Smith, H.J., Pettigrew, T.F., Pippin, G.M., Bialosiewicz, S. (2012) Relative Deprivation : A Theoretical and Meta-Analytic Review. Personality and Social Psychology Review, 16(3), 203-232.
街を歩くと憂鬱になる。あちこちに目につくオレンジ色の選挙ポスター。ついに日本にも極右ポピュリズムの高波が押し寄せてきた。欧州諸国のニュースをみるに、いつかはそのときが来ると頭ではわかっていたのだが、世情の変化は想像を超えて速い。これから見たくないものをたくさん見なければならないだろう、という絶望感がある。
あの人たちの主張に対してはどうかしているとしかいいようがないし、オレンジ色の政党はいずれ別の何かに代わるかもしれないけれど、その背後にある人々の「大事なものを奪われた」という感覚は、これからの社会を突き動かし、毒し続けるだろうと思う。私にできることはあまりないけれど、せめてこれから起きることを少しでも理解したいものだ、とあれこれ思いあぐね、相対的剥奪に関するレビュー論文に目を通した。心理学のリジッドな実証研究に目の前の生々しい現象についての示唆を期待するのは、ちょっと筋違いかなという気もするんだけど。
1. (イントロダクション)
[…]
本論文の目的: (1)相対的剥奪(RD)の理論の基本的な構造を提示し、理論の中心にある仮説がどの程度支持されているかを体系的に評価する。(2)1949年から2010年までの社会科学研究の量的文献レビューを行う。
1.1 RDという概念の歴史
RD概念は Stouffer, et al.(1949, “The American Soldier”)で導入された。Merton(1957)の準拠集団理論で拡張され…[ごく短い研究史。メモ省略]。
Runciman(1966)はIRDとGRDを区別した。ある人は自分が個人的に剥奪されていると感じることもあれば(個人的相対的剥奪, 以下IRD)、自分が属する社会集団が剥奪されていると感じることもある(集団的相対的剥奪、GRD)。
その後、RDは社会的比較、因果帰属、エクイティ[?]、社会的アイデンティティ理論などのより大きなモデルに取り入れられた。社会心理学では集団間・個人間の社会的比較に焦点が当たり、政治学では現在の状況を過去・未来の自分や目指す自分と比較することに焦点が当たっている。
1.2 RDの定義
以下のように定義する。RDは3ステップからなる。
- 個人が比較を行う。(1a)自分と過去・未来の自分との比較、(1b)自分と内集団成員との比較、(2)自分と外集団成員との比較、(3a)内集団と外集団の比較、(3b)内集団と過去・未来の内集団との比較、がある。
- 認知的評価。自分ないし内集団が不利な状況におかれているかどうかを知覚する。このステップがあるという点が、フラストレーション-攻撃仮説や他の非比較モデルとのちがい。(1)個人間で比べた不利(IRDに相当), (2)外集団成員と比べた不利、(3)集団間で比べた不利(GRDに相当)、がある。
- 知覚された不利が不公正であるという知覚。もっと良い扱いを受けるに値する(deserves better)という考えが生まれ、怒りの感情が生まれる。
(1)(2)は個人レベルのアウトカム(内的状態や行動)、すなわち副業、盗み、薬物使用などつながり、(2)(3)は集団レベルのアウトカム(集団間態度や集団的行為)、すなわち政治的抵抗(Pettigrew et al.,2008 J.SocialIssues)、外集団偏見(Pettigrew & Meertens, 1995 EuroJ.Soc.Psy.)につながる。しかし従来の研究はIRDとGRDをちゃんと区別しないことが多かった。
興味深いのは(2)で、比較対象の外集団成員を友達とかだと捉えるか外集団成員の代表だと捉えるかでアウトカムが変わる。
1.3 RDメタ分析における包含ガイドライン
このように、RDの指標は以下を満たしていなければならない。
- 不利な比較があること。[含まれている論文、含まれていない論文の例が1ページ半にわたって続く。これじたいが研究紹介として面白いんだけどメモ省略。RDの有名な研究でもこの基準に外れるそうだ。当然ながら、年収の不均衡のような集計指標からRDを推測するタイプの研究も外れることになる。要するに、RDを仮説的な媒介変数として想定しているような研究はことごとくスコープ外になるわけね]
- 正義関連感情。現状とought to beとを比べていること。すなわち、ステップ3におけるdeservingness. その役割については大きく二つの研究の流れがある。
- 政治学。かつての自分の経験から形成された期待が現在の自分において破られているということに注目する。期待の代理変数として願望(aspiration)が用いられることが多い。たとえばCnantril-Kilpatrick Self-Anchoing Scaleというのがあって、自分の人生をbest possible lifeからworst possible lifeまでの10件法で評定させる。これは達成と願望の乖離を測っているわけで、現状とought to beとの乖離を測っているのではない[厳しいねえ]。この指標を使っていない研究者でも、「なにが正当か」と期待のちがいをあいまいにしていることが多い。これは重要なちがいである。あなたたちが区別しなくても被験者は区別している。従業員から見て期待される給与体系と正当だと感じられる給与体系は異なる。
- 社会心理学。RD研究者の多くは怒りと憤りをRDの本質的な相関物として特徴づけている(いっぽう実際の研究ではRDの指標として現状と相対的スタンダードの差の大きさを調べている。システム正当化理論いわく、人は不利な状況を適切と認識することもある。だから相対的不利があったからといって怒りと憤りを感じるとは限らない)。本研究では正義関連感情を広く定義し、怒りと憤りだけでなく、一般的なネガティブ感情とか失望とか不満とかを含める。なお、RDを差の認識として定義し、感情を従属変数にするタイプの研究は含めない。
社会心理学研究で示唆されているRD経験の特徴として、他に4点があげられる。(1)失われたものに対する関心。(2)現状をなんらかの介入なしに変えることはできないという信念。(3)剥奪の責任は自分たちにはないという理解。(4)剥奪を作り出したプロセスが不法(illegitimate)であるという見方。しかしこれらが独立に測られていることはほとんどないので、これらの特徴を測っているかどうかはスコープ外とする。
1.4 RDへの反応: アウトカム変数
RD研究のレビューの多くは、RDが集合的行為への参加を説明するかどうかに注目する。しかし集合的行為はRDのアウトカムにひとつにすぎない。RDはの反応は準拠集団の状況改善への意図・行動となることもあれば、個人の状況改善への意図・行動となることもある。また内的状態と態度と行動は区別すべきである。
というわけで、RD研究におけるアウトカムを4つに分けよう。
- 集合的行動。
- 集団間態度。外集団への偏見とか。製作や社会システムへの態度を含む。
- 個人志向的行動。逸脱行動になることもあれば達成行動になることもある。
- 内的反応。ストレスとか抑うつとか。
1.5 メタ分析のスコープ
本レビューではRDの主観的経験とアウトカムの間の関係に焦点を当てる。客観的環境が一連の認知的評価にどのように翻訳されるかには注目しない。
なお、状況変数を操作してRDを生成し、後続する正当性評価や満足を調べた研究群もある。また、RDを被験者間操作して後続する態度・行動を調べた研究もある。[研究例…] 残念ながらRDを直接測っていない場合には本レビューのスコープから外れる。
仮説。1,2はRDの定義から直接に得られる。
- 感情仮説。正義に関連する情動的判断または情動的・認知的判断を利用するRD指標は、現在の状況と参照比較との差を評価するように求める純粋に認知的な指標と比較して、主要な結果変数とより強く関連する。
- 適合性仮説。RDとさまざまな従属変数との関係は、RDとアウトカム指標の間で参照水準が同じときにより強くなる。つまり、外集団への集合的行為・態度を予測するのはIRDよりGRDであり、個人の行動と自己評価を予測するのはGRDよりIRDである。
- 品質仮説。RDとさまざまなアウトカム指標の関係は、RDとアウトカム指標の指標の品質が高いときに強くなる。これは厳密にはRD理論の検証ではないけれど、デザインがプアなせいで理論が支持されているという可能性の検証になる。実際、過去のメタ分析では厳密でない研究のほうが効果量が大きいという指摘もある。
2. 方法
2.1 包含基準
以下の条件にあてはまる研究を対象にした。
- 主観的RD指標を独立変数にしている実証研究
- RDないしそれに近い代理変数が対象者に直接聴取されている
- 主観経験を測るために回答と他の設問への回答との差を求めている場合、その差が解釈しにくいもの、研究者が考えている比較を対象者が行っているのかどうか怪しいものは除く
- 研究者がRDを比較上の構成概念として定義している
- RDが測っているのが剥奪の感情を引き起こすネガティブな乖離である
- 対象者と比較対象の関係が明確
さらに、RD指標が多様な比較の産物でそれらの比較を切り離せない場合は除いた。
アウトカム指標について、以下の2条件にあてはまるものを選んだ。
- アウトカム指標と態度・行動の関係が明確であること。たとえば「これまでに見たことがある暴動の数」は除外。
- アウトカム指標がRD経験の一部でないこと。
さらに、効果量を求めるのに十分な情報がない研究も除いた(36本)。
2.2 関連研究の位置づけ
2010年以降の論文の検索、研究者へのメール、先行研究の引用文献、学会のメーリングリストなどで860本以上の文献を集め、条件にあう210本を選んだ。1961年から2010年まで。社会心理が45%。RDと従属変数(いろいろある)の関係の効果量の平均は+0.11。
2.3 各研究についてコーディングする変数
[めんどくさいのでパス。結果を読めばわかるだろうと思って]
2.4 効果量の計算と分析
[メモ省略]
3. 結果
[ランダム効果モデルの結果が表になっているんだけど、2.3をパスしたせいで表側の意味がよくわからない… たぶん、研究単位の効果量平均、標本単位の効果量平均、検定単位の効果量平均、アウトカムが{内的状態, 個人行動、集団間態度, 集団的行動}の場合の効果量平均だと思う。どれも+0.11から+0.17くらい]
3.1 出版バイアス
[メタ分析としては大事な手続きなんだろうけど、いまちょっと関心ないのでパス]
3.2 正義関連情動仮説の検証
支持された。[…]
3.3 適合性仮説の検証
[…] 支持された。[…]
3.3 外集団成員との比較
[…] 外集団成員との比較によるRDについてみると、結果はいろいろだった。外集団成員についての追加情報に依存すると解釈できる。
3.4 研究品質仮説の検証
[めんどくさいのでまるごとパス]
3.5 客観的剥奪と主観的剥奪との比較
RD研究に対しては、RD指標は単に絶対的剥奪を反映しているのではないかという批判がある。26本の研究では客観的剥奪(収入)も調べていた。従属変数(いろいろある)に対する主観的RDの効果量平均は+0.18, 客観的RDの効果量平均は0.12。
構造的に有利な集団より不利な集団のほうが、RDとアウトカムの関係が強いかもしれない。調べてみると、少数派、非占領国民、失業者、女性、ホモセクシャルにおける効果量平均は0.18。統計的有意差はない。
[…]
4. 考察
正義関連感情を含み分析レベルと合致しているRD指標の効果量は0.23と高い。たとえば集団間接触と偏見減少との関係の効果量は0.21、主観的ウェルビーイングと統制の所在が内的であることとの関係は0.25だ。
4.1 RDの予測力の改善
RDの予測力をさらに高めるためには、
- 嫉妬とかではなくて怒り・憤りを測ること。
- この研究では個人の逸脱行動は自分個人に対して役立ち集団的抗議は集団に対して役立つものと捉えてきたが、たとえば地元の商店にスプレーで落書きするのは個人の表現というより集団規範の表現かもしれない。意図を測れたらよりよいだろう。
- RDがアウトカムに効く理由を明確にすべし。たとえば、自分たちが得るべきものを得ていないと感じる人々は内集団にアイデンティファイしやすいという側面と、自分は内集団メンバーシップのせいで得るべきものを得ていないと感じる人は自分を内集団にアイデンティファイしにくくなるという側面があるだろう。さらに、集団への態度をRDの結果として捉えるのではなく、RDと集団的行為の間の関係の結果ないし調整変数として捉える研究もある[つまり、「我々は奪われている、だからデモに行った、その結果自分が日本人だと強く感じるようになった」とか? Mummendey et al.(1999 JPSP), van Zomeren et al.(2008 Psy.Bul.)というのが挙げられている]。同様に、怒り・憤りが(逸脱行動じゃなくて)達成行動に聞く理由も明確でない。RDと健康アウトカムの関係も明確でない。[…]
- […]
4.2 限界
[このレビューの限界。疲れたので省略するけど、効果量の異質性がまだまだ高い、因果関係を推測できない(たとえば個人的逸脱行為がIRDを引き起こす可能性もある)、多項目指標を使っている研究が少ない、の3点のようだ]
4.3 ベスト・プラクティス
[これはたぶん研究者向けアドバイスだと思うので、まるごとパスする]
4.4 今後の研究
- 本研究では外集団成員との比較が内的状態や現状から脱出したいという欲求を強く予測することがわかった。内集団成員との比較では同化や対比的比較が生じるからかもしれない[あーなるほどね]。では、人々の比較はどのように形成され、個人・集団の状況特性はその形成にどう効くのか。特に、イデオロギー、適切な比較情報へのアクセス、統制の所在の個人差、アイデンティティ顕著性はどう効くのか。また、外集団成員との比較はIRD-GRDの関係をどう変えるか(自分の不利を個人間環境の産物と解釈していたのが集団間の不利と再解釈されるのかもしれない)。[…]
- システムへの態度とRDの関係[なるほどね… これ面白い問題だよな]。たとえば、RDへの反応の強さを決めている認知。Glick(2002)いわく、ナチ党のドイツ人はユダヤ人が特権を持つと思うだけではなくユダヤ人がRDに責任があると思ったからユダヤ人を迫害の対象にした。そうではなくて「責任があるのはシステムだ」と思う状況もあるかもしれない。また、自己効力感や主体感。自己効力感が高いとIRDは達成行動につながるのかもしれない。
5. 結論
不公正の(比較なしの)直接指標を使った研究はミスリーディングである。なぜなら、(1)抗議を促す不満は、不当な不平等(RD)の知覚を表しているのかもしれないし、突然に押し付けられたことへの不満を表しているかもしれないし、道徳原理の違反を表しているのかもしれないからである。(2)同じ立場にいる人でも状況の知覚が全然異なることがある。
RD概念が有用である理由は、客観的スタンダードからみれば剥奪されていると感じなければいけない人々が実際にはそう感じていないこと、客観的にみてそうでない人がそう感じていることがあるからだ。RDと不公正というのは個々の個人や集団の特性ではなく、個別の関係性の特性である。[…]
Stoufferの提案から60年、RDは社会科学における説明概念として有用であったが、理論的精緻化はそれに追いついていなかった。RD指標として、明確な比較を伴い、怒り・憤りを伴い、アウトカムのレベルと合致している指標を使うことで、客観的不利についての人々の主観的解釈をより深く理解できるだろう。
云々。
————-
長くてうんざりしたが(すいません)、なんとか読み終えた。内容はなかなか面白く、途中でナルホドと思う箇所がいくつかあった。剥奪の責任の所在についての知覚がアウトカムに効くだろう、とか。言われてみりゃそうだ。
自分の生計のための仕事と関連付けると、原産国選好、エコ製品購買、応援消費といった現象にはちょっと切実な関心があって、消費者の相対的剥奪感はそれらに効くのか、もし効くならどんな状況で効くのか、ということを知りたい。この論文の示唆としては、集団的剥奪感より個人的剥奪感のほうが予測力を持つだろうだろう、ってことですかね。最近突然クローズアップされた(ないし作り出された)人々のゼノフォビアってのは、「日本人より外国人のほうが優遇されている」という謎の集団的剥奪感から生じているので、個別の消費者行動にはあまり効かず、いっぽう「職場で私だけ報われない」感は消費をめぐる逸脱行動を促進するかもしれない。興味深い問題だ。
いっぽう、相対的剥奪感を引き起されるに至るまでの経験とコミュニケーションの相互作用についても大変不思議に感じているのだが(そもそも人々はなぜ「日本人より外国人のほうが優遇されている」と思うようになったの?)、そちらはこの論文のスコープ外であった。なにを読めばいいんですかね。
この論文、膨大な引用文献ががついているのだが、メタ分析の対象で、2005年以降で、メジャー誌に載ってて、題名からみて面白そうな奴をピックアップすると…
- Abrams & Grant (in press, Brit.J.Soc.Psy.):スコットランドのナショナリズムの研究らしい。
- Amiot, Terry, & Callan (2007 Brit.J.Soc.Psy): 集団間合併? についての縦断研究。
- Callan, et al.(2008 PSPB): 個人的剥奪感とギャンブルの関係。これ絶対面白いわ…
- Dambrun, et al.(2006 JPSP): 南アフリカにおける剥奪感と移民への態度の関係。
- de la Sablonniere, et al.(2009 Euro.J.Soc.Psy.): キルギスにおける社会変動と剥奪感。
- Hafer & Olson (1993 PSPB): 働く女性の公正世界信念と不満と発言。古い論文だけど面白そう。
- Leach, Iyer, & Pedersen(2006 PSPB): 内集団アドバンテージについての怒りと罪悪感が政治的行為への意向を説明する。へー。
- Leach, Iyer, & Pedersen (2007 Brit.J.Soc.Psy.): 構造的に有利な人が相対的剥奪を感じると政府による救済に対する怒りを感じる、というような話らしい。へええ!
- Louis, et al.(2007 Euro.Soc.Psy.): 難民への態度の研究。
- Zegefka, et al.(2007 Brit.J.Soc.Psy.): ベルギーとトルコにおける移民への態度と、異文化接触への選好と経済的競争。
- Yngwe, et al.(2007 Scand.J.PublicHealth): メジャー誌ではないけど、社会心理学の論文ばかりではつまんないので… 不健康に相対的剥奪感が効く(SESと可処分所得を調整しても効く)、女性でより効く、という話らしい。相対的剥奪を「買うべきなのに買えないもの」の数で測っているようだ。