読了: Splical (2022) 世論調査と世論マイニングについて批判理論の観点から物申す

Splichal, S. (2022) In data we (don’t) trust: The public adrift in data-driven public opinion models. Big Data & Society, 1(13).

 調べものして、寄り道して読んじゃった奴。そんなことをしている暇はないはずなのに…
 ビッグデータと社会科学、というような感じの学術誌に載った、哲学的エッセイというか、そういう感じの論文。前半は世論概念の歴史なんだけど、リップマンどころか、マキャベリからスタートいたします。
 著者Slavko Splichalさん(77歳)はスロベニアの社会学者?らしい。近著に”Datafication of Public Opinion and the Public Sphere”というのがある。ひー。難しそうな本ですね。

イントロダクション
 Boullier(2015)はこういっている[ドミニク・ブーリエという社会学者らしい]: 社会科学の第一世代にとって、キー概念は社会、データ収集の主要手段はセンサスだった。第二世代にとっては世論(opinion)と世論調査。そして第三世代にとってはvibrationsとビッグデータにおける痕跡。
 伝統的な世論調査を世論マイニングが乗り越えたと主張する人々もいる。しかし彼らが見落としているのは、そもそも世論研究の問題のほとんどは世論調査では解決されなかったということだ。世論調査は世論マイニングの効率性・妥当性を検証するゴールドスタンダードにはなれない。世論という社会現象の複雑さを忘れていませんか?
 本研究は、世論調査と世論マイニングの比較という現在の論争について、世論の性質についての知的論争史の観点から検討する。そして、世論について再概念化するとき、真の規範的ないし理論的イノベーションを導入することなく、この概念を新技術とかビジネスモデルとか政治体制といった新しい実証的セッティングに拡張する傾向があったのはなぜかについて論じる。[さっぱりわからんが面白そうですね?]

公共と世論の啓蒙的遺産
 公共(public)と世論(public opinion)というのは16世紀初頭の概念で、当時は革命的な概念だった。王よりも「一般的世論」の徳を信じた最初の異端者はマキャベリだった。[…]
 世論という概念はのちの啓蒙運動に受け入れられ、理性の公的使用から導かれ、世論に基づいて権力を制御するという民衆統治の発展のマジック・キーとなった。この考え方は世論の規範的政治哲学を長く支配した。ベンサム曰く… ルソー曰く… カント曰く… ヘーゲル曰く… [約1頁続く。面白いんだけどメモ省略]

社会科学における世論の形成
 19世紀後半から20世紀初頭にかけても政治哲学・社会学においても、世論は論争的話題でありつづけた。とはいえ、世論が社会と民主政体の機能に決定的なインパクトをもたらすという点については意見が一致していた。20世紀には議論の対象が正確にはなんなのかという点についての論争が盛り上がった。かつて世論の主たる機能は権力者の民主的制御だと捉えられていたが、批判的社会学者たちは、個人の行動の制御こそが世論の主たる機能だと述べるに至った。

 [ここから面白いのでちょっと細かくメモする]
 監視パラダイム[世論を社会的制御の一形式とみるということ]における世論の個人化は、世論を単なる個人の意見の総和とみなすことによって、民主主義の政治哲学の伝統も修正した。以前の世論の「実質的な」概念化では、世論を公衆の意見(または公衆によって述べられたもの)と捉えていた。「単なる個人の意見の集合体ではなく、真の社会的産物である」というわけである。これに代わって現れた新しい「付随的な」概念化に寄れば、世論とは「公表された私的な意見」である。世論についての伝統的な規範概念からのこの離脱をさらに激化させたのは、リップマンの世論概念である。彼によれば世論とは「外的世界」についての個人の知覚であり、世論と私的意見の区別はあいまいにされている。
 世論に対する批判的理解の衰退は、宣伝(publicity)の脱合理化によって明らかになった。ベンサムにとって宣伝とは正義の自然な道具であり、公衆という法廷を、啓蒙された判断の形成を可能にする条件のもとに置くために必須のものであった。しかし、合理的批判の観点から概念化された宣伝は、現在の辞書に書いてあるようなものになってしまった。つまり、「誰かないしなにかが、多くの人々のたくさんの関心や注意を集めるようにするために行う活動、ないしその活動の結果」である。

 にもかかわらず、20世紀初頭は依然として、社会の一般理論の構築のための努力という文脈で世論の複雑な性質についてのエキサイティングで深い知的論争が行われた時代であった。タルド、テンニース、そしてデューイとリップマンの論争。[一段落つかって説明している。パス]
 世論についての理論社会学的な論争が最高潮を迎えたころ、愚かな心理学者どもは[←そうは書いていない。私が行間を読んでいるのだ]、世論とは単なる個人の意見の集積に過ぎないと主張した。アメリカの政治学者たちは世論の定義を巡る対立を嫌がり、科学的探究から世論という概念を取り除こうと論じた。しかし、実証主義者たちの悲観論は、公共性という概念についての誤解、そして一般的に受け入れられるような定義がないということが概念の妥当性を絶対的に害するという誤った信念に基づく、誇張された反応であった。それは間を置かずして実質的な社会・技術の変化に打ち負かされた。それらの変化は、上記の論争の直後に生じ、1920年代に歴史的クライマックスに至った世論の社会理論を周縁に追いやった。その理由は簡単である。16世紀にはじまり啓蒙主義に知的源泉を持つ世論調査の諸理論において具現化していた社会批判的厳密性は、1930年代、世論調査の誕生によって深刻な打撃を受けたのである。[ははははは、受けるー]

 1932年、Houser AssociatesはUSの有権者を対象に、投票先と政治問題への態度を調査した。Gallupは義母のアイオワ州務長官の立候補についていくつかの調査を行った[はあ? と思ったが本当らしい。George Gallupは31歳にして大学教授かつYoung and Rubicamのディレクターだったんだけど、義母が州務長官に立候補して周囲の予想を裏切り当選しちゃったのが選挙調査に関心を持つきっかけだったのそうな]。その後Gallupは選挙調査の信頼性を検証し、American Institute of Public Opinionを創立し[…]、この10年で社会科学における世論の認識論的身分はがらりと変わった。かつて支配的であった悲観主義の原因は、信頼できる実証的手続きを欠くという問題にあったのだが、その問題は、世論についての概念的議論をしないことによって押し流されたのである。[楽しい… 人の悪口は楽しい… 著者の先生はきっと世論調査研究そのものを小馬鹿にしているにちがいない]

世論調査: 実証ベースの世論形成の到来
 世論調査の発明によって、社会科学は自然科学における定量化の道をたどることになった。世論調査は世論の概念化を変え、世論について人々の知覚を変え、民主的政治過程における世論の役割を変えた。世論調査は社会科学研究として取り入れられ、1937年には自らの学術誌さえ持つようになった。そう、Public Opinion Quarterlyです。
 もはや世論は「謎の力」ではなくなった。デューイの公共についての頑健な理論的定義はいまや出場停止となり、世論は「共同体に関わる諸課題について人々が持っている見解の集積」ということになった。世論調査の主題はもはや公共ではなく、大衆、ないし任意の個人の累積になってしまった。

 [疲れてきたので、再びメモの密度を下げるぞ]
 世論調査というのは政治過程を模倣している。そもそも無作為抽出は古代ギリシャでは政治の場で用いられていたし、フィシュキンの熟慮的世論調査は政策決定に用いられている。選挙調査は投票を模倣していて、出口調査は投票が締め切られるまで公表できないことが多い。[…]
 世論を個人の意見の集積と捉えることが世論調査の誤用の扉を開ける。アドルノ曰く、世論調査は世論についての調査(resaerch into public opinion)にならねばならない。つまり、社会の客観的な構造的諸法則を探究する科学としての社会学の対象とならねばならない。[…]
 世論調査は大衆民主主義において拡大する民主主義の欠陥に対する一つの解となる、と世論調査家はいうけれど、それは世論についての誤解である。世論というのは理性の自由で公共的な使用だ。世論調査は公共的ディスコースの持つ自己言及的特徴を欠いている。世論調査はフィシュキンいうところの「幻の世論」を表現することで公共的議論を阻害する。調査参加者はたいした情報も持たずモチベーションもなく、匿名的にあてにならん回答を即興で答えているだけであって、自分が意見がないことを認めもしないじゃないですか。[急におなじみの調査批判になったので笑っちゃいましたが、でもおっしゃる通りですよね。以下略]
 世論調査によって、世論は個人的・行動的現象に過ぎず、社会科学において優先される組織的で行為志向的な研究トピックにとってはたいして重要でないとみなされるようになった。[…]

コミュニケーションのデジタル化と世論マイニングの登場
 近年の世論調査の衰退は、科学的議論のせいでも認識論的議論のせいでもなく、技術とビジネスのせいで生じた。コミュニケーションのデジタル化とインターネットによって膨大な私的・公的情報がリアルタイムに収集分析されるようになったのである。
 マイニングというのは因果から相関へのシフトであって、これはホルクハイマーとアドルノのおう「全体主義的啓蒙主義」への一歩である。相関的知識は問題への道具的解決だが理解は保証しない。2019年のCOVID危機における認識論的危機はこれが原因である。
 マイニングにおいてはデータは研究目的とは独立に集まっているので、解釈を事実に合わせるのが通例となってしまう。[…]

世論の実証的モデルの代替
 世論調査と世論マイニングは同じ「世論」をとらえているのか。
 世論マイニングのほうがより正確だという主張は多い。[…]
 しかし、それでも世論調査を支持する理由が3つある。(1)世論調査は無作為標本。(2)世論調査の回答は互いに独立。(3)すべての意見が等しく扱われる。
 批判理論の観点から見ると、これらは世論マイニングの弱点ではない。むしろこれらは、世論調査を通じた世論の概念化によって引き起こされた問題である。世論マイニングはそれらへの解決になっている。[…]
 世論調査への歴史的批判を踏まえれば、世論マイニングは世論調査よりも真の世論を反映しているとさえいえる。しかし、なにより大事なのは、世論の担い手である公衆とはなにかという問いを問い続けることである。

「公衆への窓」としての世論マイニング
 世論マイニングは、かつてOsgoodらが提唱した量的内容分析手法であるEvaluative Assertion AnalysisのAI版である。彼らは文章のなかのすべての評価的言明を「主題-動詞-補語」に変換し、「態度対象」を3次元空間で評価した。[懐かしい話ですね]
 [この節、途中でまたアドルノとか出てきたせいでめんどくさくなっちゃったんだけど、世論マイニングはすぐに商業的・政治的な監視へと悪用される、社会批判的アルゴリズム研究の理論的基盤を明確化することが急務だ、というような話であった]

公的サービスにおけるアルゴリズムと世論
 世論マイニングは公衆が自らを知るためだけでなく、公衆が自らを構築するために使えるかもしれない。そのためにはデータマイニングと分析はもっと民主化されなければならない。その暁には、すべての情報と意見が公共性テストにかけられ、その公共的な価値が評価されるのだ。ユートピア的だけど、すべての公共的問題が公共圏に提示され、アルゴリズムが公共的価値の理由を提供するようにならなければならない。
 [以下、なんか夢みたいな話になっちゃうので省略するけど、ニュースアプリはユーザが読みたそうなものをお勧めするんじゃなくて、公共の観点から見て価値のあるニュースを提示すべきだ、というような話。カント曰く、我々は他の全ての他者の観点から考えるべきなのである]

結論
 かつてブレヒトは、公衆が新しいコミュニケーション技術を求めるのではなく、新しいコミュニケーション技術が公衆を求めていることを「ラジオ的状況」といった。この状況を反転しなければならない。コミュニケーションのアルゴリズム化はそれを可能にする。公共的価値アルゴリズムは人々を公衆として構築するだろう。デューイのいう公衆、つまり、そのメンバーがお互いの交渉の重要な長期的帰結についての自分の意見を精緻化できるような公衆、人々が下はローカルから上はグローバルなレベルまでの公共的関与に動機づけられているような公衆である。
 それは技術だけでは実現できない。市民社会のアクターたちが理性の公共的利用と民主的コミュニケーションのために苦闘し、インターネットを支配しようとする企業の戦略と戦い、その行為を支持する研究を促進せねばならんのだ。そうしない限り、権力関係の民主的変化は、歴史上の多くの場合そうであったように、今回もまた夢物語に終わるであろう。云々。
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いやー… ヨーロッパの知識人、世論とビッグデータと公共圏について熱く語るの巻、という感じでした。なにを夜中まで読んでいるんだろうか俺。寝よう。