読了: Okada (2001) 消費者の買い替え決定における下取りの効果を心的会計できれいに説明する

Okada, E.M. (2001) Trade-ins, Mental Accounting, and Product Replacement Decisions. Journal of Consumer Research, 27(4), 433-446.

 ちょっと都合があって読んだ。耐久財の買い替えの意思決定についての、心的会計の観点からの実験研究。著者の先生は前に読んだ購買正当化についての論文の著者で(あれは美しい実験研究であった)、謝辞によればこの論文はPenn U.での博論(ちょっと待って、じゃ購買正当化の論文は修論とかだったの?)。現在は一橋大の先生らしい。
 前の論文でも感心したんだけど、これまた、実にスマートな論文で…

1. イントロダクション
 買い替え決定において、消費者は新製品の購入コストだけでなく、旧製品を引退させることの心的コストをも負う。後者については研究が少ない。
 本研究では、(1)旧製品を引退させることの心的コストについて研究し、(2)そのコストの心的会計に、下取りとかギフトとかレンタルとかの価格ツールがどのように影響するかを示す。

2. 実際の下取りの例
 まず予備調査やりました。学部生にこう想像してもらう。数年前に基本的な機能しかないカメラを買った。このたび、画質に優れ高機能で小さくて軽い奴に買い換えたい。それは{通常200ドルのところ120ドルになっている; 200ドルだが古いカメラを80ドルで下取りしてくれる}(被験者間で操作)。つまり金額は同じで、前者は古いカメラが手元に残る。
 実験の結果、買う率は下取りのほうが高かった。さらに、下取りのほうでは、自分のカメラで悪い経験をした人のほうが買う率が高かったが、値引きのほうでは差が出なかった。
 こう解釈できる。購入価格が下がることより、心的コストが下がることのほうが大事だ。心的コストは過去の使用経験に駆動される。古いカメラから金に見合った価値をまだ引き出していないと思うと、心的コストが高いので、下取りが有効になる。
 別の解釈もできる。そもそも下取りのほうが値下げより好まれているのかもしれない(心的コスト云々とは関係なく)。しかし、過去経験によって買う率が違うのを説明できないよね。さらに、別の実験で、数年前に基本的カメラを(買ったんじゃなくて)くじでもらったという設定にしてみたら、この差が消えた。これも説明できないよね?

3. 理論的基盤
 買い替えってのは再使用可能な耐久財に関する概念である。ここでいう再使用可能ってのは、(1)購入コストが最初にかかり、それから使用とベネフィット享受が繰り返される、(2)何度使っても効用はなかなか減らない、ってことね。本研究では、まだ使える製品をもっと高品質なのにアップグレードする買い替え購買に注目する。
 これから買い替えモデルを提案する。心理的プロセスのモデルというより、決定を記述するparamorphicなモデルである[モデルの構成要素に対応するなにかが心的に実在すると主張する気はないが、行動をうまく記述できるモデル、という意味であろう]。2つのユニークな特徴がある。(1)買い替え購買決定が限界コスト-ベネフィット分析と心的会計の2つの基準を含む。(2)製品の心的簿価という概念を使う。

3.1 限界的規準: 新しい再使用可能品についての限界コスト-ベネフィット分析
 今持っている古い製品\(R_0\)を、新しい製品\(R_1\)に買い換えるかどうか検討しているとしよう。計画対象期間\(H\)における楽しみの期待値を\(E_0, E_1\)、購入価格を\(P_0, P_1\)とする。限界的決定基準は、\(E_1 – E_0 – P_1 \gt 0\)なら買い替え、である。
 \(E_0\)は旧製品についての過去経験に基づく。過去経験を使用頻度と品質で捉えよう。頻度が高くてポジティブだったら将来の\(E_0\)も高くなるものとする。\(E_1\)はそれとは独立と仮定する。

3.2 心的会計基準: 現在の再使用可能品の心的簿価の回収不能勘定
 規範的にみれば\(P_0\)は埋没費用であって関係ない。しかし、セイラーさん他の方々がいうように、消費者は取引のコストとベネフィットを心的会計口座で追跡してるよね。初期購入費用とその後のある時点までに累積された喜びとの正の差を「心的簿価」\(BV\)としよう。喜びが溜まるとゼロになるわけね。
 もし買い換えたら古い口座は閉じることになる。心的簿価がゼロになる前の時点\(t\)で買い換えた場合、\(BV_0(t)\)が損失として感じられる。いわゆる埋没費用効果は、製品を使い続けることで損失が発生するのを防ぐ努力として説明できる。
 本研究では、まずは古いほうの再使用可能品を売ったり譲ったりできない場合について考える。\(BV_0(t)\)は損失として計上されるわけだ。
 心的簿価も過去の使用経験の関数である。これも頻度と品質で捉えられると仮定する。ということはですね。過去経験が良いと、心的簿価は低くなり、買い替えの心的コストは下がるが、古い製品から将来得られる喜びの期待値も上がり、新製品の限界ベネフィットは上がる。ちょうど、企業価値の財務会計上の評価が企業の簿価(つまり獲得価格ひく累積減衰)によって後ろ向きに決まり、経営会計上の評価が将来のキャッシュフローに基づく資産によって前向きに決まるようなものである。[いやいや先生、私にはそういうたとえ話のほうがかえって難しいっす…]
 心的会計はコントロール・メカニズムとして、購入決定の初期段階において消費者の前向きな思考を促進するのだが、その一方、痛みの回避が主目的になっちゃうような誤機能も生じる。ちょうど、利益を最大化しようとする企業が、ビジネスの継続可能性について理解するために簿価を求めるようなものである。[先生! 話を難しくするのやめて!!]

3.3 2つの決定基準の、利得と損失としてのコード化
 従来、心的会計は製品カテゴリ別だっていわれてますね。カメラを買い替えるとして、カメラというカテゴリのレベルでは、「120ドル」であっても「200ドルかつ80ドルで下取り」であっても同じだということになる。それでは下取りが好まれる理由を説明できない。
 こう提案する。製品買い替えの文脈では、利得と損失は個々の決定基準のレベルでコード化される。限界基準による効用\(u()\)と心的会計基準による負の効用\(w()\)が別途にコード化され、その和が買い替えの総利得になる。個人は損失回避的であるだけでなく浪費回避的で、利得最大化よりも前に、それぞれの損失を最小化しようとする。
 買い替え確率は$$ u(E_1 – E_0 – P_1) – w[BV_0(t)]$$ の増大に伴って高くなる。第一項が限界基準、第二項が心的会計基準ね。
 本研究では、ふたつのカッコの内側についての洞察をえることを目指すので、話を単純にするために、効用と非効用は線形と仮定する。
 [ここについている脚注を逐語訳しておく: 価値関数には、参照点依存性と損失回避のほかに、利得と損失の限界感受性の減少という特徴もある。もし心的簿価\(R_0\)と限界総利得\(R_1\)がドルベースの価値の比較可能な範囲に入っているならば、効用関数・非効用関数の線形性という仮定は限定的なものではないはずである。実際、もし下取りの効果が、上に凸な関数\(u()\)ないし下に凸な関数\(w()\)における2つの基準の正確な位置に依存しないならば、得られる洞察はより一般化可能なものになる。]

3.4 下取り
 損失回避・浪費回避のせいで、心的簿価の損失計上は、購入価格の減少による利得増大よりも大きな影響を持つ。値引きの場合は$$ u(E_1 – E_0 – P_{Sale}) – w[BV_0(t)]$$ なのに対して、下取りの場合は、下取り価格\(TI\)が両方の項に効いて$$ u[E_1 – E_0 – (P_{Sale} + TI)] – w[BV_0(t) – TI] $$ 損失回避・浪費回避のせいで、\(u()\)より\(w()\)の傾きが急なので、下取りのほうが大きくなる。
[図で書くと、プロスペクト理論の価値曲線みたいに横軸に限界価値ないし心的価値をとったとき、限界価値は正の側にあって、下取りより値引きのほうが\(TI\)だけ高く、価値は負の側にあって値引きより下取りのほうが\(TI\)だけ高い。縦軸は効用・非効用で、\(u()\)は正の側、\(-w()\)は負の側なんだけど、負の側の関数のほうが傾きがきついので、縦軸の差は\(u()\)よりも\(-w()\)のほうで大きくなる。だから足すと下取りのほうが大きくなる。確かに、これプロスペクト理論の延長ですね。ちがいは、プロスペクト理論では横軸(価値関数の入力)は基本的に客観的な金額なのに対して、ここではどこからどうみても心理量としかいえない心的簿価も価値関数の入力となるという点だ。うーん、これはどこまで本質的なちがいなのだろうか。プロスペクト理論でいう価値関数の入力も、かならずしも物理量ではないと思うし]

 \(BV_0(t) \gt TI\)のとき、下取りはもっとも効果的になる。なぜなら、\(TI\)が\(u()\)から\(w()\)に完全に再配分されるからである。そうでないときは、TIのうちの一部だけが\(u()\)から\(w()\)に再配分され、TIの残りの部分はふたつの\(u()\)のあいだでの移行になる。従って、所与の下取りは、心的簿価が\(BV_0(t) \lt TI\)に減少するにつれ、売上上昇の効果が小さくなると期待される。たとえば古いほうの製品がもう壊れていたら、心的会計基準はもう負ではないので、下取りとはふたつの\(u()\)関数の間の再配分になり、その効果を失う。

 [ここがこの論文のキモなので、自分の言葉で整理しておこう。
 旧スマホをこれから使い続けて得られる喜びの期待値(金額換算)を\(E_0\)、新スマホをこれから使い続けて得られる喜びの期待値を\(E_1\)とする。で、心の中の家計簿に照らすと、旧スマホ購入時の支払金額から、購入からいままでのあいだに得た喜びを引いた金額、すなわち心的簿価\(BV_0(t)\)が残っているとする。
 著者がいっているのはこういうことだ。買い替えの効用というのは、得られる利得と支払い金額の差\(E_1 – E_0 – P_{Sale}\)を正の効用に変換した値と、心的簿価\(BV_0(t)\)を負の効用に変換した値の和になる。旧製品がまだピカピカだったら\(E_0\)も\(BV_0(t)\)も大きくなるわけで、つまり、旧製品の価値はダブルカウントされるという主張である。
 下取りの場合はどうなるか。まず、旧製品の心的簿価が下取金額よりも大きかったら(たとえば心的簿価が3万円で下取金額が1万円なら)、心的簿価から下取金額が引かれる(2万円になる)。そうでなかったら(たとえば心的簿価が3万円で下取金額が5万円なら)、下取り金額によって心的簿価は帳消しとなり、余った分(2万円)が利得になる。
 ここからは、下取りの時の支払金額が値引きの時の支払金額+下取金額になっていたとき(つまり、合理的に考えたら値引きと下取りが等価であるとき)について考える。
 もし心的簿価が下取り金額を上回っていたら、値引きの効用は\(u(E_1 – E_0 – P_{Sale}) – w(BV_0(t))\), 下取りの効用は\(u(E_1 – E_0 – P_{Sale} – TI) – w(BV_0(t) – TI)\)となる。\(u()\)より\(w()\)のほうが傾きが大きい。だから下取りのほうが効用が大きくなり、下取りが選ばれる。なるほどね。
 もし心的簿価が下取り金額を下回っていたらどうなるか。極端なケースとして、心的簿価が0である場合について考えると、値引きの効用は\(u(E_1 – E_0 – P_{Sale}) – w(BV_0(t))\)、下取りの効用は\(u(E_1 – E_0 – P_{Sale} – TI) + u(TI)\)となる。いま\(u()\)は切片0で線形だと仮定しているから、両者は等しい。なるほど]

4. 実験1

方法: 被験者は学部生・MBAの学生192名。シナリオを読ませる。あなたはかつて再使用可能品を買い、それはまだ使えるんですけど、もっと魅力的な奴にアップグレードする機会が生じました。

デザインと手続き: 要因は以下の通り。

  • 題材。2水準。ビーチハウスのタイムシェアとスポーツクラブのメンバーシップ[アメリカ人だねえ…]。
  • 価格。2水準。下取りプランと値引きプランを用意。スポーツクラブでいうと、下取りプランは支払金額200ドル、下取り金額100ドル。値引きプランでは支払金額100ドル。
  • 使用経験の頻度。被験者間2水準。よく使用する、あまり使用しない。
  • 使用経験の品質。被験者間2水準。とても楽しい、そうでもない。
  • どっちの題材を先にみせるか。被験者間2水準。

 群1ではタイムシェアで下取りプラン、スポーツクラブで値引きプランを見せる。群2はその逆。つまり、この2要因については2×2のラテン方格直交デザインとなる。これに残り3要因を直交させる。

指標: それぞれのシナリオについて以下の4問。

  • 買い替え見込み。0から100パーセント。
  • how much of their money’s worth they felt the had gotten from the time-share/sports club menbership that they currently own. [ちょっと訳しにくいのでそのままメモ] つまり\(BV_0(t)\)の評定。7件法。
  • 現在のそれを使い続けたらどれだけの喜びが得られると思うか。\(E_0\)の評定である。7件法。
  • 新しいそれからどれだけの喜びが得られると思うか。\(E_1\)の評定である。7件法。

予測: 値下げより下取りのほうが買い替え確率が高い。経験の頻度と品質が高いと、心的簿価は低く、旧製品の将来の喜びは高くなる。その両方が、価格から買い替え確率へのパスの負のモデレータになる。

結果: [すべてシンプルなANOVAであり、変にこねくり回さない。嗚呼、古き良き実験データ分析]

  • 心的簿価と旧製品の喜びに対する使用経験の効果。心的簿価についてANOVAをやると、頻度も品質も主効果あり、相互作用なし。旧製品の将来の喜びのほうも同様。なお新製品の将来の喜びについては使用経験は有意でなかった。
  • 下取りは買い替え確率のモデレータとなった。買い替え確率についてのANOVAで、値引きより下取りのほうが高く、その差は使用経験がnegative infrequentのときに大きく、positive frequentなときには消えた[ちょっと引いちゃうくらいにきれいな結果である]。共変量として、心的簿価、旧製品の喜び、新製品の喜びをいれると、心的簿価と下取りの交互作用が有意になった。[値引きと下取りについて別々にANOVAをやっている。メモ省略。確かに、2001年の論文ならこういう分析手法になるでしょうね。いまならきっと査読者に媒介分析やれって言われるとところだと思う]

考察: 別の説明として、価値関数を非線形とし、下取りを単一の利得とみなし、値引きは大きな損失がちょっと減ることとみなし、前者のほうが限界インパクトが大きいという説明が考えられる。しかしこの説明では、下取りの効果が使用経験で変わることが説明できない。それに、この説明だと支払金額が単独で損失とみなされることになるけど(利得とネットされない)、これは心的会計の慣用的仮定に反する。
 また別の説明として、廃棄コストみたいな経済的要因のせいで下取りが好まれるんだという説明もありうるが、スポーツクラブの会員権に廃棄コストはかからないですよね。[あ、それでこういう変な財を選んでたのね。頭いいなあ、おい]

5. 実験2
 ちょっと条件を緩めて再現します。
 今度は旧製品が手元に残り、捨てちゃってもいいけど、ギフトにしたり売ったりして残存価格\(RV_0(t)\)を得てもいい、という設定にする。\(RV_0(t) \gt 0\)のとき買い替えの効用はこうなる。値引きなら$$ u(E_1 – E_0 – P_{Sale}) – w[BV_0(t) -RV_0(t)]$$ 下取りなら$$ u(E_1 – E_0 – P_{Sale} – TI) – w[BV_0(t) – TI]$$ 予備調査をやったところ[…略]。

方法、デザイン、手続き: 学部生96人。題材はラップトップとウォークマン的な個人用ステレオ。実験1とほぼ同じだけど、さらに残価を被験者間で制御した。旧製品を人にギフトとしてあげられると告げる群と、統制群の2水準。

指標: 実験1に加え、ギフトとしてあげたときの喜びを7件法評定。

結果:

  • 操作チェック: [略]
  • ギフトの効果: ギフト条件のほうが買い替え見込みが高くなり、ギフト条件では値引きより下取りのほうが買い替え見込みが低くなった。

考察: 旧製品の心的簿価の損金処理のせいで買い替えは抑制されるが、企業は旧製品に残存価値を高くつけることで損金処理のコストを軽減できる。その方法のひとつがギフトである。チャリティに回しますという言い方もいいでしょうね。実際、著者の近所にもそうやってる電気屋さんがある。売上の一部を現金として寄付しますというより効果的だろう。
 残存価値はアカウンタビリティがあればさらに高くなるだろう(ギフトで誰が喜んでくれるかわかっている場合とか)。寄付ならば、第三世界の貧しい子供たちを助けますとかじゃなくて、特定の誰々に寄付すると明確にするとよいでしょうね。寄付先の個人のリストをつくっとけばいいじゃん。

6. 実験3
 今度は、心的簿価の計算を直接に操作します。
 個人は、旧製品からこれまでに得たベネフィットの累積のぶんだけ旧製品を減価償却するけれど[心的簿価の話ね]、実際の使用経験以外にもガイドラインがあるかもしれない。使用頻度を追跡するのは簡単だけど、 品質は定量化しにくいから、なんか外的なベンチマークが使われるのではないか。使用一回当たりの価格とか、比較できる製品の価格とか。過去経験の再生時の手がかり刺激も影響するかも。

方法、デザイン、手続き、指標: MBAの学生192人。実験1と題材を含めてほぼ同じだが、ちがいは、価格(下取り/値引き)の代わりに外的参照を操作する点。旧製品の1日レンタル料金、2水準(タイムシェアの場合、80ドル, 30ドル)。

予測: 外的参照が高いと心的簿価が低くなる。よって買い替え見込みは上がる。

結果:

  • 外的参照の心的簿価への効果: 外的参照が高いと心的簿価は下がった。特に使用経験がネガティブな時に(ポジティブだと下がったけど有意でなかった)。使用頻度は関係なかった。品質は定量化しにくいから、外的参照に影響されるのだろう。[うーむ。なぜ使用経験がポジティブだと外的参照があまり効かなくなるのだろうか。題材にしているのが快楽財だから?]
  • 外的参照の確率への効果: 同じく、特に使用経験がネガティブな時に、外的参照が高いと買い替え確率が上がる。
  • メディエータとしての心的簿価を通じた効果: [共変量として心的簿価を入れたANOVA。略]

考察: この知見は、企業が一回当たり使用料金を高く設定することで心的減価償却を促進できるということを示している[←なるほどね!]。ちょうど、別のラインの売上を上げるために新製品導入することがあるのと同じように、レンタル市場に参入しすることで買い切りの売上を高めることができるかもしれない。

7. 一般的考察
 本研究の新しさは、決定の経済的要素と心理的要素の両方を考えている点にある。
 意図してのことかどうかは別にして、実務家による下取りオファーの裏には本研究で示した理論がある。

 前向きな決定において歴史的コストを考えるのは、そのときの効用最大化にはならないかもしれないけれど、長い目で見ると、効用を最大化しようとする消費者を、不要な購入を避けるよう訓練する役割を果たしているかもしれない。たとえば、たばこみたいな悪徳財の購入の際には、割高なのに小さなパッケージを買っちゃうことがあるけど、これも長い目で見ると自己制御の戦略かもしれないよね。そういうのと同じかもしれない。心的簿価を損失処理する痛みが、将来の購入の歯止めになっているわけよ。とはいえ心的会計に基づく決定も変な風になりかねないわけで、最適なのは、痛みを受け入れ学習したのちに、限界決定基準だけで決定することだ。[うーん。所与の知識と情報の下で合理的な決定者になるためにはそうなんでしょうね。でもほんとに適応的な消費者になるためにはどうなんでしょうね。だいたい、現代の新製品がお約束する喜びなんてたいていは計画的陳腐化戦略が生み出した虚妄なのであって、心的簿価がゼロになるまで古いiPhoneを大事に使い続けるタイプの人生のほうが適応的かもよ?]
 
 今後の課題。

  • 個人に対して、心的会計がもたらす限界(痛みの回避)を課すことなく、心的会計からのベネフィット(教訓)を引き出すように訓練する方法。これはサンク・コストを無視するように訓練するという話(先行研究もある)ではない。
  • アップグレード・モデルの構造に影響する要因。もし、消費者がいまだ元を取っていないと感じているときに買い替えをしてしまうことの「コスト」が存在するなら、そのコストの重みはアカウンタビリティとともに増大するだろう(サンク・コスト効果はアカウンタビリティとともに増大するという先行研究もある)。過去の経験について個人的に責任をとる人は、説明可能な行為の系列を続けやすいだろう。買い替えの文脈では損失回避がより強くなるだろう(\(w()\)の傾きがより急になるだろう)。買い替え見込みに対する下取りの効果は大きくなるはずである。[あ、これ面白い! 買い替え決定に関わる他の背景要因として価格帯とか必需品かどうかとかがあるんじゃないかと思ってたんだけど、そうか、ひとことでいえばアカウンタビリティかも]

 消費者の買い替え決定は、規範的メカニズムと心理的メカニズムの両方に駆動されている。心理的メカニズムは、適切に適用されるならば、長期的には消費者にとってよいものとなるが、誤って用いられたならば、支援の誤配分をもたらし、効用最大化という観点から見て短期的にも長期的にもなんらの価値をもたらさないだろう。本研究は、この誤配分を軽減するためのいくつかの外的方法について検討した。
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 この論文、最初の数ページで面白いと確信したので、段落ごとにメモを取りながら読み進めたんだけど、最後の段落を読み終え、ディスプレイに向かって拍手しました。ぱちぱちぱち。
 いやー素晴らしい!(偉そう) まず前半、モデルの提案までがわかりやすい。よく考えてみると結構複雑な話だし(旧製品がu()とw()でダブルカウントされるとか)、既存の研究の常識と違うところもあるんだけど(買い替えとともに旧製品の心的会計口座が清算されるとか)、説明がうまいせいで戸惑いを感じない。モデルは超明確。そのどこが新しいかも明確。で、シンプルで美しい実験1。実験2, 3への小粋な拡張。最後に視野を広くとり、購買決定に心的会計が関わることの長期的意義について論じるところも痺れる。もうね、これ実験論文の鑑ですよ。感動した! ほめて遣わすぞ!(すいません)