コンジョイント分析歴史秘話

 コンジョイント分析っていう調査・分析手法がありますけど、その実務家向け解説書を読んでたら、すごく面白い章があった。
 選択モデルの有名研究者Jordan Louviere, マーケティング・サイエンスのリジェンド Rich Johnson, ベイズ統計学者Greg Allenbyという三巨頭が、2017年に夕食を共にして思い出話にふけった座談記録である。聞き手はBryan Orme、Johnsonが創業したコンジョイント分析のソフト会社Sawtooth Softwareの現CEO。

 短い文章だが、マーケティング・サイエンスがまだ若い分野だったころの息吹が感じられる面白エピソードが続く。特に、Johnsonが当該分野の大物研究者Paul Greenと仲が悪かったというところがすごく面白い。そういえば、Johnsonらが発売した適応型コンジョイント分析手法ACAに対しては、学術サイドからの批判がありましたね…。

 面白かったところをメモしておきます。
 出典: Orme & Chrzan (2021) “Becoming an Expert in Conjoint Analysis”, 2nd ed. Appendix B. A Dinner Conversation with Legends in Choice Research.

  • Louviereいわく: 70年代にNorman Andersonの下で情報統合理論の研究をしていた[まずここで仰天。よく知らないけど印象形成の古ーい理論ですよね。Louviereって心理学出身だったんだ…]。その後いろいろあって、MITのMcFaddenのところに行ったりもするんだけど、1977年、招かれてオーストラリアに行った。当時豪政府は航空自由化によってカンタスがどうなるかという問題に取り組んでおり、私はその問題を評価型コンジョイント分析で解決できると思ったのである。期限は6週間。ところがどうやって解いたらいいのかさっぱりわからない。俺のキャリアは終わった… と思ったが、ある日ぱっとすべての答えが閃いた。このときひらめいたアイデアが後に論文になった[Louviere & Woodworth (1983, JMR)のことであろう]。なお、このアイデアは政府に受け入れられ、大規模調査に結実したが、その調査は新聞に叩かれて数日で中止されてしまった。
  • Johnsonいわく: 72年頃にMarket FactsのNYオフィスで働いていた[←市場調査会社。のちのSynovate, 現Ipsos]。大口顧客のゼロックスが、製品スペックをどうしたらどのくらい売れるかを複数属性について一気に調べたいと云ってきた。どうやったらいいかわかんないけど考えてみますね、と返事した。さて、最初はThurstoneの一対比較のことを考えたんだけどそれだと多変量にならない。ある朝ぱっとひらめいた。属性の組み合わせを見せて順位付けさせて、なんか非計量的な回帰みたいなことをやればいいじゃん。うまくいくかどうか確信がなかったが、クライアントいわく、いいからやってみてよ、とのこと。というわけで… 実に25個の製品を順位付けさせる、これを繰り返す、という神をも恐れぬ調査票を作り、無理やり実査し、非計量回帰でシミュレーションまで持っていった[←非計量回帰ってなんのことだろうか。SASでいうproc transregのことかな?]。お客は大喜び、以後、調査プロジェクトを受注しまくった。あんな受注率は二度となかったね。
     その数年後、Paul Greenがコンジョイント分析の論文を書いた。その頃には自分がやってたのがコンジョイント分析だと気づいてたけど、論文は読まなかった。だって仕事が忙しかったし、Paulとは仲が悪かったし[←うける…]。Paulって私がやってたことにすごく批判的だったんだよね。彼は私が彼の研究を無断使用したと思ってるかもしれないけど、ちがうからね。
     ちょっと面白い話があって… Greenのコンジョイント分析手法を売ってたソフト会社があって、私はそこと揉めた。というのは、その会社がACAとの比較広告をJMRに出して、それが虚偽広告だったから。Paulは結局その会社と縁を切る。Paulは急に私に寛大になったね。仲良くなって、一緒に何度もスキーに行った。
  • Allenbyいわく: 私はもともとシカゴ大で学位を取ったんですが、指導教官がGeouge Tiaoで[← Box & TiaoのTiaoね]、ほかにZellnerの講義にも出ていて、つまりMCMC革命の前からベイズ統計学を学んでました。90年にAdrian SmithがイギリスからやってきてMCMCについて講義したのを聴いて、ああ、こりゃマーケティングのモデルに革命がおきるな、と思いました。というわけで、ランダム切片・傾きを持つ選択モデルについて研究しはじめました。金鉱をみつけた、そのへんに金塊がごろごろ転がってる、という感じでしたね。JASAに論文を載せた後[Allenby & Lenk (1994) “Modeling Household Purchase Behavior with Logistic Normal Regression”のこと?]、コンジョイントの論文を2本出しました。
     そのとき私が抱えていた問題は、データになかなかアクセスできないということ。ハンマーはあるけど使う場所がないわけです。そんなときにRich Johnsonと出会いまして、データをご提供いただき、以来ART/Forum [米マーケティング協会の技術系の大会]に参加するようになりました。(Johnsonいわく、あのときコード例をくれたよね。すごく助かった) そうそう、SAS IMLとFortranのコードね。
     私はベイズ統計学者だから理論はわかるけど、難しい問題は実装できなかったわけです、高次積分になっちゃうから。ところがMCMCの登場でその限界が消えた。コンジョイント分析で個人レベルのパラメータだって推定できる。頻度主義では難しかった、部分効用の順序制約という問題だって簡単に解決できる。
     思えば、私は単に運が良かったんだと思いますね。私達みんなそうだったんじゃないですか。良いときに、良い場所にいたわけです。