店員さんの上手なお世辞はお客を喜ばせ,財布の紐を緩くします。では,見え透いたお世辞はどうでしょうか? かえって逆効果だ,と思うのがふつうだと思います。香港科学技術大のエレイン・チャンたちはこの常識に異議を唱えています。二重態度モデルと呼ばれる考え方に基づけば,いかにミエミエのお世辞でも効き目があるはずだ,その効き目は時間が経つと強くなるはずだ,というのです。
見え透いたお世辞は後で効く?
彼女たちは次のような実験を行いました。実験参加者に,新規開店したデパート"パーフェクト・ストア"からダイレクト・メールが届いたと想像してもらい,パンフレットを読んでもらいます。そのなかにはこんな文章が含まれています。
このたびあなたに直接ご連絡をさしあげたのは,あなたがファッショナブルでスタイリッシュな方だということを,私どもがよく存じ上げているからです。あなたのファッション・センスはクラッシーかつシック。特別な感覚をお持ちのあなたなら,新シーズンの必須アイテムをそろえた私たちのコレクションをきっとお楽しみいただけることでしょう。
これが下心まるみえのお世辞に感じられるということは,実験の前に確認済みです。
このパンフレットを読んでもらった後,対象者に"パーフェクト・ストア"のクーポン券と他のデパートのクーポン券を提示し,欲しいほうを選んでもらいます。この選択率を,お世辞が含まれていないパンフレットを読んだ学生の選択率と比較します。見え透いたお世辞のせいで,このデパートのクーポン券を選ぶ人は増えるでしょうか,それとも減るでしょうか?
実験の結果,"パーフェクト・ストア"のクーポン券を選ぶ割合は,見え透いたお世辞が含まれていた対象者のほうで高くなりました。さらに興味深いことに,パンフレットを読んだ当日に選んでもらうのではなく,3日後に再度実験室に来てもらったときに選んでもらうと,さらに選択率が上昇しました。つまり,見え透いたお世辞にも効果があり,その効果は時間が経つと増大する,という結果が得られたのです。
顕在的態度と潜在的態度
なぜこのような結果になったのでしょうか? 著者らはこの結果を,社会心理学の分野で提唱されている「二重態度モデル」によって説明します。
このモデルによれば,私たちが他者や物事に対して持つ態度(たとえば,好き-嫌い)には,より意識的な態度である顕在的態度と,より無意識的な態度である潜在的態度の2つがあり,心のなかに共存しています。
- 顕在的態度は...
- 自分で意識することができる態度です。
- ふつうの質問紙で測定できます。
- 心の中の推論メカニズムによって形成されます。なぜその態度を持つに至ったのかを自分で意識することができます。
- 顕在的態度が行動と結びつくのは,心のなかでの情報処理にある程度のゆとりがあり,かつ,顕在的態度に基づいて行動しようという動機があるときに限られます。
- 顕在的態度は時間の経過とともに行動への影響力を失っていきます。
- 潜在的態度は...
- 自分では意識しにくい態度です。
- 従って,ふつうの質問紙では測定できません。
- 心のなかにある連想的なメカニズムによって形成されます。なぜその態度を持つに至ったのかを自分で意識することはできません。
- 潜在的態度は私たちの行動に自動的に影響します。その影響を食い止めるのは困難です。
- 潜在的態度が行動に与える影響力は,時間が経過してもあまり減少しません。
二重態度モデルからみたお世辞の効果
著者らはこの二重態度モデルに基づき,お世辞を受け取ったときの心理的プロセスについて次のように考えます。
- 私たちは多かれ少なかれ,自分を価値ある存在だと思いたいと願っており,そう思わせてくれるような情報を求める傾向(自己高揚動機)を持っています。
- お世辞は自己高揚に貢献してくれます。そのせいで,私たちはお世辞の送り手に好意を持ちます(潜在的態度)。
- しかし私たちは,お世辞の背後にある下心に気がつくと,送り手への好意を意識的に割り引きます(顕在的態度)。ここで重要なのは,割り引き前の態度も潜在的態度として残っている,という点です。
- その後の行動には,顕在的態度と潜在的態度の両方が影響します。従って,見え透いたお世辞であっても,潜在的態度を経由してその後の行動に影響する可能性があります。
- 顕在的態度が行動に与える影響は,態度形成からの時間の経過とともに減少しますが,潜在的態度の影響は減少しません。従って,見え透いたお世辞が行動にもたらす影響は,時間が経つとより強くなります。
行動に影響するのはどちらの態度か
この説明の妥当性を示すために,著者らはいくつかの証拠を示しています。そのなかから二つ紹介しましょう。
一つ目は,"パーフェクトストア"に対する好意度に基づく証拠です。上の実験で著者らは,対象者にクーポン券を提示する前に,"パーフェクトストア"に対する好意度を測定していました。好意度が高い人のほうが,このデパートのクーポン券を選択しやすいはずです。つまり,ある人の態度(好意度)と,その人の行動(クーポン券選択)との間には統計的な結びつきがあるはずです。
さて,著者らは好意度を「好き-嫌い」などのいくつかの評定項目(9件法評定)によって測定しましたが,その際に次の2種類の方法を用いました。
- 顕在的態度測定... 9件法評定項目に,時間制限なしで答えてもらう。回答は意識的な好意(顕在的態度)を反映しています。
- 潜在的態度測定... 9件法評定項目に,1項目5秒以内で答えてもらう。この場合,対象者は自分の好意を意識的に振り返る余裕がなくなるので,回答はより無意識的な好意(潜在的態度)を反映するはずだと考えられます。
著者らは顕在的態度と潜在的態度のそれぞれについて,それがクーポン券選択と統計的にどの程度結びついているかを調べました。その結果,お世辞の直後の選択は顕在的態度と,3日後の選択は潜在的態度と強く結びついていることが示されました。つまり,見え透いたお世辞の直後の行動には意識的に割り引いた好意が影響するが,時間経過後の行動には割り引き前の好意が影響するわけです。この結果は著者らの説明と合致しています。
自己高揚動機とお世辞の効果
二つ目の証拠は,対象者の自己高揚動機とお世辞との関係です。 著者らの説明に基づけば,自分が価値ある存在だと思わせてくれるような情報を求めている人(自己高揚動機が高い人)は,見え透いたお世辞の送り手に対してより好意的な潜在的態度を持つ,と予測できます。
そこで著者らは次のような実験を行いました。対象者に"パーフェクト・ストア"のパンフレットを見せる前に,自分の長所をリストアップ,ないし短所をリストアップしてもらいます。自分の短所を挙げさせられた人は,一時的に自己評価が低くなり,そのぶん自己高揚動機が高くなり,従ってお世辞の送り手に対してより好意的な潜在的態度を持つ,と考えられます。従って,長所を挙げさせられた対象者と短所を挙げさせられた対象者を比較すると,"パーフェクト・ストア"に対する顕在的な好意は変わらないが,潜在的態度は後者で高い,と予測できます。実験の結果はこの予測に合致していました。
この研究は,社会心理学者ウィルソンらの二重態度モデル(Wilson,Lindsey,&Schooler 2000)をマーケティング研究の領域に持ち込んだものです。理論的にはいわば"直輸入"の状態ですし,実証の方法論自体もこの領域でよく用いられている枠組みを踏襲しています。その意味ではあまり新味のない研究なのですが,小売業者の顧客に対するお世辞という,ごく身近な題材を選んだところに勝因があると思います。
また,実験研究としてみると,デザインにおいて洗練されているとは言い難いと思います(たとえば,実験1A,1Bで統制条件を設けていないところや,潜在的態度測定と顕在的態度測定で評定項目を変えてしまっているところなど)。しかし,潜在的態度の測定という微妙な問題に取り組み,うまく結果を引き出している技量は注目に値すると思います。
この論文の著者らは,どちらかというとお世辞による態度変容に焦点を当てており,態度変容が行動に与える影響についてはあまり突っ込んだ議論をしていません。しかし,潜在的態度が影響を与えやすい消費者行動はどのようなものか,という論点も重要だと感じました。
理屈から言えば,意識的・制御的な推論プロセスに依存する消費者行動は顕在的態度の影響を受けやすく(従って見え透いたお世辞は効かず),連想のような無意識的・自動的メカニズムに依存する行動は潜在的態度の影響を受けやすい(従って見え透いたお世辞が効く)はずです。
小売店舗の選択がそのどちらに相当するかは,状況によって異なると思います。きちんと考えるための材料・知識と動機付けを持っている場合には意識的推論に基づく行動となり,そうでない場合には無意識的メカニズムに依存する行動となるでしょう。この論文の実験では,対象者に与えられた情報は薄いパンフレットだけなので,図らずして無意識的なメカニズムに依存する課題となり,その結果として,見え透いたお世辞が行動に対して与える効果がクローズアップされたのではないでしょうか。
マーケティング活動に当てはめて考えると,私のようなファッションに無関心な客に対して紳士服チェーンが見え透いたお世辞をためらわないのは正しいけれど,自動車の購入のためにディーラーを何社か回っている見込み客にディーラーのセールスマンが見え透いたお世辞を使うのは危険だ,という予測ができそうです。さらにいえば,同じ自動車ディーラーであっても,購入後のアフターケアにおいて見え透いたお世辞を使うのは,顧客のロイヤリティを向上させる効果を持つかもしれません(ロイヤリティ形成は無意識的なプロセスであるかもしれないから)。
このように,この研究の知見を実務に当てはめる際には,「見え透いたお世辞にも効果がある」と単純に捉える前に,そもそもそれがどのような状況におけるお世辞なのか,消費者のどのような行動に対する効果を問題にしているのか,という点に注意する必要があると思います。
Chan, E., Sengupta, J. (2010) Insincere flattery actually works: A dual attitudes perspective. Journal of Marketing Research, 47(1), 122-133.
要約
本研究はお世辞とその効果について二重態度説に基づく洞察を提供する。マーケティング主体がお世辞を使い,かつその隠された動機が明白であった場合には,受け手はその賛辞を割り引いて受け取るが,その割り引かれた評価(顕在的態度)だけではなく当初の喜び反応(潜在的態度)も残ることを示す。さらに,潜在的態度は受け手がそれを意識的に修正した場合でさえお世辞の微妙な影響を強め,顕在的評価よりも強い影響をもたらすことを示す。また,お世辞によって引き起こされる顕在的態度と潜在的態度の分離が減少するプロセスとそのメカニズムを示し,基盤にある心的過程を明らかにする。本研究の知見は,お世辞研究と二重態度研究の両方に対して示唆を与える。
(イントロダクション)
説得においてお世辞が効果を持つことは知られているが,見え透いたお世辞(隠れた動機に基づく不誠実なお世辞だと受け手が知っているお世辞)の場合はどうか? 直観的には,受け手はお世辞の効果を割り引き,自分の好意的反応を補正するものと思われる。先行研究もこれを支持している。
これに対し,本研究は二重態度理論の観点から以下のように示唆する:
- 受け手は不誠実なお世辞を意識的に割り引いて評価するが(顕在的態度),にもかかわらず,元のポジティブな反応(暗黙的態度)も残る。
- どちらの評価が反応時に現れるかは,反応時の諸条件によって決まる。
- 暗黙的態度は顕在的態度に比べ,否定的情報への耐久力が強く,時間が経過した後の行動をより良く予測する。
本研究は以下の貢献をなす。
- 顕在的態度の変容と潜在的態度の変容とは,時間が経過した後にもたらす効果が異なることを示す(二重態度研究への貢献)。
- お世辞によってつくりだされた潜在的態度と顕在的態度のあいだの差異についての境界条件を理論的に導き,
- 2つの態度が収束するのはどのようなときかを示す(二重態度研究への貢献)。
- お世辞の効果が緩和されるのはどのようなときかを示す(お世辞研究への貢献)。
1. 理論的枠組み
1.1 お世辞の効果
先行研究によれば,お世辞は受け手の送り手についての判断にポジティブな影響を与える。この効果の背後にある重要な要因は自己高揚動機であると考えられている。
いっぽう消費者研究においては,受け手はお世辞の効果に抵抗できる場合があるということが示されている。(小売の状況のように)お世辞の背後の隠された動機が明白である場合には,受け手はマーケティング主体の説得術についての先行知識を引き出し,賛辞を隠された動機へと帰属させ,ポジティブな印象を補正する。
1.2 二重態度の役割
近年の社会的認知研究では潜在的な指標・過程についての関心が高まり,潜在的態度が重要な役割を持つと考える新しい態度理論が生まれた。潜在的態度とは,自動的に活性化され,多くの場合意識されない評価反応であり,いっぽう顕在的態度は,意識的に制御して表出できる,意識された判断である。この2つの態度は,それらを生み出す情報処理システムも異なると考えられている(論理的・抽象的な推論と,単純連合形成に基づく判断)。
同じ対象に対する潜在的態度と顕在的態度は,記憶に置いて独立に共存すると考えられている。この見方によれば,顕在的態度の変容が生じても,元の態度は潜在的態度として意識の外側に残る。反応時に十分な認知資源がある場合は,顕在的態度が潜在的態度を覆い隠す。そうでない場合は,自動的に活性化した潜在的態度が現れる。
この二重態度モデルをお世辞に適用し,以下のように提案する。隠された動機が明白であるお世辞を受け取ると,受け手は2つの異なる態度を形成する。自己高揚動機による即時的なポジティブ反応(潜在的態度)と,割引メカニズムによって結成されたポジティブでない態度(顕在的態度)である。前者は残存し,(認知資源が制約された評価課題のような)潜在指標で観察できる。
1.3 潜在的態度と顕在的態度の相対的影響
さらに本研究では,潜在的態度がその後の結果に大きな影響を与えうることを示す。 特に次の2点に注目する。
1) 時間経過後の行動を予測するのはどちらの態度か。この問題は二重態度の研究ではこれまで検討されてこなかった。理論的には,自動的に活性化される潜在的態度のほうがよりアクセス容易である。そこで我々は,潜在的態度のほうがお世辞の後の行動のよい予測子となる,と予測する。
2) お世辞の送り手についてのネガティブ情報に対して抵抗力があるのはどちらの態度か。たとえば,店員にお世辞を言われたあとで,友人が「その店員がとても不親切だ」と言ったとき,どちらの態度がより変化するか。理論的には,顕在的態度のほうが変化しやすいと予測できる。なぜなら,潜在的態度を形成する連合学習システムは情報の真偽の評価に関わらないのに対し,顕在的態度を形成する命題的推論システムは情報をその真偽という観点から処理するからである。
1.4 潜在的態度と顕在的態度の相違の境界条件
我々の考え方によれば,お世辞がポジティブな潜在的態度を産み出すのは自己高揚動機のせいである。従って,自己高揚動機が低い場合(例, お世辞の前に自己肯定化がなされていた場合)は,お世辞の潜在的態度への影響は小さくなると予測できる。
なお,上記の予測は名前-文字効果(自分の名前に含まれている文字は好まれやすい)での先行研究と整合する。自分の長所を書き出した直後は名前-文字効果が消失することが知られている。
(まとめ: 本研究の目的)
- お世辞が潜在的態度を顕在的態度をつくりだし,前者のほうが好意的であるということを示す
- 潜在的態度と顕在的態度がその後の反応に及ぼす影響のちがいを調べる
- このちがいの理論的な「境界条件」を同定する
2. 実験1A
2.1 概観と実験計画
- 被験者: 学生55名
- 実験計画: 指標タイプ(顕在 vs 潜在)。被験者間。
2.2 手続き
1) 第1セッション
- 新規開店したデパート"Perfect Store"からパンフレットが届いたと想像させ,そのパンフレットを提示。そのなかにに以下の文章がある。「あなたに直接ご連絡したのは,あなたがファッショナブルでスタイリッシュな方だということを存じ上げているからです。あなたのファッション・センスはクラッシーかつシック。特別なファッション・センスをお持ちのあなたなら,新シーズンの必須アイテムをそろえた私たちのコレクションを,きっとお楽しみいただけます。」 (下心のあるお世辞だと感じられることを別途確認済)
- このデパートについての評定課題。9件法。練習用5項目,態度2項目(like-dislike, unfavorable-favorable),誠実さの知覚3項目。態度と誠実さの順番はカウンターバランス。
- 潜在指標群... 評定キーを5秒以内に押さなければならない。
- 顕在指標群... 時間制限なし
2) 第2セッション(三日後)
- 第1セッションでの自分の回答をみせる
- 評定課題。9件法。行動意図2項目(この店で服を買いたいか; 自分はこの店のロイヤルティ・クラブの会員になりそうか),説得意図の知覚1項目(チェック用)。
2.4 結果
- 好意度評定の平均... 潜在指標が有意に高い (5.71 vs 5.02)。
- 誠実さ知覚の平均... 潜在指標が有意に高い (5.35 vs 4.55)。(※引用者注: 著者らは時間制限下での評定課題が潜在的態度の指標となると考えているが,それは先行研究に基づく前提に過ぎない。「時間制限のもとでは評定値が高めになる」傾向があるのかもしれないので,この結果自体は示唆的ではないと思う)
- 3日後の行動意図の平均 ... 差なし (潜在群5.12, 顕在群5.19)。
- 好意度と3日後の行動意図の相関 ... 潜在指標で有意に高い (0.75 vs 0.14)。
- チェック: 反応時間平均は潜在条件2820ms, 顕在条件5834ms。説得意図の知覚に差なし。
3. 実験1B
3.1 手続きと結果
- 被験者: 学生66名
- 実験計画: 指標タイプ(顕在 vs 潜在)。被験者内に変更。
- 手続きの変更点: 評定課題を変更。下記2課題を,5分間のフィラーをはさんで実施。順序はカウンターバランス。
- 潜在評定課題 ... 時間制限つきで2項目を評定(like-dislike, unfavorable-favorable)
- 顕在評定課題 ... 時間制限なしで2項目を評定(bad-good,poor-excellent)。
- 結果
- 潜在指標が有意に高い (5.06 vs 4.33) (※引用者注: 項目が異なるので比較できないのでは?)
- 順序の効果なし。いったん顕在的判断が行われた後も潜在的態度が残ることを示唆。
3.2 考察
- お世辞の二重の効果を示した。
- 時間経過後の行動に対しては潜在的態度のほうが良い予測子となることを示した。
- 一般に,制御された行動は顕在的態度をより強く反映する。しかし本実験では,制御された行動を指標としたにも関わらず,それは潜在的態度によって良く予測された。これは時間経過によって顕在的態度へのアクセス容易性が低下したからであろう。
4. 実験2
- 時間経過の効果を検討する。
- 選択行動の指標を用いる。
- 時間経過後の行動を潜在的態度がうまく予測することの代替説明を排除する。
4.1 デザインと手続き
- 被験者: 学生200名
- 実験計画: 指標タイプ(顕在 vs 潜在) x 行動のタイミング(直後 vs 3日後)。被験者間。別途,統制群を設ける。
- 手続きの変更点(実験1Aから):
- 評定項目を態度(like-dislike)と誠意の2項目に変更。
- 第二セッションを直後ないし3日後に行う。
- 第二セッションでは,(1)買い物する見込みを聴取(9件法)。(2)"Perfect Store"と,よく似たデパート"RovoStore"のHK$50ぶんのクーポン券を提示し選択させる。(3)操作チェック項目。
- 統制群では,お世辞抜きのパンフレットを読ませた後,選択課題。
4.2 結果
- 店舗評定: 指標タイプの主効果あり(潜在的指標の平均5.18, 顕在的指標の平均4.37)。
- クーポン券選択率:
- 直後は64%, 時間経過後は80%。
- 指標タイプ,タイミング,店舗評定を独立変数としたロジスティック回帰で,3次の交互作用が有意(図を参照)。買い物見込みも同様の結果。
- 代替説明の排除:
- 時間経過によって,送り手の説得意図の知覚が店舗から切り離され,パンフレットで与えられた店舗の属性情報(すべてポジティブ)のみに基づく選択が行われるようになったのではないか?
- この説明によれば,統制群の選択率は実験群の時間経過後の選択率と一致するはず。
- しかし,統制群の選択率は59%だった。
4.3 考察
- 実験1A,1Bの結果を実際の選択行動において再現した。
- 二重態度研究では,顕在的な行動は顕在的態度が良い予測子となるといわれてきた。これに対し本研究は,時間が経過すると潜在的態度が良い予測子となることを示した。
5. 実験3
- お世辞によって形成された態度は,その後のネガティブ情報に対してどの程度の抵抗力を持つか。
- 潜在的態度と顕在的態度が分離する境界条件を同定する。自己高揚動機が満たされている状況では,お世辞による潜在的態度の向上はみられなくなるはずである。
5.1 デザインと手続き
- 被験者: 学生105名
- 実験計画: 自己評価(脅威 vs 肯定) x 指標タイプ(顕在 vs 潜在)。被験者間。
- 手続き:
- 第一ステージ:自己評価操作。自己肯定群には自分の良い点を,自己脅威群には自分の変えたい点を,それぞれ書き出させる。
- 第二ステージ:(1)刺激提示(実験1Aと同じ)。(2)評定。態度2項目,誠実さ知覚1項目。(3)フィラー課題(10分間)。(4)別のブックレットを提示。"Perfect Store"に最近行った人のネガティブな経験が含まれている(例, スタッフが不親切)。(5)再度評定。
5.2 結果
- お世辞後の評定: 自己脅威群では潜在的態度のほうがポジティブ。自己確認群では差無し。
- ネガティブ情報後の評定: 顕在的態度は大きく低下したが,潜在的態度はあまり低下しなかった。自己評価の効果なし。
5.3 考察
- 潜在的態度はネガティブ情報に対し抵抗力がある。
- 自己肯定はお世辞の効果(特に潜在的態度への効果)を抑制する。この知見は仮説に合致。
6. 全体的考察
- 理論的貢献:
- お世辞の二重の効果を示した。
- 従来は,潜在的態度は潜在的行動に,顕在的態度は顕在的行動に影響すると考えられてきた。本研究では,時間経過後には潜在的態度が影響することを示した。
- 潜在的態度のほうがネガティブ情報に対する抵抗力があることを示した。
- お世辞によって形成される潜在的態度と顕在的態度の差が生じる境界条件を示した(自己高揚動機)。
- 実務的示唆:
- お世辞という説得戦術は,対象者が下心を割り引いても,対象者の自動的反応に対して影響を及ぼす。
- お世辞は短期的にはネガティブな効果を持つかもしれないが,時間経過後の効果はポジティブであり,また攻撃に対する抵抗力を持つ。
- お世辞の効果が消失する場面を示した(自己高揚動機が低いとき)。
7. 限界と今後の研究
- 実際の対面場面で検証する必要がある。
- 好意の割引の程度について検討する必要がある。
- 例, 見え透いたお世辞による好意の割引が大きいせいで,お世辞がなかった場合に比べて顕在的な好意が下がることがあるか。
- 著者らの未報告の研究によれば,顕在的態度はお世辞によって変化しない。
- いっぽうお世辞の先行研究では,見え透いたお世辞によってかえってネガティブな態度が形成されると報告されている。この問題は,マーケティング主体が用いる説得戦術について,消費者がどの程度発達したスキーマを持っているかに依存するだろう。先行研究は北米が主で,北米では消費者が説得戦術の知識を多く持っているからネガティブな態度が形成されやすいのではないか。(本研究は香港での実験研究。)
- ネガティブ情報への抵抗力についてさらに検討する必要がある。
- 本研究では,潜在的態度のほうが抵抗力があった。
- 一方,言語的な情報は顕在的態度を変え,潜在的プライムは潜在的態度を変えるという研究もある。