中川宏道(2015) ポイントと値引きはどちらが得か? ポイントに関するメンタル・アカウンティング理論の検証. 行動経済学, 8, 16-29.
仕事の都合で急遽読んだ。価格販促と(ロイヤルティ・プログラムの)ポイントによる販促を比べた研究。著者の先生は日本におけるポイント研究の第一人者である。
いわく。
流通経済研究所(2007, 非公開)によれば、ID-POSでみると価格弾力性よりポイント販促弾力性のほうが高い。値引きよりポイントのほうが3.6倍も販促効果がある。
なぜか。心的会計で説明できる。価値関数をvとする。いま、金銭的価値-aの損失とbと利得があり(a, bは正)、bが-aよりかなり小さいとする。プロスペクト理論にいわせれば、bは利得なのでv(b)は大きめになるから、知覚価値v(-a)+v(b)は統合的に評価された場合のv(-a+b)より大きくなる。値引きは出費と統合的に評価されるがポイントは出費と分離して評価されると考えるとつじつまが合う。
ではどういう販促が分離型でどういう販促が統合型なのか? 被験者に直接7件法評点させた研究もあるけどうまくいってない。販促のせいで内的参照価格が低下したら統合型だ、という研究もあって、それによれば、一般的な値引きやクーポンは統合型、大きな値引きや増量は分離型として判断される模様である。ポイントはたぶん後者なのだろう。
[統合型/分離型販促の実験研究を紹介。Diamond & Sanyal (1990 Adv.Cons.Res.), Chen et al.(1998 J.Retailing), Hardesty & Bearden (2003 J.Retailing), Sinha & Smith (2000 Psych.&Mktg)]
白井(2005, 書籍)のまとめによれば、販促が提供するベネフィットが一般的な水準なら、知覚価値は消費者側の努力が要らない販促>要努力販促>強制購入感あり販促、の順に高くなる。また分離型販促のほうが選好される。ところがベネフィットがかなり魅力的だと値引きさえ分離型として捉えられるようになり、価格販促>非価格販促という順になる。
ところでポイントの実証研究はあんまりなくて…[中略]
というわけで、残されている課題:
- ベネフィット水準が同じで一般的だったら、ポイントと値引きのどっちが知覚価値が高いか。ポイントは分離型&要努力、値引きは統合型&努力不要だから努力と統合の綱引きになるけれど、オーケーストアみたいな「カード出したら3%引き」タイプだとポイントでも努力不要になるから、ポイントが勝つんじゃなかろうか。
- ベネフィットがやたら高かったら、ポイントと値引きのどっちが知覚価値が高いか。[そりゃ先生、額が大きいときは合理的に考えるだろうから値引きの勝ちでしょうよ…と思ったんだけど、確かに実証すべき問いですね]
- なにをもってベネフィットが一般的というのか。
ところで、以上の課題はマグニチュード効果(ベネフィット水準の大きさで知覚価値が変わる)と密接に関連している。心的会計でいえば値引き額が小さければ当座勘定、大きければ貯蓄勘定だ。いっぽうポイントの場合、消費者はポイントをある程度貯めてから使いますよね[調査結果を紹介している。中略]。ってことは、ポイント額が小さければ貯蓄勘定、大きければ当座勘定ってことになりませんかね? [←お-、面白い]
Dreze & Nunes (2004 JMR)も似たようなことをいっている。金額水準が低いと現金払い、高いとポイント払いが選好される。彼らはポイントの知覚コスト関数は現金の場合(凹関数)とちがってS字型なんじゃないかと述べておる。
仮説です。
ベネフィット水準が低いと、値引きは当座勘定→統合型販促、ポイントは貯蓄勘定→分離型販促となり、ポイントの知覚価値のほうが大きくなる。
ベネフィット水準が高いと、値引きは貯蓄勘定→分離型販促、ポイントは当座勘定→統合型販促となり、値引きの知覚価値のほうが大きくなる。
以下ではオーケーストア的なポイント・値引き(バスケット方式という)に注目する。
[すべてWeb調査。KREO社の「なるほどMC」というパネルだそうだ]
実験1、スーパーマーケット。
対象者はポイント付与率1%のチェーンの店舗利用者&ポイントカード利用者、945名。
スーパーに買い物にいったらこんな販促やってましたと提示して知覚価値を7件法評定。
要因は、販促種別(値引き, ポイント付与) x 入店時に計画していた購入金額(1000円, 5000円, 10000円) x 値引き・ポイント付与率(1%, 5%, 10%, 25%)。すべて被験者間。
結果。知覚価値を目的変数にしたANOVAで、3つの主効果はすべて有意。販促種別x付与率の交互作用が有意で、付与率1%のときのみポイント付与が勝った。[…後略]
実験2、家電量販店。
対象者はヨドバシの利用者&ポイントカード会員、974名。
ヨドバシに買い物に行ったらこんな販促やってましたと提示して知覚価値を7件法評定。
要因は、販促種別 x 入店時に計画していた購入金額 x 付与率(10%, 20%, 50%)。すべて被験者間。
結果。販促種別と付与率の主効果が有意。交互作用は有意でない。
考察。
スーパーの結果は仮説と整合した[←ええと、仮説と違って、購入金額10000円でも値引き販促はポイントに勝ててないですけど… でも交互作用があったという意味では整合していますね]。
家電量販店ではマグニチュード効果がみられなかった。ベネフィット水準が低すぎたのかも。
マグニチュード効果の境界[なにをもって一般的ベネフィットとみなすか]は5%~10%あたりにある模様。商品レベルの販促における先行研究と比べると全然低い。
示唆。(1)ベネフィット水準が低い場合はポイントは値引きより効果的だが、高い場合はそうでもない。(2)付与率か付与額かでいえば、消費者にとっては付与率のほうが大事。付与額の増大は出費の増大と相殺されちゃうんじゃなかろうか。
今後の課題:
- マグニチュード効果の境目はどこか。ポイントと金額でちがうのかも。[←そうそう!そう思った!これは要するに消費者の学習の問題で、市場の実態とともに変動するんじゃないかとと思うんですよね]
- Dreze & Nunesが指摘しているように、ポイント払いと現金払いでは支払いの知覚コストが異なるのではないか。[おおお、これは2015年の時点でも今後の課題なのか。意外に研究がないってことだな]
- 単独でポイントや現金をもらった場合の効用。
- スーパー・家電量販店以外への適用可能性。
… とても勉強になりましたです。
ポイントの知覚価値や心的会計それ自体についての研究ではなくて、その学習プロセスと個人差についての研究を探しているんだけど… ないのかなあ…