読了: Stillman, Medvedev, & Ferguson (2017) セルフコントロール葛藤下の心的過程をマウスの軌跡で測る

Stillman, P.E., Medvedev, D., Ferguson, M. (2017) Resisting temptation: Tracking how self-control conflicts are successfully resolved in real time. Psychological Science, 28(9), 1240-1258.

仕事の都合でセルフ・コントロール葛藤下での正当化についていろいろ調べていて見つけた論文。正当化とは関係ないんだけど面白そうなので読んでみた。マウスのトラッキングで葛藤をリアルタイムに測りますという話。

1. (イントロダクション)
 セルフ・コントロールの背後にはどんな認知過程があるのか。伝統的な指標は主に自己報告に依存しており、数秒間の葛藤について定量化できないし、被験者が自分の葛藤について報告できるのか、報告したいのか、に依存している。潜在反応指標も決定中のオンゴーイングな認知過程を明らかにできない。神経活動を調べる手もあるけど空間解像度か時間解像度が低い。
 というわけでご提案します。マウストラッキングをつかってリアルタイムの葛藤解決を測ります。

 成功したセルフ・コントロール決定における実時間葛藤解決について3つの問いを挙げる。

1.1 成功したセルフ・コントロール選択において、葛藤は実時間的に生起しているのか?
 認知の伝統的なモデルでは、決定は運動に先行する。しかし最近の研究では、ディスプレイ上の2つの対象のどっちかにマウスを合わせるとして、手の動きはオンゴーイングな意思決定過程によって変わってくることが知られている。葛藤があると軌跡がそれを表す。Gold & Shadlen(2001 Trends in Cog.Sci.), Dale, Kehoe, & Spivey(2007 Mem.&Cog.), McKinstry et al.(2008 Psych.Sci.), Spivey(2008 書籍), Freeman & Ambady(2011 Psych.Rev.)をみよ。
 セルフ・コントロール決定の背後にある認知過程と、決定の実行のための運動が同時に展開している場合、たとえばリンゴを選ぶはずが手はチョコレートに引っ張られる、というようなことが起きるはずである。Freeman, Dale, & Farmer (2011 Front.Psych.)もそういう研究をやっている。誘惑というのは注意・認知・感情に自動的に影響するとFishbach, Friedman, & Kruglanski(2003 JPSP)もいっている[←あ、これ自己制御の対抗的コントロール理論の論文ではなかろうか。そうか、対抗的コントロールってのも葛藤下の自動的プロセスだもんな…]
 マウストラッキングを使ったセルフコントロール研究というのはもうある。焦点を当てているのは

  • Sullivan, Hugcherson, Harris, & Rangel(2014 Psych.Sci.): 属性統合のタイミング
  • Gillebaart, Schneider, & De Ridder(2016 J.Personality): 食品評価におけるアンビバレンス
  • Cheng & Gonzalez-Vallejo(2015 J.Behav.Dec.Making): intertemporalな選択の文脈におけるいろんな指標の妥当性検証[?]

 本研究では、2つの選択肢の間の葛藤と、それがどのように解決されたかに焦点を当てる。

1.2 成功する自己制御者は、失敗する自己制御者に比べ、リアルタイム決定葛藤が短いか?
 ダイエットのスキルがある人は、ケーキを観てもいちいち葛藤を起こさないわけで、葛藤を無意識的に最小化していると思われる。しかしそういう仮説の検証は難しい。というわけで、セルフ・コントロール能力が葛藤の時間の短さにつながるかを調べる。

1.3 実時間的な葛藤解決はどのように行われるか?
 セルフ・コントロールの理論的モデルはたいてい二重過程アプローチで、まずシステム1の誘惑への衝動が自動的に活性化し、次にシステム2の熟慮的過程が抑制すると考えている。ということは、成功したセルフ・コントロール決定では、もし葛藤があったら先に誘惑のほうにマウスが動いて途中で長期目標のほうに方向が変わり、葛藤がなかったら長期目標のほうにまっすぐ動くはずである。
 いっぽう、セルフ・コントロールの研究の外側では動的システムモデルというのがあって、両方の選択肢からの情報が最初からかっせ化して、最後まで動的に相互作用する。セルフ・コントロール研究でも、目標と誘惑の情報が最初から自動的に活性化するという知見がある。この場合、軌跡はスムーズなはずである。

1.4 本研究の概要
[略]

2. 研究1. 健康的食品と不健康的食品の選択
2.1 方法
 被験者は学部生81人。ひとり200試行。各試行では、画面下のStartボタンを押すと、右上と左上に画像が出てくる。健康とフィットネスに合致するほうをなるべく速く選ぶように教示。実験中に選んだ食べ物のなかからひとつを実験後にあげますよと教示する(実際には実験終了後、あらためてチョコレートバーとリンゴのどちらかを選んでもらうのだが)。MouseTrackerというソフトでマウスの軌跡を記録する。実験終了後いろいろ訊く。
 試行のうち半分はセルフ・コントロール試行。画像の一方は健康な食品、もう一方は不健康な食品である。残りの試行は比較試行。一方は健康な食品、もうひとつは食べられないものである。

2.2 結果
 理想的軌跡(直線)と実際の軌跡の間のエリアの面積(AUC)を調べる(選択肢間の競合の強さを表すことがわかっている)。特記ない限り、被験者に埋めこまれた試行をいれた混合効果モデルで推定する。個人ごとの葛藤を推定できるわけだ。切片は変動、傾きは固定とする。

  • セルフ・コントロール試行は比較試行よりもAUCが大きかった。
  • セルフ・コントロール試行における平均が大きい人は、実験終了後にチョコレートバーを選びやすかった(比較試行の平均をコントロールしてもそうなった)。
  • 軌跡の性質を二つの方法で調べる。
    • 最大偏差。実際の軌跡と理想的軌跡(直線)との距離の最大偏差を測る。先行研究によれば、この値が0.9を超えたら途中で修正がなされている(衝動-抑制という説明に合致する)。セルフコントロール試行では26%の試行がそうだった。0.9を超える軌跡の割合が高い人は、チョコレートバーをわずかに選びやすかった。
    • 二峰性。システム1がどっちかへの反応を起こした後、システム2がそれを抑制したり許可したりするのなら、軌跡の分布は二峰になるはずである。Hartiganのdip統計量というのがあって、単峰性をH0にしたp値を出してくれる。調べてみると、セルフ・コントロール試行でも比較試行でも有意でなかった。

ところで、軌跡なんて調べんでも反応時間で十分だろ、という方もおられようから、反往時間を指標にして調べると、結果はちがう。たとえば反応時間は実験終了後の選択を予測できない。他の指標についても調べたのでSupplemental Materialをみてね。[申し訳ないけどめんどくさいのでそこまでは]

3. 研究2. 健康的食物と不健康的食物の選択
3.1 方法
 学部生264人、うち9人除外。刺激は実験1と似ているが、比較試行はふたつの健康的食品の比較とした。つまり、葛藤はあるかもしれないけどセルフ・コントロール葛藤ではない[ああ、やりたいことがわかった… 軌跡は葛藤を表すけど、それがセルフ・コントロール葛藤かどうかは別の問題だってことね]。
 実験後に、食品評価項目とかダイエット設問とか主観的セルフ・コントロール指標とかパーソナリティ変数とかを訊く。で、領域一般的セルフ・コントロール能力と、ダイエットでのセルフ・コントロール能力を測る。[ここの説明はいま関心ないので読み飛ばした]

3.2 結果
 軌跡から求めた葛藤は、セルフ・コントロール試行より比較試行で高かった。
 領域一般的セルフ・コントロール能力が高い人は、セルフ・コントロール試行における葛藤が低かったが、比較試行では変わらなかった。さらに、この差はダイエットしている人のほうが大きかった。ダイエットしている人では一般的能力とダイエット能力とが結びついているのかもしれないし、健康-不健康の選択をセルフ・コントロール葛藤として捉えやすいのかもしれない。
 いっぽう、ダイエットでのセルフ・コントロール能力はあんまし関係なかった。理由はよくわかんない。
 軌跡の性質を調べると… [研究1と同様、軌跡の最大偏差と二峰性を調べている。スキップ]

3.3 考察
セルフ・コントロールに優れた被験者は、セルフ・コントロール関連決定において葛藤が少なかった(それ以外の決定ではそうでなかった)。研究1,2をまとめると、葛藤解決はスムーズであり、スムーズでない軌跡を示す被験者はセルフ・コントロールが劣っている。

4. 研究3a, 3b. 時間割引
 時間割引、つまり、larger-later選択肢とsmaller-sooner選択肢を比べるという問題を使う。

4.1 方法
 3aでは学部生191人、4人除外。3bでは140人、1人除外。
 まずセルフ・コントロール操作。研究3aではLLかSSのどっちかに割り付けて、それを選ぶ理由を生成させる。Weber et al.(2007 Psych.Sci.)のquery-order理論というのがあって、先にLL選択肢を選ぶ理由を生成させるとLL選択肢を選びやすくなる。研究3bでは解釈レベルを操作する。why-how課題というのを使う。
 次に本試行、180回。SS選択肢はたとえば「今日25ドルもらえる」、LL選択肢は「180日後に45ドルもらえる」。[いろいろ詳細書いてあったけどメモ省略]

4.2 結果
 [疲れてきちゃったのでまるごとスキップ。すみません。要するに、理由生成操作や解釈レベル操作で軌跡がちゃんと変わるよ、という話だと思う]

5. 一般的考察
 本研究では、セルフ・コントロール決定における実時間葛藤解決についてはじめての行動的証拠を得た。我々の指標はセルフ・コントロール決定の性質を反映した。
 また、成功したセルフ・コントロール決定における葛藤の解決についてはじめて明らかにした。軌跡は系列的な衝動抑制ではなくて目標と誘惑の動的競合を示唆した。とはいえ、二重システムアプローチでもスムーズな葛藤解決をうまく説明できるかもしれない。本研究は誘惑への抵抗を可能にする認知過程についてより正しい理論的説明を得るドアを開いている。
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 とても面白かったんですけど、ある行動指標がある心的過程を反映しているようですよという話と、その行動指標をつかってその心的過程を研究しようぜというのとでは、ちょっとレベルが違うじゃないですか。ほんとにマウスの軌跡で心的過程がわかるもんなの? いったい精度はどのくらいあるの? という疑問がある。うーん。それはMouseTrackerというソフトを作った人の論文を読んだほうがいいんだろうな。Freeman, Dale, Farmer(2011 前掲)を読むのがよさそうだ。