近年では厳しい競争を勝ち抜くために,多くの企業が顧客満足の向上に力を注いでいます。では,国中の企業の顧客満足がみんな高くなったら,いったい何が起こるのでしょうか。自社も競合他社も顧客満足が高くなるのですから,結局はなにも変わらないのでしょうか? ミシガン大学のクレス・フォーネルたちは,アメリカ中の企業の顧客満足が全体的に高くなると,米国民の消費支出の合計が増える,と考えています。アメリカのGDPの7割以上は個人消費であることを考えれば,顧客満足の全体的向上は経済成長につながる,といってもよさそうです。
フォーネルたちはその証拠として,彼らが実施しているACSI(アメリカ顧客満足度指標)という大規模調査の結果を用いています。ACSIでは,200社以上の企業の顧客満足度に重みをつけて合計し,四半期ごとに「全米ACSIスコア」を算出しています。この全米ACSIスコアの増減と,アメリカの消費者の消費支出の合計(個人消費支出,PCE)の増減を重ね描きすると,2本の曲線は良く似た挙動を示す,と彼らは指摘します(このページの一番下の図)。
次に彼らは,個人消費支出のうち医療費や食料費などを除いた部分(裁量的消費支出)の変化に注目し,そのある期の増減を,(1)全米ASCIスコアの1期前の増減,(2)債務返済比率(世帯収入に対する借金返済の比率)の1期前の増大,(3)消費者物価指数の1期前の増減,で説明するモデルを作りました。モデルの推定結果からは,
- 全体的な顧客満足が向上・低下すると,次の期の消費支出が増大・減少すること,
- 借金の比率が上がると消費支出は減少し,さらにその場合には顧客満足向上の効果はなくなってしまうこと,
が示されました。このモデルによって,裁量的消費支出の変化のうち23%を説明できたそうです。
今週はちょっと気分を変えて,消費者行動論や調査手法ではなく,マクロ経済レベルでの消費研究をご紹介します。
ACSI(アメリカ顧客満足度指標)は,ミシガン大学が中心となり業界を横断して実施している大規模な顧客満足調査です。日本でも経産省の肝煎りでJCSIという大規模調査がはじまりましたが(そして事業仕分けの対象となって話題となったりしましたが),そのお手本のひとつがACSIです。この論文の第一著者クレス・フォーネルはACSIの理論的指導者で,彼らのチームはACSIに基づく実証研究を量産しています。
ASCIの妥当性を示そうとする研究には,大きく分けて二つのアプローチがあります。まず,企業なり業種なりの顧客満足スコアと経営指標との間の強い関連性を示すアプローチです。たとえばフォーネルらは,個別企業のACSIスコアと株価とのあいだに強い関係があることを示しています(2006, J. Marketing)。第二に,企業のACSIスコアに重みをつけて積み上げた「全米ACSI」と,GDPなどのマクロ経済指標との関連性を示そうとするアプローチです。本研究は後者のラインの最新の研究です。
本論文での著者らの関心は,ACSIでなにがどこまで予測できるか,という点にあります。高い予測力があることを示せば,ACSIの妥当性の証拠となるからです。しかし個人的には,なぜ全米企業の顧客満足が平均的に向上するとその後の消費支出が増大するのだろうか,という点に関心を惹かれました。著者らのように,働くひとびとの顧客満足向上の取り組みが,消費者にとっての消費の主観的価値を高め,ひいては一国の経済指標にも影響していくのだ...と解釈することもできますが,顧客満足と消費支出の両方に影響するマクロ環境があり,全米ACSIスコアはその変化を敏感に反映する先行指標だ,と考えることもできそうです。
ともあれ,2009 Q4の全米ACSIスコア(0-100点)は75.9で,ここ一年ほどは高止まりを続けている模様です。よかったですね。
Fornell, C., Rust, R.T., Dekimpe, M.G. (2010) The effect of costomer satisfaction on consumer spending growth. Journal of Marketing Research, 47(1), 28-35.
要約
消費者の支出の累計を予測することは,マーケティング計画立案において致命的な重要性を持っている。しかし伝統的な経済学理論の想定によれば,消費者支出累計の変化の予測は不可能である。従来の研究は,消費者の支出の成長を標準的なマクロ経済学的変数によって予測しようとしてきたが,ほとんど成功していない。本研究は,顧客満足のラグつき変化(遅延を伴う変化)が将来の需要に寄与し,支出の成長に重要な影響を持つこと,その影響は消費者の支払い能力の重要な予算的制約のひとつである債務返済比率の増大によって緩和されること,を示す。本研究は非対称成長モデルを用い,1四半期先の支出変動の変動を23%以上説明できることを示す。これは先行研究を著しく改善するものである。
(イントロダクション)
個人消費の成長は経済に大きな影響を与える。しかしその予測は難しい。
- 恒常所得仮説(フリードマン)やライフサイクル仮説(モディリアーニ)によれば,消費支出はランダム・ウォーク過程に従う。すなわち,将来の変化は予測できない。
- 消費者信頼感指数(ICS),債務返済比率(DSR)による予測の試みはあるが,あまり成功していない。
- これらの失敗を踏まえ,財政状態の向上に対する消費者の反応と低下に対する反応は異なると想定するモデル(非対称的モデル)が提案されてきた。
従来のモデルは,消費支出成長の予測におけるマーケティングの役割を考慮していない。しかし生産と消費をつないでいるのはマーケティングだ。
本研究では,裁量的支出(DCE; 個人消費支出のうち食料費,医療費,住居費を除いたもの)の成長の予測において,消費総効用(つまり顧客満足)の変化のラグ(遅延)付データが大きな役割を果たすことを示す。また,その影響が世帯債務返済比率によって緩和されることを示す。
顧客満足と支出成長
- 仮説1. 顧客満足の累計の上昇は,将来における裁量的消費支出の累計の変化にポジティブな影響を与える。
- 仮説2. 顧客満足の変化が将来の裁量的消費支出の変化に及ぼす影響は,債務返済比率が高いと小さくなる。
実証的分析
本研究では以下の指標の1994 Q4から2006 Q2までの四半期データを用いる。
- ACSIが提供する全米顧客満足スコア(SAT) (ミシガン大)
- 裁量的支出(DCE),可処分所得 (経済分析局)
- 消費者物価指数(CPI) (労働統計局)
- 消費者信頼感指数(ICS) (ミシガン大)
- 債務返済比率(DSR),個人債務 (FRB)
データを対数変換し(差分が成長率の良い指標となるから), 下式の非対称成長モデルを構築した:
\delta ln(DCE)_t
= \alpha
+ \beta_1 \delta ln(SAT)_{t-1}
+ \beta_2 \delta ln(DSR+)_{t-1}
+ \beta_3 \delta ln(SAT)_{t-1} \delta ln(DSR+)_{t-1}
+ \gamma_1 \delta ln(CPI)_{t-1} + u_tただし,\delta ln(DSR+)_{t-1} = max{0, \delta ln(DSR)_{t-1}}
説明変数をすべてラグつきにした理由は次の通り。
- 将来の支出の変化を説明するという仮説に合致しているから
- こうしておけば,同時期の関係については伝統的消費モデル(ライフサイクルモデルないし恒常所得モデル)と矛盾しないから
- 先行研究もそうしているから
- 同時性の問題が回避できるから
推定の結果,修正済みR二乗は.23,\betaは順に.35,-.29,-40.50, \gamma_1は-.60であり(すべて有意),債務比率と顧客満足は強い負の相互作用を示した。債務比率の増大が.14%を超えると,顧客満足の効果は消失した。
頑健性のチェック
- 可処分所得,個人債務,消費者信頼感指数を投入してラグを1から2,3,4に変えても,モデルは改善されなかった。
- 可処分所得,個人債務,消費者信頼感指数を投入してもパラメータはあまりかわらなかった。
- 2006 Q3から2008 Q2のデータでもパラメータはあまり変わらなかった。R二乗は落ちたが,アメリカ金融危機を示すダミー変数をいれると元に戻った。
結論
- 顧客満足の向上は,単に企業が競争に勝つというゼロサム・ゲームを超えて,消費者の支出の総計を増やすという効果を持っている。
- ただし,それは債務の制約が大きすぎなければの話である。クレジットでの販売は一時的には売上を守るが,良いマーケティング(顧客満足を増大させるマーケティング)の効果を台無しにしてしまうだろう。
- 本研究の貢献
- 理論面では... 消費による満足が支出を説明する重要な要因であることを示した; マーケティング指標がマクロ経済学に貢献できることを示した
- 実務面では... 消費支出の成長の予測にマーケティング変数が役に立つことを示した
- 限界 ... USに限定されている; 裁量的支出に限定されている