ここしばらく、朝から晩までコンジョイント分析で頭がいっぱいだったのだが、物事なんでもそうであるように、これも調べ始めると限りなく奥が深い。いささか疲弊してしまった。
こうなったら毒をくらわば皿までと思い、コンジョイント分析のご先祖としてよく引用されるLuce & Tukey (1964)を読みはじめたら、これがもうさっぱりわからない。昔の数理心理学には公理的測定理論というのがあって、この論文もそのひとつだと思うんだけど、統計手法や実証研究とは話の組み立てがまるで異なり、いま何の話をしているのかさえつかめないのである。これさあ… これを引用している先生方って、ほんとに読んだんですか…?
いやまあ、私の理解力不足なんですけどね。だいたい私にわかるわけないじゃん。数理心理学なんて修士のときに Coombs, Dawes, & Tversky (1970) を読まされたのが唯一の接点だし、それだってほとんど寝ていた。
吉野諒三(1989) 公理論的測定論の歴史と展望. 心理学評論, 32(2), 119-135.
というわけで、Luce & Tukeyからは潔く撤退し(この果敢な決断力をみよ)、腹いせになにか日本語の奴を読んで、理解したような気分になって終わりにしよう、と思って読んでみた。
おかげさまで、Luce & Tukeyの背景がようやく少しだけ理解できた(ような気分になった)。こっちを先に読めばよかったな…
面白かったところをメモ。
- 冒頭にいわく「公理論的測定論は、複雑な抽象代数学を用いて展開されているために、密教的色彩を帯び、その研究の重要性にも拘わらず、数学の訓練を受ける機会の少ない人文科学者の視点の外に置かれる傾向にある」とのこと。ちょっと笑っちゃった。密教というところもよいが、「数学の訓練を受ける機会の少ない」というpoliteな表現も素敵である。
- 1932年のイギリスで、数学・物理学者や心理学者を交え、感覚の定量的測定が可能かどうかを検討する特別委員会が設置された。7年間議論したけど全然議論がまとまらなかった。そもそも「測定」とはなにかというところで揉めたのである。ここに参加していたのがStevensで、1946年にScienceに自分の考えを投稿する。いわく、「測定」は(1)測定対象全体に適正に数値を対応させる規則の集合の特定、(2)そのような規則と規則のあいだの関係の明確化、により成立する。前者がStevensのいう尺度scaleである。
- Stevensは、尺度として適正な規則とはなにかについては考えなかった(個々の研究対象に依存すると考えた)。有名な尺度の4水準(名義, 順序, 間隔, 比例)を示したが、尺度はこの4種類に尽きるのかどうかについては述べなかった。
- 公理的測定理論の成果をまとめた著書にNarens(1985) “Abstract measurement theory”というのがある(この論文の時点では”Foundations of measurement”は第1巻しか出ていない)。この本は主に5つの課題を扱っている。(1)理論的に可能な尺度の種類をすべて特定する。(2)extensive measurement theory(Stevens以前からある古典的測定理論で、要素の結合操作を基盤とする)の一般化、(3)コンジョイント測定、(4)アルキメデス条件(っていうのが出てきますねLuce & Tukeyにも)を仮定しない測定の表現理論、(5)実践上の測定における公理化。
- 著者いわく、コンジョイント測定について「Narensはこの著作の中では本質的な応用例はほとんど取り上げていないが、殊に心理学においては、このようなアイデアの本質的な利用が期待されるのではないか」とのこと。(そうか、マーケティング分野でのコンジョイント分析の普及は視野に入ってなかったんだな…)
- 著者いわく、公理的測定論の今後の課題は(1)誤差の扱い、(2)公理系を実証的に検証する方法、(3)人文研究者との橋渡し。著者に対するNarensの指針によれば、欧州哲学界も公理的測定論に注目しているものの、彼らにとっては難解であり、Luceらの仕事を「ただ手におえず、なにもできない」という有様でみている、とのこと。(はっはっは)
- 著者いわく、公理的測定論の初心者向けまとめとしてはCoombs et al.をみなさいとのこと。勘弁してください…
調べてみたところ、著者の先生は2007年に「数理心理学」という共著の教科書を出しておられて、公理的測定理論の章もあるようだけど、残念ながら入手は難しそうだ。