今月、新聞に世論調査についてのちょっと面白い記事が載っていた。リンク切れに備えてメモしておくと、朝日新聞の2023/9/11の記事で、見出しは「『不人気』報道 不人気呼ぶ?」。ロシアで行った実験で、プーチンの人気の有無についてフレーミングしたのちにプーチン支持を訊くと、ネガティブ・フレーム下で支持率がすごく下がった、つまり、プーチンに人気が無くなったと人々が信じればプーチンの支持率は急落するんじゃないか、という話。
当該の記事には研究者の名前さえ載っていない。しばしのWeb検索の末、元ネタはこれじゃないかなという論文をみつけた。こういう記事にはソースのURLをつけてくれればいいのにね。
Buckley, N., Marquardt, K.L., Reuter, O.J., Tertytchnaya, K. (2023) Endogenous Popularity: How Perceptions of Support Affect the Popularity of Authoritarian Regimes. American Political Science Review, First View, 1-7.
(イントロダクション)
[略]
独裁者の人気
[この節、やたら面白かったので、メモがどんどん細かくなっていく]
現代の独裁者の多くは人気に依存している。人気の獲得の仕方は、民主的リーダーと共通する部分もあるし(ポジション、キャラクター、パフォーマンス)、メディアのコントロール、選挙の破壊、反対派の抑圧による面もある。
あまり注目されていないけど、体制への支持は政権への人気そのものにも影響される。
- Simpser(2013 書籍): 現職の人気を知覚することで、潜在的な挑戦者は体制に挑戦する価値がないと考えてしまう。
- Green & Robertson(2019 書籍): プーチンの人気の一部は支配的見解に同調せよという社会的圧力に基づいている。
- Hale(2021 Am.Polit.Sci.Rev.): rally-round-the-flag効果は、社会的に受容可能な見解への同調の必要性によって説明できる。[旗下結集効果。戦争で支持率が上がるようなことをいうらしい]
この主の同調行動は独裁者への真の支持を反映している可能性もある。Bicchieri(2005 書籍)いわく、人々が他者の選好に従うのは、他者の選択が基づいている情報が自分の情報を上回っていると思うからだ。たとえば、現職が多数派に支持されているという世論調査の結果のせいで、市民はその現職が有能で誠実だと推論してしまう。もし個人が「他の人が彼を支持しているんだから彼は支持に値するのだ」と明示的に推論しているのなら、こうした更新は意識的な考慮の反映だということになる。
新情報は、支配的で社会的に望ましい見解をコミュニケートすることによって真の選好変化を引き起こす可能性もある。周囲への同調が快楽を生むという指摘にはデュルケム以来の長い歴史がある。多数派への同調はそれ自体に正の効用があるわけだ。Lohmann(1994 WorldPolitics), Hale & Colton(2017 Am.Polit.Sci.Rev.), Hale(2021 Am.Polit.Sci.Rev.)をみよ。
政治の世界では、支配体制に人気があるという証拠によって、人は現職へのより好意的な評価を受容し報告してしまうことがあるだろう。同様のメカニズムが逆向きに働く可能性もある。つまり、体制への支持が減っているとか、反対派の社会的望ましさが高まっているという情報のせいで、体制へのより非好意的な評価が受容されるようになるかもしれない。いずれにせよ、更新は真の選好変化を反映している。
[← 面白い! 多数派への同調は個人レベルでの合理的推論の結果かもしれないってことね]
その一方で、多数派への同調欲求は、体制についての真の見解を報告しないように仕向ける可能性もある(選好偽装)。Tourangeau & Yan(2007 Psych.Bull.)をみよ。社会的望ましさへの考慮のせいで、私秘的信念とは合致しない報告や行動がなされるということは広い文脈で生じている。Blair, Coppock, Moor(2020 Am.Polit.Sci.Rev.)[リスト実験のレビューらしい。面白そう], Hale(2021), Maass & Clark(1983 Euro.J.Soc.Psych.)をみよ。
従って、体制の人気についての知覚は選好偽装率の変化をもたらす可能性がある。評判カスケードモデルによれば、体制への支持についての新情報によって、これまで偽りの支持を報告していた人が真の選好の報告に転じることも、その逆もありうる。
選好偽装と真の同調を区別するというのは、実務的というよりは理論的な問題である。個人が公的に表明する信念は、社会的圧力と個人的考慮のバランスの産物であり、多くの人にとって、選好の更新は真の更新と偽りの更新の混合である。しかし、この2つを区別することは重要である。なぜなら、そのどちらなのかによって体制の安定性が変わってくるからである。
ロシアにおける独裁者の人気
ロシアの権威主義的体制の安定性はプーチンの人気に支えられてきた。支持率はずっと80%を越えていた。ところが2018年、年金改革のせいで人気がおちて、2021年末では60%ちょっと。
研究デザイン
ロシアの世論調査機関レバダ・センターは、全国の代表標本調査で定期的に、プーチン支持者に支持理由を訊いている。「私の周囲の人々の尊敬を集めているから」という項目の選択率は12-17%にのぼる。もっとも、これでは証拠として弱い。
プーチン支持とプーチン人気についての信念との関連を調べるのはどうか。レバダの調査でそれができるのが2回あって、どちらでも高い相関がある。しかし、どっちがどっちの原因かわからない。
そこで、フレーミング実験を行い、プーチンの人気についての対象者の信念を操作します。
「全体として、あなたはロシア大統領の活動をどの程度支持しますか」(4件法評価)という設問の前に次の文章をつける。
- コントロール: なし
- ポジティブ・フレーム: 「社会調査によれば、ロシア人の2/3はロシア大統領の活動を支持しています。大統領は人々からの安定的な支持を享受しています」[…後略]
- ネガティブ・フレーム: 「社会調査によれば、ロシア大統領の活動を支持しているのはロシア人の2/3に留まります。これはロシア大統領支持率として近年では最低の水準です」
さて、この実験ではフレーミングによる回答変化が真の選好変化なのか偽装の変化(ないし偽装をやめる変化)なのかわからない。
そこで、オンラインのリスト実験もやります。
- 処理群: 「USA大統領」「ドイツ首相」「ベラルーシ大統領」「ロシア大統領」のうち支持する人の人数を答えさせる。
- コントロール群: 「USA大統領」「ドイツ首相」「ベラルーシ大統領」の3人を見せて支持する人の人数を答えさせる。
処理群とコントロール群の差にもフレーミングが効くなら真の変化、効かないんなら偽装である。なお、リスト実験では支持率が過小評価されるおそれがあるんだけど[なんでだ? よくわからん]、注目するのは支持率そのものじゃなくて条件間の差である。
データ
2020/11-2021/09, 4回の調査。
- Levada, Russian Election Study(RES). 全国の代表標本、対面調査[まじか、すげー。結果をみると、人数はLevadaが1554, RESが1277, どちらもフレーミング実験のみ]。
- The Public Opinion on Analog and Digital Services in Russia’s Regions (POADSRR). 一部地域の代表標本、オンライン。[結果を見ると2回やっている。片方は1503、フレーミング実験のみ。もう一回は、フレーミング実験のみが16329, フレーミング実験とリスト実験の両方が14852. なにか読み落としたのかもしれないけど、後者の群はリスト実験だけにしておいたほうがよかったんじゃないかしらん? いったんプーチンへの支持を訊いたあとでリスト実験やるのってバイアスが掛かるような気がする]
モデル
支持設問は4件法のT2Bをみる(順序プロビットモデルもやったけどそちらはAppendixをみよ)。線形確率モデルを組む。[うぉう、ロジットモデルじゃないんだ。パラメータの意味をリスト実験のモデルと揃えるためだろうけど、ふだんなかなかお目にかかれないぜ。政治学ではよく使うのだろうか?] $$ y_i = \alpha_1 + \alpha_2 Negative_i + \alpha_3 Positive_i + \epsilon_i$$
リスト実験はふつうの重回帰モデル。リスト実験の処理要因、ならびにフレーミングとの交互作用をいれるので、モデルはこうなる。関心あるのは\(\alpha_2, \alpha_3\)。$$ y_i = \beta_1 + \beta_2 Negative_i + \beta_3 Positive_i + \alpha_1 List_i + \alpha_2 List_i \times Negative_i + \alpha_3 \times Positive_i + \epsilon_i$$
結果
ポジティブ・フレームには有意な効果なし。ネガティブ・フレームは支持率を有意に下げた。なんと6-11ポイントも下がった。
リスト実験でも同様。つまり、フレーミングの効果は選好偽装というより真の選好評価である。
処理効果の異質性についても調べました(Appendixをみよ)。調整変数になっているのは年齢(高年齢だとポジティブフレームの効果が大きくネガティブフレームの効果が小さい)。
結論
現職の人気の知覚自体が、現職の支持レベルを高めている可能性がある。その正確な心理的メカニズムはわからないけれど、選好偽装というより真の選好変化である。
この結果は、知覚の形成が権威主義体制の安定性の重要な要素であることを含意している。同時に、外生的な人気は脆弱であり得る。社会的合意が崩壊すれば、体制はすぐに崩壊しうる。こうしたカスケードは、社会的合意が脅迫や規範的一致やイデオロギーによって作られている場合より、知覚に依存している場合のほうが、より突然に起きるだろう。権威主義体制に人気があると思っている体制を支持している人は、他の人が支持しなくなっていると思うようになったらすぐに支持しなくなってしまうだろう。
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いやあ、面白かった。あんまり詳しく書けないけど、この話、自分が仕事の都合で関心を持っている問題と、かなり重なる面がある。
データの貴重さもさることながら(代表標本の対面調査なんて、今の日本では至難の業だ)、リスト実験までやっちゃうというのが、さすが、プロの研究者ですね。これは素人にはなかなか思いつかない。
政治学の論文だし、当然こういう話なら沈黙の螺旋理論への言及があるだろう、と思いながら読んでいたんだけど、結局最後まで出てこなかった。あっれえ? これ、いったいどういうことなんだろうか。政治学の専門家からすれば骨董品みたいな古い理論なの? それとも、ノエル=ノイマンってナチスとの関係があったから、いまでは名前を出しにくい感じなの? キム・ギドクとか園子温みたいに? まさかねえ…