読了:「戦時下のキリスト教」「戦時下の経済学者 経済学と総力戦」「『よむ』ことの近代 和歌・短歌の政治学」「ぼくたちの野田争議 忘れられた労働運動家 松岡駒吉と野田労働争議」

キリスト教史学会というところが2014年に開いたシンポジウムの書籍化。日中戦争・第二次大戦期のキリスト教についての検証をテーマに、日本基督教団、カトリック教団、正教会、聖公会、ホーリネス教団からそれぞれ講演者が出ている。
 いくつかとても興味深い記述があった。戦時下の日本と日本支配下の地域では、すべての教会で、礼拝に先立ち宮城礼拝があった。ところが当時の人々に訊いてもそのことをあまり覚えていない。例外は台湾・韓国の人々で、日本敗戦直後の8月19日、宮城礼拝なしに礼拝する喜びを強く記憶にとどめているという。日本の信仰者にとっても宮城礼拝は強制されたものではなかったのか? ここが難しいところで、国内の多くの教会ではなんと45年秋から翌春ごろまで、宮城礼拝が惰性のように続けられていたらしい、とのこと。
 戦時中に厳しく弾圧された教派の一つであるホーリネス教団の人はこう述べている。

いろいろな場面でホーリネス弾圧について話す機会があります。そうしたときに、ひたすら同情して下さる方がいます。哀れな弾圧被害者に同情したいのか、同情できる自分に酔いたいのか、とさえ思うことがあります。意地悪な言い方に聞こえるかもしれませんが、[…] 物分かりが良すぎて、問題の本質まで考えようとしないことが起きるからです。
 諸教派・諸団体から、いわゆる戦争責任告白が出され、いろいろな取り組みがなされていながら、物分かりの良すぎる自己批判と隣人愛が目を曇らせるのです。弾圧、沖縄、アジア、ハンセン病、政治、憲法、教育などなど、課題は多いのですが、同情するだけでも、義憤にかられ正義を主張するだけでも意味がありません。[…]
 いまや私たちは、社会情勢について、教会の体質について、いくらでも分析し批判することができます。それでいて、自分自身に気づかないということが起きるのです。[…]私たちは、歴史を学びながら、感性を磨いていかなければなりません。そうしたことが必要な時代に踏み込みつつあるように感じるのです。



近代日本の国家形成と和歌・短歌の関わりについての著者の研究をまとめた本。
 在日朝鮮人の詩人・金時鐘はこう述べているそうだ。

「日本」が最初に私にやってきたのは、心根やさしい「歌」としてやってきた。奪われた野で、山で、街で、声を限りと唄い、親しんだのが童謡であり、唱歌であり、口の端にこころよい音数律の短歌であった。侵す側のおごりを持たないその「歌」が、植民地統治の挑戦で植民地同化を完全なものとしてゆき、多感な私には、あるがままのものをあるがままにうたうことが、真実の詩として居座ってしまった。