読了: Farris, Hanssens, Leskold, Reibstein (2005) マーケティングROIっていったいなんのことやねん

Farris, P.W., Hanssens, D.M., Lenskold, J.D., Reibstein, D.J. (2005) Marketing Return on Investment: Seeking Clarity for Concept and Measurement. Applied Marketing Analytics. 1(3), 267-282.

 題名通り、マーケティングMROIの測定についての実務家向け解説。どういう掲載誌なのか知らんが、PDFがそのへんに転がっている。著者にMMMの権威Hanssensさんが入っているし、まあ、変な内容ではないだろう。
 仕事の都合で作った膨大な「この資料読まなきゃ」リストを眺めてげんなりしていたのだが、いつまでも溜息をついていられないので、とりあえず先頭の奴に目を通した次第である(重要性の順じゃなくて、誌名の英字順に並んでいる)。リストを開いたとき、目立つところに「読みました」マークがついていることはすごく大事である。精神的に。

 いわく。
 マーケティングROI(MROI; Marketing Return On Investment; またの名をROMI; Return On Marketing Investment)はマーケティング意思決定支援に広く用いられている指標である。
 MROIという概念はKotler(1971, “Marketing Decision Making”)に遡る。マーケターは財務部門に自分たちの貢献を伝えるのに必死で、そのため彼らと同じ言葉を話そうとしたのである。
 MROIを使う目的はいろいろある。マーケティングの生産性の評価、マーケティング予算の検討と承認、資源配分、個別具体的なキャンペーンの実行有無の決定。
 しかるに、マーケターはMROIをあまり使ってない(その代わりにたとえばシェアに注目している)。ありうる理由: (1)MROIをよく理解してない。(2)MROIとかROMIとかROIとかいろいろあって混乱している。(3)MROIが上がっても報償がない。

MROIの定義
 MROIとは、マーケティング・イニシアチブの特定の集合に対して帰属できる財務的価値を、その集合のためのマーケティング投資で割った値だ。いいかえると、((マーケティングによって生成された財務的価値の増分)-(マーケティングのコスト))/(マーケティングのコスト)、だ。
 マーケティング支出というのはたいてい流動資金から来る。固定資産とか債権とか在庫とはふつう関係しない。だから、MROIを他のROIと比べるときは注意が必要だ。

MROIの計算方法はなぜいろいろあるのか: 3つの原因
 ところが、MROIの意味するところは一筋縄ではいかない。

 その1、マーケティングのリターンを評価する方法。次の5つがある。

  • baseline-lift. ある会計期の売上増分から利益増分を求めてリターンとする。なお、代わりに売上増分そのものをリターンとする場合があるが、これは「revenue MROI」と呼ぶべきだ。reveneu MROIは、同じ製品・サービスに対する2つのマーケティング・イニシアチブの生産性を比べる際には使えるが、支出水準の最適化には向かない。
  • funnel conversions. コンバージョン率から未来の売上・利益の増分を求める。
  • comparable costs. 削減されたコストや機会費用の差を求める。
  • customer equiity. CLVの変化を求める。
  • marketing assets. ブランド価値・企業価値の変化を求める。

 その2、マーケティング支出を評価する際のスコープと粒度。
 もっとも細かい場合としては、ある特定の広告とかキャンペーンとかの支出。もっとも粗い場合としては、何年にもわたるキャンペーン(Intel Insideとか)のための完全なマーケティング・ミックスで、市場調査のコストとかロゴのデザイン費用なども含む。
 スコープが大きくなるほど、マーケティング・ミックスの諸要素間の代替関係とか相互作用とかフィードバック効果とかを評価することが大事になる。

 その3、レンジ。次の3つを区別すること。

  • Total MROI。すべての支出に対するリターンを評価する。
  • Incremental MROI. 支出の増分に対するリターンを評価する。
  • Marginal MROI。支出の1ドル増に対するリターンを評価する。

どれが高くなるかは反応曲線の形による。

 というわけで、透明性を保つため、次のように云いましょう: 「私たちの分析は、(時期)について、(評価方法)を使って、(支出のスコープ)の(total/incremental/marginal)MROIを測っています」。

図解: MROIを使うシナリオ
[5つの評価方法について、それぞれ架空事例を紹介。スキップ]

反応指標とMRIとの関係
 結局、マーケティングの財務的帰結とは(1)コスト削減、(2)売上数量の変化、(3)利益率の変化、の組み合わせである。

 もっとも単純な評価方法はA/Bテストのような単純な実験である。需要曲線のうち2点がわかるので、((Aの粗利益)-(Bの粗利益) – (Aのマーケティング支出))/(Aのマーケティング支出) を求めればよい。デジタルメディアの時代にはこういう実験も絵空事でない。

 MMMを構築して弾力性を推定することも多い。[…MMMについての簡単な説明。メモ省略…] 弾力性とはすなわち、(売上の%change) / (マーケティング支出の%change)である。
 弾力性はtop-lineへの、MROIはbottom-lineへの影響の指標である。このふたつは、利益最大化という観点からはご存じDorfman-Steiner定理でつながっている。たとえばTV広告とPaid Search広告があるとして、DS定理に云わせれば、利益を最大化する予算配分は弾力性の比に合わせる配分である。このとき2つのメディアのmarginal MROIは0となる。さらに、各メディアの最適予算は弾力性x粗利益である。

 弾力性で短期的影響を表すだけでなく、長期的な影響を表すためには、2つの方法がある:

  • 成績指標を長期的なものに変える。customer equityとか。
  • 計量経済学的に推測する。Hanssens本を読みなさい。

利益最大化とMROI
 ROIの最大化は予算制約のもとでの効率化であって利益最大化とは整合しないからお勧めできないという意見もある。どう考えたらよいだろうか。
 MROIというのは、マーケティング投資に対する利益貢献の比である。仮にアウトカムが固定されているなら(つまり、純利益が50万ドルなら投資額がいくらであろうがアウトカムには関係ないのなら)、MROIは有用である。MROIを利益最大化という問題と関連づけるには、incremental MROIないしmarginal MROIが必要になる。

 たとえば、(A)支出が40万ドル, 利益増分が100万ドル、ROIは150%。(B)支出が60万ドル、利益増分が140万ドル、ROIは133%。(A)より(B)のほうが利益は大きいけどROIは低い。
 利益最大化が目的だとしよう。(A)から(B)へのincremental ROIに注目する。支出増が
20万ドル, 利益増が40万ドル, incremental ROIは100%である(Total ROIは下がっているけど)。支出を増やしてよいわけだ。この調子で支出を増やし、incremental ROIが設定した閾値を超えるかをみればよい。[云々…]

 [読み返してちょっと混乱したので、もういちど整理しておこう。横軸に広告支出、縦軸にその広告支出による利益増分をとる。現状は広告支出が40, 利益増分が100だ。広告支出のTotal ROIは150%, これは原点からその点への角度で、45度線が0%となる。さて、広告支出を60にすると利益増分が140になるということがわかっている(このときTotal ROIは133%)。広告支出を増やすべきか? ここでポイントになるのはTotal ROIの増減ではない。2点をつなぐ線分の傾き(Incremental ROI)が、事前に設定された閾値を超えているかどうかだ。
 … あれ? これ単に「利益の最大化という観点からは利益を最大化する広告支出を探せ」って話ですよね? なまじTotal ROIなんて持ち出すから話がややこしくなってるだけで… ]

資産価値の長期成長とMROI
 マーケティングで生み出されたブランド・顧客資産は、売上・利益に変換にするために他の投資を必要とすることが多い。新製品開発とか。
 財務でいうEconomic Profit (EP)を参考にしよう。EPとは、(税引後営業利益) – (Captial Employed x weighted average cost of capital)である。EPは、成長を支えるのに必要な設備投資を利益率が上回っている限りにおいて、成長をもたらす。
 同様に、マーケティングEPというのを考えよう。それは (マーケティング努力の貢献金額) – (マーケティング予算 x 目標リターン) である。

MROIとビジネスニーズ
 どんなときにどのMROI指標を使う(使わない)べきか。

  • 一般に、マーケティングによる売上・利益の増大の推定という問題から離れ、将来の長期的リターンを予測しようとするほど、その予測に伴うリスクは増大する。とはいえ、マーケティングによる変化の評価に伴う不確実性というのは場合によってもいろいろだろう。リスクが大きいときほど、意思決定に際しての閾値を高くするのが自然である。
  • 過去のパフォーマンスを評価するだけでなく、マーケティングの生産性を高めたいという場合は、より粒度の細かい推定値を出して、マーケティングミックスを変えられるようにすべきだ。totalではなくmarginal MROIを出すのも大事。
  • あなたが出したMROIがマーケティング意思決定にどんな効果を与えるかを知っておくこと。それにより、適切なスコープ・粒度や評価方法が決まる。

[経営者の意思決定のタイミングだとか、意思決定をとりまくいろんな環境要因に合わせたMROI評価方法を選べ、とかなんとか。透明性が大事だ、とかなんとか。メモ省略]

マーケターよMROIを使え
 […中略…]
 財務という領域は、「資本コスト」という概念を具現化する方法を標準化するという難題に、いまだ苦しんでいる。Jacobs & Shivdasani (2012, HBR)をみよ。方法がひとつに絞られていない現状では、進歩のためにも、他の分野からの信頼を得るためにも、透明性が大事である。[要するに、あなたがいっているMROIって正確にはなんのことなのかをはっきりさせろ、ってことね]

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 財務の話を読むだけで鳥肌立っちゃうほうなので、全然気が乗らなかったんだけど、とにかくむりやりに目は通したぞ、という感じだ。そんな投げやりな態度だから、話のポイントをつかみ損ねているのかも知れないけれど、かなりあたりまえな内容だったような気がするなあ…