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2010年12月31日 (金)

この私という存在はそれが何であろうと結局ただ肉体と少しばかりの息と内なる指導理性より成るにすぎない。書物はあきらめよ。これにふけるな。君には許されないことなのだ。(マルクス・アウレリウス「自省録」)

 大昔のローマに英邁と名高い皇帝がいて,彼は国中を駆けずり回って生涯を終えた。実のところ,彼は読書と瞑想を愛し,皇帝などではなく哲学者になりたかったのだが,それを果たすことができなかった。彼は自ら軍の先頭に立って戦ったが,陣営での空き時間にはコツコツとメモを書いた。それは誰に見せるためのものでもなく,ただ自分自身に向けた手紙だった。
 どういういきさつなのか知らないが,その記録をいま我々は日本語で読むことができる。俺が読んでいるのは神谷恵美子訳で,岩波文庫に入っている。

あけがたから自分にこういいきかせておくがよい。うるさがたや,恩知らずや,横柄な奴や,裏切者や,やきもち屋や,人づきの悪い者に私は出くわすだろう。この連中にこういう欠点があるのは,すべて彼らが善とは何であり悪とは何であるとかを知らないところから来るのだ。しかし私は善というものの本性は美しく,悪というものの本性は見にくいことを悟り,悪いことをする者自身も天性私と同胞であること-それはなにも同じ血や種を分けているというわけではなく,英知と一片の神性を共有しているということを悟ったのだから,彼らのうち誰一人私を損ないうる者はない。

 皇帝の残した言葉は,いっけんあまりに高潔な建前ばかりのように見えるけれども,読み進めていくと,その言葉の厳しさがこの人の深い苦しみに根ざしたものであることがひしひしと感じられる。周囲の人々にとって彼は温厚かつちょっと堅苦しい人物だったのだそうだが,もし人々がこの手記をこっそり目にしていたら,きっと彼の隠れた絶望に驚いたのではないかと思う。

ところで君はどんな被害を蒙ったのか。君が憤慨している連中のうち誰一人君の精神を損なうようなことをした者はないのを君は発見するだろう。君にとって悪いこと,害になることは絶対に君の精神においてのみ存在するのだ。

皇帝はときおり神々について言及する。実際,彼は神々の存在を確信している。でも彼は,その神々がどんな姿を持っているかとか,どんな風に呼びかければよいかとか,そういった事柄には全く関心を示さない。どうやら彼にとって,神々はあらゆる物事のなかに遍在し,すべてを支配する原理のようなものだったらしい。当然,人のなかにも神々の一部が含まれていることになる。彼が依拠したストア哲学では,人間の理性こそが,一人一人の中に埋め込まれた神だった。

君が求めるのはなんだ。生き続けることか。しかしそれは感じるためか。衝動に動かされるためか。成長するためか。つぎに停止するためか。言葉を用いるためか。考えるためか。以上の中でなにが望むに足るものと思われるか。もしなにからなにまで取るに足らないものであるならば,とどのつまりは理性と神への服従に向かうがよい。

 勤務先の仕事納めの打ち上げを終え,少々痛む頭を抱えて,乗り換え駅の本屋にふらふらと立ち寄ったら,目の前にちょうど歴史書の棚があった。分厚い専門書を適当に手にとってストア哲学の項をめくると,こんなことが書いてあった。その存在論,その宇宙観には,現代の我々にとってもはや学ぶべきことがない。しかしその高く美しい倫理性は,いまも人々の胸を撃ち,その生を導くだろう,と。

 そんな都合の良いことがあるものだろうか。ある人の信念のうち,この部分は良いが,この部分はいまいちだ,というようなことが。皇帝はまるごと信じていたのだ。善なる神々,神々によって遍く支配された宇宙,人々の心に潜む神性を。だから皇帝は,それを強く信じ続け,それによって自分を律することができた。

 俺はなにかをまるごと信じることができるだろうか。混み合った電車のつり革につかまって揺れながら考えたのは,その日に起きたあれこれのことだ。長い長い,実に長い一日だった。俺は確かこんなことを口にした。正しい判断なのかどうかわからないけれど,でもやってみようと思うんです。ほら,みるがいい,俺はもう言い訳を探し始めている。俺は俺の決断をどこかで疑っている。それが俺の弱さだ。

 自分や自分につながる人々の人生を変えてしまうような重要な決断や,心が折れそうな危機の際に,祈るべき神を持たないことは,ひとつの弱さにつながるだろう。かといって,いまこんなときばかり神社やお寺に駆け寄って頭を下げるのも,それはそれで不誠実であるような気がする。

 神々はなにもできないか,それともなにかできるか,そのいずれかだ。もしなにもできないならば,どうして君は祈るのだ。もしなにかできるならば,これこれのことが起こるようにしてくれとか起こらないようにしてくれとか祈るよりも,これらの中の何ものをも怖れず,何ものをも欲せず,何ものについても悲しまぬようにして下さいとなぜ祈らないのか。[...] ある人はこう祈る。「あの女と一緒に寝ることができますように」と。ところが君はこう祈るのだ,「あの女と一緒に寝る欲望を持たないことができますように」と。他の者は祈る。「あの人間を厄介払いできますように」と。ところが君は「厄介払いする必要を感じないことができますように」と祈るのだ。もう一人の人間は祈る。「どうか私の子どもを失うことのないように」と。ところが君は「失うことを恐れずにいることができますように」と祈るのだ。

 祈るべき神を持たない俺としては,マルクス・アウレリウスに倣って,全てのもの,全ての事柄に向かって祈ることにしよう。公園のベンチ,駅の階段の手すり,蛇口から流れる水,夕暮れの空,冬の風。そうした全てに祈ろう。私にもう一度力を与えてください。私のこの選択が正しいと,そう信じ続ける力を私に与えてください。

雑記 - マルクス・アウレリウスに倣って

2010年12月27日 (月)

Bakken, D., & Frazier, C.L. (2006) Conjoint Analysis: Understanding Consumer Decision Making. in Grover, R. & Vriens, M. (eds.) "The handbook of marketing research," Chapter 13.
コンジョイント分析についての実務家向け概説。バランスのとれた内容であった。日本語でこういうのを探すのはなかなか難しい。
ほんとはSAS社のKuhfeldさんが書いた離散選択課題の実験計画についての章も途中まで読んだのだが,眠くて死にそうになったので断念。ま,必要になったら慌てて読むことにしよう。

論文:マーケティング - 読了:Bakken&Frazier(2006)

2010年12月25日 (土)

Bookcover リトル・シスター [a]
レイモンド・チャンドラー / 早川書房 / 2010-12
村上春樹さんのチャンドラー翻訳,第三弾は「かわいい女」である。訳者も解説で書いているとおり,筋が入り組みすぎていてよくわからん小説であった。

Bookcover ベガーズ・イン・スペイン (ハヤカワ文庫SF) [a]
ナンシー クレス / 早川書房 / 2009-03-31
たまにはハヤカワ文庫のSFを読んでみようかしらんと思い,評判が良い奴を手に取ってみた。ヒューゴー賞・ネビュラ賞同時受賞作を含む短編集なんて書いてあるから(よく知らないけど,有名な賞なんでしょうね),さぞやハードな内容かとおもったら,舞台こそSFらしいものの,テーマとしては家族小説であった。

フィクション - 読了:「リトル・シスター」「ベガーズ・イン・スペイン」

Bookcover 僕の小規模な生活(4) (KCデラックス モーニング) [a]
福満 しげゆき / 講談社 / 2010-12-22
俺はこのマンガの細部がもう可笑しくて可笑しくてたまらないんだけど,いったいどのくらいの人に共感してもらえるだろうか? まあいいや,こっそり楽しむことにしよう。

Bookcover ハチワンダイバー 18 (ヤングジャンプコミックス) [a]
柴田 ヨクサル / 集英社 / 2010-12-17

Bookcover オールラウンダー廻(5) (イブニングKC) [a]
遠藤 浩輝 / 講談社 / 2010-12-22
「修斗」というなんだかよくわからない格闘技(実在するらしい)に青春を捧げた若者たちを描く連載。地味なストーリー展開だが,試合における一挙手一投足が丁寧に描かれていて,なかなか面白い。

Bookcover えんじがかり (チャンピオンREDコミックス) [a]
三浦 靖冬 / 秋田書店 / 2010-12-20
著者は独特の世界観と緻密な背景描写で知られる人。たしかワニマガジンの成人誌で活躍していたと思う。これが初の一般誌連載だそうだが,残念ながらちょっと魅力に欠ける。小学生女児のパンツが執拗に描かれるあたり,俺はちょっとげんなりさせられたが,その点は掲載誌の要請かもしれない。いずれにしろ,もっと面白い作品が描けそうなものだ。

Bookcover 聖☆おにいさん(6) (モーニング KC) [a]
中村 光 / 講談社 / 2010-12-24

コミックス(-2010) - 読了:「僕の小規模な生活4」「ハチワンダイバー18」「オールラウンダー廻5」「えんじがかり」「聖おにいさん6」

2010年12月23日 (木)

何度かめの決意だけど,どんなものであれ読んだ論文は記録しておこう。

Scrutari, M., Strimmer, K. (in press) "Introduction to Graphical Modelling." In Balding, D.J., et. al. (eds.) Handbook of Statistical Systems Biology. Wiley.
arXivで拾った論文。いわゆるグラフィカル・モデリングとベイジアン・ネットワークの関係を整理したくて目を通した。事例としてmicroarrayの話をされても,いったいなんのことだか見当がつかないのだが(今調べたら「多数のDNA断片をプラスチックやガラス等の基板上に高密度に配置した分析器具のこと」だそうな。そういわれても困る),ま,分かる範囲では勉強になったのでよしとしよう。
この論文ではグラフィカル・モデルをマルコフ・ネットワーク(無向)とベイジアン・ネットワーク(有向)のふたつに分類していてるが,前者が正確にはなにを指しているのか,よくわからなかった。偏相関行列に基づき共分散選択する奴なんかがそれだと思うのだが。Whittaker(1990)を読んだほうが良さそうだ。ベイジアン・ネットワークにだってマルコフ性はあるだろうに,変な呼び方だ。

論文:データ解析(-2014) - 読了:Scrutari&Strimmer(in press) グラフィカル・モデリング入門

Louviere, J.J. (1994) "Conjoint Analysis." in Bagozzi, R.(ed.) Advanced Methods of Maketing Research. Wiley.
 社内研修の教材作成のために読もうと思って上司様の蔵書をコピーし,時間がとれずに結局読まなかった奴を,今頃になって読了。著者は斯界の偉い人だと思う。
 コンジョイント分析の現状についての紹介。ちょっと古いものだから,HB推定などという話は出てこない。重点は執筆時点における最新の話題に置かれているのだけれど(多項ロジットモデルに個人差を組み込むとか,順位づけ回答の正しい分析法とか,Best/Worse法とか),そっちはあまり関心がないので適当に読み飛ばした。むしろ,その手前の部分が面白かった。

 個人効用を推定するのと,集団レベルで効用推定するのとを比べると,素人目には当然前者のほうが気が利いているような気がするのだが,そうでもないのだそうで...

 コンジョイント分析では,与えられた属性・水準の下で,ある種の直交配列を用いて水準の組み合わせ(「プロファイル」)をつくるのが普通である。[...] 伝統的なコンジョイント技法では,たいていの場合,「主効果計画」と呼ばれる組み合わせを用いてきた。[...]
 主効果計画をつかうことのジレンマは,厳密に加法的な効用しか推定できないという点である。消費者の反応が,実は属性間の交互作用を含む効用モデルでよりよく記述できるようなものであったとしても,そのことはわからないどころか,反応過程が加法的だという想定を反証することさえできないのである。[...]
 主効果計画の過度の重視は,個人効用関数のモデル化の過度の重視と関連しているように思われる。コンジョイント分析では伝統的に,属性の水準についての個々の消費者の効用が測定されてきた。個人に特定的な効用を推定するということは,直交配列のサイズ(つまり,一人の対象者が判断するプロファイルの数)が制約されるということである。そのせいで,デザインと分析の可能性が限られてしまい,属性の交互作用の推定は全く行われないか,少数についてしか行われないのが普通となっている。[...]
 個人レベルの分析が重視されてきた背景として以下の点が挙げられるだろう。(a)コンジョイントの理論と方法はもともと個人レベルに重点をおいていたから。(b)個人の多様な選好を,どうやって累積すべきかという確たる理論もないままに累積してしまうことへの,健全な懐疑。(b)個人レベルでの測定が,消費者のセグメンテーションのための論理的でアクショナブルな基盤を与えてくれるという信念。
 これらの点は確かにもっともだが,それも消費者が誤差のない加法的効用関数を用いていればの話である。もし個人レベルの反応のなかになんらかの原因に起因する誤差が含まれていたら,どんな場合でも個人レベルの分析が最適だといえるかどうか,はっきりしなくなる。
 例として,個人レベルの効用の特徴づけにおける誤りについて考えよう。[...]選好データから加法的コンジョイントモデルをうまく推定できたとき,そのモデルは必ずといっていいほどデータに適合するし,ホールドアウトの選好データをうまく予測できてしまう。[Daws& Corrigan(1974), Wainer(1976), Anderson&Shanteau(1977)の紹介。真の選好構造がどうであれ適合するという話]
 こうしてみると,個人レベルの属性効用の測定によってセグメンテーションができるということが,果たして伝統的なコンジョイント分析の主要な長所であるといえるのかどうか,怪しくなってくる。[...] 第一に,もし個人効用関数が加法的でなかったら,バイアスを受けた効用測定に基づいてセグメンテーションをすることにどんな利点があるのか(セグメントレベルでの効用もバイアスを受けることになる)。第二に,生の反応データをつかってセグメンテーションしたほうがよいという見方が出てくるだろう(モデルに依存しないから)。[...] 第三に,反応なり効用なりはサンプリング誤差を含むのに,セグメンテーションのたいていの手法(例, クラスタ分析)は誤差のないデータを仮定しているわけであり,その仮定を破っているせいでなにが起こるのか定かでない。第四に,[プロファイルに対する反応の尺度水準の話...]

そうか,そういう見方があるのか。

恥ずかしながら,前々から不思議に思っているのは,非補償的選好モデルが正しいかもしれない問題に,にもかかわらずコンジョイントモデルを適用しちゃうことが妥当だといえるのか,いえるとしたらそれはいつか / なぜか... という点である。こんな古い論文をわざわざ読んでみたのも,そのへんについて言及があるかと思ったからである(俺のこんな疑問など,決して新しくないはずだと思うので)。果たして,まさにその点について述べている論文であったものの,著者の立場は俺の予想のはるか斜め上を飛び去っていくものであった。

 コンジョイント分析は両刃の剣である。コンジョイント分析は,コンジョイント課題から得た選好データによく適合するし,条件さえ整えば選択を予測できるだろう。しかしその予測力は真の理解を犠牲にして得られたものかもしれない。[...] 予測的妥当性についてのこれまでの学術研究で,いったい何が得られたのか定かでない。なぜなら,[...]コンジョイント調査の典型的な条件下ではコンジョイントモデルは良いパフォーマンスを示すだろうということが,アプリオリに期待できるからである。[...]
 要約すると,コンジョイント分析が学術・商用の両方で蓄積してきた20年以上の経験にも関わらず,加法的効用関数が真の決定過程の正しい表現なのかどうか,正しい表現なのはどんなときなのか,わかっていない。わかっているのは,加法的コンジョイントモデルが(全く誤っているときでさえ)コンジョイント反応データに非常に良く適合するということ,さまざまな状況下での選択をうまく予測できるということ,特に一位になる選択肢がどれか予測するのは容易だということ,である。

つまり,モデルに予測的妥当性はあったとしても,部分効用から正しい示唆が得られるかどうかは定かでない,というわけだ。そ,そういわれても。。。

論文:マーケティング - 読了:Louviere(1994)

2010年12月21日 (火)

Bookcover 殺人者たちの午後 [a]
トニー・パーカー / 飛鳥新社 / 2009-10-14
殺人犯たちのロング・インタビュー集(原著1990)。著者はオーラル・ヒストリーで知られるイギリスのジャーナリストとのこと。かの国におけるスタッズ・ターケルのような人なのだろうか。
訳者の沢木耕太郎さんが,殺人を犯し終身刑を受けた彼ら・彼女らのそれからの生活が,しかしそれぞれの豊饒さを湛えている... という意味のことを書いていた。全くその通りだ。どんな状況であれ,生きていることそれ自体が豊饒な営みでありうる。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「殺人者達の午後」

Bookcover 誰にも言えない [a]
シギサワ カヤ / 白泉社 / 2010-11-30
若い女たちの縺れた恋愛を描いた短編連作。確かに上手いし,面白いけど。。。こういうマンガを求める女性読者が一定の市場を形成しているんだよなあと考えると,ちょっぴり息苦しくなってくる。

コミックス(-2010) - 読了:「誰にも言えない」

2010年12月18日 (土)

Bookcover そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) [a]
アガサ・クリスティー / 早川書房 / 2010-11-10
ミステリの名高い古典だが,恥ずかしながら未読であった(中学生の頃に読んだはずだが,全く印象に残っていない)。今夜はやらなきゃいけないことがいっぱいありすぎて,ついつい現実逃避に走ってしまい,二時間で読了。
映画を見たことがあったので,なんとなく展開が予測できてしまった(ああ,もったいない!)。それにしても,上手い小説だなあ。10人の登場人物像をあっという間に確立してしまう。で,彼らをゆっくりゆっくりあの世に送っていくのである。

フィクション - 読了:「そして誰もいなくなった」

Bookcover 孫正義が語らない ソフトバンクの深層 [a]
菊池 雅志 / 光文社 / 2010-12-16
著者は週刊誌出身のフリー記者。孫さんを除く幹部社員のインタビューに基づく,ソフトバンク解説本。買ったその日に一気読み。面白かった。
SBモバイルCTOの宮川さんは,SBがiPhoneを持つ前(ということは2007~8年頃か)のインタビューでこういっているそうだ:「携帯電話端末は飽和に近いと思ってます。ただ,少し角度のちがった形のネットワークの接続機器は,まだまだ増えると思うんです。[...] ただARPUという考え方はもうなくなってくかもしれない。EBITDAマージンとか [企業の収益性指標のこと],そういう議論になってくるかもしれない。いくら設備投資して,いくら収益チャンスをつくって,いくらの収益がありますかというだけでの議論で,台数もへったくれもなしでね。台数があるからARPUの議論になるんです」「[次世代通信規格によって]つながる形態がかわって,フルIP世界のインフラになると,結局はトラフィック処理のボリュームだけのフィックスと同じレベルにモバイルはなっていくと思う。そうなってきたときに,モバイル全体の形が変わりだすかなと思うんです」へええ。。。

 通信業界の最新動向といった格好いい話題にはあまり関心を持てないんだけど(詳しい人が山ほどいるから),たとえばSBで,「スパボ一括」といったかしらん,契約プランの上手い組み合わせによって基本料がほぼ無料になってしまうというようなことがあったと思う。最近では,auが最初に出したスマートフォンが,いまや端末タダ,wifiだけなら月額ほぼタダ,というようなことになっているらしい。ああいう事態がブランド価値にどのような影響を与えるのか,という点には関心を引かれる。
 それは価値を毀損するでしょう,というのが普通の反応かと思うのだが(この本にもそういうことが書いてあった),俺はど素人なもので,そこがいまいち腑に落ちない。消費者からみて「スパボ一括」はSBのサービスだったのか? それとも,それは複雑な世の中に生まれたちょっとした抜け道として認識されていたのか?
 たとえばBMWが「長年のご愛顧に感謝,抽選で毎月10名様に新車プレゼント」などというプロモーションをはじめたら,BMWのブランド価値は下がるだろう。では,どこかの全く関係ない会社が「抽選で10名様にBMWの新車をプレゼント」しちゃったらどうなるのだろうか。その会社の正気が疑われこそすれ,BMWのブランド価値は大して下がらないのでは? それとも,「事情はともあれBMWがタダ」すなわち「BMWって安っぽい」という単純な連想が生じ,BMWのブランド価値は傷ついてしまうか? 対人認知のアナロジーでいえば,意識的な帰属推論と自動的な連想過程の両方がありうる,だから二重過程理論が必要だ,ということになるんだろうけど...

Bookcover 就活エリートの迷走 (ちくま新書) [a]
豊田 義博 / 筑摩書房 / 2010-12-08
就職活動に真面目に取り組み第一志望の内定を得る「就活エリート層」が,しかし就活そのものへの過剰適応により,入社後かえって不適応を起こしがちである...といった内容の本。就活を支配するゴール志向のキャリア観が彼らのアイデンティティを再構成してしまう由。シニカルな社会学者が指摘しそうな話だが,これがリクルートの人が書いた本だというところが面白い。
 ま,俺にとっては全体的にアフリカの習俗のような話で,いまいちよくわからない話題の本だったのだが,大学から逃げ出した直後に拾って頂いた会社で,お願いして参加させてもらった新人研修のことを思い出し,ああ新卒採用のあの子たちのまっすぐな瞳はこのように形成されていたのね...と感じ入る箇所があった。
 最終章の提言では,選考プロセスをもっと多様化させるべし,教授推薦枠を復活させるのはどうか,とあるが。。。大学にそれだけのキャパシティが残されているかどうか,怪しいところだ。

 現在のご奉公先の仕事で,日本を代表するような立派な大企業にお邪魔することが珍しくないのだけれど,「この会議室にいる人々は,学部3年次かそこらから真面目に就職活動し,自己分析とか面接対策とかしたんだろうなあ,そんでこの会社の内定を勝ちとった際には家族でお祝いとかしたんだろうなあ」などと考えた途端に,強烈な気後れと疎外感を感じ,ゴメンナサイゴメンナサイと謝って逃げ出したくなる。新卒採用!大企業!就職! そんなの俺は試そうとも思わなかったし,仮に試みても到底ムリだった。そんな奴がいまや「消費者理解によって御社のビジネス課題を云々」などと平然と偉そうなこと云ってんだから,まあいい気なものだ。

Bookcover おすもうさん [a]
高橋秀実 (たかはし・ひでみね) / 草思社 / 2010-08-24
著者一流の,奇妙な味わいのルポルタージュ。しばらく前に読み終え,ここに記録しないまま勤務先の同僚に貸していた。

Bookcover ゲゲゲの人生 わが道を行く [a]
水木 しげる / 日本放送出版協会 / 2010-07-28
上記の本と交換で借りた本。「ゲゲゲの女房」ブームに当て込んだインタビュー本だった。30分で読了。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「孫正義が語らないソフトバンクの深層」「就活エリートの迷走」「おすもうさん」「ゲゲゲの人生」

2010年12月15日 (水)

Bookcover 横井小楠 (ちくま学芸文庫) [a]
松浦 玲 / 筑摩書房 / 2010-10-08
歴史にはからきし疎いし,幕末の英雄譚にもあまり関心がないので,ヨコイ・ショーナンといわれても誰のことだかわからないのである。にも関わらず買い込んだのは,ひょっとすると面白いかもと虫が知らせたからなのだが,あとでよく考えると,この夏に読んだまさかの超面白本「日本政治思想史」(渡辺浩) のなかで,この儒学者がハーバーマスやロールズに比されていたのが頭の片隅に残っていたのかもしれない。
 大当たりであった。途中で読みやめるのが難しい位に面白い内容で,睡眠時間を削って一気に読み終えた。
 酒癖の悪さで人生しくじってばかりの小楠は,しかし乞われて松平春嶽のブレーンとなり,ごく短期間ではあるが幕政を動かすほどの力を持つのである。人民の支持を失った君主はすげ替えろと言い切る,あまりにラディカルな「儒教民主主義」理論家であるにも関わらず。幕末ってほんとにわけわかんないですね。
 一番面白かったくだりをメモ。小楠は支配的学問であった朱子学からスタートし,後にその鋭い批判者となる。

彼は,朱子学の究理=格物 [道理の追求のこと] が持つ可能性を完全に検討しきることを省略し,民生の用を達する格物でないときめつけてしまったのだ。その性急さは小楠から,ヨーロッパの技術を内在的に批判する視角を奪った。

事業の学,すなわち小楠が捉えるところのヨーロッパの学は,

劣位には置かれているけれども,それ自身は独立の価値を保持している。事業の学なるゆえにますます開け,今後とも開けていくのだ。小楠には,この事業の学の内部に立ち入って,事業の学が不道徳を生み出してくる構造を見極め,事業の学を拒否あるいはつくりかえようとするまでの姿勢はない。これは朱子学の格物究理を性急に放棄した結果であると私は見る。そのため,事業の学の欠陥をカバーすることは,小楠という巨大な個性ゆえに確保している心徳の学に求めるしかなかったのだ。小楠学の継承されにくさも,おそらく,ここに起因する。
しかしこれは,十九世紀半ばの小楠にとっては,いささか苛酷に過ぎる注文だろう。[...] 異質文化の巨大な圧力にさらされていた十九世紀の小楠としては,堯舜三代を読み替え,自分をそれに一致させてヨーロッパの『事業の学』に対抗することで精一杯だったのであり,もちろんそれで十二分に意義があったのである。

日本近現代史 - 読了:「横井小楠」

Bookcover 門 (岩波文庫) [a]
夏目 漱石 / 岩波書店 / 1990-04-16
再読のはずなのだが,前に読んだときの印象がはっきりしない。
この小説の終盤で宗助は禅寺に行くが,では現代に生きる我々はどこに行けば良いのかしらん。もっとも,山に籠もってみたところで,宗助の抱えた問題はちっとも解決しないのだが。

フィクション - 読了:「門」

Bookcover ビューティフルピープル・パーフェクトワールド (IKKI COMIX) [a]
坂井 恵理 / 小学館 / 2010-11-30
美容整形が当たり前となり,誰もが自分の容貌や体型を好きなように変えられるようになった世界を舞台に,人々の日常にひそむかすかな悲哀を描いた短編連作。これは素晴らしい。。。意外な秀作であった。いま調べてみたら,著者は柴門ふみのアシスタント出身,新人というわけではなくて,すでに何冊か単行本が出ているらしい。

Bookcover 星屑ニーナ 1巻 (ビームコミックス) [a]
福島 聡 / エンターブレイン / 2010-12-15

Bookcover 木曜日のフルット 1 (少年チャンピオン・コミックス) [a]
石黒 正数 / 秋田書店 / 2010-10-08

コミックス(-2010) - 読了:「ビューティフルピープル・パーフェクトワールド」ほか

2010年12月12日 (日)

Bookcover 月夜にランタン [a]
斎藤 美奈子 / 筑摩書房 / 2010-11
この評論家の本には当たりはずれがあると思うのだけれど,自分では絶対読まないタイプの本を読んでくれるという点ではとてもありがたい。この本でも「萌え系勉強本の読み比べ」などという酔狂なことをしておられる。

Bookcover アメリカン・デモクラシーの逆説 (岩波新書) [a]
渡辺 靖 / 岩波書店 / 2010-10-21

Bookcover ルポ 出所者の現実 (平凡社新書) [a]
斎藤 充功 / 平凡社 / 2010-11-16

ノンフィクション(-2010) - 読了:「月夜にランタン」ほか

Bookcover 澄江堂主人 前篇 (ビームコミックス) [a]
山川 直人 / エンターブレイン / 2010-11-25
詩的な短編作品で知られる山川直人さんが,こんな長編マンガの連載をはじめていたのか。次巻が待ち遠しくてたまらない。
死の直前の芥川龍之介の生活を描く。かなり史実に忠実であるように思えるが,ただ一点,漱石以下すべての文学者たちがマンガ家として描かれている,という不思議な仕掛けがある(「河童」は「コミック改造」誌に掲載されるのである)。想像するに,作者の生活とその作者による作品とが重なりあう...という趣向をマンガで実現するには,いっそ登場人物のほうをマンガ家に変えちゃえ,という判断なのではないかと思う。すごい発想だ。

Bookcover 午前3時の危険地帯 2 (Feelコミックス) [a]
ねむ ようこ / 祥伝社 / 2010-12-08
恋愛ものの少女マンガを読むといつも「おまえら仕事とか勉強とかせえよ」と思うのだが,このマンガに限っては大丈夫。苛酷な労働条件の零細事務所で働く若者たちを描くラブ・ストーリー,第二シリーズの二冊目。
感想1) 地味な眼鏡娘のたまちゃんがとても可愛いぞ。2) 脇役として登場する,モテ男でありながら内心に空虚を抱えるパチンコ屋店員の人物造形が良い。読み返すと,この青年が物語のキーパーソンである。3) それにしても,もう20代に戻らなくてよいと思うとほんとにうれしい。だって面倒じゃないですか!恋愛だとかなんだとか! 4) それにしても,たまちゃんが可愛いぞ...

Bookcover つるた部長はいつも寝不足② (MFコミックス フラッパーシリーズ) [a]
須河篤志 / メディアファクトリー / 2010-11-22

Bookcover 進撃の巨人(3) (講談社コミックス) [a]
諫山 創 / 講談社 / 2010-12-09
これ,2巻で100万部を超えたのだそうだ。とても面白いけど,絵柄が不安定すぎて広い読者層には訴えないのではないかと思っていたので,ちょっとびっくり。

コミックス(-2010) - 読了:「澄江堂主人 前編」ほか

2010年12月10日 (金)

どういうわけか目が回るような忙しさが続き,ろくに本も読めない。。。と,10月頃から同じことばかり書いているが,ほんとにそうなのである。おかしいなあ。

Bookcover マックス・ヴェーバー入門 (岩波新書) [a]
山之内 靖 / 岩波書店 / 1997-05-20
先日,官房長官が国会の答弁で,自衛隊を指して「暴力装置」と呼び,ごうごうたる非難を浴びて,のちに発言を撤回する羽目になった。ああ,なんて馬鹿馬鹿しい,と溜息をついた次第である。なんとまあ教養を欠いた人々であろうか。暴力行使を独占する共同体として近代国家を位置づけたのは,あの有名な社会学者の,その,えーっと。。。誰だっけ?
 どうやら教養を欠いているのは俺のほうだ,というわけで,反省してヴェーバーの解説書を読んでみた。本棚の奥に眠っていた本で,いつ買ったのか定かでない。
 ヴェーバーがいかにニーチェに近いか,と力説する内容であった。その主張がどれだけユニークなものなのか,予備知識がないのでよくわからない。

Bookcover 代表的日本人 (岩波文庫) [a]
内村 鑑三 / 岩波書店 / 1995-07-17
日本の偉人を英語で紹介した読み物。取り上げられているのは,西郷隆盛,上杉鷹山,二宮尊徳,中江藤樹,日蓮の5人。伝記というより,偉人を通じた著者の意見表明に近い。出版時に山路愛山が「たとへ歴史上の人物に非ずとも猶内村君の心中に於いて血肉を有したる人物」を描いていると評したそうだが,その通りの内容であった。
 内村鑑三といえば絶対的な反戦主義者というイメージがあったが,それは日露戦争以後の話であって,この本(1894)の段階では案外に国家主義的である。

Bookcover 策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 (朝日選書) [a]
バートン・ゲルマン / 朝日新聞出版 / 2010-10-08
ブッシュ政権におけるチェイニー副大統領の強大な役割に焦点を当てたノンフィクション。分厚い内容だが,面白さに負けて一気読み。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「マックス・ヴェーバー入門」ほか

Bookcover 角刈りすずめ(1) (近代麻雀コミックス) [a]
KICHIJO / 竹書房 / 2010-11-17
近代麻雀連載,「もしもこんな麻雀があったら」というナンセンスなアイデアを軸にしたギャグマンガ。劇画タッチの絵柄とのギャップが可笑しい。「廃車場で繰り広げられる,自動車を牌にした壮大な麻雀」というネタが面白かった。

Bookcover リバースエッジ大川端探偵社 2巻 (ニチブンコミックス) [a]
ひじかた 憂峰 / 日本文芸社 / 2010-11-27

Bookcover 岳 みんなの山 13 (ビッグコミックス) [a]
石塚 真一 / 小学館 / 2010-11-30

Bookcover 3月のライオン 5 (ジェッツコミックス) [a]
羽海野 チカ / 白泉社 / 2010-11-26

Bookcover メカ硬派 [a]
田中圭一 / 太田出版 / 2010-10-21

Bookcover それでも町は廻っている 8 (ヤングキングコミックス) [a]
石黒 正数 / 少年画報社 / 2010-11-30

Bookcover 闇金ウシジマくん 20 ヤミ金くん/トレンディーくん (ビッグコミックス) [a]
真鍋 昌平 / 小学館 / 2010-11-30

Bookcover そんなんだからおまえらは。 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL) [a]
葛西 りいち / 小学館 / 2010-11-30

Bookcover よつばと! 10 (電撃コミックス) [a]
あずま きよひこ / アスキー・メディアワークス / 2010-11-27

Bookcover ドロヘドロ 15 (BIC COMICS IKKI) [a]
林田 球 / 小学館 / 2010-11-30

Bookcover 罪と罰(9) (アクションコミックス) [a]
落合 尚之 / 双葉社 / 2010-11-27

コミックス(-2010) - 読了:「角刈りすずめ」ほか

2010年12月 1日 (水)

Bookcover 旧石器遺跡捏造事件 [a]
岡村 道雄 / 山川出版社 / 2010-11-03
著者は2000年に発覚した旧石器遺跡捏造によって人生を狂わされた考古学者の一人。正直言って考古学には大して興味がないんだけれど,足元が崩れ落ちるような危機を人はどのように生きるのだろうか,という関心から手に取った本。
 著者は遺跡を捏造した藤村新一さんと対面し,疑問を直接に問い質そうと決意する。彼が姓を変えて暮らす町を訪ねると,現れた彼は往時と変わらぬ朴訥とした雰囲気だが,「右手が二度と悪さをしないようにと」自ら指を切り落としている。しきりに謝罪するが,捏造や発覚前後のことを思い出すことができない。
 「私自身,彼のお陰で共犯者のように指弾され,針のムシロに座り続けたような十年間を過ごしてきた。目の前の藤村は,最低限の倫理すら踏み外し,大勢の仲間たちをどん底に叩き落とした,許せない張本人だった。その男を前にして,不甲斐ないと笑われるかもしれないが,不思議に叱責したり,憎悪する気が起こらなかった。それは,彼が自ら切り落とした右手の指を見てしまったからかもしれない。沢山の人々に迷惑をかけ,考古学界の信用を失墜させた許されざる彼にも,地獄のような十年間があった…」

Bookcover 巨象の漂流 JALという罠 (講談社BIZ) [a]
小野 展克 / 講談社 / 2010-11-16

ノンフィクション(-2010) - 読了:「旧石器遺跡捏造事件」 ほか

24時間闘うモーレツビジネスマンなどという柄でもなければ職種でもないのに,なぜこんなにバタバタ忙しいのか,なぜ終電と休日出勤が続くのか。なんという労働生産性の低さ。で,腹いせに睡眠時間を削ってブログを更新してしまったりして。

Bookcover つるた部長はいつも寝不足 1 (MFコミックス) (MFコミックス フラッパーシリーズ) [a]
須河篤志 / メディアファクトリー / 2010-06-23
高校美術部部長の鶴田さん17歳は引っ込み思案で奥手な娘なのだが,実のところ内心では日々セクシャルな妄想を繰り広げていて。。。というコメディ。「エッチング」という言葉をはじめて聞いただけで,たちまち大変な勘違いと妄想がはじまってしまうのである。バカバカしくて良い。
 このマンガに限らず,「外見はおとなしいが内面では無闇に饒舌」という設定は,もうそれだけで面白くなりやすいように思う。岩明均「風子のいる店」の前半がそうだ。「チボー家の人々」にもそういう面があったと思う。

Bookcover 誰が為に鋼は鳴る (ビームコミックス) [a]
天乃 タカ / エンターブレイン / 2010-08-11
小学生の女の子とキツネの神様との交流を描いたファンタジー。

Bookcover 放浪の家政婦さん (Feelコミックス) [a]
小池田 マヤ / 祥伝社 / 2009-07-08
「FEEL YOUNG」連載の短編集。相変わらず,業の深ーい話であった。

Bookcover とりぱん(10) (ワイドKC モーニング) [a]
とりの なん子 / 講談社 / 2010-11-22

Bookcover あたらしい朝(2)<完> (アフタヌーンKC) [a]
黒田 硫黄 / 講談社 / 2010-11-22
著者の病気でずっと連載中断していた作品。いちおうは二巻で完結のかたちをとっているけれど,これ,本来こういう終わり方だったのかなあ。。。

コミックス(-2010) - 読了:「つるた部長はいつも寝不足 1」ほか

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