高級品で割安感を演出? ~商品ラインアップと店舗の価格イメージ~

近所のベーカリーに,一斤500円もする高級食パンが登場しました。一度買ってみたいなあと夢膨らむ反面,これまで喜んで食べてきたふつうの食パンが,なんだか安っぽく思えてきたりして。。。

米エモリー大のライアン・ハミルトンたちは,売り場の品揃えに高級品を追加したり廉価品を追加したりしたとき,消費者がそのお店に対して持つイメージがどう変わるかを,実験によって調べています。彼らが注目したのは,「あのお店は値段が高そうね」といった,小売店の価格イメージの変化です。

ハミルトンたちは次のような実験を行いました。学生にコンピュータで,新作映画のDVDを買うという架空の買い物を体験してもらいます。店舗に入ると,DVDソフト売り場に行く途中にDVDプレーヤー売り場があります。そこには4台のDVDプレーヤーがあります。ソニー($98.99), サムスン($96.99), シルバニア($99.99),そしてもう一種類のDVDプレーヤーです。参加者は知らないのですが,実は実験参加者は2グループに分けられています。「上向き拡張」グループには,4台目のDVDプレーヤーとして,ほかの3台と比べて高級な商品が提示されます(パナソニック,$279.99)。「下向き拡張」グループでは,4台目のプレーヤーは廉価品です(コビー, $34.99)。

さて,DVDソフト売り場では新発売のDVDが$16.99で売られています。参加者は,その店でDVDを買うか,この店では買わずにもっと安い店を探しに行くか,どちらかを選ぶように求められます。

常識的に考えれば,「上向き拡張」グループの参加者は,このお店に高級品が置かれているのを見ていますから,「この店は値段が高い」という印象を持つでしょう。そのせいで,もっと安い店を探しに行く率も高くなりそうです。ところがハミルトンらの実験では,もっと複雑な関係が示されました。DVDプレーヤー売り場で商品をただ眺めただけの場合は,「上向き拡張」グループの参加者のほうが,「ここでは買わない」率が高くなります。ところが,DVDプレーヤー売り場で「買いたいプレーヤーをひとつを選べ」と指示された場合は,逆に「下向き拡張」グループの参加者のほうが,「この店では買わない」率が高くなるのです。

なぜこのような反転が生じたのでしょうか? ハミルトンたちは次のように説明します。

  • 棚を単に眺めているときには,私たちはいろいろな商品に広く注意を向けています。もしそこに高価な商品が並んでいたら,そのぶん私たちはその店について「値段が高い」という印象を持ちます。
  • ところが,どれを買おうか決めようとして棚を見ているときはちがいます。その際,私たちは「本命」の商品に注目し,その商品とその他の商品とを比較します。さて,美しい女性も,もっと美しい女性と比べれば,その美しさは少し霞んでしまうでしょう。同様に,ある商品は,それがもっと高価な商品と並んでいたら,そのぶん「値段が安い」という印象を持たれやすくなるでしょう。私たちはその商品に注目しているので,その商品に対する印象が店に対する印象に強く影響します。従って私たちは,その商品だけではなくそのお店についても,「値段が安い」という印象を持つことになります。

ハミルトンたちはこの論文で,商品カテゴリや実験手続き・指標を変えた5つの実験を報告し,上記の説明の妥当性を説得的に示しています。

この研究によれば,売り場の品揃えを高級品方向に拡充すると,棚を眺めている消費者には「この店は値段が高い」という印象を持ちやすくなり,いっぽうなにかを買おうとしている消費者は「この店は値段が安い」という印象を持つ,ということになりそうです。面白いですね。

実務的には,売り場の品揃えは店舗の価格イメージ形成に影響するだけでなく,他の面でもっと大きな意味を持っていると思います。品揃えを高級品方向に拡充すれば,その高級品が大きな売上を上げてくれるかもしれませんし,これまでは来店してくれなかったリッチなお客さんが来てくれるようになるかもしれません。従って,価格イメージ形成だけを基準として品揃えを最適化する,というのはあまり現実的でないように思います。また,店舗の価格イメージは品揃え以外の要素にも大きく影響されるでしょう。たとえば,スーパーAで198円である商品と全く同じ商品がスーパーBで128円であったら,品揃えとは無関係に「スーパーBは値段が安い」という印象が生じるはずです。店舗の価格イメージを操作する方法は,品揃え以外にたくさんありそうです。

というわけで,この研究は小売店のカテゴリ管理戦略に直接的なガイダンスを与えてくれるものではないかもしれません。しかし,「お店の価格イメージ」という複雑な現象について,この研究はひとつの新しい視点を与えてくれていると思います。

Hamilton, R., Chernev, A. (2010) The impact of product line extentions and consumer goals on the formation of price image. Journal of Marketing Research, 47(1), 51-62.

要約

小売店の商品ラインアップを垂直的に拡張すると,小売店についての価格イメージはどのように変化するか? 世間一般には,高級な品目を付け加えれば価格イメージは上昇し,廉価な品目を付け加えれば価格イメージは低下する,というのが常識である。しかし本研究は,高級な品目を付け加えたせいで価格イメージが下がったり,廉価な品目を付け加えたせいで価格イメージが上がったりすることがありうる,と論じる。さらに,垂直的拡張が価格イメージに与える影響は,消費者の目標によって,すなわち,消費者が商品を眺めに来たのか買いに来たのかによって決まる,と論じる。この予測を検証するために5つの実験研究を行い,仮説を支持する証拠を得た。

1. 理論的背景

  • 小売にとって価格イメージは重要だ。しかし,個々の品目の価格評価に焦点を当てる研究は多いが,小売業者に対する全体的な価格イメージの形成についての研究は少ない。さらに,それら少数の研究は主に価格以外の要因に焦点を当ててきた(例, 店舗の雰囲気)。
  • 消費者が価格情報を得る際,その目的には二つある。眺めることと買うことである。前者のほうが,より多くの選択肢に対して注意が広がる。
  • 印象形成についての先行研究によれば,注意の焦点の広さは印象形成における情報処理のパターンを変える。焦点が広い場合は,どの情報にも等しく注意が向けられる。いっぽう単一の選択肢に焦点を絞った場合は,他の選択肢を参照点とした比較を行うことが多くなる。
  • 仮説:
    • 「眺める」目標の場合は,多くの選択肢に注意が向けられるから,各品目の価格情報の統合が生じ,小売の価格イメージは考慮集合内の品目の平均価格に敏感になるのではないか。とすると,上(下)方向への垂直的拡張は小売店の価格イメージを上げる(下げる)はずである。
    • 「買う」目標の場合は,焦点を当てているひとつの選択肢と,考慮集合内の他の選択肢との間での比較が生じるのではないか。とすると,上(下)方向への垂直的拡張は,対比の効果によって,焦点を当てている選択肢の価格の知覚を相対的に下げる(上げる)ことになり,そのため小売店の価格イメージも下げる(上げる)はずである。

2. 実験1

  • 手続き: 学生(N=73)にPCで提示。架空の店にDVDを買いに行かせる。DVD売場に行く途中で,4台のDVDプレイヤー(Sony($98.99), Samsung($96.99), Sylvania($99.99),品目X)を提示し学習課題。次に,新発売のDVD($16.99)を見せテスト課題。
  • 実験計画: 「拡張方向」(2)x「目標」(2)
    • 「拡張方向」要因: 品目Xが{上向き拡張(Panasonic($279.99)), 下向き拡張(Coby($34.99))}。被験者間操作。
    • 「目標」要因: 学習課題は {眺めろ(しばし考えろ), 買え(どれかひとつを選べ)}。被験者間操作。
  • テスト課題:
    • 「この店で買うか他の店を見に行くか」を判断。 「他の店を見に行く」判断を,店舗の高価格イメージの指標とみなす。
    • 「他の店に行けばもっと安い値段で買えそうか」を評定(9件法)。
  • 結果:
    • 「他の店を見に行く」率は,「眺めろ」条件では上向き拡張で高く(72% vs 44%), 「買え」条件では下向き拡張で高かった(53% vs 75%)。
    • 評定も同様。
  • 議論: 仮説を支持。

3. 実験2

  • 実験計画: 「拡張方向」(3)x「目標」(2)
    • 「拡張方向」要因の水準を変更。{上向き拡張,拡張なし,下向き拡張}の3水準。被験者間操作。
  • テスト課題:
    • 「店舗の価格イメージ」直接評定。
    • 「他の店で$10の商品はこの店ではいくらか」評定。
  • 結果: 実験1を再現。
  • 議論: 実験1よりも直接的な指標で仮説を支持できた。

4. 実験3

  • 手続き: 同一カテゴリの2店舗(上向き拡張の品揃え,下向き拡張の品揃え)のペアを3ペア提示し,テスト課題。
  • 実験計画: 「拡張方向」(3)x「目標」(2)x「判断モード」(2)
    • 「拡張方向」要因を被験者内操作に変更。
    • 「判断モード」要因を追加。判断の際に,{自分のために買い物, 上司の代わりに価格無制限で買い物}と教示。被験者間操作。
  • テスト課題:
    • 各店舗について,「店舗の価格イメージ」を直接評定。
    • 各ペアについて,次回購入時はどちらで買うかを決定。
  • 結果:
    • 評定は実験2を再現。
    • 下向き拡張店舗の選択率は,「自分のため」モードでは「眺めろ」条件で高く (仮説を支持),「上司の代わり」モードでは「買え」条件で高い (所詮は他人の金なので,価格イメージは問題にならないから)。
  • 議論: テスト課題は店舗の価格イメージを反映していることが確認できた。

5. 実験4

  • 消費者が上向き/下向き拡張された品目(高い/安い品目)に注目した場合について検討。
  • 手続き: 2店舗(上向き拡張の品揃え,下向き拡張の品揃え)を提示し,他の品物が一番安いであろう店舗を選択させる。
  • 実験計画: 「拡張方向」(2) x 「注意の焦点」(3)
    • 「目標」要因を除去(「眺めろ」に固定)。
    • 「注意の焦点」要因を追加。被験者間操作。
      • 「広い」条件 ... 従来どおり。
      • 「中程度品目」条件 ... どちらの店舗にもある品目のなかのひとつが, 「オススメ品」として大きく表示されている。
      • 「拡張品目」条件 ... その店舗にしかない品目(拡張品目)が「オススメ品」として大きく表示されている。
  • 結果:下向き拡張店舗の選択率は,「広い」条件で87%, 「中程度品目」条件で73%, 「拡張品目」条件で88%。
  • 議論:
    • 「広い」条件では,下向き(上向き)拡張によって店舗の価格イメージが下がり(上がり),選択率が上がる(下がる)。
    • 「中程度品目」条件では,焦点の品目と他の品目のあいだに対比の効果が生じる ので,下向き(上向き)拡張によって店舗の価格イメージが上がる(下がる)。
    • 「拡張品目」条件では,拡張品目と他の品目とのあいだに対比の効果が生じるので,下向き(上向き)拡張では店舗の価格イメージが下がる(上がる)。
    • 目標の教示ではなく刺激の目立たせ方によって,消費者の焦点の広さを操作できた。

6. 実験5

  • 消費者の焦点を操作せずに観察し,店舗の価格イメージとの関連を調べる。
  • 手続き: 9カテゴリ・36品目からなる架空の店舗を2つ作成 (上向き拡張, 下向き拡張)。対象者に店舗を提示し,テスト課題。
  • 実験計画: 「拡張方向」(2,被験者内) x 「目標」(2,被験者間)。
  • テスト課題:
    • 「眺めろ」条件では,各カテゴリについて1品目買わせる。
    • 「買え」条件では,各カテゴリについてしばし考える。
    • 2店舗終わったあとで,別の商品の値段はどちらの店舗で安いかを判断。
  • 結果:
    • 下向き拡張店舗の選択率は「眺めろ」条件で高い(79% vs 48%)。仮説を支持。
    • 「買え」条件で買われた拡張品目は,ほとんどが下向き拡張店舗の安い品目(対象者は学生だから)。そこで,拡張品目を買った個数で対象者を分けると,買った個数が少ないグループ順に,下向き拡張店舗の選択率は0%, 26%, 58%, 52%, 84%。
  • 議論:
    • 仮説を支持。「買え」条件で拡張品目を買わなかった対象者は, 上向き拡張店舗のほうが安いと感じている。

7. 考察

  • 理論的貢献
    • 印象形成への貢献... 購買時の印象形成における注意配分に,買うか眺めるかという目標の違いが影響することを示した。
    • 価格イメージ形成への貢献 ... 価格イメージに対して,(単一商品の価格ではなく)カテゴリ内商品群の価格の分布が及ぼす影響を示した。
    • 価格知覚への貢献 ... 価格情報の対比だけではなく統合が行われる状況を示した。
  • 実務的示唆
    • 消費者の注意の焦点が広く,時間をかけて眺めるようなカテゴリ(例, 耐久財)では,低価格の商品を付け加えることで,小売業者の価格イメージを下げることができる。
    • 買うという目標と強く結びついているカテゴリ(例, 牛乳)や,注意の焦点が狭いカテゴリ(例, ブランド・ロイヤリティが高い場合)では,むしろ高価格の商品を付け加えることで,価格イメージを下げることができる。
    • 棚やWebサイトを工夫し,消費者の焦点の広さを変えることで,価格イメージを操作することもできるだろう。
  • 限界と将来の方向
    • 本研究は学生を対象者とし,架空の小売店を用いた実験であった。実世界での検証が望まれる。
    • この知見は小売業者の価格イメージだけでなく,ブランドの価格イメージに一般化できるだろう。

このブログ記事について

このページは、2010年4月 1日のブログ記事です。

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