Galinsky, A.D., Maddux, W.W., Galin, D., White, J.B. (2008) Why it pays to get inside the head of your opponents: The differential effects of prespective taking and empathy in negotiations. Psychological Science, 19(4), 378-384.
他者視点を取得させる手続きについて調べていて手に取った奴。
著者らについてはよく知らないんだけど、第一著者はコロンビア大ビジネススクールの偉い人で、「競争と協調のレッスン」という翻訳書がある。表紙がいかにもなビジネス書っぽくて、なんかこう手が伸びない感じだけど…
いわく。
交渉の相手について深く理解することはとても大事だ。1962年にケネディは、ソ連がキューバから核兵器を撤去したら米国はキューバに侵攻しないと提案し、フルシチョフの顔をうまく立ててキューバ危機を回避した。
こういう「相手を理解する」社会的能力として次の2つが挙げられてきた。
- 視点取得 perspective taking。世界を他者の観点から考える認知能力のこと。自尊心や神経症傾向の低さと関連する。非言語的行動の模倣傾向(交渉において有効な行動的戦術である)の予測子となり、自分の参照枠による制約からの脱出を容易にし、競争的文脈におけるフェアネスについての知覚が自己中心的になるのを抑制する(ただし自己利益を損なうことはない)。相手から譲歩を引き出せるかどうかの予測子となる。相手の選択肢について考慮するので、相手の初回提案のアンカリング効果が弱くなる。
- 共感 empathy。他者に焦点を当てた感情的反応のこと。情動性と関連する。公平性と平等性の規範を破り、差別的な処遇(preferential treatments)をもたらす。囚人のジレンマゲームでは協調行動を引き起こす(たとえ協調が自分にとっての損害につながりかねないと知っていても)。
戦略的で動機が複雑な社会的交渉においては、相手の視点を取得した方がいいのか、はたまた相手に共感した方がいいのか? 本研究では視点取得と共感を操作し、相手についての理解に障壁があるような交渉課題に対する影響を調べます。
我々の予測は次のとおり:視点取得のほうがよい。理由:
- 競争と競合のバランス、自己利益と他者利益のバランスを取りやすくなるから。
- 経済的に効率的な帰結を得るという観点からは、相手に感情的結びつきを持つことより、相手の利益を認知的に評価することのほうが大事だから。かのアダム・スミス大先生も、過度な同情のような感情は効率的帰結に到達する能力を損なうなり、視点取得によってそれを乗り越えることができるなり、とおっしゃっているぞ[「道徳感情論」がreferされている]。
研究1.
被験者はMBAの学生70人。二人一組になって、片方がガソリンスタンドの売り手、片方が買い手に扮し、50分間かけて交渉する。一週間前に自分の役割についての教示を渡す。相手がどんな教示を受け取っているかはわからない。実は、売り手の留保価格(希望売価の最小値)は買い手の留保価格(希望買価の最大値)より高いんだけど、売り手はこれから長期旅行に出るつもりで、無事帰ってきた暁にはまたこのガソリンスタンドで働けるとありがたいという立場である。
目的変数は、ペアがペアの利益に基づいて交渉できたかどうか。買い手の留保価格を超えない価格で、なんらかの付加条件(たとえば、戻ってきたら雇用しますよという条件)をつけて取引したら、成功。そうでなかったら失敗。
一週間後に、Davis(1980)の視点取得尺度(7項目), 共感尺度(7項目)、BigFive(10項目)に回答。視点取得と共感尺度は項目を通じて平均し、さらにペア内で平均する。
結果。
成功率は69%。35ペアについて、視点取得傾向、共感傾向、性別[あれ? 同性でペアを組ませたのかな], BigFiveを説明変数にしてロジスティック回帰すると視点取得傾向が効いていた(高い方が成功しやすい)。共感傾向は有意じゃないけど負だった。
個人レベルで分析すると[依然として35ペアの分析だけど説明変数が売り手/買い手別になるってこと? 変数数のわりにデータが小さいな…]、買い手の視点取得傾向が効いていた。この課題では買い手が能動的に売り手の情報を引き出さないといけないからだろう。
研究2.
被験者はMBAの学生152人。今度は当日に教示を渡し、そこで買い手の視点取得・共感を操作する。次の3条件に割り付ける。(1)統制条件。単に役割を教示。(2)共感条件。売り手がなにを感じているか想像しなさいと教示。(3)視点取得条件。売り手がなにを考えているか想像しなさいと教示。また、今回は交渉後の売り手の満足度も測った。
結果。
成功率は視点取得>共感>統制の順に高かった(有意なのは視点取得>統制)。売り手の満足度は共感>視点取得>統制の順に高かった(全部有意)。
研究3。今度は優先度の異なる複数のイシューを含む交渉問題。自分の価値の最大化と双方にとっての価値の創造のあいだでうまくバランスを取ることが望まれるタイプの過大である。
被験者はMBAの学生146名。就職希望者と採用担当者に扮して30分間交渉。
8つのイシューがある。それぞれへの重要度[? how much each issue was worth]と選好を教示。実は8つのうち2つは重要度が同じで利害が完全に対立し(給与とか)。2つは重要度が同じで利害が整合し(サンフランシスコで働きたいとか)、4つは重要度が異なり利害が対立しているが(ボーナスは就職希望者のほうが重要度が高く、休暇は採用担当者のほうが重要度が高い。だからボーナスを高く、休暇を少なくするとjoint gain を最大化できる)。重要度はポイントで表現されていて、maximum joint gainは13200ポイントである[利得のスコアリングの仕組みがよくわかんないんだけど、交渉成立時の8イシューの値も得点になってて、値x重要度の総和が利得スコアになるってこと?]
研究2と同じく、採用担当者を{視点取得, 共感, 統制}条件に割り付ける。
目的変数は、2人が獲得した同時利得スコア(最大で13200)、ならびに個人が獲得した利得スコア。
結果。
同時利得スコアは視点取得>共感>統制の順に高かった(有意なのは視点取得>統制)。視点取得条件は同時利得ストアの最大に達しやすかった。
採用担当者の個人の利得スコアについて、就職希望者の利得スコアを共変量にいれたANCOVAをやると、視点取得>統制>共感の順に高かった(有意なのは視点取得>統制)。
就職希望者の個人の利得スコアについて、採用担当者の利得スコアを共変量にいれたANCOVAをやると、今度は共感>視点取得>統制の順に高かった(有意なのは共感>統制と視点取得>統制)。
つまり、採用担当者の視点取得は同時利得を最大化し、採用担当者の共感は就職希望者の利得を大きくした。おそらく、相手が共感してくれていて自分が視点取得しているという状況が自分の利得を最大化するのだろう。
考察。
共感は視点取得に比べて有用でないことがわかったけど、相手の満足度は上がっているわけだから、将来の交渉を促進し、長期的には利益をもたらすかも。
この研究の結果からいえば、相手が視点取得してくれるというのは自分にとってありがたいことである。
云々。
… 正直いって、視点取得操作について知りたくて手に取っただけなんだけど、面白くってついつい読み終えてしまった。いやー、面白かった…
ただの傍観者として思うのは、心理学の有力学術誌のなかで読んでて楽しいのは、なんといってもPsychological Scienceだ。この論文のイントロ部分なんて、コンパクトで論旨が明確で事例も秀逸で、読み物として実に秀逸である。たいしたものだ。(謎の上から目線)
肝心の視点取得操作はあまりに簡単で拍子抜け(単なる教示文であった)。これはあれかもな、被験者がMBAの学生だからうまくいったのかもな。