読了:Chan, Kemp, Finsterwalder (2016) やはりポイントはお金とはちがうようだ

Chan, M., Kemp, S., Finsterwalder, J. (2016) The concept of near money in loyalty programmes. Journal or Retailing and Consumer Services. 31, 246-255.

 これも仕事の都合で急遽読んだ奴。
 ロイヤルティ・プログラムの実証研究は、個別企業のプログラムについて扱っていることがほとんどで、プラットフォーマー型のプログラムについての研究がなかなかみあたらず困っていた。これはお国柄の問題もあるのかもですね。日本ではTポイントだのdポイントだの、プラットフォーマー型ポイントがすごく普及してるけど、すべての国がそうではないだろう。
 いったいどういうキーワードで探せばいいのかなあ、と同僚に相談してみたところ、near moneyなんてどうですか? とのこと。検索してみたらたちまち、この論文をはじめ、仕事上の関心と重なる奴がぞろぞろ出てきた。ありがとうありがとう。相談してみるもんね。

1.イントロダクション
 ロイヤルティ・スキーム[いわゆるロイヤルティ・プログラムのことだと思う]は多くの場合、自前の「通貨」を用意している。それは準貨幣near moneyの一種と捉えることができる。消費者からみた法貨とのちがいは、購入できる財が限られるという点である。
 法貨は(1)標準化された測定単位であり(2)富の貯蓄のための合理的手段であり(3)流通しやすくモノを買いやすい。ロイヤルティ・スキームの準貨幣は(3)を満たすが、法貨には直接変換できないことが多いし、たいてい有効期限がある。
 金銭とは経済学的概念であると同時に心理学的概念でもある。たとえば、金銭は中毒性のある薬と似ている面がある。
 本研究では金銭についての心理学的研究を準貨幣に拡張する。

 [概念の連想ネットワークを反応時間とか類似性評定で調べるという話を紹介して…]
 [直接の先行研究である Snelders et al.(1992 J.Econ.Psych.)の紹介]

2. 研究1
 被験者はNZの学生78人。実験室実験。課題は以下の通り。

  • 「10ドル紙幣」「金」「クレジットカード」「家」「スーパーのバウチャー」など12項目について、それが金銭として典型的かどうかを7段階評定。
  • 「(X)は(Y)の一種ですか」と訊ねてYes/No判断をさせる。Xは上の12項目、ならび鳥の名前12個。Yは「金銭」「鳥」のいずれか。計24試行。反応時間を測る。
  • 「このふたつはどのくらい似ていますか? (X) – (Y)」と訊ねて類似性を7段階評定。X, Yは上の12項目と「金銭」。計13個の総当たり、78試行。

 結果。[…細かいところは中略…] 12項目のなかにロイヤルティ・プログラムが4つあった(Air NZ Airpoint, Fly Buys, Westpac Hotpoints, Hoyts Reward Cards)。金銭としての典型性は他と比べると低いが、分類判断では大半の被験者が金銭だと答えた。類似性評定をMDSにかけたらひとまとまりになった。

3. 研究2
研究1を香港の一般人56人で再現。[メモ省略]

4. 研究3
 金銭と準貨幣とのちがいを、心的会計によるバイアスという観点から調べる。
 Dreze & Nunes (2004 JMR)[←面白そう] いわく、異なる通貨はそれぞれの心的会計を持っている。人は個々のロイヤルティ・スキームのコストを比較し、もっともコスト効率のよい選択肢を選ぶか? たぶんそうではない。Nunes & Park (2003 JMR)いわく、人は実際の価値に対して鈍感である。多くの場合、個々のロイヤルティ・プログラムと個々の報酬の間には強い連想がある。航空会社のマイレージを貯めている人は、それを奥さんに花を買う際には使わないのではないか(たとえそれがコスト効率的であっても)。
 
 NZで実験した。実在する3つのロイヤルティ・プログラムに注目する(Air NZ Airpoints, Fly Buys, Westpac Hotpoints)。被験者はNZのショッピングモールで捕まえた、3つのうち2つ以上の会員である人、30人。
 課題は次の通り。映画のバウチャーを探していると想像して下さい。10回分のバウチャー(小売価格140ドル)が、次の4つのどれかと引き替えにもらえます。あなたが選ぶ順序を選んで下さい。ただし、あなたが会員でない奴は無視してね。(かっこ内は提示しない)

  1. 140 Air NZ Airpoint (約3200ドルの支出に相当)
  2. 525 Fly Buys point (最低11200ドルの支出に相当)
  3. 20000 Westpac Hotpoints (約13300ドルの支出に相当)
  4. 10000 Westpac Hotpoints (約6650ドルの支出に相当) + 現金77.5ドル

合理的に考えたら、Air NZ Airpointの会員ならば1を選ぶのが正解である。
 結果。総当たりペアについてどちらを上位に選んだか比較すると、もっとも選ばれやすいのは4番。1はもっとも選ばれにくい。飛行機代のために使いたいからだろう。

5. 研究4
 通貨の知覚価値に文脈が与える影響を調べる。
 仮説1. ある製品/サービスを購入するためにポイントを使うとき、その購入がそのポイントについて想定されていた目的と合致するならば、取引は利得ないし節約と知覚されやすい。そうでない場合、取引は支出と知覚されやすい。
 仮説2. 一般に、ロイヤルティ・プログラムの通貨は、すでに存在している購入予算への追加として知覚されやすい。

 NZで実験。被験者は学生で、研究3で使った3つのロイヤルティプログラムのどれかの会員。自分が会員であるプログラムのうちひとつについて訊く(n=50, 55, 52)。プログラムによって設問が微妙に変わるので、以下ではAirpoints版について説明する。
 3つのシナリオについて訊く。財としてデジカメと航空券を使う(被験者間)。以下はデジカメ版。

  1. 次のように想像して下さい。前の旅行であなたはAirpointsをもらいました。少し前から欲しかったデジカメを、350ポイント使って買おうと思います。デジカメの小売価格は350ドルです。買った後のあなたの気持ちは次のなかのどれ?(1) 350ドル得した。(2) 350ドル使った。(3)350ドル節約した。
  2. あなたはデジカメなどを買うための予算を毎年1000ドル持っています。デジカメを350ドルで買った後のあなたの気持ちはどっち? (1) 予算の中から350ドル使った。(2)予算は使ってない。
  3. 前の旅行であなたはAirpointsをもらいました。少し前から欲しかった小さな電子機器を、150ポイントで買うこともできますし150ドルで買うこともできます。どちらを選びますか? (1)現金で払う。(2)Airpointsで払う。

 結果。
 1.では7割程度が「節約した」と回答。Airpoints群ではデジカメより航空券のほうが「購入した」が増えた。Fly Buys群とWestpac Hotpoints群では有意差なし。
 2.では8割程度が「予算を使ってない」と回答。つまり準貨幣は法貨の予算の外側にあるわけだ。しかしAirpoint群のデジカメでは「予算を使った」が増える。
 3.の回答は半々くらい。デジカメ-航空券の差にプログラム間の差なし。
 まとめると、法貨と準通貨の心的会計は別で、準通貨による購入は節約と感じられる。Airpointsは他の準通貨とはちょっとちがう。

6. 考察
 研究1と2では、準通貨の概念は法貨の概念と近いが異なっていることが示された。
 研究3と4では、準通貨と法貨では心的会計が異なること、準通貨には法貨とは異なる認知バイアスが働くことが示された。なお同様の研究として以下がある:

  • Kemp(2005): FSPプログラムのポイントは外国通貨よりも授かり効果が大きい
  • Keh & Lee (2006): 満足度の高い顧客は遅延のあっても高い報酬を選ぶ
  • Bolton et al.(2000): 会員はサービス品質への期待値が高い

 限界。他の国だと違うかも。別のセグメントの消費者だと違うかも。
 注意。準通貨の価値は低く感じられるという結果ではないよ。研究3と4の結果をよく見て下さい。
 実務家への示唆:

  1. 顧客が未使用の準通貨にしがみつく傾向があるならば、物理的・心的会計における残高を増やすように取引することで離脱バリアを高めることができる[先生、それは言われなくてもみんなわかってると思うよ…]
  2. 準通貨を法貨と交換できるようにすることは必須でない。
  3. 準通貨の価値は、報酬がプログラムの目的に合っているときに高くなる。従って、(1)ブランド、コア製品、ロイヤルティ・プログラムのベネフィットは同期していなければならない。(2)プログラムの内容と特徴は顧客からみた価値とブランドのポジションに合致していなければならない。

 … フガフガと楽しく読了。
 特に研究1,2は、認知心理学の黎明期を思わせる古き良き実験で、とても心が和んだ。すべての実験研究がこのようにシンプルであれば世界は平和なのに。
 研究3の理屈はいまいちよくわからない。企業が発行するポイントは交換する財によって交換レートが異なるのが普通だと思う。たとえば、今さっと調べたところによれば、ANAのマイルは楽天Edyに交換すると1マイル10円だが、ANAの航空券と交換すると10円を上回ることがあるそうだ。今後飛行機に乗る用事があるなら、楽天Edyに変換しないほうがお得なわけだ。Appendixによれば、Air NZ Airpointで航空券を購入する場合は額面通り(10ポイントで10ドル)なのだそうだが、調査対象者はそのことを知っていたのだろうか? なんか優遇がありそうなものじゃないですか。もし調査対象者がそう思っていたなら、たとえこの課題において映画回数券代をAirpointで払うのがもっとも安上がりだとしても、先のことを考えるとAirpointは使わないのが合理的だ。それを「心的会計によるバイアス」と呼ぶのは変じゃないの?

 まあいいや。この論文の本命は研究4で、あとはオマケだろう(悪くいえば、複数の実験がないと論文にならないという最近の風潮がこういう書き方を生んでいるんだと思う)。
 面白い実験だと思うけど、ここで疑問なのは、この結果をどこまで深読みできるのか、ということである。要するに、飛行機のマイレージで航空券じゃなくてデジカメを買うのはいまいちお得に思えない、ってことですよね。この実験の結果から、論文の末尾、実務家への示唆の3点目のような強気な解釈を引き出せるのだろうか? それはまあ、百貨店でTポイントを渡すのは百貨店のブランド価値にとってよろしくないんじゃないかとか、ANAのマイレージと楽天Edyを交換可能にするのは(他の条件が許すならば)避けるべきなんじゃないかというのは、なんだか正しそうなメッセージのような気がしますが、この実験結果からいえることではないんじゃないかと思うんですよね。たとえば、Air Pointsでデジカメを買うと急に高く感じられるというのは、Air Pointsの心的会計がたまたまそのように構築されていたためであって、仮に入会時から「Air Pointsはヨドバシでも使えます!」とでも謳っていたら話は違っていたのではないか。
 さらにいうと、実務家がほんとに知りたいのは、いま世の中にすでに実在するロイヤルティ・ポイントについて、その心的会計が法貨とどう違ってますかということではなくて、ポイントの心的会計とはどのように形成されるのか、どういう設計にするとどういう心的会計になるのか、ということだと思うんですよね。だって自社のポイント・プログラムをどう設計すればよいのかを知りたいわけだから。
 というわけで、いろいろモヤモヤはあるんだけど、面白い論文でありました。

 イントロ部分でreferされていた文献をメモ:

  • Lea et al.(1987 書籍): 準貨幣について
  • Belk & Wallendorf (1990 J.Econ.Psychol.): 心理学的概念としての金銭 [←面白そう]
  • Burgoyne & Routh(1991 J.Econ.Psychol.): 心理学的概念としての金銭
  • Downling & Uncles (1997 Sloan MgmtRev.) ロイヤルティ・スキームについて
  • Belk(1999 論文集): 心理学的概念としての金銭
  • Bolton et al.(2000 J.Acad.Mark.Sci.): ロイヤルティ・スキームがロイヤルティに与える効果
  • Parvatiyar & Sheth(2001 J.Econ.Soc.Res.): ロイヤルティ・スキームについて
  • Yi & Jeon (2003 J.Acad.Mark.Sci.): ロイヤルティ・スキームがロイヤルティに与える効果
  • Kumar & Shar(2004 J.Retail.): ロイヤルティ・スキームについて
  • Stauss et al.(2005 Int.J.Serv.Ind.Manag.): ロイヤルティ・スキームの効率性についての研究
  • Rosenbaum et al.(2005 J.Serv.Mark.): ロイヤルティ・スキームがロイヤルティに与える効果
  • Gomez et al.(2006 J.Consum.Mktg.) : ロイヤルティ・スキームについて
  • Meyer-Waarden & Benavent(2006 J.Mktg.Mgmt.): ロイヤルティ・スキームについて
  • Bernan(2006 Calif.Manag.Rev.): ロイヤルティ・スキームがロイヤルティに与える効果; 準貨幣について
  • Lea & Webley (2006 BBS): 心理学的概念としての金銭 [← 面白そうだけど、長そうだなあ]
  • Belk(2006 BBS): 心理学的概念としての金銭 [←おそらくLea&Webleyへのコメント]
  • Wagner et al.(2009 J.Mark.): ロイヤルティ・スキームの効率性についての研究
  • Smith & Sparks (2009 J.Bus.Res.): ロイヤルティ・スキームは自前の「通貨」を持つことが多い
  • Tuzovic(2010 J.Serv.Mark.): ロイヤルティ・スキームの効率性についての研究
  • Mathies &amp: Gudergan (2012 J.RevenuePricingManag.): ロイヤルティ・スキームは自前の「通貨」を持つことが多い
  • Soderlund & Colliander (2015 J.Retail.Consum.Serv.): ロイヤルティ・スキームの効率性についての研究
  • Stourm et al.(2015 JMR): ロイヤルティ・スキームは自前の「通貨」を持つことが多い
  • Wei & Xiao (2015 Mark.Lett.): ロイヤルティ・スキームは自前の「通貨」を持つことが多い [←これ良さそう]
  • Steinhoff & Palmatier(2016 J.Acad.Mark.Sci.): ロイヤルティ・スキームの効率性についての研究