Park, J., Lee, L, Thomas, M. (2019) Why do cashless payments increase unhealthy consumption? The decision-risk inattention hypothesis. Journal of the Association for Consumer Research, 6(1).
仕事の関連で読んだ奴。プレプリントで読んだ。掲載誌は変な雑誌ではないと思うけど、IF 0.29という風情のある雑誌である。
いわく。
現金払いよりキャッシュレス払いのほうが支出が増えるという報告は数多い。特に快楽的購入・衝動的購入でそうなるらしい。先行研究: Hirschman (1979 JCR), Feinberg (1986 JCR), Prelec & Simester (2001 Mark.Lett.), Soman (2001 JCR), Srivastava & Raghubir (2002 J.Cons.Psych.), Soman (2003 Mark.Lett.), Raghubir & Srivastava (2008 JEP:A) [←なんと!JEPに載ったの!? すげえなあ], Chatterjee & Rose (2001 JCR), Thomas, Desai, & Seenivasan (2011 JCR).
その心理学的メカニズムはなにか。本論文はこれが決定リスク不注意 decision risk inattentionによるものだと論じる。
決定リスクとはある決定が失敗する尤度のこと。しばしば直感的に知覚される。
我々はこう考えます。現金払いは決定リスクの知覚を高める。キャッシュレス払いは低める。
なぜか。人は富の喪失に際してネガティブ感情を経験する。喪失が具体的なほどそうである。これは近代の社会文化的環境に生きる人々の魂に深く刻み込まれた進化論的な反応である[←笑ってしまった。たぶん正しいことを言っているけど何も説明してない]。しかるに、カネは個人の富の測定・貯蔵にもっともよく用いれる媒体である。だからカネがなくなると考えただけでネガティブ感情が引き起こされる。これが「支払い痛」pain of paying である[そんな言葉があるの… ここでPrelec & Loewenstein (1998)がreferされているのだが、引用文献には入っていない。たぶんMktg.Sci.であろう]。この痛みが決定リスクの注意上の手がかりとなる。しかるに、キャッシュレス払いでは富の喪失がそれほどvividではない。
この仮説を悪徳食品 vice food の文脈で検証する。[なんと訳していいのかわからんが、健康リスクを伴う快楽的食品のことね。高カロリースナックとか]
仮説は次の通り:
- H1. キャッシュレス支払によって誘発される覚醒水準[←皮膚電気活動で測る]は、現金支払によって誘発される覚醒水準より低い。
- H2a. [ここわかりにくいので逐語訳] キャッシュレス支払によって引き起こされる皮膚電気反応の減少は、健康リスクの高い悪徳食品の購入尤度を増大させる。キャッシュレス支払いのこの効果は、健康リスクの低い悪徳商品では弱い。
[整理すると、(1){現金vsキャッシュレス}払い→(2)支払いの痛みが{高いvs低い}→(3)覚醒水準が{高いvs低い}→(4)健康リスク知覚が{高いvs低い}→(5)購入{しにくいvsしやすい}、というパスを考えているので、商品の本来の健康リスク水準が(3)→(5)のモデレータになる(もともと低かったら(3)→(5)の効果が低くなる)、ということだと思う。
この文章もそうだし、他の箇所にもしれっと”the mediating role of electrodermal activity”なんて書いてあるんだけど、こういう書き方って気持ち悪いなあ。ここでの皮膚電気活動はあくまで覚醒水準の指標であって、それ自体はメディエータではないですよね(仮に覚醒水準を変えずに皮膚電気活動を高めることができたとして、そのせいで健康リスク知覚が変わるわけではないですよね)。媒介分析をやってるデータ分析者がうっかりこういう書き方をしちゃうのはわかるんだけどさ…] - H2b. キャッシュレス支払が悪徳食品の支払意思に与える効果は、高学歴な買い物客でより強い。[悪徳商品は高学歴者にとってはguilty pleasureで健康リスクを気にしているのに対し、 低学歴者にとってはjustifiable pleasureでもともと健康リスクを気にしてないから、というtwitterで書いたら炎上間違いなしの説明である]
研究1。
被験者は学生、分析したのは100人。ミラールームでの実験室実験である。課題遂行中の非利き手の皮膚電気活動を測る[電位ではなくてコンダクタンス水準を測っている模様]。
本課題はこんな感じ:(1)「小売チェーンが新規開店を検討しており、住民の選好を知りたい。買い物時の支払方法はコレコレである(これが要因)。以下の商品を買うかどうか、それぞれ答えよ」。食品30品目を写真・価格付きで提示。「オレオ・クッキー 2.99ドル」とか。(2)決済手段を想起させて、支払時の心の痛みを5件法評定。(3)30品目をもう一度見せて、健康さを5件法評定。
制御する要因は支払方法(被験者間2水準)。キャッシュレス群は「主なクレジットカード、デビットカード」、現金群は「現金」。
結果。
- 健康リスク評価に支払方法は効いてない。
- 購入判断を目的変数、支払方法と不健康さを説明変数としたランダム切片ロジスティック回帰モデルで、不健康さの単純効果は有意、交互作用も有意(キャッシュレスだと不健康さの効果が弱くなる)。
- 購入判断時の皮膚電気活動を目的変数、支払方法、不健康さ、提示順序の対数(馴化があるかもだから)を説明変数とした回帰モデルで、支払方法の単純効果が有意(キャッシュレスで低い)。支払方法と不健康さの交互作用も有意()払方法の効果は不健康な食品で強い)。
- HayesのSASマクロで媒介分析したら […面倒くさいので中略…]、高リスク食品では皮膚電気活動が支払方法→購入判断のメディエータになっていたが、低リスク商品ではなってなかった。
- 支払時の心の痛みは現金群で強かった。[操作チェックね]
というわけで、H1, H2aが支持された。
研究2。
AmazonのMechanical Turkで実験。分析にもちいたのは394人。
課題はこんな感じ。(1)「新しいデザート・バーがいくつかの街で開店する。店長は客のフィードバックを知りたい。買い物時の支払方法はコレコレである(これが要因)。以下の4つの商品のそれぞれについて支払意思額を答えよ」(0ドルから10ドルまでのスライダー)。(2)4商品について不健康さを5項目5件法評定。(3)支払時の心の痛みを5件法評定。(4)デモグラを聴取。教育年数の対数を学歴の指標にする。
制御する要因は支払方法(被験者間2水準)。なお、4つの商品とは、カラメルソースをかけた”Banana Chouff”とかで、イメージがわかないので検索してみたんだけど、甘いものが好きな私でさえ胸焼けしそうな奴らでありました。アメリカの人ってば…
結果。
- WTPの対数を目的変数、学歴(所得・年齢・性をコントロールして中心化)、支払方法を説明変数にした混合モデルで、支払方法の単純効果が有意(キャッシュレスでWTPが高い)。交互作用も有意(支払方法の効果は高学歴で強い)。
- [面倒くさくなってきたので後略…]
というわけで、H2bが支持された。
考察。
本研究の貢献: 現金払いのほうが負の覚醒水準が高くなるという初の実証的証拠を示した。
示唆: キャッシュレス社会では消費者教育が大事だ。
限界: 皮膚電気活動をtonic成分とphasic成分を分離してない[よく知らないんだけど、一時的か持続的かということだろうな]。食品に限定されている。
云々。
… うーん。これはたぶん、想定するメカニズムじたいには新味がないけど、ふつうの研究では仮説的な構成概念に過ぎない覚醒水準を生理指標で測って媒介分析しました、というのが売りの論文なんだろうな。だとしたら、研究2と一緒にする理由がよくわからないんだけど、それは私のような読み手の素朴な感想であって、いくつか実験してないと載らないっていう事情があるんですかね。
自分の仕事との関係で言うと… うーん、あんまり関係ないな。プラットフォーマー型ポイントの知覚について調べていたのに、別にいま読まなくてもいいのを読んでしまった。