読了:小林・苗村・清水(2021) 科学的説明というのは必ず因果的説明なのか、そうでもないのか

 マーケティング・リサーチというよくわからない分野で細々と生計を立てていて、ときどきうんざりするのは、あまりに説明と理解が重んじられるという点である。「分析の結果が腹落ちすることが大事だ」とかね。その「腹落ち」ってなに? そんなに神聖なこと? 現実には、人は往々にして、いいかげんな説明によって浅薄な理解に陥ってしまい、それによってかえって視野を狭くしてしまうことだってある。むしろ、わからないことをわからないままに抱え込んでいく強靱さが大事なのではなかろうか…
 などとぐるぐる考えていると、ではそもそも説明ってなんなの? と不思議に思えてくる。広辞苑によれば説明とは、(1)事柄の内容や意味を、よく分かるようにときあかすこと、(2)記述が事実の描写や確認に留まるのに対して、事物や出来事が「なぜかくあるか」の根拠を示すこと。科学的研究では、個別事象を一般的法則と初期条件から因果的に導くこと。なのだそうである。しかし、差し障りがあるから細かく書けないけど、世のビジネス書に書いてあるアレも、マーケティングの偉い先生が仰るアレも、よくよく考えると、上記の意味での説明にはなってないよね? などと考え込んでしまう。

小林裕太・苗村弘太郎・清水雅也 (2021) 非因果的説明論の現在: 多元説・還元的一元説・非還元的一元説. フィスカル, 6(3), 146-174.

 そんなこんなで、現象の説明とはいったいなにか… などとグルグルと思い悩んでいて、こういうのどうも不健康だなと思い、ちょうど関係しそうな雑誌記事を本屋でみつけたもので、試しに読んでみた次第である。正確にいうと、雑誌ごと買いこんで床に積んだきり忘れていたのを、このたび掘り起こしてフガフガと目を通した次第である。

 えーっと、科学的説明というものはかならず因果的説明なのか、非因果的な説明もあり得るのではないか? というのは昔からの議論の的なのだそうだ。大きく、次の3つの立場に分かれる由。

  • 非因果的な科学的説明なんて存在しないよ、という立場(還元的一元説)。古くはデヴィッド・ルイス、最近ではSkowという人がこれにあたる。この立場は、いっけん非因果的にみえる説明も実は因果的説明であると論じる。たとえば、ケーニヒスベルグという街は4つの陸地が7つの橋で結ばれていて、どこかの陸地から出発し全ての橋を1回ずつ渡って元の場所に戻ることはできない。これはグラフ理論によって数学的に説明できるんだけど、この説明は事象の因果的来歴を与えていないじゃないですか。でもSkowさんにいわせればこれもまた因果的説明である。なぜならグラフ理論による説明は、スタート地点が変わってもやはり不可能だということ、つまり説明の対象である事象についての代替的可能性(現実とは異なる条件下でなにが起きるか)についての情報を提供しているからである。(ときどき思うんだけど、分析哲学者の議論には巧まぬユーモアがありますよね。真顔で無茶をいう可笑しさというか)
  • 非因果的な科学的説明は存在するけれど、因果的説明も非因果的説明も同一の原理に基づいているんだよ、という立場(非還元的一元説)。古くはヘンペル(1965)「科学的説明の諸問題」(懐かしい… ウィーン学団の一人として数えられる人だよね)、最近ではReutlingerという人がいる。Reutlingerさんいわく、説明ってのは反事実的な依存関係、つまり「もし事情がちがっていたらどうなっていたか」を与えるもので、その依存関係は因果的だったりそうでなかったりするのである。この反事実的依存関係ってのは5つの条件を満たさなければならない。(1)説明したい事象の生起に関する言明と、法則的一般則・初期条件・補助仮定を持つ。(2)それらはいずれもおおよそ真。(3)一般則と初期条件から事象の生起を推論できる。(4)もし初期条件がそうでなかったら事象もまた違っただろうという反事実条件文を支持する。(5)でも、これが一般則・初期条件・補助仮定のなかのどれかを削っても依然として成り立つようではダメ。この基準に照らすと、ケーニヒスベルグの問題に対するグラフ理論的説明は反事実的依存関係を示しているのだそうです。なるほど?
  • 非因果的な科学的説明は存在するし、それは因果的な説明とは違う原理に基づくものだよ、という立場(多元説)。古くはSalmonという人が、科学的説明には以下の2種類があるのだと述べている。(1)説明対象の事象を包括的な科学的世界像に統合する。(2)説明対象の事象がどのように因果的に生み出されてきたのかを明らかにする。同じ事象について両方の説明をすることができるし、2つの説明は両立可能で、プラグマティックには補完的な関係にある。最近ではLangeという人が、非因果的な説明をさらにいくつかのタイプに分けているのだそうな。たとえば、ある試験で最低点をとった学生が次の試験では最低点ではないことが多いという現象を平均への回帰で説明するのは「真に統計的説明」というカテゴリなのだそうである。ふうん?

 へえええ。いろんな考え方があるものね。2番目の話がいちばん腹落ちしたけどね。(ああ… 私も毒されている)