読了: Jagpal & Spiegel (2011) 無料サンプル配布と市場構造・ゲーム戦略

Jagpal, S., Spiegel, M. (2011) Free samples, profits, and welfare: The effect of market structures and behavioral modes. Journal of Business Research, 64, 213-219.

 仕事の都合で製品サンプリングについて調べていて読んだ奴。サンプリング活動の効果の実証研究ではなく、ゲーム理論による規範的研究である。
 正直、タイトルの段階で「これは読みたいのと違う…」って思ってたんだけど、なんとなく目を通してしまった。仕事からの逃避かもしれない。
 google様いわく、被引用関数16。す、少ない…

1. イントロダクション
 マーケティング戦略が自社製品の無料サンプルの配布に強く依存している会社ってありますよね。たとえばWall Street Journalオンライン版に申し込むと2週間無料である。WSJは無料コンテンツと有料コンテンツを混ぜる戦略を取っている。
 無料サンプル配布の研究は少ない。多くはデジタル財に偏っている。
 本研究は、均質homogeneousな製品に焦点をあてる[個々のモノのあいだで品質が同じだということだろう]。また、市場構造と行動モードに焦点をあてる。主要な問いは:

  • 最適無料サンプル政策と製品価格は、市場構造(独占/寡占)によって異なるか。
  • 異なる行動モード(企業が無料サンプル政策をcoordinateするかしないか)によって、マーケティング戦略は異なるか。その結果は市場構造によって異なるか。
  • 企業が無料サンプルを配布するとき、それがsocial welfareに与える効果は市場構造と行動モードによって異なるか。

2. 概念的枠組み
 ある産業に複数の企業があって均質な製品を売っているとしよう。それぞれの企業は不確実性下での株価最大化を目指す。企業\(i=\{1,2,\ldots,n\}\)が生産量\(z_i\)、無料サンプル数\(y_i\)、市場価格\(p\)で売る個数\(x_i\)を決める。企業を通じたそれぞれの合計を\(y, x\)と書く。
 inverse demand function[なんて訳すの? まあ需要の逆数というか、品質に対する価格のことね]は\(p = f(x, y)+u\)と書ける。\(u\)は確率的撹乱項。
 \(\partial p / \partial x \lt 0, \partial p / \partial y \gt 0, \partial^2 p / \partial y^2 \lt 0\)と仮定する。ひとつめは標準的な正則性条件。ふたつめとみっつめは、消費者の留保価格(WTP)が無料サンプル配布数が大きいとき大きくなるけどリターンは減衰するということを表している。
 ある企業がそのカテゴリの需要を拡大したとして、独占市場ではそこから完全に利益を得られるけれど、寡占市場では他の企業も利益を得る(スピルオーバー効果)。

 企業の間で、入力価格も同じ、生産過程も同じだとしよう。コスト関数は\(TC_i = C(x_i, y_i)\)と書ける。限界生産コストは売る製品では\(\partial TC_i / \partial x_i \gt 0\)、無料で配る製品では\(\partial TC_i/\partial y_i \geq 0\)である。わざわざ分けて書いているのは、売る製品と無料で配る製品では容量がちがってたりするからである。
 各企業は株価を最大化すべく\(x_i, y_i\)を決めるものとする。寡占市場では、企業は完全な協力から部分的協力までいろんな行動モードを選べる。たとえば出力では競争するけどサンプル配布政策では協力する、とか。4つのモデルを考えよう。

  • モデル1. 非協力ゲーム。各企業が最適な無料サンプル政策と出力政策を決める。
  • モデル2. 準協力ゲーム。無料サンプル政策については協力するが出力政策は勝手に決める。
  • モデル3. 独占。どちらについても完全に協力する。
  • モデル4. 社会厚生最大化。社会厚生を最大化すべく無料サンプル政策と出力政策を決める。

3. モデル
 不確実性の下でのinverse market demand functionを次式とする。$$ p = d + 2 \alpha \sqrt{\sum_{i \in n} y_i} – b\sum_{i \in n}x_i + u$$ \(\alpha\)は正の定数で、無料サンプルの効率性を表す。製品ライフサイクルを通じて下がり、探索財より経験財で高い。\(b\)は正の定数で価格敏感性を表す。\(d\)も正の定数。
 コスト関数を$$C(x_i, y_i) = c x_i + (c+\delta) y_i$$ とする。\(c \geq 0\)は限界生産コストで、デジタル製品では\(c = 0\)。\(\delta \geq 0 \)は無料サンプル配布によるコスト差分で、小容量サンプルを配れる企業では\(\delta \lt 0\)。[あれ? 結局\(\delta\)の値域はどうなってんの?]
 
 企業は株価を最大化しようとする。このことは、不確実性を調整した後の将来の利益の正味現在価値として定義される。正味現在価値は次式となる。$$ Max_{x_i, y_i} \ V_i = \frac{[(d-c- a_m Cov(u, R_m)) + 2\alpha \sqrt{\sum_{i \in n} y_i} – b\sum_{i \in n} x_i] x_i – (c+\delta) y_i}{1+R} $$ \(a_m\)はリスクの市場価格、\(R_m\)は市場ポートフォリオにおけるランダム・リターン、\(R\)はリスク中立利率。ベクトル\(
(u, R_m\)は二変量正規の共分散定常過程に従う。

 [さあ、難しくなってまいりました。
 まず、学力不足でそもそもの意味がよくわかってない。この式の等号の左辺は\(Max V_i\)なの? つまり「\(x_i, y_i\)をうまく決めて\(V_i\)を最大化できたら\(V_i\)はどうなるか」という、最適化問題の解の下での目的関数の値を表しているの? それとも、等式で目的関数\(V_i\)を定義していて、その左に書いた\(Max\)で「企業は\(V_i\)の最大化問題を解くよね」ということを表しているの? たぶん後者だと思う。そして\(V_i\)が正味現在価値なのだと思う。そういう前提で読み進めてみよう。
 分母は割引しているだけだから無視しよう。分子の第1項は粗利益、第2項は無料サンプル配布のコスト。第1項の係数(つまりユニットあたり利益)をみると、\(d + 2\alpha \sqrt{\sum_i y_i} – b \sum_i x_i\)のところが価格、\(-c\)のところがコストになっている。残るは\(-a_m Cov(u, R_m)\)だ。\(u\)は価格の撹乱項。\(R_m\)の意味がよくわかんないんだけど、想像するに、ユニット当たり利益に影響するような、なにか別の撹乱項なのだろう。ふたつの撹乱項が独立なら気にしなくていいんだけど、仮に正の共分散を持っていたら博打の側面が強くなるので、そのぶん割り引く必要があるよね、ということだと思う。合ってますかね?]

 話を単純にするため、以下では\(Cov(u, R_m)=0, \alpha = 1\)とする。企業は結局、以下のリスク調整後利益を最大化することになる。$$ Max_{x_i, y_i} \ \pi_i = [(d-c) + 2 \sqrt{\sum_i y_i} – b \sum_i x_i] x_i – (c+\delta) y_i $$

 さて、均衡解を\(\langle x_i, y_i \rangle\)と書こう。まず各企業が\(y_i\)を決め、次に\(x_i\)を決める、という2段階のゲームを考える。
 企業は決定係数の均衡解を、後ろ向き演繹によって解く。つまり、ステージ2での利益最大化から求められる反応関数を使ってステージ1の最適地を求める。
 
3.1 モデル1: 非協力ゲーム
 企業\(k\)は\(x_k\)の決定においては\(\sum_{i \neq k} x_i\)が\(x_k\)の影響を受けないと仮定し、\(y_k\)の決定においては\(\sum_{i \neq k} y_i\)が\(y_k\)の影響を受けないと仮定する。[えええ? 企業はそう仮定してかまわないってこと? それとも、企業がそう仮定すると我々が仮定するってこと?]
 1階条件を調べると以下が分かる。最良反応関数は $$ x_k = \frac{1}{2b} \left( (d-c)+ 2 \sqrt{\sum_i y_i} – b\sum_{i \neq k} x_i \right)$$ つまり、消費者の価格感受性の逆数\(b\)が小さいときには大きく、限界生産コストが小さいときには大きく、競合の出力が大きいときには小さくすべきである。さらに、市場におけるサンプル配布数が大きいときには大きくすべきである。
 この関数を\(n\)本作って同時に解くと、均衡解は$$ x^*_k = \frac{1}{(n+1)+b} \left( (d-c) + 2 \sqrt{\sum_i y_i} \right) $$ となる。
 \(x^*_k\)を所与としたときの\(y_i\)の最適値は$$ y^*_k = \frac{4(d-c)^2}{n[b(c+\delta)(n+1)^2 – 4]^2}$$ となる。生産コスト\(c\)とは無関係に正となることに注意 (つまり、フリーライダー戦略をとる企業は現れない)。
 これを再び\(x^*_k\)の式に代入すると$$ x^*_k = \frac{(c+\delta)(n+1)(d-c)}{b(c+\delta)(n+1)^2-4}$$ ここから均衡価格は$$ p^* = c + \frac{b (c+\delta)(n+1)(d-c)}{b(c+\delta)(n+1)^2-4}$$ 利益は[…]となる。
 [慣れない世界の話でよく分からないのだけど… 目的関数は\(\pi_k\)で、これを微分して最良反応関数\(x_k\)を求め、\(n\)個の最良反応関数を同時に解いて均衡解の関数\(x^*_k\)を求め(\(y_i\)の関数になっている)、これを所与としたときに\(\pi_k\)を最大化する最良反応\(y^*\)を求め、これを均衡解の関数に代入して均衡解\(x^*_k\)を求める、という手順なのね。全然見当がつかないんだけど、こういう風に考えるのが常識なのだろうか。なお、均衡の導出についてはMas-Collel et al.(1995, “Maxroeconomic Theory”)を読めとのこと]
 
 [こういう風にして、モデル2,3,4についても均衡解を求める。読まずに飛ばした。なお、モデル4でいうところの社会厚生とは、企業の利益の和と、消費者のWTPから支払金額を引いた値の和、すなわち$$ W = \sum_i \pi_i + \int_0^x p dx – px $$ なのだそうな。]

[以下では4つのモデル間で均衡解を比べる。数式は省略し、本文中で提示されているポイントのみメモする]

4. 経営上の含意

4.1 モデル1 vs 2

  • 協力レジームの下での販売数量は、非協力レジームの下での販売数量よりも大きい。
  • 協力レジームの下での無料サンプル配布量は、非協力レジームの下でのそれより大きい。

4.2 モデル1 vs 3

  • \(b(c(\delta)(1-n^2)+2n(n+1)-4 \lt 0\)のとき、独占下での販売数量は、非協力レジームの下でのそれより大きい。

4.3 モデル2 vs 3
[ポイントが挙げられていないので省略]

5. 無料サンプルの効果
[法的な理由で無料サンプルが許されないときどうなるか。パス]

6. 無料サンプルの社会厚生上の含意

  • 非協力ゲームより準協力ゲームのほうが社会的に優れている。[へー]
  • […]であるとき、競争レジームより独占のほうが社会的に優れている。[へえええ]

7. 結論と将来の研究
 本研究の主な知見は、標準的な価格モデルを、企業が無料サンプルを配布する場合へと拡張すると、先行研究における多くの結果が維持されなくなるということである。たとえば、寡占企業がマーケティング政策において協力するとき、最適政策は販売数量を増大させる。また、競争より独占のほうが社会的に優れた結果を生むことがある。
 
 今後の研究課題:

  • 製品が差別化されたらどうなるか。
  • 広告・プロモーションのような需要生成ツールを組み込んだらどうなるか。
  • 他期間モデルで、消費者の部分的調整と不完全な学習を表現したらどうなるか。

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 なにぶんにも知識不足で、どう捉えたらいいのかわからないんだけど… この現実からの遊離感ってなんなんだろうか、と自問自答しながら読んでいた。
 たとえば広告の分野で、こういう規範的研究って山ほどあって、こういうセッティングでは広告費の均衡解はこうなる、それはこれこれの外生変数とこういう風に関連する、というようなことが書いてある。そういう論文をうっかり読んじゃったとき、「自分の仕事とは違うなあ…」とは思うものの、現実から遊離しているという気はしないのである。ある抽象化の下ではこういうことが成り立っているんだろうな、と素直に感心する。誰のどういう実務に役立つのかは別にして。
 いっぽうこの論文を読んでいるときは、いや… これは抽象化しすぎだろう? という違和感が拭えなかった。無料サンプルの効率性が企業間で共通!? 製品に差別性がない!? どういうこと? というところが気になりすぎて、なかなか頭に入ってこない。これは(広告投資額に比べて)無料サンプル配布量という決定変数の抽象度がそもそも低いからかではないかと思う。
 まあそういうわけで、美術館でよくわからない絵を見たときのような、ふうん… という気分のまま読み終えたんだけど、まあ、いろんなものを読むのはきっと悪いことじゃないですよね。