうした手法の進歩は、リサーチ・データの分析に強力な武器を提供しつつあり、実務家にとっても目が離せない。
引用文献
Baumgartner, H. & Steenkamp, J.E.M. (2001) Response styles in marketing research: a cross-national investigation. Journal of Marketing Research, 38, 143-156.
Chen, C., Lee. S., & Stevenson, H.W. (1995) Response style and cross-cultural comparisons of rating scales among east Asian and North American students. Psychological Science, 6, 170-175.
Cronbach, L.J. (1946) Response sets and test validity. Educational and Psychological Measurement, 6, 475-494.
Diamantopoulos, A., Reynolds, N.L., Simintiras, A.C. (2006) The impact of response styles on the stability of cross-national comparisons. Journal of Business Research, 59, 925-935.
Hui, C.H., Triandis, H.C. (1989) Effects of culture and response format on extreme response style. Journal of Cross-Cultural Psychology, 20, 296-309.
McGee, R.K.(1962) The relationship between response style and personality variables: I. The measurements of response acquiescence. The Journal of Abnormal and Social Psychology, 64, 229-233.
Paulhus, D.L. (1991) Measurement and control of response bias. In J. P. Robinson, et al. (Eds.), Measures of personality and social psychological attitudes. 17-59. Academic Press.
Rorer, L.G. (1965) The great response-style myth. Psychological Bulletin, 63, 129-156.
Rossi, P.E., Gilula, Z., & Allenby, G.M. (2001) Overcoming scale usage heterogeneity: a Bayesian hierarchical approach. Journal of the American Statistical Association, 96, 20-31.
Rossi, P.E., Allenby, G.M., & McCllock, R. (2005) Bayasian Statistics and Marketing. John Wiley & Sons.
Steenkamp, J.E.M & Ter Hofstede, F. (2002) International market segmentation: issues and perspectives. International Journal of Research in Marketing, 19, 185-213.
Ter Hofstede, F., Steenkamp, J.E.M., & Wedel, M. (1999) International market segmentation based on consumer-product relations. Journal of Marketing Research, 36, 1-17.
van Rosmalen, J., van Herk, H., Groenen, P.J.F. (2010) Identifying response styles: A latent-class bilinear multinomial logit model. Journal of Marketing Research, 47, 157-172.
次回は「調査参加が消費者を変える」と題し、調査参加が参加者にもたらす影響, いわゆる質問-行動効果についてのミニ・レビューをお届けする予定です。いつになるかわからないけど。また数年後になったりしてね。ははは。