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2010年4月27日 (火)

新書ばかりだ... やれやれ...

Bookcover 丸山眞男―リベラリストの肖像 (岩波新書) [a]
苅部 直 / 岩波書店 / 2006-05-19
丸山真男の人生を辿りつつその思想を紹介する,という内容。
 存命のころにはこの偉い先生の本を読んだこともなかったので,いまいちぴんとこないのだが,丸山真男が活発に著述活動を繰り広げていたのは60年代半ばまでなのだそうだ。有名な「文明論之概略を読む」などは,すっかり寡作になった晩年の著作である由。ふうん。

Bookcover 平家の群像 物語から史実へ (岩波新書) [a]
高橋 昌明 / 岩波書店 / 2009-10-21
歴史学者からみた平家物語。
先日,石母田正「平家物語」というとても面白い本を読んだのだが,あとがきによればこの本の著者は,まさにあの本を若き日に読んで歴史研究を志したのだそうだ。そうか,そういう名著だったのか。。。

Bookcover 電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書) [a]
佐々木 俊尚 / ディスカヴァー・トゥエンティワン / 2010-04-15
電子ブックが出版文化を変えるよ,という本。明るい!不思議なくらいに明るく前向きなスタンス。

Bookcover 次に来るメディアは何か (ちくま新書) [a]
河内孝 / 筑摩書房 / 2010-01-07
著者は元毎日新聞の重役で,辞めると同時に新聞社ビジネスの内情をあからさまにした本を書いて話題となった人。その際は古巣に対する思いを切々と綴っておられたが,その後はメディア研究者として地歩を築かれた模様。この本では,2012年には日本のメディア業界は4大メジャー+2グループに集約されている,という大胆な予想を示している。すなわち,NHK, フジ=ドコモ, 読売・日テレ=ソフトバンク,朝日・テレ朝=KDDI,そして日経グループ,エイベックス=吉本=ジャニーズ連合。他の全国紙には特に言及がない。ううむ。上記の佐々木俊尚さんではないが,もう未来のことで頭が一杯なのであろう。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「丸山真男」ほか

Bookcover イムリ 1巻 (BEAM COMIX) [a]
三宅 乱丈 / エンターブレイン / 2007-07-25
Bookcover イムリ 2巻 (BEAM COMIX) [a]
三宅 乱丈 / エンターブレイン / 2007-07-25
Bookcover イムリ 3 (BEAM COMIX) [a]
三宅 乱丈 / エンターブレイン / 2008-01-30
2006年から連載しているSFファンタジー。すでに大きな賞をもらったりしている。評判通り,とても面白い。
 驚いたことに,1巻は物語世界の紹介が主で,ほとんど話が動かない。いま大人気の風呂マンガ「テルマエ・ロマエ」といい,エンターブレインはまあよくこんなマンガの連載をはじめられるものだ。

Bookcover アイアムアヒーロー 1 (ビッグコミックス) [a]
花沢 健吾 / 小学館 / 2009-08-28
Bookcover アイアムアヒーロー 2 (ビッグコミックス) [a]
花沢 健吾 / 小学館 / 2009-12-26
鬱屈した青年の日々を描くマンガかと思ったら,意外にも,途中からジョージ・ロメロの映画「ゾンビ」のような展開に...

Bookcover あかい他人(全) (ビームコミックス) (BEAM COMIX) [a]
山川 直人 / エンターブレイン / 2010-04-24

Bookcover X細胞は深く息をする (New COMICS) [a]
やまあき道屯 / サンクチュアリパプリッシング / 2010-04-03

Bookcover デトロイト・メタル・シティ 9 (ジェッツコミックス) [a]
若杉 公徳 / 白泉社 / 2010-03-29

Bookcover パパがも一度恋をした 1 (ビッグコミックス) [a]
阿部 潤 / 小学館 / 2010-01-29

Bookcover 縁側ごはん (芳文社コミックス) [a]
河内 遙 / 芳文社 / 2010-04-19

Bookcover とろける鉄工所(4) (イブニングKC) [a]
野村 宗弘 / 講談社 / 2010-04-21

Bookcover ラブやん 13 (アフタヌーンKC) [a]
田丸 浩史 / 講談社 / 2010-04-23

コミックス(-2010) - 読了:「イムリ」ほか

2010年4月19日 (月)

Bookcover マンガの脚本概論 [a]
竹宮 惠子 / 角川学芸出版 / 2010-04-08
前にこの著者が書いたマンガの指導書を読んだことがあって,それは俺のような一読者にはものすごく面白い内容だったのだけれど,マンガ家を志している人にとっては,きっと無闇に居丈高な内容だと感じられるだろうなあ,と思ったのを覚えている。それに比べ,この本はずっと穏やかで,教育的配慮に満ちたものであった。著者はいまや大学教授だから,きっと大学での教育経験が効いたのであろう。

 マンガ学部の学生に短歌を与え,それを題材に2ページの作品を作らせるという課題の作例が紹介されている。海辺の高台にある別荘に,いま到着したとおぼしき家族がいて,ローティーンの娘だけがつまらなそうにそっぽを向いている。風が少女の麦わら帽子を飛ばす。追いかけた少女が驚いて立ち止まる。足下には浜辺と広大な海原が広がっている。少女が喜びに目を見開く。そこにかぶせて「門前より 見下ろす浜の人の群れ 地曳網いま上りたるらし」... 上手いじゃないですか。
 さて,竹宮先生のコメント。「良く描けていますが基本的にはワン・アイデアです。それを『お話』の段階にレベルアップさせるためには,ダブルストーリー的な前振りと落としどころが必要です」「女の子が別荘に到着したとき,『つまんない』と思っている言葉が入っていれば,また展開が変わります。『つまんない』と思いながら散歩に行ってみたら,予想外に新鮮なものがみられたという話にすることもできる。その情景だけを見るのではなく,サイドストーリーを用意することがそれを可能にするのです」なんだか偉そうですよね。
 そこで登場するのが,竹宮恵子自らが同じ短歌を題材に描いた2ページの作品。これが,もう,一瞬言葉を失う巧さ。これがダブルストーリーか! そしてこれが落としどころか! 先生ごめんなさい,お言葉の深さを垣間見ました,とひれ伏したい気分になった。

 というわけで,マンガ家生活40年の凄みに打たれる内容であったが,読み終えて思うに... 現代のマンガ表現がどれほどの洗練の高みに達しているかということと,そのようなマンガの将来が明るいかということは,別の問題である。浮世絵の名摺師,SLのベテラン機関士,活版印刷の達人など,頂点に達した名人芸がその産業もろとも滅んでいくという例は枚挙に暇がない。竹宮先生は十分に逃げ切れるからいいとして,いま大学でマンガを学ぼうという学生さんたちは,そのあたりどう考えているのだろうか。もっとも,そこまで考えても仕方がないのかもしれないけれど。

Bookcover 競争と公平感―市場経済の本当のメリット (中公新書) [a]
大竹 文雄 / 中央公論新社 / 2010-03
ここのところの通勤本。この先生の本はいつも面白い。
貧困対策のために最低賃金を引き上げようという民主党の公約があり,いやそんなことをしたら雇用が減ってしまいかえって貧困が拡大するのだという批判があるけれど,この本によれば,いや最低賃金を引き上げても雇用率は下がらないのだよ,という実証研究があったり(最低賃金付近の労働市場は買い手市場で,低賃金に対して労働者は働かないことを選ぶから),それに対してまた実証ベースでの批判があったりで,論争になっているのだそうだ。へええ。

Bookcover キンドルの衝撃 [a]
石川 幸憲 / 毎日新聞社 / 2010-01-30
便乗本っぽいタイトルなので,あまり期待せずにめくったのだけど,意外に興味深い内容であった。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「マンガの脚本概論」ほか

Bookcover 世界の合言葉は水―安堂維子里作品集 (リュウコミックス) [a]
安堂 維子里(あんどういこり) / 徳間書店 / 2010-03-15
短編集。著者についてはよく知らないが,きっと新人作家だと思う。「体力のない五十嵐大介」という感じだけど,まあそれはそれで面白い。ひょっとするとこれから大化けする人なのかも。

Bookcover インド夫婦茶碗 (14) (ぶんか社コミックス) [a]
流水 りんこ / ぶんか社 / 2010-04-02

コミックス(-2010) - 読了:「世界の合言葉は水」ほか

先週金曜夜は村上春樹の新作を一気読みしてしまったのだが,欲望(?)の赴くままに読みふけってしまったのをかなり後悔している。もったいない。ほんとはもっとゆっくり楽しみたかった。きちんと読めているのならばまだいいけれど,直後に読み返すと「あれ? こんな描写があったっけ」と不思議に思うような凄まじい斜め読みぶりだから,余計に始末に悪い。かといって,自慢できるほど速く読めるわけでもないし。もう少し落ち着いた読み方をしたいものだ。
 10代後半に,朗読の入門書とか「NHKアナウンスセミナー」といった本を片っ端から読みまくったことがあった(放送部だったのです。あははは)。印象に残っているアドバイスのなかに,とにかく早口ほど直すのが難しいものはない,直すためには詩の朗読を繰り返すしかない,というのがあった。数年前にふとそのことを思い出し,そうだ,詩集を真剣に読めば,多少は丁寧に本を読めるようになるかも... と考え,何冊か面白そうなものを買い込んだ。で,それらの本はまだ未読のまま本棚にある。あーあ。

Bookcover ラスト・チャイルド(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫) [a]
ジョン・ハート / 早川書房 / 2010-04-30
Bookcover ラスト・チャイルド(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫) [a]
ジョン・ハート / 早川書房 / 2010-04-30
土曜日の非常勤講義終了後,自分へのご褒美のつもりで,久々に翻訳ミステリを買ってきた。「キングの死」のジョン・ハートの第三作。で,土曜夕方からページをめくりはじめ,すっかり引き込まれ,日曜夕方に読了。ああ,そんなはずではなかったのに。誰か俺を止めてくれ。
 えーと,面白い小説であったと思う。それにしても,ここ数年のあいだに読んだアメリカのサスペンス小説って,家庭崩壊とペドフィリアがテーマのものがやたらに多かった(「ミスティック・リバー」が良い例だ)。逆にいうと,純粋な悪ってもうペドフィリアくらいしかいないんですかね。いまさらナチスというわけにもいかないし。

フィクション - 読了:「ラスト・チャイルド」

2010年4月17日 (土)

Bookcover 1Q84 BOOK 3 [a]
村上 春樹 / 新潮社 / 2010-04-16
忙しい忙しいといいつつ,発売日についつい買ってしまい,帰宅してついつい読みふけってしまい... 深夜に読了。おかげで数時間しか寝られなかった。

フィクション - 読了:「1Q84 Book 3」

 夢というのは不思議なもので,見ているときは胸を裂かれるほど哀しいのに,目覚めてから思い出してみるとなんだか可笑しかったりすることがある。ひょっとしたら,実生活で感じる感情も,本質的には夢の中のそれとおなじく,目覚めてしまえばどうでもよい,可笑しなものなのかもしれない。死ぬまで目覚めることがないという点がちがうだけで。
 夢には他にも不思議な点があって,たとえば最近みた以下の夢に出てくる「小杉礼子」という名前がどこから出てきたのか,さっぱりわからない。教育社会学者で同名の方がいるが,それがなぜここで出てくるのか。突然ビートたけしが出てくるという豪華キャストぶりも無軌道すぎる。「妻」役を演じていたのも誰か有名な女優だったと思う。

 通路が奇妙に入り組んでいる食品スーパーのエスカレータ脇で,俺は古ぼけたPHS端末のキーをつついている。妻に電話を掛けようとしているのだが,電波が弱く,発信音さえ時折ガリガリという音とともに途切れてしまう。電波の状態が良い位置を探して数歩移動すると,周囲の人々が俺を見遣ってひそひそと話す気配がある。「あら,あの人が旦那さんなの。そぉー」俺はうつむいたままPHSを耳に当てる。ようやくつながった回線からは,しかし英語の早口のテープが流れ,ぶちん,と切れる。
 「礼子さん」「礼子さんだわ!」売り場の遠くからざわめきが聞こえてくる。見ると,バックヤードに通じるドアから,パステルカラーのスーツ姿の妻が早足で歩み出てくる。後に従えた男たちを置き去りにして,ピンク色の小さな帽子をかぶった高齢のパート店員に駆け寄り,両手を広げて抱きつく。他の店員たちが仕事の手を止めて集まりかけるのを笑顔の身振りで止め,しきりに話しかける数人の店員たちに言葉を返し,親しげに肩を叩く。何度かカメラのフラッシュが光る。このスーパーこそ,かつて彼女がその伝説をつくった場所であり,彼女はいまも従業員たちから偶像視されているのだ。
 短い会話を交わした後,彼女は大きなハンドバックから取り出したクリップボードを構え,冷蔵ケースを真剣な表情で見つめながら,ケース沿いにゆっくり歩いてくる。周囲の人々は気を遣って距離をおく。
 小杉礼子とは妻のペンネームだ。もはやその名前を知らない人はいない。俺は歩み寄り,おずおずと声をかける。「電話かけたんだけど...通じなかった」妻はレタスに目を向けたまま,「Vodaphoneに変えたから。いまちょうど切り替え中」「え,Vodaphone?」 携帯電話業界の度重なる再編劇の末,超富裕層だけを顧客とするラグジュアリ・キャリアとして復活した,あのVodaphoneか。目の飛び出るような金を払ったに違いない。「国際ローミングがね...」妻はなにか理由らしきことを呟く。
 A4のペーパーを恐る恐る手元に差し出し,俺は口ごもる。「その...」「なに?」「事業計画書。書いてみたよ」彼女は黙ってペーパーに目を落とす。

 事業計画書というものには,市場環境とか商品の特徴とかターゲットとか販売方法とか,そういうことを書くのだろうと俺は想像していた。実際に事業計画を書くことになってはじめて知ったのだが,人体には腹部に事業のツボが4つあり,そこにごく小さなネジを埋め込み微妙な角度で回すことによって,血液の流れが良くなり,事業は成功する。事業融資申請の際にはそのネジを回す角度について明示する必要があり,その書類を事業計画書というのである。その書き方を身につけることは起業家の必須条件といえる。妻はそれをどこで学んだのだろうか,と俺はふと不思議に思う。俺は一昨日,ようやくその初歩を習い覚えたばかりだ。沖縄の真っ白な砂浜で,身内との抗争のなかで自らの命さえ風前の灯火となったアロハシャツのヤクザが,遠慮がちに制止する子分達を無視し,仰向けに横たわる女の脇にどっかりと腰を下ろして,俺に対して静かに「あんちゃん,よく見てな」と云った。シャツを捲り上げて陽光にさらけ出した女の腹部に祈るように顔を寄せ,芥子粒ほどの赤いネジを柔らかい皮膚にゆっくりと埋め込んでいく。あの手腕があれば,きっと堅気の事業家として成功できたはずなのに。彼は今日はもう生きてはいないだろう。
 妻は紙にさっと目を通す。「いいんじゃない。あとは事業本部と相談して」あっさりと紙を突き返してくる。俺はなにか冗談を言おうとする。「それにしても,変わったもんだね」あのVodaphoneがねえ,と続けようとして,妻が俺の言葉にはっと胸を打たれるのがわかる。勤務先を解雇され,途方に暮れたあの頃。家計を助けるためにはじめたスーパーのパートで,思わぬ才能が芽を吹き,たちまちにカリスマ店員として名を馳せ,その成功譚は大ベストセラーに。コンサルタントとして独立し,勤め先を首になった無能な夫の食い扶持をも稼ぐべく,歯を食いしばり必死に働いた。ああ,長い長い長い道のりを私は歩いてきたのだわ。という内心の独白が聞こえるようである。数秒宙を見つめ,それから妻は俯いて「そう,変わったものね。いろいろなことが」と呟く。なんだか余計な琴線に触れてしまったようだ,どうしよう,と思ったところで,あら,小杉さんじゃない,小杉さん!テレビいつもみてます! と嬌声があがり,妻は一瞬にして満面の笑顔を浮かべ,声の方向に顔を向ける。俺はそっと歩み去る。

 そもそも今の俺にはさしたる情熱などないし,世の中と積極的に関わりたいという気持ちは薄いし,特にやりたいこともないし,家でじっとしているのも嫌いじゃないし,妻のおかげでいまのところ食うには困らない。働く必要などないではないか。それなのに,なぜ事業計画書などを書いているのか。いきさつは思い出せないが,要するに,世間体を保つためになにか働いているふりをする必要があっただけではないのか。というようなことをぼんやりと考えながら,俺は駅から自宅に向かう道をとぼとぼと歩いている。日射しは柔らかいが風が冷たい。路上に散ったドラッグストアのチラシが舞い上がる。
 なにもかも止めてしまおう。家に閉じこもって,静かに,規則正しく暮らそう。天気の良い日には洗濯する。台所の床をこまめに拭く。ぬか漬けをつくったりするのもいいだろう。そして,いまも時々そうしているように,夕方になったら近所の公園に散歩に行こう。そこまで考えてはっと気がつき,俺は腕時計を見る。16時20分。しまった,すっかり忘れていた。この時間には公園のベンチに座っていたいのに。俺は早足で公園に向かって歩き始める。
 毎日この時間には,近所の女子高の生徒たちが,若い汗を散らしながら公園をジョギングする。それをただ眺めるために,夕方のベンチには暇そうな初老の男達が詰め掛ける。だから少し早めに席を確保しておかなければならないのだ。今からでも間に合うだろうか。急がなければ。ベンチに座れなくなってしまう。若い娘たちを眺めることができなくなってしまう。ベンチの目の前を娘たちはあっという間に通り過ぎていく。それはほんの一瞬のことだ。その一瞬を初老の男たちは愛おしむ。若さはあっという間に過ぎ去っていく。俺には時間がない。急がなければ。
 後方から娘たちの掛け声が聞こえてくる。わっせ,わっせ,ファイト,ファイト。どんどん近づいてくる。ああ,間に合わなかった。振り返る間もなく,娘たちの集団が俺に追いつく。紺と白の湿った布に包まれた,激しく律動する若い肉体が俺を取り囲み,両側をすり抜けていく。俺は足取りを乱し,よろけて立ち止まり,俯いて耐える。熱気と汗と,さびた鉄のような血の匂い。
 その嵐は突然過ぎ去っていく。こらえていた息を吐いて顔を上げると,公園に通じるまっすぐな道を,何十,何百,何千という女子高生たちが波のように遠ざかっていく。後ろ姿がどんどん遠のいていく。強い哀しみと痛みで俺は身動きできない。娘たちは走り去っていく。老いに向かって。死に向かって。

雑記 -

2010年4月16日 (金)

Vermunt, J.K., Magidson, J. (2002) Latent class cluster analysis. in Hagenaars & McCutcheon (eds) "Applied Latent Class Analysis," Cambridge Univ. Press. Chapter 3.
 潜在クラス論文集の第三弾。表題は「潜在クラスでクラスタ分析」という程度の意味で,量的指標と質的指標を統合的に扱う枠組みの紹介。著者はLatent Gold の開発者だと思う。事例のところで死ぬほど眠くなり,かっぱえびせん並の速度でボトルガムを口に放り込みつつ斜め読み。
 わかりやすい解説であった。あいにく頭が悪いもんで,クラス内共分散行列の固有値分解のくだりがよく理解できなかったが,これは元の論文にあたることにしよう。残りの章はかなりspecificな話題なので(3パラメータ・ロジスティック潜在クラスだとか),混合回帰の章だけ目を通して,あとはもう少しマーケティング寄りの文献にあたったほうがいいかも。

 はじめて潜在クラス分析を使ったとき,潜在クラスのpredictorである外生変数と,潜在クラスによって予測される内生変数(ないし潜在クラスの指標)が実質的にどうちがうのかがわからず,丸一日頭を抱えたことがあった。SEM関係のMLやMplusのサポート掲示板でもなんどか見かけた質問なので,初学者のFAQなのだろう。この論文には実にあっさりと,まあ似たようなもんよ,と書いてあった。ある意味,これは適切かつ親切なコメントだと思う。最初からそこで悩むのは生産的でない。やれやれ... よく「データの分析には経験が重要だ」なんていうけど,あれは実務家の願望に過ぎないんじゃないかなあ。多くの事柄は実務を通じて身につけるよりも活字で学んだ方が早い。

論文:データ解析(-2014) - 読了:Vermunt&Magidson(2002) 潜在クラスでクラスタ分析

McCutcheon, A.L. (2002) Basic Concepts and Procedures in Single- and Multiple-Group Latent Class Analysis. in Hagenaars & McCutcheon (eds) "Applied Latent Class Analysis," Cambridge Univ. Press. Chapter 2.

潜在クラスモデル論文集の2章。1章はえらい人のありがたい章という感じで,こっちがほんとのイントロダクションに相当するようだ。潜在クラスモデルの基礎的概念についてわかりやすく説明している。推定アルゴリズム(EMとニュートン・ラフソン)や適合度指標についても触れている。途中でめんどくさくなって斜め読みしちゃったけど。

潜在クラス変数をX, そのカテゴリカルな指標をA,Bとしたとき,潜在クラスモデルを
 $P(A=i \ and \ B=j \ and \ X=t)$
 $= P(X=t) P(A=i|X=t) P(B=j|X=t)$
というふうに,条件つき確率の積として定式化している本がある。また,2次までしか交互作用がない対数線型モデルとして,
 $ln(f^{ABX}_{ijt}) = \lambda + \lambda^X_t + \lambda^A_i + \lambda^B_j + \lambda^{AX}_{it} + \lambda^{BX}_{jt}$
というふうに定式化しているものもある。俺はどっちかというと後者のほうがしっくりくるのだが,A*Bの二元クロス表から考えると,前者のほうが直観的にわかりやすいだろう。とにかく,本や論文によって定式化の方法がちがうので,いささか混乱していた。
 しかしこの論文によると,両方の定式化ができるというのが潜在クラスモデルの価値を高めているとのこと。どっちの定式化でも同じ事なんだけど,一方では簡単に記述しやすい制約が,他方では記述しにくかったりするのだそうだ。その例として挙げられているのが,ある潜在クラスの下でのある指標の条件つき確率が0か1だ,という決定論的な制約。確率による定式化なら,$P(A=1|X=1) =1$ というふうに簡単に書けるが,対数線型モデルだと$\exp(\lambda^A_i + \lambda^{AX}_{it})=0$ ということになり,係数が負の無限大になってしまう。なるほどねえ... もっとも,そんな制約がいつ必要になるのか想像がつかないが。

ほんとはこんな論文を読んでいる場合ではない。潜在クラス分析関係で目を通したい資料は山積みになっているし,ほかにも「読みます!」と約束した資料があるし,そもそも講義の準備をせなばならん。ま・ず・い。。。

論文:データ解析(-2014) - 読了:McCutcheon(2002) 潜在クラスモデル入門

2010年4月15日 (木)

Bookcover 忠誠と反逆―転形期日本の精神史的位相 (ちくま学芸文庫) [a]
丸山 眞男 / 筑摩書房 / 1998-02
表題論文「忠誠と反逆」が大変面白くて,本に線を引きながら読んだ。いっぽう,もうひとつの有名な論文である「歴史意識の『古層』」は,なにがなんだかさっぱりわからず飛ばし読み。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「忠誠と反逆」

Bookcover 回顧七十年 (中公文庫) [a]
斎藤 隆夫 / 中央公論新社 / 2007-08
戦前に活躍した自由主義政治家・斎藤隆夫が,死の前年,昭和23年に出版した回顧録。歴史の知識が足りないもので,恥ずかしながら混乱していたのだが,有名な「粛軍演説」とはニ・ニ六事件直後の国会演説。いっぽう衆議院を除名されたのは,盧溝橋事件以降の軍部の独走を批判する「反軍演説」のせい。ごっちゃにしてました。
その後の翼賛選挙に非推薦で出て当選。敗戦後は即座に政治活動に乗り出し,公職追放の対象にもならず,片山内閣で大臣を務めたりしている。戦前の政治家という印象があったので,意外であった。

日本近現代史 - 読了:「回顧七十年」

Blodgett, J.G., Anderson, R.D. (2000) A Bayesian network model of the consumer complaint process. Journal of Service Research, 2(4), 321-338.

マーケティング領域向けに,ベイジアン・ネットワークはこんなに便利ですよ,と宣伝する論文。このたび急遽ベイジアン・ネットワークの勉強をする羽目になり(「急遽××の勉強をする羽目」ばっかりだなあ),書籍には出てこない泥臭い話を読みたくて目を通した。とはいえ,これも一種の啓蒙論文なのだが。
小売店に不満を持った顧客について,クレームをつけるかどうか,今後の購入意向,他人にその店のことを話すか,などを予測するベイジアン・ネットワークを構築する。事前知識でもって決め打ちした有向非巡回グラフにデータを与えて学習させている。意外なことに,構造探索の話は全然出てこなかった。マーケティング分野の実務家はむしろそっちに関心を持つのではないかと思うのだが。
いろいろ不思議に思ったことが多かったので,二,三メモしておくが,ひょっとしたらとんでもない無知をさらすことになるかも...

これは本題から離れるが。。。モデル内の変数のうち「店舗へのloyalty」などの5つの変数は多重指標を持つ構成概念であり,7件法のlikert法項目を各概念あたり3つくらい持っている。で,ベイジアンネットワークに乗せるために,レベルを離散的に表現する変数を前もって生成する。たとえば「店舗へのloyalty」ならば,「そのお店は私のお気に入りのお店です」といった項目が4つあり,それらの項目の回答で,対象者をloyalty高群と低群に分類するわけである。α係数は0.7くらい。7件法の回答はとりあえず間隔尺度データとみなすとして,さて,どうするか。
もし俺なら,PCAなり1因子CFAなりをやって,第一因子得点の高低で分けると思う。いっぽう著者らは,各指標の標準化得点を用い,k-means法で2群に分けている。k-means法を使った理由は(1)平均がきれいに違うグループをつくれるから,(2)あとで別のデータをモデルに投入するときに判別分析を使えばいいので楽だから,(3)ソフトが簡単に手に入るから,とのこと。うーむ。。。そのセンスがいまいちわからない。うまく整理できないのだが,なんだか引っかかる。

論文:データ解析(-2014) - 読了:Blodgett&Anderson(2000) ベイジアン・ネットワークで顧客不満の分析

Bookcover 3月のライオン 4 (ジェッツコミックス) [a]
羽海野 チカ / 白泉社 / 2010-04-09

Bookcover さよなら群青 3 (BUNCH COMICS) [a]
さそう あきら / 新潮社 / 2010-04-09
収録されている著者インタビューによれば,数々の賞を取りまくった傑作「神童」は,不人気で連載打ち切りになった作品だそうだ。わからないものだなあ。

Bookcover 探偵綺譚‾石黒正数短編集‾ (リュウコミックス) [a]
石黒 正数 / 徳間書店 / 2007-12-20

コミックス(-2010) - 読了:「3月のライオン 4」ほか

2010年4月11日 (日)

賢治に扮した農民「肺炎をこじらせてしまって。」
女車掌「あんまり無理をしたからでしょ。思い残すことは?」
賢治に扮した農民「ひろばがあればなあ。どこの村にもひろばがあればなあ。村の人びとが祭りをしたり,談合をぶったり,神楽や鹿踊をたのしんだり,とにかく村の中心になるひろばがあればどんなにいいかしれやしない。」
女車掌「ずっと先にも同じことを思い残していった人がいたわ。あなたの思いをまたきっと誰かが引きつぐんじゃないかしら。」
賢治に扮した農民「しかし日本では永久に無理かな。」
女車掌「でもないでしょ。どんな村もそれぞれが世界の中心になればいいのだわ。そして農民がトキーオやセンダードやモリーオの方を向かなくなる日がくれば,自然に,村の中心にひろばができるわ。だって農民は村をみつめるしかなくなるもの。」

井上ひさし「イーハトーボの劇列車」より

雑記 - 井上ひさしさん死去

2010年4月 8日 (木)

Goodman, L.A. (2002) Latent class analysis: The empirical study of latent types, latent variables, and latent structures. in Hagenaars&McCutcheon (eds) "Applied Latent Class Analysis," Cambridge Univ. Press. Chapter 1.
 ちょっと事情があって,急遽潜在クラス分析の勉強をしなければならないことになり,いつか役に立つだろうと思って買ってあった論文集を,あわてて読み始めた次第。せっかくなので記録しておこう。
 これは1章の概説論文,というか,どうやら超えらい人による「重し」的な章らしい。よく見たら,50年代から業績がある人だ。
 前半では,2x2クロス表を例にとって潜在クラスという概念を説明。とてもわかりやすい。中盤,実は潜在クラスという考え方は哲学者のパースにまでさかのぼることができて...という話になって,へええ,と感心ながら読んでたら,突然難しくなり,ついて行けなくなった。悲しい。
 落ち込んで編者の巻頭言をめくっていたら,Goodmanの章は含蓄が深いから,この本を読み終えてから読み直すがよろしかろう,との仰せであった。はい,そうします。

論文:データ解析(-2014) - 読了:Goodman(2002) 潜在クラスモデルの歴史

Bookcover 日本政治「失敗」の研究 (講談社学術文庫) [a]
坂野 潤治 / 講談社 / 2010-03-11
戦前の日本政治史における社会民主主義の系脈を辿る,という本。初出は大学の講義録や総合雑誌への寄稿などで,素人にもわかりやすい内容なのだけれど,考え事をしながら読んでいて,後半は頭にはいらなかった。もったいないなあ。機会あらば読み直したい。
 著者曰く,1910年代の吉野作造の民主主義論はいまでもなお有効である。それは現代の政治学者・佐々木毅の議論とそっくりである。佐々木毅は吉野作造の業績を知らないのである。そして吉野作造は,彼に先行する徳富蘇峰の主張が自分の主張ときわめて近いものであることを知らなかった。徳富蘇峰は,自分の主張がその6年前の福沢諭吉の主張と同じであることに言及しなかった。昭和の日本には社会民主主義がなかったのではない。「彼らは『民主化』にはつとめたが『民主主義の伝統化』にはまったくつとめなかったのである。こうして今日でも,近代日本の『伝統』といえば,『天皇を中心とした神の国』が出てくるのである」 なるほど。「伝統」というと,ついつい所与なものだと考えがちだが,ほんとは作りだされていくものなんだよな。

日本近現代史 - 読了:「日本政治『失敗』の研究」

Bookcover 出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで [a]
鈴木 大介 / 朝日新聞出版 / 2010-03
支援団体の人によれば,母子加算などの「ターゲットがマイノリティグループに限定されている制度をあまり多く作るのは,実は私自身はどうかと思っている」。子ども手当のようなユニバーサルな制度や,保育サービスのような現物手当的なものがよいとのこと。「母親がどういう態度でそのお金を使ったなどと問われないようにすることです」 この見解の背景には,受給者に対する地域社会の深刻な差別がある。そうか。。。恥ずかしながら,よくわかっていなかった。

Bookcover 「お客様」がやかましい (ちくまプリマー新書) [a]
森 真一 / 筑摩書房 / 2010-02-10
エピソード中心の説明なので,どうしても世間話を聞いているような気がしてきてしまう。前著「自己コントロール社会の檻」は興味深い本だったのだが。やさしく書くというのは難しいんだなあ。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「出会い系のシングルマザーたち」ほか

ブログを書く → 誰かが読む → クリックして買い物する→ amazonが儲ける → amazonは俺に小銭を投げ与える → 俺喜ぶ。ああ小さな人生。というわけで,以下,昨年暮れ以来の売上報告。

Bookcover ヤクザの文化人類学―ウラから見た日本 [a]
ヤコブ・ラズ / 岩波書店 / 1996-11-20
自分が面白いと思っている本を誰かが読んでいるのは,なんでかわからないけど,なんとなくうれしいものですね。この本,フィールド・ワーカーの内省報告として,とても面白いです。

Bookcover 今日、ホームレスになった―15人のサラリーマン転落人生 [a]
増田 明利 / 彩図社 / 2008-08-20

BookcoverConsumer Behaviour [a]
Roger D. Blackwell, James F. Engel, Paul W. Miniard / 2005-12-29

Engel-Blackwell-Miniardモデルの名前の由来となった,消費者行動論の有名な教科書。誉め讃えた記事をご覧くださったのだと思う。

Bookcover 職場は感情で変わる (講談社現代新書) [a]
高橋 克徳 / 講談社 / 2009-09-17
この本は,俺も読んだ本で...

Bookcover 潰れない生き方 (ベスト新書) [a]
高橋 克徳 / ベストセラーズ / 2009-09-09
この本は上と同じ著者。

Bookcover ノゾキアナ 1 (ビッグコミックス) [a]
本名 ワコウ / 小学館 / 2009-11-30
Bookcover ノ・ゾ・キ・ア・ナ 2 (ビッグコミックス) [a]
本名 ワコウ / 小学館 / 2009-12-26
いま調べたら,小学館の携帯サイトで連載している模様。ふうん。

BookcoverFunctional Magnetic Resonance Imaging[a]
Huettel, S.A., Song, A.W., McCarthy, G. / 2009-1-15

fMRIの教科書。CD-ROMつき,なんと1万円近い本のお買いあげ,どーもありがとうございます。こんなの買うのは絶対素人ではなかろうし,amazonだから公費でもなかろうし... いったいどういう方なんだろうか。ひょっとして知り合いか?

Bookcover 「脳科学」の壁 脳機能イメージングで何が分かったのか (講談社プラスアルファ新書) [a]
榊原 洋一 / 講談社 / 2009-01-21
この本についてはどうだか知らないが,脳科学ブームに対して冷静な視点を提供するタイプの啓蒙書が,最近ぽつぽつと出ていますね。よかったよかった。

Bookcover 世界探検全史 上 道の発見者たち [a]
フェリペ・フェルナンデス-アルメスト / 青土社 / 2009-09-24
Bookcover 世界探検全史 下 道の発見者たち [a]
フェリペ・フェルナンデス‐アルメスト / 青土社 / 2009-09-24
ちょっと面白そうだなあ。

Bookcover 質的心理学研究法入門―リフレキシビティの視点 [a]
P.バニスター,E.バーマン,I.パーカー,M.テイラー,C.ティンダール / 新曜社 / 2008-09-22
こんな本が出ていたのか...

Bookcover 無意識と社会心理学―高次心理過程の自動性 [a]
ジョン・バージ,及川 昌典,木村 晴,北村 英哉 / ナカニシヤ出版 / 2009-04
Bargh ed. (2006) "Social psychology and the unconscious" の邦訳。面白そうだけど,たぶん俺は読まないだろう。月日は流れていくなあ。

Bookcoverヘルシー&スリムになるクッキングBOOK (マガジンハウスムック)[a]
/ マガジンハウス / 2008-01

Bookcover 宇宙怪人しまりす医療統計を学ぶ (岩波科学ライブラリー (114)) [a]
佐藤 俊哉 / 岩波書店 / 2005-12-06
これもちょっとうれしい。面白いですよ。

本のほかには,アウトドア・シューズが2足。これは友人のしわざであろう(いつもありがとう)。でっかいウェストポーチみたいなバッグ。ロゴス(LOGOS) アリーバ15という謎の商品。写真を見てなにかの生物かとぎょっとしたが,よく見たら寝袋であった。

雑記:売上報告 - 売上大感謝祭

2010年4月 6日 (火)

思うところあって,もうひとつブログを書いてみることにした。

誰かがJ. Marketing ResearchとかJ. Consumer Researchとか,消費者行動論系の最新論文を紹介するブログを書いてくれていないかなあ,と時々思っていたのだが,探してもなかなか見あたらない。先日ふと,そんならいっそ自分でちびちび読んでみようかしらん。。。と思ったのがきっかけである。

仕事の合間に用もなく論文を読むなんて,続けられるかわからないし,単なる気の迷いで,すぐに嫌になるかもしれない。自分用のメモにしておこう,と当初は思っていた。でもよく考えてみたら,公開しようがしまいが,どうせ荒野の独り言みたいなものだ。わんわん。というわけで,ブログにします。

一本目に読んだのはがちがちの心理実験。二本目も,ミシガン出身の若い女性によるニスベット流の文化差実験。何度読んでも納得いかない箇所があって,さっき試しにメールで尋ねてみたら,すぐに返事があり,ゴメンそこんとこtypoよ,とのことであった。ありがとうありがとう。趣味におつきあい頂いてどうもどうも。

雑記 - Marketing Research Watch

2010年4月 5日 (月)

Bookcover 宇宙怪人しまりす医療統計を学ぶ (岩波科学ライブラリー (114)) [a]
佐藤 俊哉 / 岩波書店 / 2005-12-06
いま俺は主にサーヴェイ調査のデータ解析の仕事をしているが,そこで心理統計の華麗なる(?)知識が活躍するかというと,これが案外そうでもない。むしろ役に立つのは,意外にも,医療統計の知識である。従属変数が質的で,かつひとつしかなくて,独立変数がいっぱいあって,実験的統制ができないのに因果的推論が求められる,という状況では,医療統計学の精緻な議論に勝てる分野はないと思う。もっとも,たとえば従属変数の数が増えたり量的になったりすると,心理畑の知識が俄然役に立つのだが。
 この本の著者は有名な医学統計家で,俺も学会で何度かナマで拝見し,俺のようなど素人にもわかりやすく説明する手腕に感銘したことがある。この本の存在も前から知っていたのだけれど,この妙な題名にちょっと二の足を踏んでしまい,本屋でぱらぱらめくって,まあこれは読まなくてもいいや,と放っていた。アサハカであった。。。これはスゴイ。たくさん買って周囲に配りたいくらいだ。
 観察データに基づく因果的推論では,もしこの人が別の状況にいたら...という反事実的な発想が必要になると思う。そこが初心者にとってのハードルのひとつだと思うのだが,その点をこの本は革命的アプローチで乗り越える。生徒役の宇宙怪人しまりすは(後半で「宇宙怪人」が姓であることがあきらかになる),タイムマシンと服従装置「イエッサー」を持ち,平和を愛するが自由意志は尊重しないので,たとえば喫煙者を捕まえ,過去にさかのぼって喫煙をやめさせて,肺ガンになる確率の変化を実証的に調べる,といった暴挙が可能なのである。
 このしまりすも危険な生物だが,宇宙の果てのりすりす大学に招かれ,卒業発表会で思わず正論を述べてしまりすの卒業を阻止してしまう京大の先生も,恐れを知らぬ危険な男であるといえよう。爆笑しつつ読み進めるうちに,いつのまにか感度・特異度やリスク比・オッズ比といった概念まで頭に入ってしまう,という寸法である。恐るべき読み物。続編を書いてくださらないかしらん?

データ解析 - 読了:「宇宙怪人しまりす 医療統計を学ぶ」

Bookcover 日本の近現代史をどう見るか〈シリーズ 日本近現代史 10〉 (岩波新書) [a]
/ 岩波書店 / 2010-02-20
去年から岩波新書で日本近現代史のシリーズが出ていて,「幕末・維新」期から「ポスト戦後社会」期までの各9期につき1著者づつという割り振りで9巻が刊行された。この本はシリーズ最終巻で,9人の著者が質問に答える形で,担当した時期の日本の姿を語る,または執筆の舞台裏や読者からの反応を語る,という構成。本編のほうを数冊しか読んでないのにこの本を読むのも,なんだか妙なものである。
 戦前・戦後を通じての政治・経済・社会を理解する上で,自由主義と協同主義という軸を考えることができる(「占領と改革」の章)。このふたつは常に対立するわけではなくて,結びつく場合もある。たとえば自由主義派の政治家・芦田均が一時期経営していた郡是製糸会社は,養蚕農家・製糸業者の組合が母体で,コミュニティと生産活動を結びつけ,敗戦直後には経営協議会をつくって地域経済や福祉に責任を持とうとしたのだそうである。いまのグンゼですね。へえー。

日本近現代史 - 読了:「日本の近現代史をどう見るか」

Bookcover ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書) [a]
堤 未果 / 岩波書店 / 2010-01-21
オバマの選挙運動を支えたアメリカの市民団体のひとつは,いま"Move Obama"をスローガンとして活動しているのだそうだ。「私たち有権者の役割が,選挙中よりむしろあとの方が大きいということを,改めて思い出しました」「私たちのキャンペーンは,[オバマに失望して活動をやめたり,オバマに従って支持を続けるのではなく] オバマに戦争をしない大統領に変わってもらうことであるべきだったのです」
なるほど。ハトヤマに期待し,失望し,そしてチェンジ・ハトヤマと叫ぶ,というのが我々の常である。ムーブ・ハトヤマという発想が欠けているかもしれない。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「ルポ貧困大国アメリカII」

Bookcover OL進化論(30) (ワイドKC モーニング) [a]
秋月 りす / 講談社 / 2010-03-23
10年以上前だと思うが,竹書房の四コマ誌に新人賞の選評が載っていて,竹書房で連載を持っている10人近い現役マンガ家たちが,入選作に対して批評を寄せていた。真摯なコメントもあれば,「いいですねえ」などというたった一行のコメントもあるなかで,当時「かしましハウス」で看板作家の一人となっていた秋月りすさんの選評だけは異質だった。うろおぼえだけど,たしか動物園を舞台にした入選作品に対して,ギャグの質や絵柄を問うのではなく,なぜ動物園を舞台にしたのか,それはどんな読者に向けられたマンガなのか,そこにはどのような新しさがあり,どのような発展性があるのか,今後の量産は利くのか...と問いかけていたと思う。マンガ家というより編集者的,マーケティング的な発想に立ったコメントである。ああ,こういう人が,ハートウォーミングなファミリー・コメディの傑作「かしましハウス」を描いているだ,と意外の念に撃たれた。
 この人の最長期連載「OL進化論」を,俺はずっと読み続けているのだけれど,このマンガはある時期から同じ話を繰り返しているように思う。にもかかわらず,読むたびに新しく感じられるのは,描かれている話に普遍性があり,採り上げられている題材が時代に即しているからだろう。たとえば,「35歳で独身で」シリーズでは(連載初期は「28歳で独身で」でしたよね),<未婚の女性が,あるときにふと,いつのまにか自分は若い娘ではなくなっていたのだと実感する>という話が繰り返し描かれている。この最新刊では,結婚資金を貯めた通帳を母親から渡された娘が「じゃあ老後の資金ということで」と笑い飛ばすと,母親は真顔で「うん」とうなずき,娘はちょっと青くなる...という四コマとなっている。可笑しい。何度も聞いたメロディーなのに,ああ2010年だ,という感じがする。
 このマンガが,初期の面白可笑しい四コマから,バブル崩壊後の日本と伴走する鋭い観察者へと変貌しえたのは,この作家のクールな編集者的能力のおかげだと思う。連載開始から22年,「OL進化論」をリアルタイムで読みながら暮らしていけることに俺は感謝しているし,この幸せな連載が1年でも長く続いてくれればよいと思う。でもその一方で,この連載が終わったとき,その舞台裏,長期連載の方法論を,このマンガ家が明かしてくれたら...とも思う。

Bookcover 理系の人々 2 [a]
よしたに / 中経出版 / 2010-03-26

コミックス(-2010) - 読了:「OL進化論30」ほか

2010年4月 4日 (日)

Bookcover 平家物語(四) (講談社学術文庫) [a]
/ 講談社 / 1982-06-08
Bookcover 平家物語(五) (講談社学術文庫) [a]
/ 講談社 / 1982-07-07
Bookcover 平家物語(六) (講談社学術文庫) [a]
/ 講談社 / 1984-08
Bookcover 平家物語(七) (講談社学術文庫) [a]
/ 講談社 / 1985-01-08
Bookcover 平家物語(八) (講談社学術文庫) [a]
/ 講談社 / 1987-12-04
Bookcover 平家物語(九) (講談社学術文庫) [a]
/ 講談社 / 1988-01-06
Bookcover 平家物語(十) (講談社学術文庫) [a]
/ 講談社 / 1988-02-04
Bookcover 平家物語(十一) (講談社学術文庫) [a]
/ 講談社 / 1988-04-04
Bookcover 平家物語(十二) (講談社学術文庫) [a]
/ 講談社 / 1991-07-05

2月下旬から3月上旬にかけては,まさに「平家物語」に翻弄された日々であった。ふとしたきっかけで読み始めたら,これがもう,魂を抜かれる位に面白い。勤務先で真剣な話をしているときも,ふと気を抜くと心の中で「なるほど,この指標は重要だなあ。ああそれにつけても義仲はこれからどうなっちゃうんだろうか」なあんて,数秒意識が飛んでしまったりして。すみませんすみません。
読み終えてからしばらく経ったので,ようやく感想をメモしておく気になった。強烈な読書体験であった。

フィクション - 読了:平家物語

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