Horvath, C., Fok, D. (2013) Moderating Factors of Immediate, Gross, and Net Cross-Brand Effects of Price Promotions. Marketing Science, 32(1), 127-152.
仕事の都合で読んだ。あるブランドの価格プロモーションが別のブランドの売上に与える効果とそのメカニズムを調べますという論文。
著者らはオランダのマーケティングの先生。第一著者を検索したら今年のFrontiers in Psychologyに論文があった。向こうにはこういう人がいるんだよな。
最近どうも体力と根気が無くて、こういう「おまえら肉喰ってんな」系の論文はちょっと久しぶりであった。いや-、疲れた…
イントロダクション
あるブランドの値下げ販促によって他のブランドも影響をうける。その影響の強さはいろんな要因で変わる。これまでに次の5つが指摘されている。
- 非対称的価格効果。高価格帯ブランドの値下げが低価格帯ブランドに及ぼす影響は、その逆より大きい。
- 価格効果。類似したブランドの値下げの影響は大きい。
- 非対称的シェア効果。シェアが大きいブランドの値下げの影響は大きい。
- 近隣シェア効果。シェアが類似したブランドの値下げの効果は大きい。
- プライベートブランド(PB)とナショナルブランド(NB)の非対称性。NBの値下げが及ぼす影響は大きい。
先行研究は数多いが、次のふたつの限界がある。
- 即時的な効果にばかり注目している。値下げの交差ブランド効果に影響するであろうダイナミクスとして次の2つがある。(1)消費者ダイナミクス。値下げに対する消費者の反応に遅延がある。(2)競合ダイナミクス。値下げに対して競合が反応してくる(でもその実行にはちょっと時間がかかる)。ちゃんとダイナミクスを考えないと誤った結果を招くぞ。
- ある側面だけを捉えて全体をみていない。たとえばPBとNBの非対称性は、単に価格やシェアのちがいによる非対称性かもしれないじゃないですか。
本研究のために、階層ベイズベクトル誤差修正モデルと説明変数つきベクトル自己回帰モデルを開発しました(以下HB-VEC-VARXモデルと呼ぶ)。
本研究の貢献: (1)消費者・競合ダイナミクスが価格販促の交差弾力性に与える影響を調べる。(2)幅広い変数の影響を分析する。
概念モデルと文献レビュー
[まず概念図が提示される。
ブランドAの価格販促が、ブランドVの売上への(1)即時効果, (2)グロス効果(=即時効果+消費者の遅延反応), (3)ネット効果(=即時効果+消費者の遅延反応+競合の遅延反応)をもたらす。
で、それらの矢印に刺さるモデレータが二つある。(1)イントロで挙げられた5つの非対称・近隣効果。(2)共変量。ブランド要因とカテゴリ要因にわかれ、それぞれがリストを持っている。AとVの販促頻度とか、カテゴリ購買間隔とか。
なんで{即時効果、消費者遅延反応への効果、競合遅延反応への効果}という風に排他的に分解しないの?と不思議に思ったが、このあとを読み進めていくと、どうやらこういう定義の方がモデリングが楽らしい。
ちなみにAはattacker, Vはvictimの略だそうだ。ははは]
モデレータについて逐一検討しましょう。まずは非対称・近隣効果から。
- 非対称価格効果。その原因として考えられるのは: (1)高価格ブランドは品質がよいと考えられているので、値下げするとこれまで高くて買えなかった人がスイッチするが、低価格ブランドを値下げしてもスイッチは起きない。(2)高価格ブランドの顧客はロイヤルティが高いからスイッチしないが低価格ブランドの顧客はスイッチする。というわけで、仮説: 価格が A>Vだと即時効果・グロス効果は拡大する。
- 近隣価格効果。[先行研究紹介…] 仮説: 価格差の絶対値に応じて即時効果・グロス効果は縮小する。
- 非対称シェア効果。シェアが大きいブランドは認知も顕著性も高いしロイヤルティも高いし品質も高いし配荷も高いし棚面積も広いし、小さいブランドは大きいブランドの活動にすぐに反応する(ふだん大手はあまり値下げしないから余計にそうだ)。仮説: シェアがA > Vだと即時効果・グロス効果は拡大する。
- 近隣シェア効果。大ブランド同士、小ブランド同士は顧客が似ているからスイッチしやすい。仮説: シェア差の絶対値に応じて即時効果・グロス効果は縮小する。
- NB-PB非対称性。PBの顧客は価格に敏感、ブランドに鈍感、ロイヤルティが高く、所得が低い。それにふつうPBのほうが安く、広告しないのでブランドエクイティが低い。[…] 仮説: AがNBでVがPBならば即時効果・グロス効果は拡大、逆ならば縮小する。
ブランドレベル共変量について。
- ブランドの価格販促頻度。仮説: Aの価格販促頻度が高いと即時効果・グロス効果・ネット効果は縮小する。Vの価格販促頻度はその逆。
- ブランドの価格販促の深さ[値下げ幅のことであろう]。仮説: Aの価格販促が深いと即時効果・グロス効果・ネット効果は縮小する。Vの価格販促の深さはその逆。
- …[とこんな感じで共変量と仮説が列挙される。めんどくさいので読み飛ばした。名前だけ挙げておくと、あとはfeature and display活動の頻度, 平均価格, 平均シェア]
カテゴリレベル共変量について… [同じく読み飛ばした。名前だけ挙げておくと、perishability, utilitarian nature, badget share, competitive concentration, interpurchase time]
方法論
第1レベルのモデル。売上と価格を同時に説明する。
話を簡単にするために、店舗とカテゴリの組み合わせのことをカテゴリ\(c(=1,\ldots,C)\)と呼ぶ。ブランド数を\(I_c\)とする。週\(t\)における各ブランドの売上と販促価格を長さ\(I_c\)のベクトル\(S_{ct}, P_{ct}\)とする。
販促価格以外のマーケティングミクス変数(通常価格を含む)が\(K\)個あるとする。各ブランドのその値を長さ\(I_c\)のベクトル\(X_{ckt}\)とする。[ちょっと混乱したが、いわゆる共変量ベクトルではなくて、ある共変量\(k\)について、店舗xカテゴリ\(c\)の取り扱いブランドたちが週\(t\)において持っている値を縦に並べたベクトルである]
売上のモデル。VECモデルとする[そうする理由はFok, et al.(2006, JMR)をみる必要がありそうだが、要するにカテゴリ売上は定常だからブランド売上は共和分関係にあるということだろうと思う]。一階差分オペレータを\(\Delta\)として$$ \Delta \log S_{ct} $$ $$ = \mu_c + A_c \Delta \log P_ct + \sum_k^K A^*_{ck} \Delta X_{ckt} $$ $$ + \Pi_{1c} (\log S_{c,t-1} – B_c \log P_{c,t-1} – \sum_k^K B^*_{ck} X_{ck,t-1}) $$ $$ + \epsilon_ct $$ 行列\(\Pi_{1c}\)は長期定常状態へと向かう売上の修正速度を表し、単位行列との和\(\mathbf{1} + \Pi_{1c}\)の固有値が単位円に入ってたら売上は定常である。\(A_c, B_c\)の対角は価格効果、非対角は交差価格効果である。\(\epsilon_{ct} \sim N(0, \Sigma_c)\)とする。
[嗚呼、共和分システムって奴だ… 勘弁してほしいなあ、苦手な話なのである(得意なものなどなにもないが)。えーと、要は販促価格とマーケティングミックス変数を説明変数にした一階差分のベクトル自己回帰モデルで、そこになんかこうふっかーい理由で、ラグ1の変数を使った誤差修正項を入れてるわけね。深く考えずに先に進みたい]
価格のモデル。競合の反応をいれる。ここはVARXモデル。$$ \log P_{ct} = \delta_c + (\mathbf{1} + \Pi_{2c}) \log P_{c,t-1} + D_c \log S_{c,t-1} + \sum_k^K D^*_{ck} X_{kct} + \xi_{ct}$$ \(\xi_{ct} \sim N(0, \Omega_c)\)とする。売上とマーケティングミックス変数で条件付けると、\( (\mathbf{1} + \Pi_{2c}) \)の固有値が単位円にはいってたら販促価格は定常である。
2つのモデルを合わせて書くと… [略]
さて、価格販促の即時効果は簡単で、\(A_c\)の要素\((i,j)\)である。
グロス効果は[…中略…] \(B_c\)の要素
\((i,j)\)である[←えええ、そうなの??? 不思議だけど、信じて先に進もう]。
ネット効果の導出は大変で[…中略…]、この\(\Gamma_c\)という凄く複雑な行列の要素になっているんだけど、売上も価格も定常であることが必要。[このくだり、さっぱりわからんが、信じますよ先生]
第2レベルのモデル。交差価格効果をモデレータで説明する。[そうか、モデレータがいっぱいあるので第1レベルのモデルに交互作用項を入れるってわけにもいかないのか…]
\(A_c\)の非対角要素を取り出して縦に並べたベクトルを\(\tilde\alpha_c\)とする。各要素はブランドのペアを表しているわけである。同様に\(\tilde\beta_c, \tilde\gamma_c\)をつくる。即時効果、グロス効果、ネット効果をあらわす。
簡略のために、ベクトルの要素番号\(l\)をattackerのブランド番号にマッピングする関数\(i(l)\), victimのブランド番号にマッピングする関数\(j(l)\)を導入します。
カテゴリ\(c\)のカテゴリレベル共変量ベクトルを\(z_c\), カテゴリ\(c\)のブランド番号\(i\)のブランドレベル共変量ベクトルを\(z_{i,c}\)と書きます。[記号からはわかりにくいけど、前者が後者を含んでいるわけじゃなくて別のもの。なお共変量はいっさい時変しない模様]
カテゴリ\(c\)がどこの店舗かを表すダミー変数ベクトルを\(d_c\)とします。
さあ参りましょう。$$ \tilde\alpha_{l,c} = \theta^{(1)}_0 + \theta^{(1)\top}_1 z_{i(l),c} + \theta^{(1)\top}_2 z_{j(l),c} + \theta^{(1)\top}_3 g(z_{i(l),c}, z_{j(l),c})+ \theta^{(1)\top}_4 z_c + \theta^{(1)\top}_5 d_c + \eta^{(1)}_{l,c} $$ \(g()\)の項は、価格・シェアの絶対値の差、どっちが大きいか、どっちが高いか、平均価格と平均シェア。\(\eta^{(1)}_{l,c}\)は正規分布に従う。
\(\tilde\beta_c, \tilde\gamma_c\)についても同様のモデルを組む。パラメータの上添字を\((2), (3)\)とする。
推定。
MCMCでやるんだけど、完全にベイジアンでやるのは\(\Gamma_c\)が複雑すぎて無理なので、まずレベル1のモデルでドローして、次にレベル2のモデルでドローして、それから\(\Gamma_c\)についてドローする、という手順でやります。詳しくはappendixを読め。[よくわからん… しかし長大なappendixを読む気力は無い…]
そんなんでほんとにうまくいくのかって? よろしい、架空データでシミュレーションしてみましょう…[ひゃー、そこまでやるのか。面倒くさいので読み飛ばした]
Empirical Results
IRIのデータを使います。5年間, 31カテゴリ, 5店舗。カテゴリとブランドをきちんと定義し直して、824ブランドのデータを作りました。ブランドペアは3950となります。共変量もあわせて準備しました。[ちゃんと読んでないけど、データ整備にかかる手間を考えると気が遠くなる… これが仕事だったらお受けできないというレベルだ。ほんとに著者の先生方がやったんだろうか、それとも学生が泣いてたりするんだろうか…]
第1レベルのモデルは165本[←店舗xカテゴリ数のことかな? \(c\)ごとに推定したっていうことだろうか]。季節ダミーやトレンド項もいれました。
第2レベルモデルの共変量は…[具体的な定義。読み飛ばした]
結果。
[6ページにわたって延々続く。そりゃまあ、こんだけ盛りだくさんなら仕方が無いな。申し訳ないけど、問題設定と方法に関心があるだけで実質的な関心があるわけではないし、天気のよい日曜日を机に向かって過ごすのもなんだか辛いので、ここは完全にスキップした。すいませんすいません]
結論と考察
価格販促の交差弾力性に対するNB-PB非対称性の効果は強く、価格とシェアの非対称性をコントロールしても残った。次いで価格非対称性・シェア非対称性の効果が強かった。attacker側のブランド特性も効いていた。
競合の反応は交差弾力性を減らすというより増やすことがわかった。一見不思議な結果だが、説明はできる[…略]。
attackerの販促活動が交差弾力性に効くことがわかった。あるブランドは、いろんな手段で自社の販促が他のブランドの売上に及ぼす効果をコントロールできるが、他社の販促が自社の売上に与える効果を防衛するのは難しいわけだ。[…略]
消費者ダイナミクス・競合ダイナミクスを考慮すると、交差効果は増大しモデレータの役割も増大する(NB-PB非対称性は特にそう)。先制的なスイッチングが存在すると思われる[消費者でいえば買い置きのことですかね]。値下げはそのブランドの売上を先食いするだけでなく、他のブランドの売上も先食いする。[…略]
インプリケーション。
PBはロイヤルユーザをつくらなあきませんね。
価格・シェアの近隣効果より非対称性のほうが大きいわけだから、高価格帯・大ブランドの値下げ販促に要注意。
値下げ販促の長期的な弊害が確認された。回数は減らす代わり、値下げするなら思い切って下げるのが良さそう(値下げ幅は交差効果に効かなかったから)。
値下げの効果について調べるには即時効果だけでなく遅延効果も調べること。
今後の課題: カテゴリをまたぐ交差効果の検討。PBのロイヤルティ構築について。西欧以外での検討。耐久財とか高関与財についての検討。
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いやー、肉だなあ!肉食ってんなあ!と呟きながら読了。一流誌に載っている、テーマがメジャーでレビューが手厚くデータも大きく実証にも手がかかってて緻密な論述で「これでもかこれでもか」と読み手を押し潰すような論文を読んでると、この人たち朝からステーキとか食ってんだろうな、人種が違うよなあ、なんて思うわけです。ほんとはこう、どこの馬の骨とも知れない研究者が面白い着眼点でカーンと無責任なヒットを打つような論文のほうが楽しいんですけどね。文句をつける筋合いではないけどさ。
ものすごく素朴な疑問で恥ずかしいんだけど…
仮にこの研究をナイジェリアのスーパーのデータを使ってやったら(ナイジェリアにそんなデータが存在するとして)、それはMarketing Science誌に載るのでしょうか? 想像するに、それはアフリカの発展途上国での知見だ、一般化可能性が低いとみなされてしまい、なかなか載りにくいのではなかろうか。素人考えでは、それはまあ仕方が無いかなという気がしてしまう。
では、仮にこの研究を日本のデータを使ってやったら、それは載るのだろうか? 素人考えでは、そりゃ載るでしょうと思うけど、でもそれは私が日本人だからそう思うだけで、欧米の人から見たら、それは東アジアでの知見にすぎない、一般化可能性が低いとみなされて、載りにくかったりしないものだろうか?
うまくいえないけど、こういう観察研究における知見がどこまで一般化可能なのかという知覚ってすごく曖昧なもので、しかし研究者共同体のなかではその曖昧な知覚に基づく暗黙のセレクションが働いていて、そのせいで私は欧米の研究ばかり読まされる羽目になっているのではないか、という疑念がある。
これがたとえば認知科学なら話はクリアで、なにかの認知過程についての観察研究があったとして、被験者がナイジェリア人や日本人だからといって不利になることはないはずである(少なくともタテマエとしては)。だからたとえばCognitive Science誌に載った観察研究の論文を読んだとして(いや読みませんけどね)、特段の理由が無い限り、「実は西欧社会での知見を重視するセレクションバイアスがあるかも…」と頭から疑うことはないだろうと思う。
しかし、仕事の都合でMarketing Science誌をめくり、小売の値引き販促についての観察研究(こういうのですね)を読んでいる際には、なんで私アメリカのスーパーの話ばっかし読まされてんの…? と思っちゃうわけです。
海外の研究を捕まえていちいち「これ日本とは違うかもしれないじゃん」と言い立てるつもりはないんです。一流誌に載るのが主に欧米の研究になっちゃうということに文句をいうつもりもない。しかしですね、なにしろマーケティングとか流通の実態っていうのは、その国の産業とか社会とかの固有な諸特性を強く反映しているはずじゃあないですか。だから、(1)この知見はグローバルな一般化可能性があるの? (2)仮にそれが誰にもわからないのだとしたら、どの国のデータでも同じ価値を持つものとして扱われるってことなの? ほんとに? (3)仮にこの問いに誰にも答えて下さらないならば、極東の国のしがない実務家がこれを読む意味ってなんなの? という疑念が、どうしても頭をよぎるのである。考えすぎでしょうか。