読了:井上(2014) 新製品上市時の製品サンプル配布で実購買・クチコミを引き起こせたか

井上淳子(2014) 新製品導入時のサンプリング・プロモーション: 個人内外のプロモーション効果. 流通研究, 16(2), 97-117.

 製品サンプリング (標本抽出のことじゃなくて、消費者に製品のサンプルを配ること) についての実証研究。仕事の都合で読んだ。日本語で読めるのは実にありがたいです。
 主要な先行研究はBawa & Shoemaker(2004)のACEモデル(論文中ではずっとBowaって書いてあるけど)。ただし、ACEモデルではアウトカムは実購買だけど、ここではクチコミにも注目している。

 先行研究概観は飛ばして…
 実証の部分は調査データの分析なので、先にデータについてメモしておく。
 題材はノンアルビール。以下、カテゴリユーザをS1, ビール・発泡酒などのユーザをS2, どれも飲まない人をS3と呼ぶ。[Bawa-Shoemakerモデルでは、Segment 1がサンプリング開始前にそれを買っている世帯、2がサンプリングしなくても買う可能性がある世帯、3がサンプリングしなかったら買う可能性がない世帯、である。全然ちがう定義であることに注意]
 2012年1-3月に3回調査した。

  • 第1回: あるブランドの上市1ヶ月前。既存ブランド認知・評価・購買経験を聴取。ここでS1, S2, S3を判別。[おそらく、この調査の回答者のなかから製品サンプリング対象者を選んだのだろう。どういう条件で選んだのかしらん? 私がこの研究に協力しているメーカーの側だったら、絶対にいろいろ条件をつけると思うけどなあ…]
  • 第2回: 上市直前に無料サンプル(500缶2本)を送った人1500人が対象。事前認知、製品評価3項目、購買意向、推奨意向、クチコミ行動(SNSやブログに書いたか)を聴取。[書いてないけど、たぶんここで分析2で使う「話題になりそう」「人気が出そう」「売れそう」、クチコミ意向(2項目)を訊いてるんだと思う]
  • 第3回: 上市1ヶ月後。ブランド購買、クチコミ行動、情報接触を聴取。

3回全部に回答し、2回目回答前にちゃんと試飲していた581人について分析(S1, S2, S3が188, 290, 103人)。

分析1.
 仮説は以下の通り。
 H1a. サンプル製品に対する製品評価はS1>S2>S3。
 H1b. サンプル製品の購入意向と実購買率はS1>S2>S3。
 H1c. サンプル製品の他者推奨意向と実クチコミ率はS1>S2>S3。

 結果。
 製品評価(合成変数)、購入意向、推奨意向は3水準のANOVAで有意で、大筋仮説を支持。実購買はS1>(S2, S3)。実クチコミは差なし。
 実購買を目的変数、{製品評価, セグメント, 発売後に接触した情報量, メーカー好意度}を説明変数にしたロジスティック回帰で、全部有意だった。[セグメントは(S1, S2)>S3のようだが、S1とS2の比較は検定してない]

 考察。この新製品はカテゴリ新規顧客開拓に成功したと考えられる。[そ、そうかなあ… 上のモデルが示したのは、製品評価・情報量・メーカー好意度をコントロールしても、サンプルを受領したカテゴリユーザ(S1)・隣接カテゴリユーザ(S2)はサンプルを受領したノンユーザ(S3)より多く実購入した、ということであろう。サンプリングがカテゴリ新規顧客開拓に成功したと主張するためには、S2のサンプル受領者と非受領者を比較しないといけなくないですか]

分析2.
 仮説は次の通り。
 H2. サンプリングされた新製品を事前に認知していた消費者は、そうでない消費者よりも、当該製品の世評感を高く評価する。[そりゃまあそうだろうな]
 H3. サンプリングされた新製品を事前に認知していた消費者は、そうでない消費者よりも、当該製品のクチコミ意向が高い。[クチコミ発信を支えているのは知覚された認知率だから、という理屈。なるほどー、これ面白いっすね]
 H4. サンプリングされた新製品を事前に認知していた消費者は、そうでない消費者よりも、上市前のクチコミ行動率が高い。[なぜ上市前に限定するのだろうか? 分析上、第2回調査での実クチコミ率を調べているということだと思うけど… 実務的には上市後のクチコミだってありがたいから、第3回調査での実クチコミ率に効いたかどうかが知りたいなあ]
 
 結果。
 サンプル受領前の認知は39%。
 「話題になりそう」「人気が出そう」をみると、事前認知xセグメントのANOVAでは、主効果はどちらも有意、交互作用はなし。事前認知者のほうが高い。「売れ行き感」はセグメントのみ有意。
 実クチコミ行動をみると、事前認知者のほうが高い。

 考察。製品サンプリングによるクチコミを期待するには、事前に知覚認知率をある程度高めておくことが有効。[示唆としては正しいんだろうけど、それを示すなら、事前認知→世評感→クチコミという媒介分析をやればいいのに… 標本サイズが小さすぎて無理なのかしらん…]

全体的考察
 データをよく見ると、サンプリング受領者のうち実購買者とクチコミ行動者は必ずしも重ならない。重なっている人は製品評価がすごく高い。[うぉう… 全体的考察のパートまできて新事実が… 論文の書き方というのは分野によっていろいろだなあ]
 つまり、サンプリングには内向きの効果(実購買)と外向きの効果(クチコミ)がある。同じ消費者が両方やってくれるのが理想ではあるがハードルが高い。
 本研究の限界。プロモーション非接触者との比較をやってない。標本サイズのせいで、S3の取り込みについて十分検討できなかった。

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 勉強になりましたです。特にクチコミ関連の先行研究の整理が充実していて、ほんとにありがたいことである。日本に研究者がいて日本語でこういう論文を書いて下さるというのは実に貴重なことである。私が石油王なら助成金を配りたい。(すいません嘘です。私が石油王ならマーケティングなんかに関心を持たない)

 先行研究のうちいくつかメモ。製品サンプリングと直接関係してそうなものを選んだが、そうでないものも含まれているかもしれない。

  • Holmes & Lett(1977J.Adv.Res.): 製品サンプリングによるクチコミの初期研究。サンプル使用の満足・不満足の効果を検証。
  • Bettinger, Dawson, & Weles (1979J.Adv.Res.): 製品サンプリングによるブランド認知の拡大
  • Marks & Kamins (1988JMR): 製品サンプリングによるブランド信念の強化
  • Lammers (1991J.Cons.Mktg): 製品サンプリングによるカテゴリ拡大
  • McGuinness, Gendall, & Mathew (1992J.Adv.): 製品サンプリングの実証研究
  • Gedenk & Neslin(1999J.Retailing): 製品サンプリングによるブランドロイヤルティ創出
  • Heiman, McWilliams, Shen, & Zilberman(2001MgmtSci): 製品サンプリング研究
  • Villas-Boas(2004Mktg.Sci.): 製品サンプリングによるブランドロイヤルティ創出
  • Libai, Muller, & Peres(2005Int.J.Res.Mktg): 製品サンプリングによるクチコミ
  • Hinz, Skiera, Barrot, & Becker(2011J.Mktg): 製品サンプリングによるクチコミ。ハブに配るとリーチは高まるが、他者の行動への効果はハブで高いわけではない。(第二著者のSkieraってアイデア・マーケットのSkieraさん? 世間狭いなあ…)
  • Berger & Shwartz(2011JMR): 製品サンプリングの話題になりやすさ。非売品配布はクチコミを引き起こすがサンプルやクーポンでは難しい
  • Libai, Muller, & Peres(2013JMR): 製品サンプリングによるクチコミ。(原文ではLibai & Mullerとなっているが誤りと思う)