読了: Praus, Schindel, Fescharek, Schwarz (1993) 処方薬発売後の副作用サーベイランスによる警告システム

Praus, M., Schindel, F., Fescharek, R., Schwarz, S. (1993) Alert systems for post-marketing surveillance of adverse drug reactions. Statistics in Medicine, 12, 2383-2393.

 医学分野での時系列監視についての解説論文。処方薬の副作用件数の監視の話である。これこれ、こういうのが読みたかったのよ…

1. イントロダクション
 薬物有害反応(ADR)を臨床試験で見つけるのは至難の業である。疑いが生じてからならばケース・コントロール研究が可能になるけれど、上市した薬についてADRのその疑いを見つけるまでには自然発生的報告の監視が必要になる。そこには次の3つが関与する。

  • 医学コミュニティによって報告されたADR件数に影響する諸要因 (分子バイアス)
  • 曝露人口の代理変数(たとえば売上数量)の品質 (分母バイアス)
  • ADR率の変化を発見するための統計的手法

ここで注意すべきは、薬の安全性が時間依存的に変化するということである。バッチ間の品質の分散とかあるからね。
 というわけで、ADR件数の警告システムについて述べます。

2. データ要件
 ADR件数の増大を検出するためには、ADRのタイプ別件数と使用データ(売上とか)が必要である。
 前者について、本論文では報告された有害反応件数を使います。フォローアップ期間の変化によるバイアスがあることに注意。ADRのタイプはFDAが定義している(死亡数とか過剰服用ADRとか)。
 後者について、直接的な指標はないので、リスク人口サイズと売上数量を使う。
 [… などなど。この論文で提案する統計手法が仮定するデータの話というより、ADR監視に必要なデータについての実質的議論である。さすがは医学系のジャーナルだ。こういう風に統計手法の話と実質科学の話が混じっているとなんだかワクワクしますね。だから、未知の領域であっても個別領域の論文を読んでいるほうが楽しいこと… まあ領域によるけどな。ファイナンス、お前はだめだ]

3. 手法
 本章では売上調整ADR率の増大を検出する方法についてレビューする。最初にひとこと言っておきたいんだけど、ここでいう統計的テストとは単なる警告関数であって有意性検定ではない。
 時期\(i\)のADR報告件数を\(x_i\), 売上数量(ないし使用の推定値)を\(c_i\)とする。売上1単位あたりのADR報告確率を\(p_i\)とする。市場データ比を\(M_i = c_i / c_{i-1}\)とする。
 以下で使うデータ例は西ドイツのジフテリアワクチンのADR件数と売上である。2タイプ(深刻ADRと注射時反応)について分析する。

3.1 算術的方法
 米FDAが指定している監視方法のひとつは算術的な方法である。売上調整ADR率が倍増したらFDRに報告しなければならない。もちろん、この方法だと前期の件数が0であってはならないことになる。

3.2 ポアソン法
 \(x_i\)がパラメータ\(c_i p_i\)のポアソン分布に従うと仮定し、\(x_i\)と\(x_{i-1}\)が独立だと仮定して、$$ H_0: p_i \leq p_{i-1}, H_1:p_i \gt p_{i-1}$$ とし、\(H_0\)が棄却されたら報告する。[ええええ、まじか。意外にナイーブだな?]
 すでに正確検定の提案があって…[メモ省略]。\(\alpha=.05\)が用いられている。FDAは二項分布を正規近似した漸近版の検定と、ポアソン分布に基づく漸近的な検定手法を用意している[比較の話とか、いろいろ書いてあるけど省略]。
 要するに、算術的方法とポアソン法は2期比較に基づく手法である。

3.3 累積和スコア
 品質管理の分野で生まれた累積和(CUSUM)チャートはいまではレアな疾患の監視にも用いられている。
 こういう手法である。観察された件数と参照値との間の差の累積和を統計量とする。合計が負になったらゼロにリセットする。統計量が決定境界を越えたら警告する。通常はリスク人口を定数と仮定するけど、以下では売上数量がそれだと考える。
 売上単位当たり報告ADR件数のバックグラウンド・レベル\(k_0\)とそのSDが既知だとする。\(k_1\)を警告レベルとする。\(k_r\)を参照レベルとする(ふつうは\(k_0\)と\(k_1\)の中点をとる)。\(S_0 = 0\)として、$$ S_i = \mathrm{max} \left( 0, S_{i-1} + \frac{x_i}{c_i} – k_r \right) $$ を監視し、\(h\)を超えたら警告する。\(k_0\)の下での平均ラン長\(ARL_0\)と、\(k_0\)のSDと、\(k_1 – k_r\)が決まれば、\(h\)と\(k_1\)のもとでの平均ラン長\(ARL_1\)が決まる。実務家向けに表が用意されている。[へええええ]
 CUSUM法はトレンド検出ができる。\(x_i, c_i\)のほかに\(k_0\)とSD, \(k_r, k_1\)が必要だというのが困ったところである。

 警告システムに使える統計手法はほかにもたくさんある。Parker(1989 Stat.Med.)のポアソン回帰とか、Shore & Quade (1989 Stat.Med.)のスキャン関数とか、時系列とか。

4. データ品質の諸問題
 まずは分子側のバイアスについて。

  • 上市後数年間はADR報告数が増えることが知られている。
  • 国による違い。リスク集団が違うという面と、報告システムが違うという面がある。
  • 報告環境の要因。
  • 医師と製薬会社の営業部隊との相互作用。接している時間が長いと、また訓練を受けると、ADR報告が増える。

 次に分母側のバイアスについて。在庫期間によるバイアスがある。
 さらに、ADR発生から報告までの遅延がある。

5. 考察
 警告システムにとっての大きな問題はデータの品質である。ADRの自発的報告にも売上数量にもバイアスがある。
 云々。
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 ごく初歩的な啓蒙論文なんだけど、大変勉強になりましたですー。わかりやすいし楽しいし。世の中の論文がみんなこんな感じだと助かるんだけどな。