読了: Engel & Szech (2020) 人はささやかなエシカル消費を言い訳にして他の面ではエシカルに行動しない

Engel, J., Szech, N. (2020) A little good is good enough: Ethical consumption, cheap excuses, and moral self-licensing. PLoS ONE 15(1): e0227036.

 エシカル消費についての経済実験。ちょっと都合で調べものをしていて、あまり期待せずにぼけーっと眺めてたんだけど(PLOS ONEだしね)、途中で、あ、これ他者予測の話じゃん!と気づき、急に面白くなってきてメモをとった。
 土地勘が全くないもので、著者らについても全然知らんのだけど、ドイツの研究者である。

1. イントロダクション
 消費者は自分でいうほどグリーン製品(環境的にサステナブルな製品)を買わない。表明された購入意向の1/10くらいしか買わないといわれている。WTPは高くとも、購入時には必要とあらばなんらかの安っぽい言い訳を活用しているわけだ。
 多くの企業もエシカルな諸側面のうちひとつだけに焦点をあて、他の側面は無視する。Appleいわく「紛争鉱物を使用しないようサプライヤーを監査してます」とか(労働者の健康は無視)。企業にとって改善が楽な側面とそうでない側面があるからだろうけど、顧客の側も、ある側面でエシカルならまあそれでいいやと判断するのかもしれない。ちょっとした善で十分な善、というわけだ。

 本研究では、製品があるエシカルな側面を満たしさえすれば、被験者は他のエシカルな諸側面についてはあまり関心を持たなくなる、という仮説を検証する。
 […この論文のあらすじ紹介が延々と続いて…]
 エージェントが道徳に関連する決定を行う経済的institutionsについての研究は経済学で発展中の領域である。集団投票の研究では[…先行研究の列挙…]、エシカル消費と道徳に関連した財については[…]。我々の結果は、消費者の道徳的言い訳に特別な注意を払う必要があるということを示す。

2. 文献レビュー

  • 古典的なmoral self-licensing効果の研究は動的効果だけに焦点をあてている(過去のエシカル行動がエシカルに行動しないことの正当化としてはたらく)。[…先行研究が結構細かく紹介されている。Monin & Miller(2001 JPSP), Sachdeva et al.(2009 Psych.Sci.), Mazar & Zhong(2010 Psych.Sci.)。レビューとしてMerritt et al.(2010 Soc.PersonalityPsych.Compass)をみよとのこと]。いっぽう我々は静的な決定の場面に焦点をあてる。
  • 行動経済学におけるconscience accounting (嘘をついたあとで寄付しやすくなる)との関連について。[…Gneezy et al.(2014 MgmtSci.)の紹介…] いっぽう我々は静的な道徳的改善に焦点をあてている。

 […さっき長々と本研究のあらすじを紹介していた理由がわかった。ここで先行研究との手続きの違いを説明したいからだ。ちゃんと読んでないせいでよくわからんのだけど、たぶん、先行研究は動的な効果だけ調べているけど、この研究では最初のWTP課題のところで静的な効果を調べ次の寄付課題で動的な効果を調べている、ということかと思う]

3. 研究デザイン
 [… なぜ製品としてタオルを選んだかという話…]
 被験者を4群のいずれかに割り当てる。各群につき50人。

  • 統制製品群。まず被験者に、タオルのような布地の生産におけるエシカルな側面について説明する。特に、土壌を汚染しないオーガニックな綿とそうでない綿があるんだよという話と、縫製労働者の権利が守られている認証企業とそうでない非認証企業があるんだよという話。
     で、被験者に認証企業のタオル vs. (非認証企業のタオル + 小銭)のどちらかを選ばせる。タオルの色やサイズは同じで、どちらもオーガニックな綿ではない。小銭は0.25ユーロから12ユーロまで(0.25ユーロ刻み)のいずれか[よくわからんかったが、たぶん小銭の額を動かした全ペアが、金額の降順で並んだ表になってて、すべてのペアについてどちらかを選択させるんだと思う。いいかえれば、「小銭をいくらまで減らしたらおまえは認証企業のタオルを選ぶんだい」という質問だ]。この実験の最後で、いずれかのペアをランダムに選び、被験者が選んだほうを実際にプレゼントする。
     で、他の調査票に答えてもらったりして、およそ30分後、こんどは実験謝礼2ユーロを難民に寄付するかどうかを選ばせる。
  • オーガニック製品群。上記と同じだが、タオルの綿がオーガニック。
  • 統制信念群。まず、統制製品群の被験者の平均WTP(つまり、いくら小銭を積むと非認証企業のタオルを選ぶようになるか)を予測させる。調査票に回答したのち、統制製品群の被験者の寄付率を予測させる。で、報酬を払う。報酬は二次スコアリングルールで決める[つまり予測が当たってたら高く払うってことね]。
  • オーガニック信念群。上記と同じように、オーガニック製品群について予測させる。

4. 仮説

  • WTPは統制製品群よりオーガニック製品群で低い。オーガニックであることが道徳的な言い訳になるから。
  • 寄付率も統制製品群よりオーガニック製品群で低い。被験者は基本的に、自分が結局認証企業のタオルをもらうのかどうかを寄付選択の時点では知らないわけで、統制製品群ではエシカルな側面を満たしたかどうかがわからないが、オーガニック製品群ではもう知っているから。[自分でオーガニックな綿を選んだわけじゃないのに? へええ]
  • 認証製品へのWTPについての予測、ならびに寄付率についての予測は、統制信念群よりオーガニック信念群で低いかもしれないし、そうでないかもしれない。仮定の質問への答えと実際の行動は相関することもあれば、(エシカル製品の購入意向みたいに)異なることもあるからね。

5. 結果

  • 静的なmoral self-licensingについて: WTPは統制製品群で5.73ユーロ、オーガニック製品群で4.00ユーロ。[えーっと、被験者はタオル工場の労働者の権利のために800円くらいなら払うんだけど、オーガニックコットンのタオルだとそれが560円くらいに目減りしちゃう、ってことね。はっはっは、なまなましいなあ]
  • 動的なmoral self-licensingについて: 寄付率は統制製品群では72%、オーガニック製品群では56%。後者のほうが手元の金の期待値は高いのにね。
  • 上記についての信念: WTP予測、寄付率予測とも、統制信念群とオーガニック信念群で差なし。

6. 考察
 [ここで追加実験の結果が紹介されたりする。まったくもう、そういう構成っていかがなものか]

  • 統制製品群・オーガニック製品群における個人特性のコントロール: [年代、性、可処分所得、家計の状況、マキャベリズム、協調性は群間で差がないという話。ランダム割り付けしてんだからそんなに気合を入れて説明しなくてもいいと思うんだけどな]
  • 自己帰属が鍵だ: 統制製品群とオーガニック製品群の差は、効用関数がconcaveだから起きたのかもしれない[←そうそう、そう思った]。ないし、後者では綿と工場をひっくるめてエシカルという一属性と捉えているのかもしれない[←なるほど]。しかしそうではない。自己帰属が鍵だ。それを示すために追加実験を行った。今度は、各被験者が統制製品群とオーガニック製品群のどちらに割り振られるかを、目の前でコイン投げして決めた。するとWTPにも寄付率にも差はなくなった。
     選択肢間で効用が等しくなる金額について考えると… [数式を使った説明がひとくさり。めんどくさいので読んでないけど、おそらく効用関数の形状とかでは説明がつかないという話であろう]
     [本実験と追加実験の直接比較。略]
  • 注意の減少のせいではない: [統制製品群とオーガニック製品群のあいだで教示はほぼ同じだったという話]
  • 今後の課題: 綿の種類を選ばせたらどうなるか。実市場の分析。moral wiggle roomやmotivated reasoningの余地を残すことでどう変わるか[なんかわからんがそういう研究トピックがあるらしい]。

7. 結論
 […]
 傍観者はmoral self-licensingが起きることを推測できなかった。これはmoral self-licensingの潜在的効果についての社会的・政治的議論に対して示唆を持つ結果である。moral self-licensingやそのほかの道徳的言い訳メカニズムについては、通常の顧客よりも企業のほうがよく知っているかもしれないわけだ。言い訳の提供は企業の利益につながるかもしれないし、社会・政治的議論の際にはこのメカニズムを認識する必要がある。

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 面白かったっす。
 先行研究に対する独自性は、選択課題で静的にmoral self-licensingを示したということだろうと思うけど、ここで静的か動的かといっているのは実験手続きのちがいに過ぎず、心的メカニズムについて新しいことがわかったわけではないと思う。

 信念群の話が面白かった。実験デザインとしてみたとき、探索的というか、コンナンデマシタケド的な後付解釈しかできないデザインになっていて、ちょっと弱いような気がするけど(これ、要するに「他者の予測ってあたらないもんだね」というだけの話かもしれない)、それはまあいいとして…
 平均WTPや寄付率について予測させてもself-licensingを考慮できないというのは納得できる。しかし、オーガニック製品群と統制製品群の両方について説明し、群間で平均WTPはどうちがうと思いますか? と予測させてたら、それはあてられてたんじゃないかと思う(つまり、moral self-licensingについて人々が全く気付いてないわけじゃないと思う)。また、平均についての予測じゃなくて、どちらかの製品群におかれた仮想的な知人なり自分なりがどう答えるかあてろ、という課題に変えれば、その平均は群間で差がでるかもしれないという気がする(つまり、心的シミュレーションであってもmoral self-licensingは起きるのではないかと思う)。知らんけど。

 moral self-licensingとconscience accountingってどうちがうんだろう? 前者は善行→悪行で後者はその逆、という現象上の違い? それとも違う心的メカニズムを考えているの? ひょっとして、前者が社会心理学から、後者が行動経済学から出てきているというだけのちがいだろうか。