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2014年12月31日 (水)

Bookcover イエスという経験 (岩波現代文庫) [a]
大貫 隆 / 岩波書店 / 2014-10-17

哲学・思想(2011-) - 読了:「イエスという経験」

Bookcover その女アレックス (文春文庫) [a]
ピエール ルメートル / 文藝春秋 / 2014-09-02
久々の海外ミステリ。2014年ミステリーベストテンで軒並み一位!と平積みされているので、つい手に取ってしまった...

フィクション - 読了:「その女アレックス」

振り返るに、今年はホントに本を読めない一年であった。反省...

Bookcover ヴェールの政治学 [a]
ジョーン・w・スコット / みすず書房 / 2012-10-24

Bookcover 自民党政治の変容 (NHKブックス No.1217) [a]
中北 浩爾 / NHK出版 / 2014-05-21

Bookcover さいごの色街 飛田 [a]
井上 理津子 / 筑摩書房 / 2011-10-22

Bookcover ジャスミンの残り香 ──「アラブの春」が変えたもの [a]
田原 牧 / 集英社 / 2014-11-26

Bookcover ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌 [a]
神山 典士 / 文藝春秋 / 2014-12-12

Bookcover 文楽手帖 (角川ソフィア文庫) [a]
高木 秀樹 / KADOKAWA/角川学芸出版 / 2014-08-23
文楽の入門書。古典芸能の素養は全くないんだけど、先日たまたま「女殺油地獄」の、人形たちが油屋の店先をツルツル滑るのを見て、文楽って意外に自由なんだなあ、と感心した。この本によると、かつては「夫婦善哉」の文楽化というのがあったんだそうで、なるほど、それは面白いかもしれない。

ノンフィクション(2011-) - 読了:「ヴェールの政治学」「自民党政治の変容」「さいごの色街 飛田」「ジャスミンの残り香」「ペテン師と天才」「文楽手帖」

Bookcover OL進化論(36) (ワイドKC モーニング) [a]
秋月 りす / 講談社 / 2014-12-22

Bookcover 死んで生き返りましたれぽ [a]
村上 竹尾 / 双葉社 / 2014-11-12

Bookcover また! 女のはしょり道 (KCピース) [a]
伊藤 理佐 / 講談社 / 2014-12-13

Bookcover おいピータン!!(15) (ワイドKC Kiss) [a]
伊藤 理佐 / 講談社 / 2014-12-12

Bookcover さよなら、またあした [a]
松本藍 / 太田出版 / 2014-11-13
うーん。残念ながら、これはよくわからなかった...

Bookcover 呪詛 (幽COMICS) [a]
花輪 和一 / KADOKAWA/角川書店 / 2014-12-25
Bookcover 赤ヒ夜 [a]
花輪 和一 / 青林工藝舎 / 2013-03-30
前者は最近の短編集。後者は昔の短編集の再刊。

コミックス(2011-) - 読了:「OL進化論」「死んで生き返りましたれぽ」「また!女のはしょり道」「おいピータン!!」「さよなら、またあした」「呪詛」「赤ヒ夜」

Bookcover すみれファンファーレ 4 (IKKI COMIX) [a]
松島 直子 / 小学館 / 2014-01-30
今調べたら、掲載誌・小学館IKKIの休刊とともに終了した由。残念だけど、次回作が楽しみでもある。

Bookcover 補助隊モズクス 3 (ビームコミックス) [a]
高田 築 / KADOKAWA/エンターブレイン / 2014-12-15
最終巻。いやー面白かった。マンガの自由な想像力を満喫させる佳作であった。

Bookcover アイアムアヒーロー 16 (ビッグコミックス) [a]
花沢 健吾 / 小学館 / 2014-12-26

Bookcover カタミグッズ (KCデラックス Kiss) [a]
野村 宗弘 / 講談社 / 2013-06-21

Bookcover 一畳間の純チャン (近代麻雀コミックス) [a]
野村 宗弘 / 竹書房 / 2013-12-07

コミックス(2011-) - 読了:「すみれファンファーレ」「補助隊モズクス」「アイアムアヒーロー」「カタミグッズ」「一畳間の純チャン」

Bookcover 僕だけがいない街 (5) (カドカワコミックス・エース) [a]
三部 けい / KADOKAWA/角川書店 / 2014-12-26
角川「ヤングエース」連載のタイプ・スリップ・サスペンス。すごく人気のある作品なのだが、残念ながら魅力がまだちょっと理解できていない... 面白いかといえば面白いんだけど... ううむ...

Bookcover リメイク 4 (マッグガーデンコミックス EDENシリーズ) [a]
六多 いくみ / マッグガーデン / 2014-12-13
マッグガーデンのweb誌に連載している由。百貨店の美容部員を主人公にした、仕事を通じて自己実現していくタイプのマンガ。

Bookcover 大砲とスタンプ(4) (モーニング KC) [a]
速水 螺旋人 / 講談社 / 2014-12-22

Bookcover 僕らはみんな河合荘 6巻 (ヤングキング・コミックス) [a]
宮原 るり / 少年画報社 / 2014-11-29

Bookcover 海月と私(3) (アフタヌーンKC) [a]
麻生 みこと / 講談社 / 2014-12-05

Bookcover ワカコ酒 4 (ゼノンコミックス) [a]
新久千映 / 徳間書店 / 2014-12-20

Bookcover イノサン 7 (ヤングジャンプコミックス) [a]
坂本 眞一 / 集英社 / 2014-12-19

コミックス(2011-) - 読了:「大砲とスタンプ」「僕らはみんな河合荘」「海月と私」「ワカコ酒」「僕だけがいない街」「イノサン」「リメイク」

年末に読んだ本を記録しておくと...

Bookcover 五色の舟 (ビームコミックス) [a]
近藤ようこ,津原泰水 / KADOKAWA/エンターブレイン / 2014-03-24
メディア芸術祭の大賞を受けた作品。ようやく手に入れた。戦時下の広島に向かう見世物一座を描く。何年かに一度の、文句なしの傑作であった。

Bookcover ちーちゃんはちょっと足りない (少年チャンピオン・コミックスエクストラもっと!) [a]
阿部 共実 / 秋田書店 / 2014-05-08
これも今年評判になったマンガだと思う。思春期の激しい感情をダイレクトにぶつけるような作品で、胸をえぐるような読後感である。ある世代の、あるタイプの読者にとってはたまらないだろうなあ。

Bookcover 死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々(1)(少年チャンピオン・コミックス・タップ! ) [a]
阿部共実 / 秋田書店 / 2014-12-10
こちらは小品集であった。

コミックス(2011-) - 読了:「五色の舟」「ちーちゃんはちょっと足りない」「死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々」

2014年12月27日 (土)

van Kerckhove, A., Geuens, M., Vermeir, I. (in press) The floor is nearer than the sky: How looking up or down affects construal level. Journal of Consumer Research, 41. 2005.
 最近は身体化認知と解釈レベル理論を合わせた研究が散見されるが、そのひとつ。著者らはベルギーの人。第一著者の博論である由。
 上ないし下を見る運動が解釈レベルに効くという話。

 いわく、消費者が対象を見る際、下に見下ろす動きを伴う場合と上に見上げる動きを伴う場合では、対象についての意思決定が異なる。なぜなら、(1)下に見下ろす動きは近距離の刺激、上に見上げる動きは遠距離の刺激と連合している。(2)解釈レベル理論によれば、近距離の刺激は具体的に、遠距離の刺激は抽象的に処理される。(3)消費者の意思決定においては、具体的処理によってフィジビリティ属性(opp.望ましさ属性)が重視されるようになり、かつ選好と決定の整合性が増大する... という、風が吹けば桶屋が儲かる級にアクロバティックな筋立てだ。

 先行研究としてreferされているのをメモっておくと:

 実験は6つ。

実験1. 見上げる/見下ろす動作が対象との距離と連合していることを示す。
 被験者は学生45人。椅子に座らせ目隠しし、「海に釣り舟がいる」云々という話を聞かせる。このとき、頭の後ろのヘッドレストのせいで首の角度が固定されている。で目隠しとヘッドレストを外し、舟までの想像上の距離を答えさせる。要因はヘッドレストの角度: {上向き30度, 下向き30度}。著者は動作(movement)っていってるけど、要は姿勢のことね。被験者間操作。
 結果: 回答の平均は、下向き条件で8.9m, 上向き条件で25.2m。

実験2. 見上げる/見下ろす動作が対象との距離の推定を経由して解釈レベルに効くことを示す。
 被験者は学生56人。まず立たせて、1.7m先正面の壁の目印を30秒注視(図には1.6mって書いてあるけど...)。で、壁までの距離を推定させる。次に、解釈レベルを測るBIFという尺度に回答(Behavioral Identification Form. Vallacher & Wegner, 1989 Personality Processes & Individual Diff. 日本語版もある模様。なんでもあるものねぇ)。要因は壁の目印の位置: {高さ250cm, 80cm}。被験者間操作。
 結果: 見下ろし条件のほうが距離を近めに推定し、解釈レベルが具体的。bootstrapping mediation test によれば(←なんのことだろう? Shrout & Bolger (2002, Psych.Methods), Preacher & Hayes (2004, BRMIC) というのが引用されている)、解釈レベルへの効果は距離推定のバイアスに媒介されている。

実験3. 解釈レベルの指標を変えて再現。今度はカテゴリ化課題を使う。解釈レベル理論によれば、抽象的処理ではカテゴリが広くなるはずである。ついでに、視線角度と頭部角度を別々に操作して、どっちが効くかを調べる。
 被験者は学生128人。椅子に座らせ、まずBIF。次に、スクリーンに20個の製品名を提示(「クッキー」とか)、好きな数のカテゴリに分類させる(どうやって回答させるのかしらん...)。ヘッドレストの角度とスクリーン上の提示位置を操作: 首を{30度上向き,30度下向き}にして顔の正面で提示, ないし首はまっすぐで{上方向に提示,下方向に提示,正面に提示}の5セル。被験者間操作。
 結果: 首が下向きでも視線が下向きでも、BIFは具体的、カテゴリ数は増える。首が上向きでも視線が上向きでも、BIFは抽象的、カテゴリ数は減る。カテゴリ数への効果はBIFに媒介されている。

実験4. 今度はfeasibility-desirabilityトレードオフを指標にする。
 被験者は学生151人。椅子に座らせ目を閉じさせ、ヘッドホンで課題を提示。「あなたはプリンタを買おうとしています。Aは信頼性9点、品質8点。Bは信頼性8点、品質9点。どっちにしますか」100点恒常和法で回答。要因はヘッドレストの角度: {上向き、下向き、まっすぐ}。被験者間操作。
 結果: 首が下向きだとAを好み(feasibility志向)、首が上向きだとBを好む(desirability志向)。

実験5. 今度は選好-決定の整合性を指標にする。解釈レベル理論の文脈でこの結果指標はあまり注目されていない由。さすがに媒介効果を一発で語るのは難しいらしく、実験は2つ。
 実験5A。学生60人。椅子に座らせ、(1)M&Mなどキャンディー5ブランドを好きな順に順位づけ。(2)解釈レベルの操作。低レベル条件では、「歌手」「パスタ」など15項目のリストを示し、identify an example for each of the provided categories. 高レベル条件では、同じリストを示して、provide a category for each item. (←これがなぜ解釈レベルの操作になっているのか、よくわからない... Fujita et al. (2006PsychPsy)を読めばいいらしい) (3)目の高さの棚にキャンディー5ブランドを並べて示し、好きなのを選ばせる。結果: 低レベル条件のほうが、順位づけ課題で1位にした奴を選びやすい。
 実験5B。学生115人。椅子に座らせ、(1)順位づけ。実験5Aと同じ。(2)棚にキャンディー5ブランドを並べ、好きなのを選ばせる。要因は、キャンディーがあるのが棚の{上の段, 下の段}。結果: わずかではあるが(p=.07)、下の段のほうが順位づけで1位にした奴を選びやすい。
 (←実験5Bだけ手続きがちょっと素人っぽい。別の実験と相乗りしているようだし、ここで差が出たので始めた研究ではないかしらん) (←末尾の付録をみたらやはりこれが一番古かった。勘がいいなあ俺。誰も褒めてくれないから自分で褒めよう)

 考察。距離は権力感覚とかムードとかが媒介変数になっているという説明は無理だ。云々。
 あれこれスペキュレートしてるのは省略するけど、Eコマースでのパソコンとモバイル端末の違いに影響してんじゃないかしら、というくだりが面白かった。なるほど、タブレットもスマホも見下ろす感じですもんね。

 ざっとめくっただけだけど、ありがたいことに論述がスマートなので、大筋は見落としていないと思う。実験の結果は綺麗すぎてちょっと怖い感じ。ともあれ、勉強になりましたです。

論文:心理 - 読了:van Kerckhove, Geuens, & Vermeir (in press) ちゃんと考えて選んでほしいなら下の棚に置け

2014年12月18日 (木)

阿部慶賀(2010) 創造的アイデア生成過程における身体と環境の相互作用. 認知科学, 17(3), 599-610.
 学生に正方形のプラスチック板を与え、新しい利用方法をできるだけたくさん提案させる。実験条件は、板の辺の長さが{12cm, 14cm, 21cm, なし}。さらに要因として手の大きさに注目。結果指標はアイデア数、プラ板の変形の有無、有用性、独創性。
 結果:変形案提案者の割合は14cm群で高く、板なし群で低く、サイズと手の大きさに交互作用があった。などなど[すいません省略します]。というわけで、環境と身体の関係が創造的アイデア作成に効く、という主旨であった。
 ええと、推論に対する身体や行為の影響の先行研究として挙げられているのは

論文:心理 - 読了:阿部(2010) アイデア生成課題における身体-環境相互作用

Wilson, M. (2002) Six views of embodied cognition. Psychonomic Bulletin & Review, 9(4), 625-636.
 今度の雑誌原稿のために読んだ。あくまで消費者調査について考えるための材料として読んでいるのであります。(そう自分に言い聞かせておかないと、ちょっと気分が悪くなってくる)
 著者いわく、身体化認知(embodied cognition)という概念には異なる6個の主張が含まれている。

主張1. 認知は状況に埋め込まれている(Cognition is situated)。
 situated cognition とは、課題に関連する入出力の文脈で生じている認知、という意味だ。すなわち、ある認知プロセスが実行されているとき、知覚情報の入力がそのプロセスに影響を与え続け、運動能力の遂行が環境に影響を与え続けるとき、それはsituated cognitionだ。
 定義上、あらゆる認知がsituatedなわけではない。たとえば計画とか想起とか白昼夢とかは環境との即時的交互作用からは切り離されており、situatedでない。
 進化の歴史からみて、我々の認知の最基層にあるのがsituated cognitionだ、という主張がある。しかしこの見解は、初期人類の生活における生存関連的な行為の役割を誇張している面がある。初期人類はほとんどのカロリーを狩猟ではなく収集で得ていた。収集を支えるのは記憶とか協調とかだろう。そりゃまあ捕食者から逃げるのは大事だし、それはたしかにsituatedかもしれないが、でもそのためのスキルは非常に古いもので、他の種とも共通している。人間の認知をそういう観点から説明していいものかどうかわからない。また、言語のような道具は人間を特徴づけるものだが、situatedな機能というより現在の環境から切り離された表象を扱っている。
 これに対する反論としては、まずBarsolou(1999, BBSのPSS論文)がある。大先生いわく、言語ってのはもともとはsituatedで即時的で直示的だったんだ、と。でも言語は時空間上で離れたものを指示できるという点ではなっから非situatedなわけで、いや大昔は言語の表象的能力をフル活用してなかったんだよ、なんてのはやっぱりおかしい。Brooks(1999, 書籍)は、非situatedな認知なんてのはずっと後になって出てきたんだ、進化にとっては解決容易な問題なんだとおっしゃっているが、これも妙な話だ。あとになって人間だけが持ちえた能力だからこそ、ラディカルで複雑なイノベーションだといえるんじゃないですかね。
 いま進行しつつある環境との相互作用と密接に結び付いた認知能力というのは確かにあるし(たとえば空間認知)、そこから学ぶべきものは多い。situated cognitionの中心性を野生における生存要求で基礎づけたりしていると、本当のsituated cognitionについての理解が阻害されてしまうよ?

主張2. 認知は時間的制約の下にある(Cognition is time pressured)。
 situated cognitionは"runtume", "real time"という制約を受けている、という主張が多い(Brooks, Pfeifer, van Gelder, Portら)。こういう言い回しは伝統的なAIモデルの弱みを突くために用いられている。時間圧力が重要だという信念はロボティクスでも行動研究でも共有されている。
 時間圧力が注目されるのは、それが表象操作のボトルネックになると考えられているからだ(実際、そもそもsituated cognitionにおいて人は内的表象を使ってんのかという論争さえある。Brooks1991Science, Vera&Simon1993CSをめぐる論争、Beer2000TrendsCS, Markman&Dietrich2000CP)。というわけで、realtime situated actionを認知能力の出発点に位置づける人は多い。
 この手の議論はある想定に基づいている。すなわち、認知主体が表象操作のボトルネックを回避するように作られており、実際に時間圧力の下でもうまく機能しているという想定である。実際には、我々はこのボトルネックを回避できず、往々にして失敗する。また、オフライン的に行動できるときにはオフライン的に行動することが多い。さらに、situated ではあるが時間圧力の下にない活動も多い(クロスワードパズルを見よ)。
 環境との実時間的相互作用を理解することにはもちろん意義がある。たとえば感覚運動協応の研究はこの観点を必要とする。しかし、こうした分野を支配する原理を、人間の認知一般を支配する原理にスケールアップできるとは思えない。

主張3. ひとは認知的作業を環境に肩代わりさせる(We off-load cognitive work onto the environment)。
 ひとがオンライン的課題要求に直面したとき、利用可能な方略が2つある。(1)事前の学習を通じて獲得した、プリロードされた表象に頼る。これは主張6を参照。(2)環境自体を戦略的に用いることで認知負荷を軽減する。つまり、情報をすべて符号化するのではなく、必要な時にアクセスできる形で環境に残しておく(off-loading)。このように環境を変更する行為をKirsh & Maglio(1994CS)はepistemic actionと呼んでいる。たとえばテトリスで、ブロックを心的に回転して解法を求めるのではなく、ブロックが出てきた途端に実際に回してしまう、とか。(たとえばカレンダーに印をつけるような、環境を長期的情報貯蔵として利用する戦略も環境へのoff-loadingなのだけど、これまであまり注目されていないので、ここでは脇に置いておく。)
 off-loadingのこれまでの研究は、世界を「それ自身の最良のモデル」として用いる事例に焦点を当ててきた(たとえばテトリスの例)。しかし考えてみると、紙にベン図を描いてみる、というのも一種のoff-loadingである。それらは目の前の環境にはないなにかについての認知活動である。こういうのをsymbolic off-loadingと呼ぼう。symbolic off-loadingはもはやsituatedではない。

主張4. 環境は認知システムの一部である(The environment is part of the cognitive system)。
 研究者のなかには、認知は精神の活動ではない、精神と身体と環境の相互作用のなかに分散しているのだ、と主張する人もいる。たとえば、Beer(1995AI), Greeno&Moore(1993CS), Thelen&Smith(1994書籍), Wertsch(1998論文集)。
 「認知活動の駆動力は頭のなかだけにあるのではなく、個人と状況とに分散している」というのは正しい。だからといって、「認知の理解のためには状況と認知主体をひとつの統合システムとして捉えて研究しなければならない」というのは怪しい。19世紀、水素の存在と他の化学物質との相互作用についてはよく知られていた。しかしそれらが本当に理解されたのは20世紀になって原子の構造がわかってからだ。
 そもそもシステムとはなんぞや。ここでシステム理論の概念を導入しよう。構成要素が集まっただけではシステムではない。構成要素がそのシステムに参加することでなんらかの影響を受けるような特性を持っているとき、はじめてそれはシステムといえる。では、システムの構成要素に影響を与えるものはすべてシステムの一部か? そうではない。たいていのシステムはオープン・システムだ。それはシステムと相互作用する環境のなかにあるのだ。太陽は生態系の一部じゃないでしょ?
 システムはその組織化、すなわち要素間の機能的関連性によって定義される。その組織化にはfacultativeなものとobligateなものがある。前者は一時的で、特定の場面で組織化されるシステム。後者はある程度まで永続的なシステム。
 さて、精神をシステムと考えるのと、精神と身体と環境中の関連要素をまとめてシステムと考えるのと、どっちが自然で、科学的に生産的だろうか。後者の立場に立つと、そのシステムはfacultativeになり、前者の立場に立てばobgligateになる。後者でなければならないという理由はない。
 精神について研究するだけでなく、精神と状況をあわせて研究するのも良い、というのならわかる。ただし注意点が2つ。(1)この立場に立つのならば、分散された認知という考え方はもう革命的じゃない。(実際、分散システムという主張の中には単に「認知」と呼ぶものの範囲を広げているだけのものもある。ハッチンスの集団行動の研究とか。) (2)長い目で見てそれが良いことかどうかを考える必要がある。科学の目標は特定の出来事の説明ではない、出来事の背後にある原理と規則性の発見だ。分散された認知という見方はシステムがfacultativeになるという問題を抱えている。この問題を乗り越えて理論的洞察にたどり着けるかどうかが問われる。

主張5. 認知は行為のためにある(Cognition is for action)。
 身体化認知アプローチは、認知メカニズムを適応的活動への寄与という観点から捉える。視覚は運動制御を改善するという進化的意義を持っているとか、記憶は三次元環境における知覚・行為を助ける機能として進化したとか。
 伝統的な仮説によれば、視覚システムは知覚世界の内的表象を構築する。背側視覚路と腹側視覚路はそれぞれwhatとwhereの視覚路だ。しかし最近では、腹側視覚路はむしろhowの視覚路だと論じられるようになった。その証拠として、視覚入力が運動をプライムするという知見が多く得られている。記憶もまた環境との相互作用という観点から捉えられるようになってきた。[...このくだり、いろいろ書いてあるけど面倒なので省略]
 では、目的や行為に対して中立的な表象、表象のための表象という考え方は、もう捨て去るべきなのか? まさか。視覚処理の背側ストリームはパターンと対象の同定、いわば知覚のための知覚に関与している。視覚事象のなかには相互作用の機会を提供しないものもあるし(沈む夕日とか)、知覚運動的な相互作用が可能な物理構造ではなくて視覚的な全体性に依存して認知が成立するような対象もあるし(「人の顔」とか「犬」とか「家」とか)、物理的相互作用がほとんどないようなパターン認識の活動もある(読書とか)。知覚的符号化は「行為のための知覚」という観点だけでは説明できない。記憶に目を転じればさらに明白だ。牛乳と豆乳は知覚的性質も行為のアフォーダンスもほぼ同じだが、豆乳は乳製品じゃないぞ。
 認知は行為のためにある、という言葉は究極的には正しい。問題は、認知機構が行為にどのように寄与しているかだ。個別の近くなり概念なりが具体的な行為パターンのためにあるというのは無理がある。むしろ、認知は多くの場合、間接的で洗練された戦略を通じて行為に寄与するのだ、と考えた方がよい。すなわち、外的世界の性質についての情報を将来のために貯蔵しておく(どうやって使うかにはあまりコミットせずに)、という戦略である。部屋にピアノがあったとして、それは座るものだとも飲み物を置く台だと考えられる。しかしあとになってから、そうだみんなの注意を惹くために大きな音を立てるのに使おうとか、侵入者に対するバリケードとしてドアの前に置こうとか、吹雪で停電になったから叩き壊して燃料にしようとか、ピアノという表象からいろんな使い道を引き出すことができる。我々の心的表象は、おそらくかなりの部分まで目的中立的だ。
 
主張6. 環境から切り離されているときの認知も身体に基づく(Off-line cognition is body based)。
 たとえば指で数を数えるとき、指はちょっと動かすだけで役に立つし、なんだったら全然動いてなくても本人の役には立つかもしれない。このように、いっけん抽象的な認知活動も、情報表現や推論のため、感覚運動機能を利用して物理世界のシミュレーションを行っている可能性がある。身体化認知のこういうオフライン的側面は、situated cognitionに比べてあまり注目されてこなかったが[←そうなんですか?]、長年にわたって証拠が静かに蓄積されている。

身体化されたオフライン的認知についての探求は他の分野でも行われている:

結論。[ここ、面白いので全訳]

 私たちは、身体化された認知をひとつの視点として扱うのをやめて、複数の特定的な主張として扱い、それぞれの利点について論じる必要がある。議論をもっと特定的にすることによって、身体化された認知のオンライン的な諸側面とオフライン的な諸側面とを区別できるようになる。
 身体化された認知のオンライン的諸側面は、課題関連的な外的状況に埋め込まれた認知活動の領域であり、時間圧力の下にあるケースや、情報ないし認知的作業を環境に肩代わりさせているケースを含むだろう。そこでは、精神は実世界状況と相互作用している身体の要求にこたえる働きとみなすことができる。これらの領域は伝統的には無視されていたもので、学ぶべき事柄が数多い。しかし、これらの原理をスケールアップさせればすべての認知を説明できる、という主張に対しては警戒しなければならない。
 これに対して、身体化された認知のオフライン的諸側面は、指示対象が時空間において離れていたりすべて想像上のものだったりするような心的課題のために感覚運動資源を利用する、あらゆる認知的活動を含む。たとえばsymbolic off-loadingがこれにあたる。そこでは、そこには存在しないものの心的表象と操作を助けるために外部資源が用いられ、さらに心的シミュレーションという形で感覚運動表象が純粋に内的に利用されている。これらのケースでは、精神が身体を助けて働いているのではなく、むしろ身体(ないしその制御システム)が精神を助けているのである。精神によるこの乗っ取り、そして時空間において離れているものを心的に表象するという能力こそが、人間の知性を原人から引き剥がした暴走機関車(the runaway train)の動力源のひとつだったのではないかと思われる。

 embodied cognitionというのは壮大なテーマなので、この分野の議論は奇妙に衒学的なフレーバーがかかってしまい、風呂敷ばかりが先行して肝心なところが曖昧模糊となってしまうことが多いように思う。しかしこの論文は視野広くして論旨きわめて明晰、さすがはASLや共感覚の研究でその名を知られたMargaret Wilsonである。特に主張1に関する進化心理学的主張への批判、感銘を受けました。
 著者の見解を整理すると、主張1,2,3,5は部分的に支持、主張4は支持しない、主張6は支持、ということになる。しかしいちばんの批判の的になるのは、この見立てそのものではなく、その基盤にある表象主義的認知観ではないかと思う。共通の土俵でまともに議論することさえ困難な、怖い論点だ...

論文:心理 - 読了:Wilson(2002) 身体化認知という概念を解剖する

2014年12月16日 (火)

Graefe, A. (2014) Accuracy of vote expectation surveys in forecasting elections. Public Opinion Quarterly, 78, 204-232.
 ぼんやりPOQのサイトを眺めていて、アブストラクトを数行読んで、これはえらいこっちゃ、と青くなった論文。まさにこれ、こういう研究を探していたのに、これまで見つけることができなかった。探し方が悪かったのだ。嗚呼愚かなり。
 表題の vote expectation surveyというのは、「誰に投票しますか」ではなく「誰が勝つと思いますか」と尋ねる調査のことで、citizen forecastともいう、とのこと。くっそー、そういう言葉があったのか。

 話を大統領選予測に絞る。従来の方法として、専門家予測、伝統的な世論調査(誰に投票しますか。以下VI)、予測市場(具体的にはIEMのこと)、量的モデル(経済指標などで重回帰する)がある。伝統的な世論調査といっても、単独の予測だけではなく、複数の調査を組み合わせたり、時系列で追ってって投票日にどうなるか予測したり(poll projections)といった工夫が可能。
 さてvote expectation (以下VE)は、Lazarsfeldの昔からwishful thinkingの存在が指摘されてきたんだけど、これが案外正確なのである。注目を集めたのはLewis-Beck & Skalaban (1989, British J. Political Sci.)で、1956年以降のAmerican National Election Study (ANES) のVE設問を分析、69%の回答者が勝者を言い当てていたことを示した。2012年までに拡張すると70%。州別にみても69%。英国の調査の分析でも同様の結果が得られている。理論面では、Murr(2011, Electoral Survey)がコンドルセの陪審定理とVEを結びつけ、回答者数、勝者と敗者の差、そして調査回答日のばらつきが大きいときにVEの集約が正確になる、ということを示している由。とはいえ、VEの研究は少ない。
 Rothschild&Wolfers(2012,SSRN)は、ANESにおいてVI質問とVE質問を同じ対象者に聞いた調査について分析している[←ベイジアン自白剤そのものだなあ...]。VEの方が正確。考えられる理由は:(1)VIからは態度未定者が落ちる。(2)VEは他者の態度についての知識を反映する。[←面白い!!!]
 予測市場との優劣はどうか。ANESのVEとIEMの大統領選予測を比べると、VEのほうが若干正確。他の予測課題でも同様の報告がいくつかある。考えられる理由は、評定者の多様性。IEMの参加者にだってwishful thinkingはあるし、白人男性・高学歴・高収入・共和党支持者が多めだ。

 というわけで、公表されているデータを用い、大統領選予測におけるVEの正確さについて調べてみました。
 VEを聞いている調査は1932年以降で217個ある(ギャラップとかANESとかを全部合わせて)。集計結果が勝敗を予測できたのは193個、つまり89%。得票率を予測するために、VEで得票率を予測する回帰式をつくったところ、現職側の党のVE獲得率をE, 実際の得票率をVとして、V=41.0 + 17.1E。決定係数0.66。[←おおおお... 結構すごいな]
 さて、1998年から2012年までの7つの大統領選、投票日前100日間に注目し、VE、世論調査(単独、結合、結合してprojection)、予測市場(IEMの終値)、専門家予測、著者らの定量モデルについて、ヒット率、ならびに得票率予測のMAEを比較する。結果:一番成績がよかったのは... VEでした!!

 考察。
 過去30年間、我々は選挙予測の精度向上を目指して頑張ってきたよね。世論調査の結合とか、projectionとか、定量的モデリングとか、予測市場とか。でも意外や意外、長く忘れられてきたVEの成績が一番よかったわけだ。
 2012年の選挙でいえば、最終的な結果(オバマが4ポイント差で勝利)を安定的に予測していたのはVIよりVEのほうだった。ネイト・シルバーのFiveThirtyEight.comの日次予測と比べても、VEのほうがかなり精度が高かった。
 VEはなぜ注目されないのか。(1)その正確さが知られていないから。(2)オッカムの剃刀とは逆に、人は複雑な解決策を信じるから。ネイト・シルバーが好かれる理由もそこにある。(3)VEは安定しすぎていてニュース価値が低いから。「ジャーナリストが競馬的メンタリティから脱却し、vote expectation調査に注意を向けるようになれば、候補者のパフォーマンスやその政策について説明するのに集中できるだろうに、そして有権者は本当は誰が有利なのかをより正しく知ることができるだろうに」。
 
 自分の仕事とあまりに近すぎるので、感想は省略するけど... とにかく、地道に探していれば、求めていた情報が、こうして不意に目の前に現れることがあるのだ。

論文:予測市場 - 読了:Graefe(2014) 実はvote expectationが最強の選挙予測だった

Krishna, A., Schwarz, N. (2014) Sensory marketing, embodiment, and grounded cognition: A review and introduction. Journal of Consumer Psychology, 24(2), 159-168.
 仕事の都合で読んだ。
 表題通り、この雑誌のこの号はSensory marketing, embodiment and grounded cognitionという特集号で、これは編者の序文。なお、この号への寄稿は以下の通り。

うーむ、sensory marketingっていうと、こんな感じのとりとめもない話になっちゃうのかしらん...
 以下、内容のメモ。

研究小史。70年代、認知への情報処理アプローチが支配的になった。その反動として、社会的認知研究においては認知への感覚・動機づけの統合が試みられたが、感覚や身体情報が(たとえば)意味ネットワークのノードとして取り込まれただけで、アモーダルな表象という基本的想定に根本的に挑戦するものではなかった。この流れは「情報としての感覚」アプローチとして今に至っている[←これはSchwarzという人の言い回しらしい]。
 脱文脈化されたアモーダルな精神という想定に反旗を翻す流れとしては、まず状況的認知とそれに関連した立場。感覚経験と抽象概念が共有しているメタファに注目する立場。そしてすべての心的行為をモダリティ・スペシフィックなシミュレーションとしてみる立場[Barsalouのこと]がある。

情報としての身体経験。[心拍が写真の魅力を増すとか、ペンを咥えてマンガを読むとどうこうといった研究の紹介があって...] よく知られた認知現象も身体的基盤を持っている。たとえば単純接触効果とか。[1]をみよ。
 感覚も外的情報に影響される。たとえば、被験者に広告文章を読ませたあとで食べ物を食べさせると、文章が複数の意味を持つものであったほうが、感覚的な思考が誘発され、食べ物がおいしくなる[どういうことだろう... Elder & Krishna, 2010, JCR]。

感覚経験、心的シミュレーション、刺激属性。消費者の錯覚についての研究は昔からあった。最近では目標指向的行動の観点から錯覚の問題がふたたび注目されている。たとえば、モノの大きさの錯覚がモノの選択には影響するが、モノをつかむときの握力には影響しないとか。バックパックを背負っていると坂は急に見え、友達がいるとなだらかにみえるとか。50年代ニュールック心理学以来の、知覚の動機づけバイアスの再訪だ。[2]はこの系統。
 状況的認知の観点から、知覚が行為をアフォードしシミュレーションを引き起こすという研究も多い。メタ認知的経験の感覚運動的基盤についてもっと検討が必要だ。とはいえ、すべてのシミュレーションが同じルートを辿るわけではない。アフォーダンスで起きることもあれば、共感と感情的処理で起きることもあれば、内省で起きることもあろう。
 食物の概念的処理が味覚を処理する脳領域を活性化させるという話もある。[3]とか。
 刺激の感覚属性が思考・感情・決定に影響するという研究も多い。視覚がいちばん多い。[4][5][6]をみよ。触覚もある。[7][13]をみよ。操作は難しいが匂いもある。

メタファ。一番多いのは物理的暖かさと社会的暖かさの連合の研究。[8][9][10]。また、[5]は明るさと熱と感情、[11]は水とエネルギーとの連合に注目している。
 空間の垂直方向が持つメタファ的連合の研究も多い。[12]をみよ。
 物理的清潔さと道徳的清潔さのメタファ的連合の話は、Zhong & Liljenquist(2006, Science)にはじまる。[13]はこの延長線上にある。
 最後に、[14]はメタファ的意味が創造性を促進・阻害することを示している。[←これってもはや特集の趣旨とずれ始めているのでは...]

結語。情報処理モデルの全面的な対抗案を出せないからと言って研究の価値が下がるわけじゃないだろう。アンドレ・ジイドいわく、浜辺の灯りを見失うことなしに新大陸は発見できない[←大きく出たね...]。
 いっぽう、本特集号に投稿された70本以上の論文のほとんどが、大きな概念的問題を提出しようとしないどころか、自分たちの知見が既存の研究にどのような点で挑戦しようとしているのかを同定しようとさえしていなかった。それはそれでちょっとどうかと思うぞ。[←ははは]

論文:マーケティング - 読了:Krishna & Schwarz (2014) センサリー・マーケティングと身体化認知

 朝、本棚を眺めていてしみじみと思うに、私は私が買った本を読み終えることなく死ぬことになるだろう。本を読むより早いペースで本を買っているんだから、そうなって当然である。
 残り時間は少ないものと考えるべきだ。「いずれ時間ができたら読もう」なんて言い訳はもうおしまいにして、本当に読みたい本から先に読もう。それが仕事かなにかの役に立つか立たないかなんて、もはやどうでもよいではないか。
 というわけで、ながらく本棚に飾ってあった分厚い本に手を付けることにした。いまさら勉強してもしかたがないけど、それを別にしても、純粋な趣味としてでも読んでみたいと思っていた、思い出深い本である。思えば、2000年に出版されたときは高くて手が出せず、経済状態が好転して自分の本棚に置けるようになった頃には、今度は時間がなくなっていたのである。皮肉なものだ。
 A.Tverskyの遺した業績と関連研究からなる論文集。全42章、ほとんどの章は公刊済論文の再録という、聳え立つ山脈のようにヘビーな内容である。全部読み通せるとも思えないのだけれど...

Kahneman, D. & Tversky (1984) Choices, values, frames. Kahneman & Tversky (eds) "Choices, values, frames". Chapter 1. Cambridge University Press.
 American Psychologistの論文の再録。元論文を読んだはずだが、もちろん覚えていないので、手始めにはちょうど良い。

 前半は、リスク下選択における主観価値の話。
 意思決定の精神物理学的分析は18cのベルヌーイに遡る。ベルヌーイはすでに、富の増加に際してのリスク回避傾向を主観価値の凹型関数で説明していた[わかりにくいけど、上に凸な関数ってことね]。800ドルの主観価値は1000ドルの主観価値の8割を超えている、だから確実な800ドルは確率80%での1000ドルよりも主観価値が大きい... という説明である。
 決定の伝統的な分析では決定の帰結を富の全体の観点から考えるが、実際には人は富の変化に注目する。というわけで我々はプロスペクト理論を提案しました(1979)。ポイントは、(1)富の全体ではなく利得と損失を考えること、(2)利得については凹型、損失においては凸型の関数であること、(3)利得のほうで傾きが大きいこと(損失回避)、である。これまでに指摘されてきた、損失におけるリスク志向性もこの理論で説明できる。
 決定の規範的理論の分野ではノイマン-モルゲンシュタインの公理というのがある。たとえば遷移公理とか、代替公理とか[もしAよりBが選好されていたら、「5割の確率でAかC」より「5割の確率でBかC」が選好される]。ただし代替公理は規範理論のなかでも批判が多い。しかし、優越性(dominance)の原理と不変性(invariance)の原理は合理的選択のあらゆる分析の前提となっている。オーケー、ここからは、実際の決定が優越性の原理や不変性の原理を充たしていないことを示しましょう。

 その1、フレーミング。
 わしらの1981年の研究では[...アジア病問題の紹介...]。ごらんのように、記述のしかたによって選好順序が変わってしまう。不変性の原理が満たされていない。
 さらに[... くじ課題の紹介。利得だか損失だかの状況下で不確実選択肢と確実選択肢を示す奴ね ...]。ごらんのように、優越性の原理も満たされていない。
 選択が不変性を充たすようにするための方法は二つある。(1)どんな問題でも同じカノニカルな表現に変換してしまう。でもそんなの無理でしょう? (2)どんな選択肢でもその結果を心理的な結果じゃなくて保険統計的(actuarial)な結果に変換してしまう。これも生命の話でないかぎり難しい。
 
 その2、確率の精神物理学的特性。直感的にいって、主観確率pが0の近辺では、その決定上のウェイト \pi(p) は大きめになり、ほかの範囲では小さめになると思われる。この結果、次の問題ではAの選択率は74%だが:
 「2ステージのゲームです。最初のステージで75%の確率で終了、25%の確率で次に進めます。第2ステージでどちらを選びますか: (A)確実に30ドルもらえる (B)80%の確率で45ドルもらえる」
次の問題では42%になる:
 「どちらを選びますか: (A)25%の確率で30ドルもらえる (B)20%の確率で45ドルもらえる」
これは確率のフレーミング、そしてウェイトの非線形性のせいである。我々はこれを疑似確実性効果と呼んでいる(前者の選択肢Aが確実であるかのように捉えられているから)。
 別の例。「保険料は半額、そのかわり奇数日の地震のみ補償」というような確率的保険は好まれない。この例は次の点で重要である。(1)期待効用理論では説明できない。(2)多くの防止的な行為は確率的保険の形をとっている(泥棒の警報システムとか)。(3)保険の受容可能性をcontingenciesのフレーミングで操作できる。たとえば「病人の半分に効くワクチン」より「ウィルスの半分に効くワクチン」のほうが好まれる。

 視点を変えて、フレーミングをどうコントロールするかを考えよう。アジア病問題では「助かる」や「亡くなる」というワーディングでフレームが形成された。別の研究では、手術と放射線治療との選択が治療の結果を生存率で占めすか死亡率で示すかで変わってくることが示されている。ほかに、「クレジットカード割増」じゃなくて「現金割引」っていうとか。こういうコントロールは現実場面で広く行われている。
 選択肢の評価という文脈だと、人は異なる形式の等価なメッセージを自動的に同一の表象へと変換することができないわけだ。他の文脈なら簡単なのにね[←Clark&Clarkの言語理解の教科書が挙げられている。現在の研究者はこの点についてももっと悲観的でしょうね]。

 後半は取引(transactions and trades)の話。選択肢の属性が複数になる。
 心的会計についての我々の研究はThalerに多くを負っている[リチャード・セイラー、いまじゃ行動経済学のえらい人だ]。次に挙げるのはSavege(1954)やThalerが取り上げた問題。
「あなたは125ドルのジャケットと15ドルの計算機を買おうとしています。計算機の販売員いわく、20分走ったところにある別の支店でこの計算機が10ドルで売ってますよ。さて、その支店に行きますか?」
 フレーミングの仕方が3つある。(1)minimal account: 別の支店に行けば5ドルの利得だ。(2)topical account: 別の支店に行けば計算機が15ドルから10ドルに下がる。(3)comprehensive account: 別の支店に行けば(たとえば)月の支出額が節約できる。
 さてここで、topical accountが、知覚でいうところの「良い形」、認知でいうところの基礎レベルカテゴリのように、決定をフレーミングする役割を果たす。つまり、5ドルの節約はジャケットとは無関係に計算機の価格との関連で捉えられる。その証拠に、この問題では68%が支店に行くと答えるが、価格を入れ替えて計算機の価格を125ドルにすると、5ドルのために支店に行く人は29%になる。
 他の例を挙げると[... 劇場で購入済みのチケットを失くしたことに気が付いた場合と、チケット購入前に金を落としたことに気が付いた場合の比較...]。
 [このくだり、ちょっと面白いので逐語訳]

規範理論において心的会計の効果が占める地位についてははっきりしない(questionable)。公衆衛生問題のようなこれまでの例では、問題のバージョンの間の違いはその形式のみであった。それらとは異なり、計算機問題やチケット問題のバージョンの違いは内容に及んでいる。特に、15ドルの買い物における5ドルの節約はもっと大きな買い物における5ドルの節約より喜ばしいだろうし、[10ドルの]同じチケットを2度買うのは10ドルなくすよりも嫌なものだろう。後悔、フラストレーション、自己満足もまたフレーミングに影響しうる。もしこうした二次的結果を正当なものとみなすならば、ここで観察されている選好は不変性の規準を破っていないことになり、不整合や誤りとして簡単に排除するわけにはいかなくなる。[なるほどね...]
 いっぽう、二次的な結果はよく考えれば変化するかもしれない。15ドルの品物で5ドル節約できたという満足は、200ドルの買い物で10ドル節約するために自分は同じ努力はしないだろうなあと気づけば弱められてしまうかもしれない。
 我々は、一次的結果が同じである2つの決定問題は常に同一のやり方で解決されるべきだと推奨するつもりはない。しかし我々は、異なるフレーミングについての体系的な検討によって有益な内省装置が得られるということ、それを用いて意思決定者は自分の決定の一次的・二次的結果の価値を適切に評価できる、と提案したい。

 次に、Thaler(1980)の「授かり効果」(endowment effect)の話[...略]。一般に損失回避は安定を支持し、後悔・妬みに対する防衛を提供する(他の人の授かりものや過ぎ去った選択肢の魅力は減衰するから)。
 通常の経済交換では、出ていくお金は損失ではなくコスト、入ってくるお金は利得ではなく収入とみなされるから、損失回避や授かり効果は生じにくい。しかし出ていくお金がコストとしても損失としてもフレーミングされうる状況がある。
 例, 「確実に50ドル失うのと25%の確率で200ドル失うのとを選べ」。ギャンブルだとみなすと80%が後者を選ぶが、前者を保険だと捉えると35%に減る[Slovic, Fishhoff, Lichtenstein, 1982 in Hogarth(ed.)]。
 このように、ネガティブな結果は損失ではなくコストだと捉えると主観的状態が改善される。dead lossの現象もこれで説明できる。

 おわりに。
 効用・価値という概念は2つの意味で用いられている: (1)経験された価値, (2)決定における価値。この2つは決定理論では区別されない。理想化された決定者は将来の経験を完璧に予測できるからだ。
 これに対し、ヘドニックな経験と客観状態との精神物理学的関連性についての体系的検討は少ない。参照点はふつう現状維持だが、期待や社会的比較に影響されることもあるので、客観的改善が損失として経験されたりすることさえ起きる。云々。さらに、決定と経験におけるフレーミング効果と不変性の違反が事態をややこしくする。云々。

 私の思い込みかもしれないけど、この頃のTversky-Kahnemanの論文は、同時代の認知科学と比べてもどことなくオールドファッションな雰囲気が漂っていて、ちょっと楽しい。たとえばプロスペクト理論にしても、主観確率の非線形性にしても、「なぜそうなっているのか」は問われず、「心理量と物理量はきっとこういう関係にあるにちがいない」というところからスタートする。著者らが実際に頻繁に使っている言葉だが、精神物理学(psychophysics)と呼ぶにふさわしいアプローチである。そういうところが、なんというか、風雅な味わいがあるなあと思う次第である。おそらく、意思決定の分野には強力な規範理論が先行して存在し、認知プロセスの探求それ自体よりもまずは規範理論との対決のほうに意識が向いていたから、こういうことになるのであろう。

論文:心理 - 読了:Kahheman & Tversky (1984) 選択、価値、フレーム

2014年12月12日 (金)

Buckley, P., McDonagh, E. (2014) Ideas markets: A literature review and classification scheme. The Journal of Prediction Markets, 8(2), 76-88.
 予測市場の新世代(?)、「アイデア市場」についてのレビュー。

 実のところ、こういう主旨のレビューがあるはずだ、なければいっそ自分で書いちゃおうか...と思っていたところであった。で、この論文の公刊に気が付き、これはなんとしても読まねばならん、なるはやで!と勢いこんだ。あいにくマイナー誌につき入手困難。著者に連絡しちゃおうかと思案しつつも、ついクリックしてPDFを買ってしまった。例によって購入システムにトラブルが生じ(私の経験では大抵そうなる。論文をPayParViewで買う奴なんて少ないのだ)、UKの担当者に連絡したりして、結局は半日かかっちゃったのだが。
 で、届いたPDFをプリンタが吐き出すのを横に立って眺めていて、あっけにとられた。なに、このレイアウト。Excelで描いたと思しき巨大な円グラフだけで丸々1頁。棒が2本しかない棒グラフでまた1頁。とんでもないページ水増しぶりである。これって許されるんですか? これで16ポンドって、ちょっとあんまりじゃない!?

 ここでアイデア市場といっているのは、予測市場とちがって正解がなく、かつ証券が事前に決定していないタイプの市場のこと(MITのDahanたちのが含まれていないのは後者の基準のせいだと思う)。著者いわく、利点は二つ。(1)創造的なアイデアの開発。(2)アイデアの選択を集合知で改善。
 で、著者らはアイデア市場の先行研究を20本集め、いろいろな角度から分類する。応用が10本、市場設計が4本、残りが6本でした。応用はビジネス9本、アカデミック1本でした。云々。省略。
 結論。短い期間でこんだけ研究が出てきてんだからたいしたもんだね。実務家も関心持ってくれてるみたいで喜ばしいね。参加者のコミュニケーションをよりリッチにしたらイノベーションが活性化されないかね。報酬スキーマの研究も大事だね。云々。

 これだけ集めるのはさぞや大変でしたでしょうに、それに20本もの研究に目を通したんだから、なにかしら個別具体的に批評的意見をお持ちでしょうに、そういうご意見はほとんどゼロ。すごく謙虚な方々なんでしょうね。ええそうでしょうとも。

 著者らが集めた20の先行研究は以下の通り。実のところ、この論文で最も価値ある情報はこのリストじゃないかと思う。これに3000円払ったようなもんですよ、まったく。

いろいろ不備があって困ってしまうが、きっとご多忙で校正のお時間もとれなかったのでしょう。ええそうでしょうとも!

論文:予測市場 - 読了:Buckley & McDonagh (2014) アイデア市場についてのすっごく包括的で批判的でためになるレビュー

2014年12月11日 (木)

丸山和昭 (2004) 専門職化戦略における学会主導モデルとその構造-臨床心理士団体にみる国家に対する二元的戦略-. 教育社会学研究, 75, 85-104.
 なにかの拍子にふと見つけ、移動中の電車で、くつくつと笑いながらスマホで読んだ。医療・教育分野における臨床心理団体の専門職化戦略を、アルベキ論は脇においといて、社会学的観点から批判的に検討する。

 えーと、70年代の臨床心理学会崩壊以後、医療系心理職の資格制度を求める声に支えられて心理臨床学会が成立、ついで臨床心理士資格制度が発足。認定機関の管轄官庁が厚生省ではなく文部省になったのは、医師からの自律性という観点からは高学歴化が必要なのに、厚生省側が難色を示したから。文部省への接近によって臨床心理士は学校という巨大市場を獲得する。つまり、臨床心理団体は医療領域における医師からの自律性を求めて教育分野へと進出するという「矛盾した戦略」をとったわけだ。これに対して厚生省側は新たな職能団体・全心協を発足させてしまう。今に至る混乱のはじまりである。
 著者はOT, ST, PSW, 学校心理士, 臨床心理士を横並びに比べ、国家に対する二元的戦略に基づく専門職化の「学会主導モデル」を抽出する。すなわち、(1)まず養成機関を確保し、現状にはそぐわない高度な法人資格をつくってしまう。現職には経過措置を提供すればよい。「しかし、ここで集められた人材は必ずしも資格要件を充たすような専門性を備えているわけではない。[...] 臨床心理士の初期の人材は、高度な資格に彩られたステイタス・イメージは保有していたが、資格の示す学歴は身につけてはいなかったのである。」[←私が云ってんじゃなくて著者が仰ってるんですよ] (2)新たなる職域を開拓する。(3)養成機関を自律的に拡大させていく。
 とはいえ、こうして得た自律性ははかなくも脆い...

 「臨床心理士団体の分析によって明らかになるのは、科学者の養成や専門的知識の発達を[なにかの目標を達成する手段ではなく] 「目標」とする学会中心の専門職団体が、職域内部の要求を呑みこむことによって拡大していく過程である。専門職化戦略は職域内部だけでなく、それを支える科学組織の地位向上・支配力の増大への志向に影響される可能性を有している。」
 なるほどねえ... 確かに、専門職団体の目標が成員の地位向上そのものにあるとしたら、低年収のスクール・カウンセラーさんたちから臨床心理士資格更新のために結構なお値段の研修費を集めるのって、説明できないもんね。興味深い視点だ。

論文:その他 - 読了: 丸山(2004) 臨床心理士資格の成立プロセスにみる専門職化戦略

2014年12月10日 (水)

Meade, N., Islam, T. (2006) Modelling and forecasting the diffusion of innovation - A 25-year review. International Journal of Forecasting, 22, 519-545.
 ちょっときっかけがあって目を通した。
 以前から、マーケティングに関して豊富な経験を自負する方々の新製品・新技術普及についての捉え方が、控えめに申し上げてもかなりナイーブであるような気がしていて、正直なところ少しげんなりしていたのである。消費者のうちイノベータは3%だといわれている、とか。最近新製品が売れないのはイノベータが減っているからだろう、困ったものだ、とか。これは別にマーケティングに限ったことではなくて、さまざまな統計的現象のなかでも、個体間異質性を伴う経時的現象は「経験に基づく直感が無力をさらす」難題のひとつだ、ということではないかと思う。学力発達とちょっと似ている。
 床屋談義に引き摺り込まれないように、たまにはまともな議論に触れておきたいものだ、と思って手に取った次第。幸か不幸か、イノベーション普及は歴史の古い分野で、新製品と新技術の両方で、実証研究がそれはもう山のようにある。

 まずは研究小史。新製品受容に話を絞る。
 横軸に時間を、縦軸に新製品なり新技術なりの累積受容率をとると、累積正規分布曲線のようなS字型の単調増加曲線が描ける。これを時期ごとの増分に落とせば釣鐘型の曲線が描ける。有名なロジャーズのイノベーション普及曲線である。こういう発想は少なくともFort & Woodlock(1960) まで遡れるらしい。
 この曲線をどうモデル化するか。主要モデルは60年代にほぼ出揃っている: Bass(Bass, 1969), 累積対数正規(Bain, 1963), 累積正規(Rogers, 1962), ゴンペルツ(Gregg, Hassel, Richardson, 1964), 時間の逆数の定数倍の指数(McCarthy & Ryan, 1976), ロジスティック(Gregg et al, 1964; 修正版が多数ある), 時間の定数倍の指数の一次変換(Fourt-Woodlockモデルは結局のところこれだそうな)、ワイブル(これは新しくて、Sharif & Islam, 1980)。
 70年代はモデルの修正の季節であった。マーケティング変数の導入(Robinson & Lakhani, 1975), 異なる国・普及段階への一般化(Gatignon, et al, 1989), 技術の新世代ごとの普及(Noron & Bass, 1987)。いずれも予測というより過去の説明が主眼であった。
 80年代以降はレビューがいっぱい出た。メモしておくと:

以下、4つのテーマに分けて論じる。

 テーマ1. 単一市場における単一イノベーションの普及
 そもそも、なぜ累積普及曲線はS字型になるのか。二つの仮説がある。

Van den Bulte & Stermersch (2004, Mktg.Sci.)のメタ分析では、Bassモデルの$q/p$が国の個人主義的特性と負の相関、集団主義的特性と正の相関、権力格差と正の相関、男性性と正の相関、不確実性回避傾向と負の相関を示した。伝染ダイナミクスによる説明と整合する。いっぽう$q/p$は所得のジニ係数とも正の相関を示しており、これは所得の異質性による説明とも整合する。面白いなあ。なお、Rogersは95年の第四版で、受容閾値の分布に不連続性があるような場合、財によってはクリティカル・マスにリーチしないと普及が始まらない、という説明をしているそうで、ダイナミクスを全然考えていないわけではないらしい。
 年収などの社会経済変数の分布データを使って普及を予測するという路線や、異質性に特定の確率分布を仮定したミクロ-モデリングの提案もある(分布パラメータを変えて集団のBassモデル的挙動を再現するわけだ)。ミクロレベルでの異質性を消費者の空間分布で説明しちゃうモデルもある。
 以下、テーマ1に属する7つのトピックを紹介。やばい、軽い気持ちで読みだしたが、これガチの網羅的レビューだ...

 トピック1. 説明変数の導入。価格や広告を入れたモデルをつくれば価格・広告戦略の最適化に使えるじゃん、というわけである。
 典型的には、説明変数を(a)市場ポテンシャル(飽和レベル)の項に入れるか、(b)受容確率なりハザード関数なりにいれるか、(c)両方にいれるか、である。(a)の例は山のようにある。(b)としては、たとえばBassモデルに価格$P(t)$を入れて、ハザードを
 $h(t) = (\beta_0 + \beta_1 F(t)) exp(-\beta_2 P(t))$
とするとか。この路線のさらなる拡張も山ほどある。(c)の例としてはKamakura & Balasubramanian (1988)の... 名前の長さだけでお腹一杯なので省略するけど、この路線も何本かあって... さあ真打ち登場です。Bass, Krishman, & Jain (1994)の一般化Bassモデルは
 $h(t) = (p + q F(t)) x(t)$
ここで$x(t)$は「現在のマーケティング努力」で、$A(t)$を広告, $P(t)$を価格として
 $x(t) = 1 + \beta_1 \frac{\partial P(t)}{\partial t} + \beta_2 max(0, \frac{\partial A(t)}{\partial t})$
なるほどね、うまいものだ。
 なお、こうやって説明変数を入れることで予測が向上するかというと、案外そうでもない、という研究もある由。

 トピック2. モデル推定をめぐる諸問題。非線形モデルだから、いろいろ大変なのである。
 Bassモデルの推定に絞っていえば、オリジナルではOLS推定であった。これが不安定だというのでML推定が提案され、いやパラメータのSEが過小評価されているというのでNLS推定が提案された。どっちがいいとか悪いとか、いろいろ研究がある由。さらに、誤差分散の不均質性を考慮するとか、遺伝的アルゴリズムによるNLSとか... まぁとにかく!OLSが良くないことは確実で、現在はNLSが主流だが、MLも捨てがたい、とのこと。なお、パラメータが時間変動するんじゃないかというので開き直ってカルマンフィルタを使うという提案や、ランダム係数にしてシミュレーテッド・アニーリングを使うという提案もある由。
 現実場面を考えると、累積受容率の時系列がまだすごく短かったり、全然なかったりする段階で普及を予測したいわけである。方法としては、まず時期を短くとって(年次じゃなくて四半期とか)季節調整するという手がある。他の普及曲線と一緒に階層ベイズモデルという手もある(単一曲線のML推定による予測より精度が良いという話もある)。云々。

 (面倒になってきたのでこの辺から駆け足に)
 トピック3. 制約付きの普及のモデル化。たとえばUSの携帯電話の普及には、基地局が足りなかったりサービス地域拡大が遅れたりといった制約があったのだそうだ。こういう制約はビジネス戦略として用いられている面もある。というわけで、モデル化の提案がいくつかある由。

 トピック4. 普及と買い替えのモデル化。初回購買と買い替えを区別して観察できない場合もあるので、モデルで分解するという話。横断データなのに態度変数などで無理やり区別している例もある。世帯にテレビが複数台ある状況下でのテレビの新製品普及、なんていうモデルもあるそうだ...

 トピック5. 複数のサブカテゴリでの普及のモデル化。たとえばiPhoneとandroidの両方で新技術製品が出るとか、正規品と非正規品で新製品が普及するとか。これも結構研究がある模様。よくやるなあ。

 トピック6. モデル選択と将来予測。こうやって頑張って組んだモデルは、季節調整つき線形トレンドモデルみたいな時系列モデルよりも正確だ、と思うでしょう? ところがこれにも諸説あってだね... という話。扱っているデータセットが等質であれば、それらに合った良いモデルをひとつ選ぶことができるんだけど、いろんなデータセットを扱っている場面では、良い予測モデルなんて選べないんだそうだ。
 普及予測に際しては予測区間を示すのが大事。ブートストラップ、カルマンフィルタ、ベイジアンアプローチによる手法も提案されている。

 トピック7. 応用。マーケティングでは、上市前予測、製品ライフサイクルに基づく戦略決定支援、市場参入タイミングの最適化、といったところ。技術研究ではテレコムが最大分野だそうだ。ほかにもいろいろ挙げられているけど、省略。

 (時間が無くなってきたのでどんどんおおざっぱに)
 テーマ2. 複数の国における普及。Bassモデルにリード・ラグをいれた研究が多い。パラメータp, qを国の特性の関数にするという路線もある。イノベーション係数を、ロジャース的な意味での生得的イノベーション性とメンバー間のコミュニケーションに分解したモデルもある。潜在変数をかまして国のセグメントを作った研究もある(Helsen, Jedidi, DeSarbo, 1993, J.Mktg. うわぁ、急に仕事と直結する話になってきた...読まなきゃ...)。
 推定面でのモデル比較もあって、Bassモデルよりゴンペルツモデルのほうが良いという話が合ったり、階層ベイズモデルを使うという話もあったりする(そりゃあるだろうなあ...
Talukdar, Sudhir, Ainslie, 2002, Mktg.Sci.; Desiraju, Nair, Chintagunta, 2004, IJMR)。

 テーマ3. 技術の複数の世代を通じた普及。たとえば携帯とか、PCとか。Norton & Bass (1987)がBassモデルを修正したモデルを提案している。これまた、後続が山ほどある模様。世代間の競合を考える奴もある。全然違う方角から、技術ライフサイクルのモデルを使う提案もある。
 説明変数を入れる提案も山ほどあって... 云々。よくやるよ。全然違う方角から、アップグレードに対する顧客の効用関数を考えるという路線もある。

 テーマ4. マルチ・テクノロジー・モデル。これは著者らの研究の紹介で、ごく短い。ある国における、たとえばファックスの普及と携帯電話の普及の関連性を説明するモデルを組み、これを他の国に適用する、というような話。

 今後の研究の方向性

やれやれ、終わった... 予想外に網羅的・包括的なレビューであった。さらに、予想を超えて研究の蓄積がある分野だとわかった。なめてました、すいません。

論文:マーケティング - 読了:Meade & Islam (2006) イノベーション普及研究レビュー

2014年12月 8日 (月)

Wilson, A.D. & Golonka, S. (2013) Embodied cognition is not what you think it is. Frontiers in Psychology, 4(58), 1-13.
 無駄に強気な題名だが、要するに、認知科学における身体化認知(embodied cognition)研究の批判的レビュー。

 序文によれば、身体化認知という概念が多義的に用いられているという指摘はすでにあるそうだ。Shapiro(2011, 書籍), Wilson(2002, Psychon.Bull.Rev.)というのが挙げられている。よく見たら、後者はこの論文の著者ではなくてUCSCのMargaret Wilson、以前手話の研究をしていた人だ(こんなことを覚えていても仕方ないのだが)。
 
 著者らいわく。
 認知科学の出発の時点では、知覚情報の貧困が強調されており[マーとアーヴィン・ロックが挙げられている]、認知科学は心的表象とその利用のされかたをその中心課題としてきた[Dietrich&Markman(2003, Mind&Lang.)]。いっぽうギブソンの直接知覚論から身体化認知という概念が生まれた。それを文字通り取れば、概念とか内的能力とか知識とかは、脳と身体と環境に分散する、全然違うタイプの対象と過程(知覚-行為の非線形的・動的システム)にとって換えられることになる。これがShapiroのいう「置換仮説」である。
 身体化認知研究が取り組むべき問いは4つある。

 実際の研究をみてみよう。

 研究例1. ロボット。

みよ、これらの研究はQ1, Q2, Q3に答えている。

 研究例2. 動物。鳥の群れは個体の行動の単純な3つの原理(separation, alignment, cohesion)で説明される、とか。狼の狩りとか。Portiaっていうクモの話とか。[パス。眠い...]

 研究例3a. 野球の外野手はどうやってボールを取るか。標準的な説明は、軌跡を内的にシミュレーションして予測する、というもの。これに対し、身体化認知アプローチはこう答える。

研究例3b. ピアジェのA-not-B エラー。乳児から直接見えない位置Aにモノを隠してみつけさせるのを繰り返した後、目の前でモノを位置Bに隠すと、7ヶ月から12ヶ月ぐらいまでの乳児に限り、なぜかAを探しちゃう、という話。標準的な説明にはいろいろあるけど[それはもう腐るほどあるでしょうね]、おしなべていえば、(注視で調べられるような)コンピテンスと、(探索行動で示される)パフォーマンスを区別する。これに対して、Thelen et al. (2001, BBS)は身体化認知アプローチで説明していて...

 さて、身体化認知の研究の多くはこういう「置換仮説」ではなく「概念化仮説」に属している。すなわち、我々の世界認識は身体に制約されているのだ、という仮説。たとえばLakoff & Johnson のコモン・メタファーがそうだ。概念とその使用が身体に支えられているという話であって、概念を別の過程に置き換えようとはしていない。この路線の研究例を2つ挙げよう:

こういう研究は課題について分析していないし、課題解決時に利用できる資源についても分析していない。課題が認知過程によって内的・表象的に解決されているというのが前提になっており、ただその過程が身体状態によって左右されているだけだ。外野手はボールを捕るために動かなければならないし、赤ちゃんはA-not-B課題のために手を伸ばさなければならない。そこで引き起こされるダイナミクスが行動を構造化するのだ。しかるにエッフェル塔の高さは体を傾けなくても推定できる。この手の研究は身体を課題解決に必要不可欠な資源として捉えていないので、課題解決における身体の役割を説明できないのだ。[なんだかお怒りのご様子です]
 
 身体化認知のこれからの研究領域に言語がある。ここでは言語行動において利用される資源について考えよう。Chemero(2009, 書籍)はBarwise&Perryの状況意味論に基づき... 云々[よくわからんのでパス。語の意味をどう学ぶかと問うのではなく、言語情報の使用と反応をどう学ぶかを問え、とのこと]。Barsolouみたいに心的シミュレーションを考える立場とか、Glenbergの行為-文一致効果とか、Stanfield & Zwaan (2001, Psych.Sci.)の絵-文検証課題とか、ああいうのは課題分析をやってないからみんなダメだ。云々。

 左様でございますか...
 この先生の立場からいうと、身体化認知を名乗るためには、心的表象という概念を葬り去るべく日々努力せねばならんわけである。そう主張するのは勝手だが、embodiedという概念に多くを負わせすぎじゃないか、ちょっと行き過ぎじゃないか、という気がしてならない。別にいいじゃん、表象主義の内側から身体に着目したって。
 話がここまでくると、素人の耳には、昔のヒットチャートのリバイバルのようにも聞こえますね。たとえば野球の外野手の話、表象主義的な説明がそこまで嫌いなら、いっそなにもかもスキナー型条件づけで説明しちゃえばいいんじゃないかしらん。何度も練習していて、ボールが取れないと嫌悪刺激が随伴するんだから。言語の意味ではなく使用を問えという話だって、ただのスローガンでよろしければ、ウィトゲンシュタインの昔から綿々と続いている。いやそういう問題ではない、メカニズムをあきらかにするところが認知科学なんだ、って叱られちゃいそうですが、だとしたら、頑張ってください、としかいいようがない。

論文:心理 - 読了:Wilson & Golonka (2013) この身体化認知は出来損ないだ。明日ここに来てください、本物の身体化認知を見せてあげますよ

Urban, G.L., Weinberg, B.D., Hauser, J.R. (1996) Premarket forecasting of really-new products. Journal of Marketing, 60(1), 47-60.
 仕事の足しに読もうと思って積んであった奴。画期的な新製品の売上をマルチメディア・バーチャル環境をつかって予測しましたという、いささか時代がかった研究事例である。時代はマルチメディアだ、イット革命だ、インパクだ。
 関係ないけど、オフィスがある原宿キャットストリートに、先日唐突に裸女のブロンズ像が飾られ、それがいかにも区がお金を出しそうな、品があって危なげのない作品で(吉野毅の作である由)、台座にはなんだか変な詩らしきものが書かれていて、近所の小学生に公募したのかなと思ったら、堺屋太一と署名があった。これが大人の世界か、と思った。

 GMとやった事例で、お題は電気自動車(EV)のコンセプトの消費者評価。要するに、Urbanたちが当時やってたinformation acceralationという調査手法の実務適用事例である。あれこれ手間ひまかけて、実購買場面に近い感じの情報環境を用意する、というやつ。
 実験計画が汚かったり(まあ実事例だからしょうがないんだけど)、結局は電気自動車に試乗させていたりで、途中で心底どうでもいいなという気分になってしまい、ほとんど読み飛ばした。すいません、このたびはご縁がなかったということで。

論文:マーケティング - 読了:Urban, Weinber, Hauser (1996) マルチメディアで上市前売上予測

2014年12月 6日 (土)

Bookcover 野田秀樹 赤鬼の挑戦 [a]
野田 秀樹,鴻 英良 / 青土社 / 2006-08
劇作家・演出家・俳優の野田秀樹さんが、自作を海外で上演するのにどれだけ苦労したか... というインタビューを中心にした内容。私はその作品について全然知らなかったので、へぇ大変ですね... はぁすごいですね... なんで俺こんな本読んでんだろう... という気分であった。で、巻末に添えられている戯曲「赤鬼」を読んで、はじめて納得。確かに、これは大変なものだ、海外で上演しようというのもわかる、評判になるのもわかる。戯曲を本の最初に載せてくれればよかったのに。

フィクション - 読了:「野田秀樹 赤鬼の挑戦」

Bookcover 「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー [a]
高橋 秀実 / 新潮社 / 2012-09

Bookcover 第一次世界大戦 (ちくま新書) [a]
木村 靖二 / 筑摩書房 / 2014-07-07

ノンフィクション(2011-) - 読了:「弱くても勝てます」「第一次世界大戦」

今年読んだのに記録しそこねていた本を、思い出せる限りで。まずコミックスから。

Bookcover 大奥 11 (ジェッツコミックス) [a]
よしながふみ / 白泉社 / 2014-08-28

Bookcover 喰う寝るふたり 住むふたり 3 (ゼノンコミックス) [a]
日暮 キノコ / 徳間書店 / 2014-02-20
どうも2巻をとばして読んでいるようだ...

コミックス(2011-) - 読了:「大奥」「喰う寝るふたり 住むふたり」

2014年12月 5日 (金)

Bookcover イエス・キリストは実在したのか? [a]
レザー アスラン / 文藝春秋 / 2014-07-10
しばらく前、自身はイスラム教徒である聖書研究者がイエス・キリストについての本を出版し、保守系TVメディアのニュースショーに呼ばれて「なぜイスラム教徒のあなたがキリストの本を?」「いや私は研究者ですから」「次の質問です。なぜイスラム教徒なのにキリストの本を書けると思ったのですか」「いやですから私は研究者でして...」と漫才のような可笑しなやりとりになり、その動画が話題になったことがあった。これがその本。あの動画のせいもあってベストセラーとなり、著者は今や名の知れたコメンテイターとなっているそうだ。よかったですね。
 専門の人からみてどうなのかわからないが、面白い内容であった。

Bookcover 旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4) [a]
/ 岩波書店 / 1971-06-16
意外や意外、とても面白かった。ヨブさんの問いは普遍的な問題として胸に刺さる。
 しっかし、最後に神様が現れてワニとカバの話をするの、いったいどう捉えたらいいんだか...

Bookcover ヨブ記講演 (岩波文庫) [a]
内村 鑑三 / 岩波書店 / 2014-05-17

哲学・思想(2011-) - 読了:「ヨブ記講演」「ヨブ記」「イエス・キリストは実在したのか?」

Muthen, L.K., Muthen, B.O. (2009) How to use a monte carlo study to decide on sample size and determine power. Structural Equation Modeling, 9(4), 599-620.
 哀れなSEMユーザのみなさんのために、Muthen導師夫妻が懇切丁寧に説明する啓蒙論文。題名のとおり、SEMのようなモデリングの際に必要なサンプルサイズはモンテカルロ・シミュレーションで決めろ、こうやって決めろ、という話である。よく言及される論文でもあるので、いちおうざっと目を通した。

 例として、以下のモンテカルロ・スタディを行う。
 ひとつめ、CFA。

さて、ここで次の4つのバージョンをつくってみます。

欠損ありの場合、y5-y10は50%を欠損(MCAR)にする。非正規分布の場合、未知のクラスをふたつつくり、比率を12%と88%とする。クラス1のみ、f2の平均を15, 分散を5にする。
 以下では因子間相関の検定力に注目する。測定誤差によって希薄化するので。

 ふたつめ、成長モデル。

さて、ここで次の5つのバージョンをつくってみます。

欠損ありの場合、時点1から4までの欠損(MAR)を、共変量0のときに順に12%, 18%, 27%, 50%, 共変量1のときに12%, 38%, 50%, 78%とする(共変量でドロップアウトが変わる状況をシミュレーションしているのだ)。
 以下では傾き因子への回帰係数の検定力に注目する。成長モデルでは傾きの群間差が問題になることが多いので。

 さて、サンプルサイズをどうやって決めるか。以下の3つの基準を満たすサンプルサイズを探す。

... ってな感じで、結果を紹介。ま、結果はどうでもよくて、とにかくこういう風に話を進めていく、というデモンストレーションである。
 当然ながら、導師はMplusのコードを公開してくださっている。ありがたいありがたい、南無南無。

論文:データ解析(-2014) - 読了:Muthen & Muthen (2009) 迷えるSEMユーザのためのサンプルサイズ決定ガイド

Bookcover 白い城 [a]
オルハン パムク / 藤原書店 / 2009-12-17
小難しいかと覚悟したのだが、読みやすく面白い小説であった。

フィクション - 読了:「白い城」

Bookcover 教会領長崎 イエズス会と日本 (講談社選書メチエ) [a]
安野 眞幸 / 講談社 / 2014-06-11

Bookcover ファミリーレストラン 「外食」の近現代史 (光文社新書) [a]
今 柊二 / 光文社 / 2013-01-17

Bookcover 西洋中世の男と女―聖性の呪縛の下で (ちくま学芸文庫) [a]
阿部 謹也 / 筑摩書房 / 2007-10

Bookcover シェイクスピアはわれらの同時代人 [a]
ヤン コット / 白水社 / 2009-07

Bookcover 黒幕: 巨大企業とマスコミがすがった「裏社会の案内人」 [a]
伊藤 博敏 / 小学館 / 2014-11-18

Bookcover 江戸幕府と儒学者 - 林羅山・鵞峰・鳳岡三代の闘い (中公新書) [a]
揖斐 高 / 中央公論新社 / 2014-06-24

ノンフィクション(2011-) - 読了:「江戸幕府と儒学者」「黒幕」「シェイクスピアはわれらの同時代人」「西洋中世の男と女」「ファミリーレストラン」「教会領長崎」

Bookcover 飯田橋のふたばちゃん(2) (アクションコミックス) [a]
加藤 マユミ,横山 了一 / 双葉社 / 2014-04-26
マンガ出版社の擬人化という不思議な4コマ。理解できるネタは6割程度なのだが、妙に面白い。エンターブレインちゃんをはじめ、クラスメートが次々と綾波レイの顔になってしまっている(=角川グループに吸収されている)ので、どこまで続けられるか、心配なのだが...

Bookcover 逢沢りく 上 [a]
ほし よりこ / 文藝春秋 / 2014-10-23
Bookcover 逢沢りく 下 [a]
ほし よりこ / 文藝春秋 / 2014-10-23
この人の出世作「きょうの猫村さん」は、私には全く理解できなかったのだが、これは良いマンガだと思った。

Bookcover 超あやしい取材に逝ってきました。 (Akita Essay Collection) [a]
小沢 カオル / 秋田書店 / 2014-11-14

Bookcover 夢子ちゃん [a]
青野 春秋 / 幻冬舎 / 2014-08-27

Bookcover インドでキャバクラ始めました(笑)(2) (ワイドKC モーニング) [a]
沼津 マリー / 講談社 / 2014-11-21

コミックス(2011-) - 読了:「インドでキャバクラ始めました(笑)」「飯田橋のふたばちゃん」「夢子ちゃん」「超怪しい取材に逝ってきました。」「逢沢りく」

Bookcover たそがれたかこ(3) (KCデラックス BE LOVE) [a]
入江 喜和 / 講談社 / 2014-11-13
もともと入江喜和さんのファンであることを差し引いても、いま一番面白いと思う連載マンガのひとつ。胸が締め付けられます。。。

Bookcover 刻刻(8)<完> (モーニング KC) [a]
堀尾 省太 / 講談社 / 2014-10-23
最終巻。知名度はあまり高くないけれど、非常にユニークで面白いサスペンスであった。おつかれさまでした。

Bookcover おひとりさま出産 (集英社クリエイティブコミックス) [a]
七尾 ゆず / 集英社 / 2014-10-24
40代を目前に、結婚抜きで妊娠・出産しようと決意した女性のエッセイマンガ。妊娠しちゃったから産もうという話ではなく、これから妊活するのである。巻号がついていないので、第二巻が出るかどうかは様子見なのだと思うが、これ、面白いです。

Bookcover イムリ 16 (ビームコミックス) [a]
三宅 乱丈 / KADOKAWA/エンターブレイン / 2014-10-25

Bookcover ばっどまん(1) (ニチブンコミックス) [a]
玉井 雪雄 / 日本文芸社 / 2014-08-18

Bookcover デンキ街の本屋さん 1―BOOKSうまのほね (MFコミックス フラッパーシリーズ) [a]
水 あさと / KADOKAWA / 2014-05

Bookcover 幸福はアイスクリームみたいに溶けやすい (IKKI COMIX) [a]
黒谷 知也 / 小学館 / 2014-10-30

Bookcover 不思議な少年(9) (モーニング KC) [a]
山下 和美 / 講談社 / 2014-10-23

Bookcover めしばな刑事タチバナ 15 (トクマコミックス) [a]
坂戸 佐兵衛 / 徳間書店 / 2014-10-31

コミックス(2011-) - 読了:「めしばな刑事タチバナ」「たそがれたかこ」「おひとりさま出産」「不思議な少年」「刻刻」「幸福はアイスクリームみたいに溶けやすい」「デンキ街の本屋さん」「ばっどまん」「イムリ」

Bookcover あれよ星屑 2 (ビームコミックス) [a]
山田 参助 / KADOKAWA/エンターブレイン / 2014-10-25
中国戦線での兵たちの日々を描く。これは素晴らしい...

Bookcover うきわ 2 (ビッグコミックス) [a]
小学館 / 小学館 / 2014-07-11
不倫どころか、ただ声を聞くだけで胸が締め付けられるような恋をしてしまった男女の話。とても面白い漫画なのに、書店でなかなか見かけなくて入手に苦労した。

Bookcover 闇金ウシジマくん 32 (ビッグコミックス) [a]
真鍋 昌平 / 小学館 / 2014-10-30

Bookcover スティーブズ 1 (ビッグコミックス) [a]
うめ,松永 肇一 / 小学館 / 2014-11-28

Bookcover オールラウンダー廻(15) (イブニングKC) [a]
遠藤 浩輝 / 講談社 / 2014-11-21

Bookcover 犬神姫にくちづけ 5巻 (ビームコミックス) [a]
宮田 紘次 / KADOKAWA/エンターブレイン / 2014-11-15

Bookcover あたしンち 20巻 [a]
けら えいこ / KADOKAWA/メディアファクトリー / 2014-11-21

Bookcover 3月のライオン 10 (ジェッツコミックス) [a]
羽海野チカ / 白泉社 / 2014-11-28

Bookcover 働かないふたり 3 (BUNCH COMICS) [a]
吉田 覚 / 新潮社 / 2014-11-08

Bookcover あさひなぐ 13 (ビッグコミックス) [a]
こざき 亜衣 / 小学館 / 2014-10-30

コミックス(2011-) - 読了:「オールラウンダー廻」「犬神姫にくちづけ」「あたしンち」「3月のライオン」「あれよ星屑」「働かないふたり」「あさひなぐ」「うきわ」「闇金ウシジマくん」「スティーブズ」

2014年12月 3日 (水)

LaComb, C.A., Barnett, J.A., Pan, Q. (2007) The imagination market., Information System Frontier, 9, 245-256.
 いま検索したら、"imagination market"とはナントカというバンドだか歌手の方のアルバムのタイトルで、ナントカというアニメだかゲームだかの主題歌が収録されているのだそうだ。「繊細で心地よいメロディーはまさに癒し系」なのだそうだ。検索でこの記事を見つけた方、申し訳ないですが、たぶんお探しの情報とは違います。文字通り、イマジネーションを取引する市場の話で、かなり殺伐としてます。
 GE社が企業内でのアイデア生成に市場メカニズムを活用した有名な事例報告。ざっと目を通していたのだけど、用事があって再読。

イントロ
 情報市場とは、出来事についての予測を行ったり参加者の選好を測定したりするために使われる架空の市場である[あとでalso known as prediction markets or idea marketsといっているから、「情報市場」という言葉にこだわりがあるわけではなさそう]。
 有名な情報市場としてIEM, HSXがある。ビジネス利用の例もある[挙げられているのは Bingham(2003 なんだかよくわからない), Chen & Plot (2002 Working Paper), Hapgood(2004 雑誌記事), Kivat(2004 雑誌記事)。なんだかなあ]。しかしアイデア生成に使っているのはみたことがない。
 [お約束の、既存手法ディスりの段:] アイデア生成のための手法はいろいろあるが、アイデア投稿箱とかだとフィードバックを返せないし議論もできない。ブレストとかだと大規模化できない。云々云々云々。そこで情報市場を使ってみましょう。

先行研究
 まず予測市場について。市場の情報蓄積能力は合理的期待理論に基づく。予測精度は高い(Forsythe & Lundholm 1990 Econometrica, Plott & Sunder 1988 Econometrica, Pennock et al 2002 Proc., Pennock et al 2001 Sci., Pennock et al 2001 Proc.)。
 これとぜんぜんちがう市場に選好市場がある。ちがいは測定可能なアウトカムがないこと。報酬は他の参加者の選好の予測に対して与えられる。MITの実験が有名 [挙げられているのはChan, Dahan, Kim, Lo, & Poggio(2002 TechRep); Feder(2002 NYTの記事)。前者はJMRに載ったSTOC論文の前身であろう]。この線の研究にGruca, Berg, Cipriano(2003, Info.Sys.Front.)がある。ただし、選好市場が他の集団(たとえば製品のターゲット顧客)の選好の推定量になりうるかどうかはわかっていない。
 こんどはアイデア生成の話。集団の創造性を支えるツールとしてブレストとかデルファイ法とかあって、有効性を示す研究も多い。でも全員が同時に参加しないといけないといった困難さもある。云々。

方法
 本研究でつくる市場の目的は:(1)伝統的な方法よりもたくさんアイデアを生むこと。(2)組織の全員を巻き込むこと。(3)最良のアイデアを決めること。
 ソフトはForesight softwareを使う[Foresight eXchangeで使われているソフトのことかな]。市場の特徴は以下の通り。

結果
 全部で62アイデアが投稿された。他のアイデアに触発されたアイデアも見受けられた[←そこが大事なのに...エビデンス出してくれないと...]。
 期間中の取引参加者は85名(150名中)。ランチタイムパーティの集客効果が大きかった。
 最優秀アイデアは期間の後半ずっと首位に近かった。VWAP、終値、株価平均、中央値のいずれをみても、株のランキングはそんなにかわらなかった。
 GEのリーダーシップ・チームのメンバー11名に各株を10件法で評価させ、平均のランキングをVWAPのランキングと比べると、相関0.43。それぞれのランキングを四分位点で区切って4x4のクロス表をつくると、カイ二乗検定は有意でなく[でもp=0.077なんですけどね]、39%が対角セルに落ちた。このように市場の評価とリーダーの評価はかなり一致した[く、苦しい...]。ズレの原因としては:(1)市場参加者の多くがアイデア開発者でもあったので、wishful thinkingが生じたのでは。(2)リーダーシップ・チームと市場参加者では持っている情報がちがうのかも。(3)リーダーシップチームは全アイデアを一気に通してみたからでは。

考察
 3つの目的は果たされた。[という理屈付けが、終了後アンケートなどを基にぐだぐだと書いてある。面倒なので省略]

今後の課題

 以前にめくったときは、正直言ってあまり感心しなかった論文なのだけど(話の進め方が雑な気がして。なにを偉そうに。はいすみません)、読み直してみるといろいろ発見があった。
 Skiera一派のアイデア・マーケットの論文でも思ったけど、こういう風に選好をアグリゲートする市場メカニズムって、仕組みの妥当性や有用性を示すのがすごく難しいですね。予測市場とは違って「正解」がないので、どうしても、参加者の事後アンケートとか、経営層の感想とか、そういうのに頼ることになってしまう。ううむ。

論文:予測市場 - 読了:LaComb, Barnett, Pan (2007) イマジネーション・マーケット

Van den Bergh, B., Schmitt, J., Warlop, L. (2011) Embodied Myopia. Journal of Marketing Research, 48(6), 1033-1044.
 第一著者はエラスムス大のビジネススクールの先生だが、JEP:LMCやPSPBに論文があるガチの心理学者。タイトルはマーケティング分野で有名な"Marketing Myopia"を意識したものであろう。
 腕の屈伸が時間選好に与える影響を示します、という論文。

 まずは身体化された認知(embodied cognition)について説明。
 身体運動は感覚・思考に影響する(Barsolou 2008 Ann.Rev.Psych., Niedenthal 2007 Sci., Niedenthal et al. 2005 PSPR)。消費者行動分野の先行研究:うなずきが製品への態度を変える(Tom et al, 1991 Basic&Applied Soc.Psych.)、手足を伸ばすと金融面でリスク志向になる(Carney, Cuddy, Yap 2010 Psych.Sci.)、こぶしを握ると利他的になる(Hung & Labroo 2001 JCR)、硬い椅子に座ると商談での柔軟性が減る(Ackerman, Nocera, & Bargh 2010 Sci.)。
 その説明として、経験を通じて動作とその結果のあいだに高次な連合が生じるという説がある(Cacioppo, Priester, Berntson 1993 JPSP)。たとえば腕を曲げる動作は欲しいモノの獲得と連合し、腕を伸ばす動作は要らないモノの拒否と連合する、というわけだ。腕の動作と認知の関連については実証研究もある:消費(Forster 2003 Euro.J.Soc.Psych.), 態度(Forster 2004 JCR)、問題解決の創造性(Friedman & Forster 2000 JPSP, 2002 JESP)、概念的な注意の範囲(Forster et al., 2006 JESP)、長期記憶からの検索(Forster & Stack 1997 PMS, 1998 PMS)。

 仮説
 その1、腕を曲げると選好がpresent-biasedになる。なぜなら:報酬は接近動機づけを高める。delay-of-gratifictionパラダイムを見よ[マシュマロ実験のことね]。子どもに、いますぐマシュマロを一つ食べるのと15分後に二つ食べるのとを選ばせる際、マシュマロが手に届くところにあると子どもは我慢できなくなる。この欲求はドメインを超えて生じる。性的刺激はキャンディーやソフトドリンクへの衝動性を引き起こすし(Van den Bergh et al. 2008 JCR)、美味しい飲み物を与えると食べ物以外の領域でもreward-seekingになる(Wadhwa, Shiv, Nowlis 2008 JMR)。[へー、そんな実験があるのか]。ってことは、腕を曲げると接近動機づけが高まり、報酬に関してpresent-biasedになるはずだ。具体的には、sooner&smallerな報酬への選好、(チョコレートケーキのような)悪徳的商品(vice)への選好が高まるはずだ。
 その2、この効果は接近システム感受性にモデレートされる。なぜなら:マシュマロ実験で子どもが我慢できなくなるのはマシュマロの味を想像できちゃうからだ。これは (Loewenstein & Prelec のような) 効用の時間割引の一般原理では説明できない。Grayの強化感受性理論によれば、報酬への接近システム(BAS)と罰からの回避システム(BIS)は別物で、それぞれの感受性に個人差がある。BAS感受性が低ければマシュマロも我慢できるだろう。
 その3、この効果は利き手のほうで大きい。なぜなら:腕を曲げることと獲得との関連は生得的ではなく、経験に基づく連合だから。

 研究1A。笑っちゃうのだが、実験ではなくフィールド観察である。
 巨大スーパーに出かけ、136人の来店客を勝手に尾行し観察。買い物後に個々の客のpurchase ticketsを集め[←なんのことだろう? レシートのこと?残念ながらよくわからない...]、買い物内容を調べる。で、バスケットを手に持っていた人(すなわち、腕を曲げている!)と、カートを押していた人(腕を伸ばしている!)を比べる。
 結果。レジ前のチョコレート・バーとキャンディーとチューインガムを悪徳商品とみなし、その購入有無を説明するロジスティック回帰モデルを組む。いろいろやってるんだけど、カートをつかっていない人のほうが悪徳商品を買いやすい。店舗滞在時間、総金額、総点数を共変量入れたモデルだと、オッズ比にして6.84倍。
 [いやいやいや... カート使う人と手持ちの人では買い物目的が違うでしょう!そもそも手持ちの人って10人しかいないじゃん! という突っ込みはこの際野暮なのであろう。ちょっと楽しいなあ]

 研究1B。今度は実験。
 被験者31名。食品12カテゴリ名からなる買い物リストを渡す。各カテゴリについて、テーブル上に商品がU字型に並んでおり、被験者はそのなかから一つを選ぶ。被験者はカゴを手に持つかカートを押す姿勢を取らされる(ご丁寧に、取るべき姿勢までリストに書いてある)。調べるのは、「スナック1」としてキャンディーバーとオレンジのどちらを選ぶか、「スナック2」としてチョコとリンゴのどちらを選ぶか。
 結果。反復指標のロジスティック回帰モデル。要因は、{カゴ/カート}、スナック(1/2)、交互作用。カゴ/カートのみ有意。カゴのほうが悪徳商品を買いやすい(オッズ比3.4)。[まじっすか...]

 研究2A & 2B
 被験者22名, 55名。腕曲げ条件と腕伸ばし条件に分ける。腕曲げ条件は、実験のあいだじゅう片手でテーブルを下から押し続け、腕伸ばし条件は、片手でテーブルを上から押し続ける。
 課題は、実験2Aでは「映画のチケットと本のクーポン、どちらを選びますか」など5問。実験2Bでは「今日10ユーロもらうのと25日後に12ユーロもらうのとどちらを選びますか」など8問。100点スケール上で回答。
 結果。ただのt検定。腕曲げ群のほうが、悪徳的選択肢を選びやすく、少額だがすぐにもらえるほうの報酬を選びやすい。

 研究3。モデレータの話。
 被験者105名。要因操作は研究2と同じ。本課題は、「いま15ユーロ = 一週間後にXユーロ」のXを埋めるという質問に、一週間後、一か月後、三か月後、半年後、一年後について回答させる。時間割引関数の下面積を時間割引の指標として使う(0なら最大、つまり現在選好)。その後、テーブル押しはストップさせて、いろいろな質問に答えさせるんだけど、そのなかにSPSRQという尺度が入っている。「あなたは賞賛されることをすることが多いですか」といった48項目で、これから報酬への感受性(SR)のスコアが出せる。
 結果。時間割引を説明するGLM。腕の主効果はなかったが、腕とSRの交互作用があって、報酬に敏感な人は腕曲げ条件で現在選好になるが、敏感でない人は腕を曲げても伸ばしても変わらない。[←あまりにきれいな結果が出ていて、ちょっと目を疑う感じ]

 研究4。今度は利き手で押すか利き手でないほうで押すかを統制する。[どうやら研究2,3の時点では利き手のことまで考えていなかったようで、教示のイラストが右手で押してる絵になってたからたぶん右手で押してたはず... というようなことが書いてある]
 被験者120名。実験条件は、{利き手/利き手でない方の手}でテーブルを{上から/下から}押す、ないし統制条件(テーブル押しなし)で、計5水準。課題は研究3をちょっと簡略化したような奴[省略]。
 結果。時間割引を説明するGLM。統制条件を外し、{利き手/利き手でないほう}、{上から/下から}、SR、そして全交互作用を投入。手の主効果が有意、弱い3元交互作用がみられた(有意じゃないけど)。利き手かそうでないかでばらしたGLMでみると、利き手では押す方向とSRの交互作用が有意で、研究3を再現。非利き手ではどの効果も消える。統制条件ではSRの効果なし。[←ちょっと結果が綺麗すぎて、引いちゃうなあ...]

 考察

 感想がいっぱいありすぎて、ちょっと書ききれない。も・し・か・し・て、このネタはいっけん馬鹿馬鹿しくみえて、実はものすごく面白いかも...

論文:マーケティング - 読了:Van den Bergh, Schmitt, Warlop (2011) 身体化された近視眼

Wolfers, J., & Zitzewitz, E. (2004) Prediction Markets. Journal of Economic Perspectives. 18(2), 107-126.
ちょうど10年前に公刊された予測市場研究レビュー。進展の早い分野だから、別にいまこれを読まなくてもいいのかもしれないが...

 予測市場のタイプ。contractの種類で分けると、

 なお、たとえばwinner-take-all型のcontractを「得票率が46%だったら」「得票率が47%だったら」...と複数個用意すれば市場の期待の分布がわかるわけで、つまり市場の期待の不確実性についてもわかる。
 非線形的indexも便利である。たとえば、y に応じてペイオフが決まるindex型contractと、yの二乗に応じてペイオフが決まるindex型contactをつくれば、分散とは(二乗の平均)-(平均の二乗)だから、E[y]のSD, つまりyのSEを求めることができる。

 適用事例。Iowa Electronic Market, Austrian Electronic Market(UT Vienna)[現存するのか不明], Univ. British Columbia Election Stock Market[現 Sauder School of Business Prediction Market]。企業による市場としては、現実の通貨を使うものとしてTradesports.com[現存], Betfair.com[現存], Economic Derivatives[Goldman SachsとDeutsche Bankがやっていたらしい。現存しない模様]。架空通貨を使うものとしてNewsfutures.com[現LUMENOGIC], Foresight eXchange, それからかの有名なHallywood Stock Exchage.
 
 これまでの事例からわかっていること

市場のデザイン

予測市場による推論

 いやー、眠かった... やはりもう少し新しいのを読まないと面白くないな。よし、次にいこう。

論文:予測市場 - 読了:Wolfers & Zitzewitz (2004) 予測市場レビュー in 2004

2014年12月 1日 (月)

Presser, S., Couper, M.P., Lessler, J., Martin, E., Martin, J., Rothgeb, J.M., Singer, E. (2004) Methods for testing and evaluating survey questions. Public Opinion Quarterly, 68(1), 109-130.
 仕事の都合で、ちょっと地味な文献を...
 社会調査やらマーケティングやらメディアやら、世の中はアンケート調査で溢れており、質問紙づくりの職人を自負する方も大勢いるが、そういう方が知っていそうで不思議と知らない、調査票プリテスト手法についてのレビューである。
 Presser, Couper, Singerは有名な社会調査法研究者、他はUSセンサス局、英統計局、RTIの人。POQに載っているが投稿論文ではなく、論文集"Methods for Testing and Evaluating Survey Questionnaires" 第1章の転載。どうやらイントロの章らしく、以降の各章について律儀に言及している。
 
 著者らいわく...
 本調査の前に調査票の適切性をチェックするという発想自体は一般的である。たいていのリサーチャーはドレス・リハーサル方式、つまり、作成した調査票でちょっと回答を集めてみて、調査票に欠陥がないか調べる、というやり方を信じている。Sudmanの教科書(1983)にも「まずは20-50票くらい集めてみなさい」とある。
 このやり方の背後には、仮に適切でない質問項目があったとしたら、それは回答そのもののなんらかの特徴(無回答が増えるとか)、ないし回答の様子におけるなんらかの特徴(回答をためらうとか)を引き起こすであろう、勘の良いリサーチャーならそれをみて、調査票にまずい点があると気づくであろう... という信念があるわけだ。残念ながら、この信念になんらかの根拠があるとは言い難い。
 というわけで、本論文では調査票プリテストの手法について概観する。取り上げるのは、認知インタビュー、行動コーディング、反応潜時、ビニエット分析、デブリーフィング、実験、統計的モデリング。なお、より定性的な手法(FGI, エスノグラフィ)、ないし回答者からデータを集めない手法(専門家の評価、人工知能、コーダーの評価)は含めない。[←人工知能!? Graesser et al (2000, ASAのSRMセクションのProc.)というのが挙げられている。Art Graesserって物語理解過程で有名な人じゃん...]

[ここからは、その他の話題についての各章の紹介]

将来のアジェンダ。プリテスト手法によってその結果がちがうわけだが、これは手法の中に信用できない奴があるせいかもしれないし、検出できる調査票の欠陥のタイプが手法によってちがうのかもしれないし、なにが欠陥かという点についてコンセンサスがないからかもしれない。それに、検出された欠陥をどうやって改善するかはまた別の問題だ。
 今後の課題:

要するに論文集の各章の紹介なので(後半から特に)、だんだん関心を失ってナナメ読みになってしまった...

 日本語で認知インタビューといえばほぼ間違いなく目撃証言の話だが、英語でcognitive interviewと検索すると調査票プリテストの話も負けずに数多く見つかる。米の調査法研究のこうした充実ぶりは(著者らにいわせればこれでも全然足りないわけだが)、あちらの研究者の厚みを示しているという面もあるだろうけど、ひょっとしたらかの国の公的調査を取り巻く特殊な社会的事情のせいなのでは、と思うこともある。その意味で、日本の調査関係者もこういう実証的態度をお手本にすべきだと手放しに賞賛すべきかどうか、よくわからないのだけれど... 少なくとも、消費者マーケティングの国際化、マルチカントリー調査の増加という文脈では、調査票プリテストはこれから重要性を増す話だと思う。

論文:調査方法論 - 読了: Presser, Couper, Lessler, Martin, Martin, Rothgeb, & Singer (2004) 調査票プリテストの諸手法

Berg, J.E. & Rietz, T.A. (2003) Prediction markets as decision support systems. Information Sysytems Frontiers, 5, 79-93.
アイデア先行・夢先行で進めてきたが、ええかげんにきちんと先行研究を当たらねばなるまい。というわけで、待ち行列をすっ飛ばして目を通した。選挙の予測市場の論文。ずっと前に読んだTziralis & Tatsiopoulos(2007)のお勧めリストにも、M先生のリストにも出てくる。著者らはアイオワ大、IEM(Iowa Electronic Markets)の中の人らしい。掲載誌についてはよくわからないんだけど、IF 0.85と書いてあったから、メジャー誌ではなさそう。

 [まずIEMの話がひとしきりあって...]
 以下では、ある未来の出来事について、他の出来事の下で(conditional on other events)予測するのが目的である予測市場を"conditional prediction market"と呼ぶ。これはただの予測市場よりも意思決定支援の役に立つことがある。たとえば、政党が大統領選の候補者を選ぶときとか(党員に人気がある人ではなくて、「もし誰々が候補者になったらうちの党が勝てるか」を予測しないといけないから)。
 予測市場は決定支援の役に立つ。なぜなら: (1)動的な予測を連続的に更新してくれる、(2)トレーダーたちの情報を蓄積してくれる、(3)過去の研究によれば正確な予測が得られ (4)他の手法より良い、(5)個々人のバイアスを取り除いてくれる、(6)いろんな問題を予測できる。
 というわけで、IEMの96年大統領選市場に注目しましょう。共和党はドールじゃなくてコリン・パウエルを候補にしておけばよかったんです。

 未来の[量的な]アウトカムを$V_1, V_2, \ldots, V_n$とし、その和を1とする(ここでいえば民主党と共和党の得票率)。市場の清算配当金[liquidating devidend]がそのアウトカムの線形関数になっているペイオフ構造の市場のことを線形市場という。
 これに対し、可能な[カテゴリカルな]アウトカム$E_1, E_2, \ldots, E_m$の生起と清算配当金を結びつけて、確率を予測する場合もある。これを勝者総取り市場と呼ぶことにする。
 では、conditional予測市場の場合はどうなるか。未来のアウトカム$V_1, V_2, \ldots, V_n$、別のアウトカム$E_1, E_2, \ldots, E_m$を考える。予測対象となるのは条件つきアウトカム $V_i | E_j$。これを清算配当金と結びつける。

 96年大統領選では、民主党はほぼクリントン一択だったのに対して、共和党にはたくさんの候補がいた。予備選の有力候補はアレクサンダー、ドール、フォーブス、グラム。パウエルも出ると思われたんだけど、95年11月に不出馬宣言。グラムは96年2月、アレクサンダーとフォーブスが3月に降り、残るはドールと、ブキャナンという弱い候補だけとなった。
 さて、IEMではこの間に3つの市場を開いた。

結果。

 論文後半に長大なappendixがついていたが、パス。

 感想:分析のくだり、2本の時系列を単純に比べて、相関があったとか回帰係数が有意だったというような分析をしているのだが、これ、時系列分析の手法として大丈夫なのだろうか。これってグレンジャー因果とかの出番なのではないかしらん...

 えーと、予測市場の先行研究のうち、これまでにメモを取って読んでブログに載せたのは、日本語を別にすれば、この論文, Soukhoroukova, Spann, & Skiera (2011)の奴、Spann & Skiera (2003)のレビュー, Tziralis & Tatsiopoulos (2007)のレビュー、Pennock et al.(2001)のScienceのLetter, それからEly Dahanさんの奴。くそう、道は遠いぜ。昔と違って、最近は一本目を通すのも一苦労なのだ。

論文:予測市場 - 読了:Berg & Rietz (2003) 条件つき予測市場による意思決定支援

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