読了: Best & Papies (2017) 「状況化された認知」の観点から見た消費者習慣への介入

Best, M., Papies, E.K. (2017) Right Here, Right Now: Situated Interventions to Change Consumer Habits. Journal of the Association of Consumer Research, 2(3), 333–358.

 仕事の都合で読んだ。習慣の特集号に載った論文のひとつ。
 長いしめんどくさそうだし、なによりタイトルに”situated”と入っていることに危険信号を感じ(すいません)、あとまわしにしていた。いやいやながら目を通してみたら、著者らの言うsituated cognitionとはBarsalouさんのいうそれで、少々ほっとした。不勉強ゆえの思い込みだろうけど、状況化された認知がどうたらこうたら…という能書きから始まった場合、たいてい社会学者とか哲学者とかの雲をつかむような話に流れていくことを覚悟しなければならないのに対し、Barsalouさん一派ならば実証研究に留まってくれるという謎の安心感がある。

1. (イントロダクション
 消費者研究では行動の予測子としてふつう意図に注目するんだけど、同じ文脈でルーティン的になされる行動については意図は良い予測子にならない。行動変容において意図ベースの介入の効果は小さいし短期的だったりする。近年では、行動の非意図的・無意識的なドライバーをターゲットにした介入の構築に注目が集まっている。
 消費者行動の強力な非意図的ドライバーとして、文脈-反応連合つまり「習慣」がある。経験サンプリング研究によれば消費者行動の43%は毎日同じである。Labrecque et al.(2017 J.Acad.MktgSci)いわく、新製品使用の事例のうち25%は習慣による妨害で説明できる。
 習慣的行動の発生の見込みは、所与の行動に関与する頻度と、行動が実行される文脈の安定性によって予測されるだろう。しかし、これらの変数を調べても、消費者が記憶において経験をどう表象しているかとか、それらの複雑な状況表象がどういうプロセスによって習慣行動につながるかとかはわからない。特に以下の点がわかっていない。(1)多くの内的・外的手がかりが、どのように処理され、記憶における一貫した表象へとどのように統合されるのか。(2)これらの複雑な状況表象がどのように検索され習慣行動を引き起こすのか。(3)手がかりと所与の消費者行動との連合を決めている要因はなにで、そのせいでどんな個人差が生じるか。

 本論文では、記憶における状況的な消費者経験の表象が、自動的な消費者行動の一形式である習慣をどのように発生させるかを説明する理論を提出する。[…]

2. 習慣、ならびに消費者行動における状況的手掛かりの効果
 「習慣」の定義については論争があるが(Health Psych.Rev.で2015年にGardnerとLabrecque & Wood の間で論争があった)、習慣とは状況的手掛かりと行動的反応の間の学習された連合だという点については合意がある。
 文脈が安定していて行動がルーティン的に実行されていると、いろんな状況的手掛かりがその行動を連合する。状況的手掛かりは記憶に貯蔵された習慣的反応を活性化させ行動に影響する。
 習慣の定義的な特徴: (1)状況的手掛かりによって意図とは無関係に活性化される。(2)最初は目標追求のなかで獲得されるが、完全に自動化された習慣は目標に媒介されない.

3. 習慣についての「状況化された認知」パースペクティブ
 状況化された認知situated cognitionパースペクティブというのは、記憶において複雑でマルチモーダルな状況がどう表現され、それらが自動的な手掛かり依存行動をどう引き起こすか、という問題にかかわるもので、その中心にある前提は、所与の経験に関して、状況的手掛かりが統合された複雑で連合的でマルチモーダルな表象(状況化された概念化)を考えるという点である。Barsalou(2003 Lang.&Cog.Proc., 2016 CurrentOp.Psych.), Papies & Barsalou(2015 chap)をみよ。[もっとたくさん挙がっているけど入手しやすそうなのをメモした。最後の奴はdraftのPDFをみつけたぞ]
 状況的手掛かりというのは、単なる状況内の物理的セッティングだけではなくて、時間を通じた複数の経験の累積である。

 状況化された概念化の記憶における符号化は、消費者行動とか、認知や内的状態が経験されるといった、どんな文脈においても生じうる。[…]
 特定の状況の経験が繰り返されると、状況化された概念化を通じた要素間連合が強化され、それら要素間の結びつきを伴う状況的要素の分散記憶が形成される。たとえば食料品店に繰り返し行くことで、食料品店環境の状況的特徴が繰り返されて、それらの要素間の連合が強くなり、最終的には習慣が生じる。
状況化された概念化がひとたび貯蔵されると、新しい状況のほうがそれに合わせて解釈される。すなわち、パターン補完的な推論が生じる。なので、ある状況化された概念化があるとして、その最も強い手がかりが目の前の環境になくても、その状況化された概念化に基づく習慣的行動が生じうる。

 要約すると、「状況化された認知」説の示唆によれば、習慣とは次のように理解できる。それは、先行経験を通じて符号化された累積的な「状況化された概念化」から生じる状況化された行為の形式である。その結果、習慣的行動は、これらの状況化された概念化の一部である多数の内的・外的手がかりのうちひとつないし複数に出会うことによって直接に起動されることもあれば、状況化された概念化のなかにない手がかりの連想的な検索の結果生じるパターン補完推論によって間接的に起動されることもある。

4. 状況化認知パースペクティブは習慣についての既存の説明をどのように拡張するか?
 まず、状況化された認知というパースペクティブは習慣だけでなくいろんな現象を説明できる。衝動とか短期快楽目標とかプライミングとか渇望とか欲望とか。それは習慣についての従来の説明と対立する説明ではなく、習慣を状況化された行為の一形式として理解しようという補完的な説明である。そのおかげで習慣についての説明は以下の点で拡張する。

  • 記憶において習慣がどのように表象されているかを教えてくれる。手がかりは単一ではなく複数であり、明確な手がかりがない新しい状況でも習慣は生じる。また、新しい行動を既存の習慣に結びつけることで新しい行動を便乗的に自動化できる。
  • 単に文脈的手掛かりの安定性について考えるのではなく、むしろ状況化された概念化の内容を考えるべきだと示唆している。従来は、習慣強度を行動的頻度と文脈的安定性の積と考えることが多かったんだけど、文脈の安定性だけに注目すると習慣についての理解が狭くなってしまうし、自己報告された行動頻度も理解の助けにならない。むしろ、習慣行動の性器を予測する手がかりを探すべし。
  • 習慣、衝動、アフォーダンスなどの手がかり駆動行動に対して統一的フレームワークを与える。従来は習慣購買と衝動購買は別物と捉えられてきたけれど。

5. 習慣化された消費者行動を変化させる状況化された介入のメカニズム
 消費者の状況化された概念化を変え、また所与の文脈においてどの状況化された概念化が活性化するかを変えるための、効率的な「状況化された介入」について考えてみよう。[脚注によれば、状況化された介入はcueing介入とtraining介入にわかれる。前者は環境の状況的手掛かりを変更し、後者は反復訓練によって状況化された概念化の内容を変える。もっともこの二つは重なっている]
 状況的手掛かりの変更を通じた介入は、意図ベースの介入とちがって、自動的行動の活性化を直接に目標にするという点が優れている。また、より長期的であり消えにくい。状況化された概念化を新たに作るということは、新しい習慣が望ましい行動変容を促進するような状況に自己制御をアウトソーシングする方法である。

6. 状況化された消費者習慣変化介入の5つの方法
 ここからは5つのルートについて論じる。いずれも、消費者の手がかり駆動的な習慣行動をターゲットにしている。その一部はいわゆるナッジに属するが、ナッジだと記述したところで、基盤にあるメカニズムについてはなにもわからない。状況化された概念化とパターン補完推論という観点からとらえることが大事だ。

6.1 貯蔵された「状況化された概念化」を活性化させる状況的手掛かりへの曝露を除去・減少させる
 これは昔からあるアイデアで、たとえばVerplanken & Wood (2006 J.PublicPolicy&Mktg)が論じている。引っ越しで習慣が変わったりしますよね。
 「状況化された認知」パースペクティブから見ると、こういう介入が長期的に成功するかどうかは、貯蔵されている「状況化された概念化」の中身と新しい状況ととの一致性によって決まる。
 事例:

  • 製品パッケージングにおける顕著な手がかりの除去・置き換え。たばこの箱を真っ白にするとか。
  • 製品ディスプレイへの曝露の制限。たばこの店内ディスプレイの除去とか。

 こうした介入をより効果的にするにはどうしたらよいか。

  • こうした介入の事例は、いまのところ状況のある側面だけを変えている。多様な手がかりを同時に変えることが有望であろう。[なるほどね、異なる介入の間にシナジーがあるだろうといっているわけだ]
  • 状況化された概念化の内容の個人差を考慮することも大事だ。ときどき喫煙している人は毎日喫煙している人とちがって環境的手掛かりと喫煙がより強く連合している。
  • 状況化された概念化の内容のうち、習慣行動への関与を強く予測しているのがどれかを突き止めれば、それに基づいて目の前の環境を再構造化できるかもしれない。突き止める方法については最後に論じる。
  • 手がかりと習慣との関係は文脈依存的だから、手がかりへの曝露を減らしたときに何が起きるかは状況による。対人的セッティングにおける喫煙は社会的手掛かりに、ひとりでの喫煙は身体・情緒状態のような内的手がかりによって支配されているかもしれない。

6.2 追加的ないし代替的な行動的反応の手がかりを追加する
 事例:

  • 製品を置く場所の操作。食べ物の選択は置かれた場所によって変わる。
  • デフォルト選択肢の変更。食品選択での研究として…[略]。

 こうした介入をより効果的にするにはどうしたらよいか。
 既存の手がかりの即時的アクセス容易性を変えるために新しい手がかりを追加したとして、それは別の行為系列を促進する効果も持つだろう。社会的モデリングの手がかりとか。[… ここの話の流れがちょっとわかんなかったんだけど、まあいいや、省略]

6.3 長期目標を活性化させる状況的手掛かりを追加する
 長期目標を含み行動とは整合しないような、別の状況化された概念化を活性化させることで、習慣を変化させることができるかもしれない。目標志向的な行動の活性化に目標関連的手掛かりが効くという研究は、主に健康関連の領域で増えている。[…] 目標プライム手がかりを提示することで、習慣行動の根底にある状況化された概念化を活性化するような状況的手掛かりから注意がそれ、習慣の破壊につながる。[研究例…]
 こうした介入をより効果的にするには、(1)習慣行動と対立する長期目標を持つターゲット集団を同定し(2)決定的な瞬間に長期目標を活性化し、すると新しい状況化された概念化ができるから、(3)長期目標と一致する行動と連合している状況的手掛かりを使って長期目標を活性化するとよい。

6.4 状況に対する情報的手掛かりを追加する
 情報的手掛かりの追加により、(1)自己制御プロセスへの関与を促進したり、(2)長期目標を活性化したり、(3)習慣行動の知覚コストを強調したりすることができる。
 事例:

  • 規範情報のコミュニケート。食器に分量を書いておくとか。行為につながるようなかたちで表現することが大事(消費エネルギーを金銭に換算するとか)。
  • リスクのコミュニケート。たばこの箱のメッセージとか。これからも適用例が増えるだろう。

 こうした介入をより効果的にするにはどうしたらよいか。

  • まずは情報的手掛かりに気づいてもらうこと。
  • 行動についての他者の評価が調整変数になる。また、社会的規範メッセージは新しい条件化された概念化をつくるのを促進する際にしか効かない。
  • その情報の含意を容易に処理できること。

6.5 習慣的行動に関与することと連合しているネガティブな帰結の顕著性を増大させるような状況的手掛かりを追加する
 行動経済学では行動を変容させるために行動のコストを増やすことがあるけれど、状況化された認知のパースペクティブから言えば、習慣行動に伴うネガティブな帰結を想起させる状況的手掛かりが重要である。
 習慣行動のコストを強調するような状況的手掛かりについての研究は少ないので、行動のコストを高める研究をとりあげる。

  • コストの顕著性を増す。[研究例…]
  • 制約の顕著性を増す。公共の場所での喫煙禁止とか。[研究例…]
  •  習慣行動に関与することの帰結をより非報酬的にすることで習慣を変化させるというアイデアは、習慣が自動化したらその行動が望ましくなくなっても行動が持続する(ポップコーンがしけていてもやっぱり買っちゃう)という知見と対立する。前者がうまくいくのは、状況的手掛かりが習慣行動の帰結のネガティブな側面を示しているときだけだろう。

    7. 考察と将来の研究
     今後の研究領域:

    • 状況的手掛かりの記憶における相互作用と、その効果の個人差・経験間差。
    • 状況化された概念化の内容の調べ方。これまでは特徴リスティング課題が広く用いられてきた。オープンエンド質問とか、ソーシャルメディアの分析とかも有望。
    • 行動変容のために影響を与えるべき具体的な自動的プロセスはなにか。この論文で紹介した状況化された介入は、古い習慣を妨害しているのか、新しい習慣を作り出しているのか、その両方か。
    • 個人差。[…省略…]
    • 行動のタイプによって状況化された介入の効果がどう違うか。食品消費習慣では情報的手掛かりの追加が効いて購買習慣には環境的手掛かりの除去が効く、みたいなことがあるかも。

    云々。
    ———
    やれやれ、長かった… 論旨自体は比較的にクリアであったが、途中で飽きた…