Srinivasan, S., Venhuele, M., Pauwels, K. (2010) Mind-set metrics in market response models: An integrative approach. Journal of Marketing Research, 47(4), 672-684.
仕事の都合でしばらく前に読んだ奴。実は何年も前に一度目を通していた気もするんだけど、記録がない。
1. イントロダクション
本研究のリサーチ・クエスチョンは次のとおり。売上反応モデルにマインド・セット指標(消費者の知覚とか態度とか意図とか)を含めると説明力はあがるか? マインド・セット指標は売上に対してどのくらいの効果があるか? そのware-in時間は?
2. 研究の枠組み
マインド・セット指標というのは長い歴史を持っていて、広告の効果階層モデルやブランドの階層モデルの一部として広く用いられているのだが、いっぽうで論争的な概念でもある。広告支出と売上の関係を調べれば済むことやんか、という人もいる[Palda(1966 JMR), Boyd, Ray, & Strong(1972 J.Mktg.)というのが挙げられている。もっと新しいのはないんだろうか]。
[…中略…]というわけで、本研究では、マーケティング活動、マインド・セット指標、ブランド売上の三者を組み込んだモデルをつくる。
マインド・セット指標間の系列については仮説をおかない。先行研究の結果はいろいろで、カテゴリや顧客因子にも依存しているようだからだ[Vakratsas & Ambler (1999 J.Mktg.), Zinkhan & Fornell(1989 Adv.ConsumerRes.), Zufryden(1996 J.Adv.Res.)というのが挙げられている]。なので、VARXモデルを使います。
3. データ
Kantar Worldpanelによるブランド・パフォーマンス・トラッカーPrometheeのデータを使います[カンターさんがフランスでやってるトラッキング調査らしい。現存する模様。なんだか知らんがメディア出稿と売上のデータもくっつけられるらしい。細かい説明が載ってたけど読み飛ばした]。
1996年から2006年まで、4週を単位とした96期について、シリアル・ボトル水・フルーツジュース・シャンプーの計74ブランドを分析。
- 売上は購買データから起こしたブランド売上数量。
- マーケティング・ミクス変数は、平均購入価格、加重配荷率、プロモーション、広告支出。
- マインドセット指標は、広告認知(ブランドリストを示して「過去2カ月に広告を見た奴」をMA回答)、ブランド好意(5件法)、考慮(ブランドリストを示して「購入を検討しそうな奴」をMA回答)。ブランド認知は天井に張り付いているし、購入意向は考慮と相関が高すぎるので使わない。
4. 方法
VARXモデルを使います。マーケティング・アクションも内生とする。
段取りは次のとおり。まずは単位根検定(ADF)と構造変化検定をやります。次にVARXを組みます。で、一般化予測誤差分散分解(GFEVD)と一般化インパルス応答関数(GIRF)でもってマーケティング・アクション相対的影響を定量化します。最後に、GIRFでもってマインドセット指標へのアクションの影響を定量化します。
- VARXモデルはブランド別。内生変数は、売上、マインドセット3指標、マーケミクス4指標、競合の7指標[たぶんカテゴリ内の他のブランドを平均しちゃうのだろう]。長さ15のベクトル\(Y_t\)にして$$ Y_t = A + \sum_i^p \Phi_i Y_{t-i} + \Psi X_t + \Sigma_t$$ とする。
\(i\)はブランドを表し[← 御冗談でしょう、ラグのインデクスじゃないんですか]、\(p\)はラグ数を表す。
外生変数ベクトル\(X_t\)には、決定論的トレンド\(t\)、四半期ダミーをいれる。
\(\Sigma_t\)は残差の共分散行列。[← ほんとにこう書いてある。おいおい、乱暴だなあ。長さ15の残差ベクトル\(\epsilon_t\)について\(\epsilon_t \sim N(0, \Sigma_t)\)とします、ってことじゃないの? この論文、どこかに正誤表があるんじゃないだろうか…] - GFEVDってのは動的なR二乗のようなもので、変数間の因果的系列を指定することなく、個々の内生変数によるショックの相対的インパクトを定量化できる。時点\(l\)における変数\(i\)の変数\(j\)への単位ショックのGIRFを\(\Psi_{ij}^g\)として、GFEVD推定量は$$ \theta^g_{ij}(n) = \frac{ \sum_{l=0}^n (\Psi_{ij}^g(l))^2}{\sum_{l=0}^n \sum_{j=0}^m ( \Psi_{ij}^g(l))^2} $$ である。要するにですね、売上の予測誤差分散を、(1)他の内生変数の過去の値のせいである割合と (2)過去の売上自体のせいである割合とにわけられるわけです。マネージャーのみなさん、(1)には関心あるでしょう? […中略…]
[うーん、恥ずかしながらよくわからん。インパルス応答関数ってVARモデル上で変数を並べる順番によって変わっちゃいません? だからVARモデルといえども結局は、マインドセット指標同士の因果的系列やマーケミクス指標同士の因果的系列についてある程度の仮説が必要になるのではないだろうか。そんなことないっすか? Appendix をみればわかるのかなあ、それともなにか読み飛ばしたのかしらん…] - GIRFからは3つの要約統計量を得る。(1)売上への即時インパクト, (2)インパクトが続く期間、(3)累積インパクト。さらに、インパルス応答係数が一番高くなる期をwear-in時間とする。
我々の知る限りに、本研究はマインド・セット指標のブランド・パフォーマンスへの貢献をVARXモデルをつかって測定したはじめての研究である。
5. 結果
売上時系列74本のうち単位根検定をパスしたのは62本。それらについてのみ報告する。
[うおおお、潔いなあ。差分時系列のモデル化とか共和分システムとかには目もくれないわけだ。それはそれでクリアだけど、知見の一般化可能性はそのぶん損なわれるような気がしますね、定常ではなく進化的なフェイズにあるブランドというのも市場に実在するわけだから]
モデルはブランド別なんだけど、ここではブランドを通じて平均して報告する。
- 売上のR二乗を比べると、マインドセット指標と売上のみのモデル、アクションと売上のみのモデル、フルモデル、の順に上がる。つまり、マインドセット指標は売上の説明の役には立つけど、それだけでは説明できないわけだ。
- フルモデルのGFEVDをみると、自社アクション23%, 競合アクション14%, 自社マインドセット8%, 競合マインドセット8%。興味深いことに、マインドセットにおいては自社も競合も同程度。マインド・シェアを測ることの重要性を示している。
[なるほど、これは面白いっすね。ゼロ・サム・ゲームが起きているのはメディアや店頭じゃなくて消費者の心のなかだってことか] - アクションの弾力性をみると、配荷、価格、プロモーション、広告の順に高い。先行研究と比べると…[略]。マインドセットの弾力性は、好意、検討、広告認知の順。
[おっとー。購入意向は検討と高い相関があるんでしょ? ってことは弾力性でみると、ブランド購入意向よりブランド好意度のほうが売上への効果が高いってことかい?] - 売上への効果のwear-in時間をみると、価格は1.6ヶ月, プロモーションは1.0ヶ月, 広告は1.8ヶ月、配荷は2.1ヶ月。いっぽう広告認知は2.3ヶ月、検討は2.2ヶ月、好意は2.0ヶ月。つまり、マインドセット指標はブランド・パフォーマンスの先行指標である。
[おお、美しい。この結果は著者らが狙ってたやつなんだろうなあ。おめでとうございます] - モデル上はアクションとマインドセットのどっちが原因かわかんないんだけど、すくなくともグレンジャー検定ではアクション→マインドセットという向きがあるし、マーケターが直接コントロールできるのはアクションなので、アクション→マインドセットのインパクトに注目しよう。弾力性をみると、即時的にも累積的にも、配荷がでかい。広告認知・好意・検討は配荷で生まれる(ないし、手に入らないブランドの広告認知・好意・検討は獲得できない)わけだ。広告は広告認知に、プロモーションは検討に、価格は好意に効く。
[あれれ? これ価格ってどっち向きにコーディングしてんだっけ。売上への弾力性は負、好意への弾力性も負だから、高いと売れないし嫌われるっていう理解であってる? これはどうみてもカテゴリ依存だなあ… FMCGであってもたとえば化粧品ならこうはならんだろう]
6. 考察
市場反応モデルにマインド・セット指標を入れてなんで説明力があがる。おそらく、それらが本来入れるべきなのに入ってない変数、特にブランド経験とその質の、代理変数になっているからであろう。
さらに、マインドセット指標は初期警告シグナルとして役に立つ。
[配荷の弾力性がやたら高かったことについての考察。中略]
本研究の限界:
- マインドセット指標にブランド使用とか記憶とかが入ってない。
- すべての変数を4週単位に丸めてしまった。
- フランスのみ、FMCGの4カテゴリのみであった。
- マインドセット指標を手に入れるのにかかるコストは無視している。
- 店舗も消費者も集計しちゃっている。
- マインドセット指標と購買データは別の人からとってきている。
- ブランドレベルの効果を分析しているけど、小売の視点で見るとカテゴリレベルの指標(カテゴリの利益とか)も検討すべきかも。
今後の課題:
- 他のマインドセット指標、地域、カテゴリを検討し、経験的一般化を行うこと。
[そうそう! なんかこうマーケティング・サイエンスの論文って、高度な分析手法でヒットを打って塁に出て、いつホームに戻ってきてくれるんだろうかと実務家は期待してるんだけど、そのまま離脱して別の試合に行っちゃう、というようなイメージがありますね。これは偏見でしょうか] - カテゴリやブランドによるちがい。たとえば本研究でいうと、実はマインド・セット指標の貢献は高価なブランドで、マーケミクス変数の貢献は安価なブランドで大きい。
[おおお、面白い。ここじゃなくて本編で書いてよ] - なぜマインドセット指標が売上の説明に役立つのか。たとえば、広告がジュースの売上を増大させるのは、広告のメッセージ(ヘルシーですとか)が外的な消費者トレンド(健康志向とか)と共鳴したときだけ、というようなことがあるかもしれない。いまあるブランドが、こういう成功するメッセージと、そうでもないメッセージを混在させて発信していたとしよう。典型的なMMMでは、広告が売上に与える効果は異なるメッセージを通じて平均されることになる。いっぽうブランド好意は成功するメッセージのみによって増大するとしよう。するとブランド好意は平均広告効果に追加されることになる。
[文章の主旨がいまいちつかみにくいんだけど、極端にいえば、マーケミクス変数をX1, マインドセット指標X2, 売上をYとして、実はX1→YとX1→X2というパスしかないのかも、という指摘かなあ? うーん、よくわからんけど、少なくともX1→X2というパスがある以上、VARモデルにおけるX1→Yの係数に注目しているのはミスリーディングでありうるような気はしますね。X1→X2→Yの係数とX1→Yの係数の和をみるとか、インパルス応答をみるとかならわかるけど] - マインドセット指標が売上に先行するということがわかったが、3指標すべてを調べるべきなのかは別の問題である。Pauwels & Joshi (2008, Working Paper)は、売上に先行する変数は実は少数だということを示している。
- アクションから売上へのチェーンについて調べること。効果階層モデルは1方向の系列のみを仮定していると批判されている。たとえば、消費者においては配荷→好意という関係があり、小売においては消費者好意→配荷という関係があるだろう。
云々。
——-
仕事の都合でいやいや読んだんだけど、面白い論文であった。VARモデルってどうも苦手なんですけど(なんというか、あの記述的なスタンスが肌に合わない)、マーケティング・ミクス変数とマインド・セット指標のwear-in時間のちがいが定量化されるところなんて、いいですねー。ほめてつかわそう。
マーケティング・ミクス・モデリングに関する学術的研究には、マーケティング・ミクス・モデルを道具として使う実証的研究(by-MMMな研究)と、マーケ実務においてMMMを使って意思決定を支援しようとする実務家を助けるための研究(for-MMMな研究)があると思うんだけど、本研究はby-MMMな研究だと思う。この研究を読んで「よし!わが社のMMMにも消費者態度変数を入れよう!」と思ったところで、どうすればいいかはこの研究からはわからない。
for-MMM的には、うーん、どうしたらいいんでしょうね。因果関係を仮定せずすべてを非構造的なVARに叩き込むってのは、実務的にはちょっと問題なんじゃないかしらん(御社の広告出稿は売上によって説明されます、なんていわれてもねえ)。かといって、マーケミクス→売上の時系列回帰に単に追加投入するのもなんだかおかしい(マインドセットはマーケミクス変数の結果でもあるわけで、つまりマーケミクス変数の係数が解釈しにくくなる)。この論文でも指摘されているように、一般論としていえば、マーケミクスとマインドセットの諸変数には複雑な相互作用がありそうだ。結局、そのカテゴリやブランドについて真剣に考えて、実質的な知識に基づいて時系列SEMや構造化VARのモデルを組め、頑張れ、ということでしょうか。辛い。