Skwara, F. (2023) Effects of mental accounting on purchase decision processes: A systematic review and research agenda. Journal of Consumer Behavior, 22, 1265-1281.
仕事の都合で読んだ。心的会計と購買意思決定についてのシステマティック・レビュー。
1. イントロダクション
本論文は心的会計(MA)が購買意思決定過程(PDP)に及ぼす影響についてのレビューである。投資判断なんかは除外する。
2. 手法
[いまどきのsystematic reviewらしく、手続きの話が細かい。メモは省略するけど、結局、1970年以降の(主に)査読論文110本が対象である]
3. 結果
3.1 抽出された出版物の特性
80本が定量、67本が実験。
3.2 理論的テーマ
4つに分類できる。
[資金源、資金使用意図、値付け、支払いという4テーマは購買意思決定過程の順に並んでいるとのこと。うーん]
- 1. 資金源。15本。心的会計科目への資金源の割り振りについての研究。
- 1-1. 収入のフレーミング:
- Shefrin & Thaler(1998 Econ.Inquiry): 行動的ライフサイクルモデルによれば、消費者は資金源を(1)現在の収入, (2)現在の資産, (3)未来の収入に割り当てる。(1)だと支出しやすい。
- Abeler & Marklein(2017 J.Euro.Econ.Assoc.): 消費者は、収入をある科目に割り当てたら、消費を即時的に受け入れる。
- 1-2. 棚ぼた的利得:
- Hodge & Mason (1995 Mktg.Let.): 棚ぼた的利得に由来する貯蓄は支出しやすい。
- Arkes et al.(1994 OBHDP), Shaw & Schaubroek(2003 J.Mgmt.Issues), Thaler(1999 J.Behav.Dec.Making): 期待していなかった利得は支出しやすい。
- Landsberger(1970 Am.Econ.Rev.): 棚ぼた的利得は現在資産科目に割り当てられやすく現在収入科目に割り当てられにくい。
- Chambers & Spencer (2008 J.Econ.Psych.), O’Curry(1999 Chap.): 棚ぼた的利得はぜいたく品に支出されやすい。
- 1-3. 自己関連性:
- Liu et al.(2017 J.Neurosci.Psych.Econ.): 心的会計の効果は他者のための購買では弱い。[弱いってどういう意味だろうか]
- Liu et al.(2018 Euro.J.Mktg): prideタグのついた金(奨学金とか)は自己関連製品に、surpriseタグのついた金は他者関連的製品に支出されやすい。
- 1-4. 制約的な金:
- Reinholtz et al,(2015 JCR): ギフトカードのような小売特定的な金で買うときはその小売ブランドから連想される製品を買いやすい。[なるほどね? これ面白いね、共通ポイントだとどうなるんだろうか]
- 1-1. 収入のフレーミング:
- 2. 資金の使用意図。26本。資金の使用意図、消費者によるカテゴリについての研究。
- 2-1. mental budgeting: Heath & Soll (1996 JCR)の概念。支出をbudgetsに割り振ること。
- Henderson & Peterson (1992 OBHDP): mental budgetingのせいで非合理的な行動が生じる
- Read et al.(1999 Chap.), Koch & Nafzier (2016 J.Econ.Theory): choice bracketingという概念を提唱。広くbracketingするかどうかで資金の枯渇のレベルが変わる
- Galperti(2019 Theoretical Econ.): それぞれのbudgetには指定された時間単位における上限がある
- Zhang & Sussman (2018 Financial Planning Rev.): 資金を分離することによってある種の製品・サービスへの需要が変わる
- Shefrin & Thaler(1988 Econ.Inquiry), Fernbach et al.(2015 JCR): mental budgetingは支払痛を引き起こし財政規律を促進する
- Krishnamurthy & Prokopec(2010 JCR): mental budgetingだけでは規律にならない。購買意思決定プロセスを通じて消費目標が追跡可能でなければならない
- Cheema & Soman (2006 JCP): 消費者は支出の会計科目への割り当てを柔軟に行う
- Sussman & Alter (2012): 消費者は例外的支出を過小評価する
- Gourville (1998): 少額・高頻度な支出は無視されやすい
- 2-2. 財政的規律:
- Larson & Hamilton (2012 JMR): 価格制約のせいで消費者の評価が価格と品質に分かれてしまい、選択肢間の知覚品質の差が増して、かえって過剰消費につながってしまう [← へえええ]
- Zemack-Rugar & Corus (2018 Psych.Mktg.): 将来お金を使いすぎる、しかもそれを避けられないと感じると、かえっていまから使いすぎてしまう[← 面白い… ヤケになっちゃうって感じかしらね]
- Imas et al.(2021 J.Euro.Econ.Assoc.): 自己コントロールのために支出カテゴリは明確・弁別的でなければならない
- Soster et al.(2014 JCR): 予算を使い切る購買の満足度は低い
- Homberg et al.(2010 Psych.Mktg.): mental budgetingによって、同一支出カテゴリのおける将来の購買意思決定過程に対する価格上昇のネガティブな効果が強まる[← どういう話?]
- 2-3. 時間的フレーミング:
- Uelkuemen et al.(2008 ACR): budgetingにおける時間的フレームはいろいろである
- Liu &: Chou (2016 J.Mktg.Theory.Practice): 額が小さいとき、他のフレームがないとき、自己コントロールが低いとき、短期間フレームによって使いすぎリスクが高く感じられるようになって購入意向が下がる
- 2-4. 店舗内支出:
- Stilley et al.(2010 JCR): 店舗内買い物におけるmental budgets
- Stilley et al.(2010 J.Mktg): 店舗内買い物におけるmental budgetsによって販促への反応が変わる
- Van Ittersum et al.(2013 J.Mktg): 買い物前にbudgetsを持っているかどうかでどうかわるか
- 2-1. mental budgeting: Heath & Soll (1996 JCR)の概念。支出をbudgetsに割り振ること。
- 3. 値付け。45本。値付けの形式によって選択がどう変わるかという研究。[ちゃんと読みたいのはヤマヤマだが、いまちょっと時間がないのでパス。見出しのみメモしておく]
- 3-1. 参照点
- 3-2. 販促
- 3-3. フラット・レート・バイアス
- 3-4. 複数ユニットバンドル
- 3-5. 2ユニットバンドル
- 3-6. 非行為慣性
- 3-7. trade-in
- 4. 支払い。24本。支払い方法とデザインによって購買行動が変わるという研究。
- 4-1. 支払痛
- Prelec & Simester (2001 MktgLet.): クレジットカードだと支出が増える。支払痛がないから
- Prelec & Lowenstein (1998 MktgSci.): 購買と支払を分離することで支払痛が減り支払意向が高まる
- 4-2. 流出の透明性
- Soman (2001 JCR): クレジットカード支払は支出の再生が難しくなるからその後の購買意思決定過程への影響が小さくなる
- Naderer et al.(2016 J.Cons.Behav.), Raghubir & Srivastava (2008 JEP:Applied), Runnemark et al.(2015 ElectronicCommerceRes.Application), Soman (2003 MktgLet.): 支払形式の支払痛ランキング
- Boden et al.(2010 J.Retailing.Cons.Service), Falk et al.(2016 J.BusinessRes.): クレジットカードと携帯支払いのあいだには支払痛の差はなさそう
- 4-3. 支払いフレーミング
- Gourville (1998): 「一日一ペニー」という風に分割すると魅力的になる
- Atlas & Bartels (2008): 寄付を定期的少額にすると魅力的になる
- Simens (2007): ベネフィットとコストは一緒になっていたほうが満足度が高い
- Schulz et al.(2005): 多めに前払いさせてあとで返金することの効果
- 4-1. 支払痛
4. 今後の方向
[本文はテーマと方法論の提案がごっちゃになっててわかりにくくなっていると思う。結果のまとめの表のほうが全然わかりやすいので、そっちをメモしておく。本文のほうは時間の都合で後半から読み飛ばした]
- A. 製品カテゴリが心的会計に与える影響
- 心的会計行動は製品・カテゴリによって異なるか
- 心的会計は、material, experiential, hedonic, utilitarian製品の間でどう異なるか
- B. budget setting 過程における柔軟性と、心的会計行動におけるその影響
- mental budgetを設計する際の消費者の動機づけ
- mental budget設定過程の個人差
- 消費者のbudget行動の柔軟性を規定する状況要因 [支出を心的会計科目に割り当てる際の柔軟性の研究はあるんだけど(Cheema & Somanとかね)、budgetの設計における柔軟性の研究がないという話。なるほど]
- budgetと購入頻度をどのようにマッチさせているか
- C. mental budgetingが財政的富に与える長期的効果
- mental budgetingのような心的会計行動が、長期的な富の築盛、負債の支払い、財政知識に与える長期的効果
- D. 購買意思決定過程と値付けの文脈における統合-分離行動。[本文でいわく、値付けの研究では時として研究の間で矛盾が生じているけれど、これはもともと複雑な意思決定過程に統合-分離が影響していて、その影響が消費者選好とか製品価値とかに依存しているからだろう、とのこと]
- 値付けモデルと、消費者の利得・損失知覚との関係(特にバンドル販促と新値付けモデル開発に関して)。
- E. 消費者特性が心的会計行動に与える影響
- 宗教的感情、教育、職業などの個人特性が心的会計に与える影響
- F. 財政的透明性が技術によって向上していくことが心的会計に与える影響
- budgetinアプリや即時お知らせが購買意思決定における心的会計行動にどのように影響するか
5. 結論
[…]
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心的会計の研究って、「うまいこと設計して面白い結果を示す小粋な実験研究」が多すぎて全体の見通しがつきにくいという印象があったのだけれど、こうしてわかりやすくまとめていただけるととても助かる。レビュー論文の徳といえよう。
研究の多くが値付け研究に分類されているところが面白いと思った(まさに「小粋な実験研究」が多いテーマだと思う)。やっぱり、夜道に財布を落としたときに電灯の下を探すようなもので、実験パラダイムが確立していて研究しやすいテーマで研究が量産されたということではないだろうか。
わたしゃよくわからんけど、今後の方向として挙げられている6点のうち、消費者マーケティングの実務家がまず関心を持つのはAだと思うけど(実務家はふつう自社が扱う製品カテゴリにのみ関心を持つ)、本質的なインパクトを持つのはBじゃないかな。価格戦略そのものにかかわるのは、消費者が予算をどう配分しているかだと思う。「価格の表示の仕方によって選択がちょっぴり変わりました面白いですね」的な研究ばっかやってもしょうがないじゃないっすか。