読了:福島・向井・相澤・入山(2021) 裁判官は心理学者の鑑定を信用してない説は本当か、もし本当ならそれはなぜか

福島由衣・向井智哉・相澤育郎・入山茂(2021) 心理学的知見に対する裁判官の評価: 刑事裁判判決文の計量的研究. 心理学研究, 92(4), 278-286.

 仕事の調べ物をしていて、たまたま検索にひっかかり、途中で手を止めてついつい読みふけってしまったもの。本来の調べ物とはなんの関係もない。現実逃避ともいえる。

 どういう話かというと…
 刑事裁判で心理学者が鑑定するのは、(A)臨床系の研究者が対象者の心理検査をやる場合と(知的障害はあるか、とか)、(B)認知心理学者とかが実験とかやってそのケースにおける認知や行動について査定する場合があるんだけど、実は(B)について裁判所は消極的なんじゃないかといわれている。たとえば袴田事件の供述分析鑑定は証拠価値がないと退けられた。
 消極的な理由として次の3つの説がある。

  • 裁判官が心理学を信用してない説。
  • 裁判官からみて心理学者は枝葉末節にこだわっている説。
  • 裁判の自由心証主義からして心理学の介入に抵抗がある説。

 ほんとうだろうか。というわけで、LEXデータベースから判決文を集め、(B)タイプの心理学的知見に対する裁判所の判断55件を取り出した。裁判所が知見を有用だと判断したのはたったの13%。[はっはっは]
 判断理由をカードにしてKJ法で分類した。否定的判断の理由は以下の通り。

  • 方法論。さらにわけると
    • 生態学的妥当性がないよ[ロス疑惑での犯行再現実験に対する判断はこれだったそうな]
    • 方法に不備があるよ[日石・土田邸事件というのでは統計処理が誤っており恣意的だと判断された由。へええ! 手紙爆弾で警察幹部の奥さんが亡くなった事件ね。結局ブント系活動家の犯行だった奴。心理学者の鑑定があったのかー]
    • 検討の対象としたものが適切でないよ
  • 理論的背景。分析方法に客観性が証明力が欠けているよ。
  • 専門知識への信用性。さらにわけると
    • 心理学的知見への信用性。たとえば、心理学者が「凶器のバットが振り上げられて以降証人がそれを見ていないのに不自然」と指摘したのに対して、いや常識的にはそういうことあるでしょ、と否定するケース。
    • 鑑定人の信用性。たとえば甲山事件では鑑定人の学識経験が適切でないと判断された。[これたぶん子供の目撃証言の鑑定だよね… 日付で検索したところ、どうやら保母さんの無罪が最終的に確定した時の判決文らしいので、きっと検察側の鑑定だったのだろう]
  • ほかの証拠との関連。たとえば、心理学的知見がなくてもほかの証拠で犯人性を証明できるから自白の供述分析はいらん、というケース。
  • 理由不詳・そのほか。4件ある。

 いっぽう肯定的な7件についてみると…[メモ省略]

 というわけで、心理学的知見は科学的妥当性について疑義を呈されやすい。常識と知見が合わなかったら常識が採用されたりするわけだし。
 心理学者への教訓: 事例の再現性の確保と、実験・分析の再現性の確保に留意すべし。[なんだか心理学研究法の教科書みたいになってきたぞ]
 本研究の限界: […中略…] そもそも専門家の意見というのは、裁判官や裁判員の注意喚起を促し慎重な判断を行う手助けになればいいのであって、別に肯定されなくても、裁判官の認識に影響できたらそれでいい、という見方もできる。むしろ、裁判官の心理学的知識と認識向上について調べる必要があるのかもしれない。[なんだかマーケターとマーケティング・リサーチみたいな話になってきたぞ。これって意思決定とその支援において普遍的にいえることなんだろうな]
 云々。