Cian, L., Longoni, C., Krishna, A. (2020) Advertising a desired change: When process simulation fosters (vs. hinders) credibility and persuation. Journal of Marketing Research, 57(3), 489-508.
仕事の都合で読んだやつ。広告におけるメンタル・シミュレーション研究である。最後の著者はセンサリー・マーケティングで有名なAradhna Krishnaさん。
(イントロダクション)
たとえばダイエットの広告とかで「前」と「後」を比較する奴がある(以下「前後広告」と呼ぶ)。また徐々に痩せていく様子を示す広告もある(「進行広告」と呼ぶ)。こういう変化広告の信頼性と説得性を生むメカニズムはなにか。
本論文ではこう主張する。(1)進行広告はプロセスシミュレーションを通じて効果を生むのでより説得的。(2)効果の規定因。認知負荷のせいでプロセスシミュレーションが起きなかったら両者の効果は変わらない。消費者が効果に懐疑的な場合は進行広告が効果的。いっぽう消費者が望ましい結果に即時的に到達することに焦点をあてていたら進行広告の効果は下がる。
先行研究と概念枠組み
プロセス/アウトカム・シミュレーション
メンタルシミュレーションはアウトカム・シミュレーション(OS)とプロセス・シミュレーション(PS)に分けられる。目標設定のためにはOSが、目標に到達するためにはPSが有益だといわれている。
消費者心理学ではOS・PSの説得・製品選好への効果が注目されている。
- Escalas & Luce (2003 JCR, 2004 JCR): プロセス/アウトカム・シミュレーションにより行動意図は高く/低くなる
- Hamilton & Thompson (2007 JCR): プロセス・シミュレーションによって、製品の直接経験/間接経験(説明文を読むとか) に基づく製品評価の差が小さくなる。
プロセス・シミュレーションは変化広告の信憑性を高める
変化広告の信憑性は広告が真実を伝えているという知覚に基づく。それはPSに依存するだろう。進行広告は中間のイメージを含んでいるのでPSを促進するはずだ。というわけで
H1a: 進行広告の信憑性・説得性は前後広告より高い。
H1b: 進行広告は前後広告よりも強くPSを引きおこす。
H1c: 進行広告の信憑性・説得性はPSに媒介されている。
認知負荷による調整
認知負荷が高いとPSは阻害されるだろう。従って
H2: 広告タイプが信憑性・説得性に及ぼす効果は認知負荷によって弱くなる。
懐疑心による調整
もともと消費者が懐疑的なときのほうがPSは効くだろう。従って
H3: 広告タイプが信憑性に及ぼす効果は懐疑心が高いときに強くなる。
[ここまでを整理すると、広告タイプ→広告の信憑性、広告タイプ→PS→広告の信憑性、広告の信憑性→説得、というパスがあって、認知負荷が広告タイプ→PSのモデレータに, 懐疑心がPS→信憑性のモデレータになっている、ということね]
進行広告のバックファイア: 時間焦点の役割
PSは望む結果に到達するために時間がかかるという知覚も生み出す。もともと時間がかかる場合のほうがPSによる信憑性への効果が増すだろう(両面広告も、もともとネガティブな側面があきらかなときのほうが効果が高い)。いっぽう、鼻詰まりの薬のようにすぐ効くことが期待され、かつその速さに焦点が当たっている場合は、PSによって信憑性が下がるだろう。従って
H4: 望ましい結果への速い到達が可能であり、かつ速い到達に消費者の焦点があるときは、進行広告の信憑性・説得性は前後広告より低くなる。
[パス図でいうと、広告タイプ→広告の信憑性、広告タイプ→PS→広告の信憑性、広告の信憑性→説得、というパスがあって、さらにPS→時間知覚→信憑性というパスがある。で、時間焦点がPS→時間近くのモデレータに、到達時間が時間知覚→信憑性のモデレータになる]
研究1a: 広告タイプが行動に影響する
目的: H1aの検証。
手続き: ボストンでストリートキャッチして、新しいウェルネス・センターをつくる計画があるんだけど賛成の署名をしてもらえますかと尋ねて、広告が載っているリーフレットを渡す。
目的変数: 署名有無。
対象者: リーフレットを見た人50人。
要因: 広告タイプ(被験者間2水準): ダイエットの{前後広告(写真2枚), 進行広告(5枚)}。
結果: 進行広告のほうが署名率が高かった。
研究1b: 広告タイプが製品選択に影響する
目的: 重ねてH1aを検証。こんどは誘因整合的な状況で。
対象者: 学生121人。
手続き: 自宅で歯を白くする新製品の調査だと説明し、広告を見せて、製品サンプルか1ドルかを選ばせる。
目的変数: 製品サンプル選択。
要因: 広告タイプ(被験者間2水準): {前後広告(写真2枚), 進行広告(5枚)}。
結果: 進行広告のほうが選択率が高かった。
研究2. プロセスシミュレーションを通じた調整
目的: (1)H1b, H1cの検証。(2)広告タイプ間の情報量の差が広告の信憑性に効いていないことを示す[←なるほど]。
対象者: MTurkの213人。
手続き: 減量の広告を見せて、信憑性を評価(6項目, 7件法)。PSが起きた程度を評価(「減量の過程を想像したか」など3項目、7件法)。広告の情報性を評価(1項目、7件法)。
目的変数: 広告の信憑性。
要因: 広告タイプ(被験者間3水準): {前後広告(写真2枚), 進行広告(6枚), 情報リッチ広告(3人分の減量前後の写真が載っている。写真は計6枚)}。
結果: 信憑性、PSは進行広告で高かった。情報性は差なし。媒介分析では、広告タイプ→信憑性のパスをPSが媒介しているが情報性は媒介していなかった。
研究3. 最終的な結果が望ましくない結果である場合の広告タイプの効果
目的: (1)結果が望ましくない場合への一般化。(2)行動ではなく信念の変化を目的変数にする。(3)アウトカム・シミュレーションが説得に効くか。
対象者: MTurkの151人。
手続き: アルコール依存についての公共広告を見せて、アルコールが脳にネガティブな影響を及ぼすと思うかを評価(7件法)。PSが起きた程度を評価(3項目, 7件法)。OSが起きた程度を評価(3項目、7件法)。
目的変数: アルコールの影響の評価。
要因: 広告タイプ(被験者間2水準): {前後広告(脳の前後写真が2枚)、進行広告(5枚)}。
結果: 進行広告のほうが影響評価、PSが高かった。OSは差なし。媒介分析で、広告タイプ→影響評価のパスをPSが媒介しているがOSは媒介していなかった。
研究4. 認知負荷による調整
目的: H2の検証。認知負荷を用いてPSを直接に操作し、調整効果を調べる。
対象者: MTurkの151人。
手続き: 認知負荷課題。育毛剤の広告を見せる(製品と成分表示をクリックするとさらに情報が出てくる)。広告の信憑性を評価(研究2と同じ)。PSが起きた程度を評価(3項目,7件法)。
目的変数: クリック数(説得の指標)、広告の信憑性。
要因: 2つ。(1)認知負荷課題(被験者間2水準): {負荷あり(9桁の数字を覚えさせ、あとで訊くからなと教示), なし}。(2)広告タイプ: {前後広告(イラスト2枚), 進行広告(イラスト6枚)}。
結果: 認知負荷がないときには進行広告でクリックが増えたが、認知負荷があると差が消えた。広告の信頼性も同様。PSも同様。媒介分析では…[ちょっと面倒なのでパス]。
研究5: 懐疑心による調整
目的: H3の検証。
被験者: MTurkの325人。
手続き: 教示文を読ませる(ここで懐疑心を操作)。育毛剤の広告を見せる(研究4と同じだがクリックはできない)。広告の信憑性を評価(研究2と同じ)。PSが起きた程度を評価(研究4と同じ)。
目的変数: 広告の信憑性。
要因: 2つ。(1)懐疑心(被験者間2水準): 最近の研究によれば、育毛剤広告の70~80%は {低 (真実です), 高(虚偽です)}、と教示。(2)広告タイプ: {前後広告, 進行広告}。
結果: 懐疑心が低いと進行広告のほうが信憑性が高いが、懐疑心が高いと差なし。PSは進行広告で高く、懐疑心の効果なし。媒介分析では…[パス]。
研究6: PSが信憑性を下げる場合
目的: H4のうち、時間焦点による調整を検証。
対象者: MTurkの412人。
手続き: 教示(ここで時間焦点を操作)。鼻づまりスプレーの広告を見せる。広告の信憑性を評価(研究2と同じ)。PSが起きた程度を評価(3項目, 7件法)。治るまでにどのくらい時間がかかるかを評価(7件法)。
目的変数: 広告の信憑性。
要因: 2つ。(1)時間焦点(被験者間2水準): {あり(鼻詰まりをすぐに治せる薬を探していると想像してください), なし(鼻詰まりを治せる薬を探していると想像してください)}。(2)広告タイプ: {前後広告, 進行広告}。
結果: 時間焦点なしでは進行広告のほうが信憑性が高いが、ありだと前後広告のほうが信憑性が高い。PSは進行広告で高く、時間焦点の効果なし。時間知覚は進行広告で長く、時間焦点の差なし。媒介分析では…[パス]。
研究7. PSが説得性を下げる場合
[残念ながら、時間がないのでパス。ま、ここまでのロジックを辿ればここでなにをやったかは想像がつくね。製品カテゴリ(変化の速さが求められるカテゴリとそうでないカテゴリ)と広告タイプを要因にしたのであろう]
全体的考察
[結果の要約。パス]
理論的貢献
本研究はメンタルシミュレーション研究に対して以下の貢献を持つ。
- 進行広告における結果の視覚的な進行は、プロセス・シミュレーションを引き起こす。結果の写真しか含んでいないのに。[← そうそう、これは大事な論点ですね。刺激の性質と心的処理の性質をごっちゃにしてはいかんのだ。その点、前に読んだ絵と言葉を比べる論文、あれはやっぱりナイーブすぎるよね… ぶつぶつ]
- プロセス・シミュレーションは広告の信憑性・説得性を高めると考えられてきたし、実際、懐疑心が高いときに特に有効であるように思われる。しかし、結果を得るための速さが問題になるときにはそうでない。
実務的示唆、限界、将来の研究
マネジメントへの示唆: おなじ変化広告であっても、前後広告と進行広告では信憑性・説得性がちがうので使い分けるべし。
本研究の限界と今後の課題としては:
- 写真の枚数の効果をより細かく調べる。[←はっはっは。そんなのどうでもいいじゃんね]
- ドメインによる違い。Thompson, Hamilton, Petrova(2009 JCR)いわく、人が手段とエンド・ベネフィットの間のトレードオフに直面しているとき、プロセス思考は決定の困難さを高める。変化広告の文脈でいうと、主要な手段が望ましくなくてエンド・ベネフィットとトレードオフが起きるとき(減量のために好きな食べ物を断つとか)、何が起きるだろうか。[← あああ、な・る・ほ・ど。。。今抱えている全然別の仕事と関連する話だ。これはほんとに勉強になった]
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とてもきれいな心理実験研究で、そんな時間はないのについつい読みふけってしまった。シンプルな実験を組み合わせて大きなストーリーを組み立てるところがプロである。
正直、最近のこの種の論文は一本にいろいろ詰め込みすぎていて息苦しいんだけど(この論文でいうと、研究5と6,7は別の論文にしてくれればいいのにと思う)、いまや一流誌に載せるにはここまでやらないといけないのだろう。
話が綺麗すぎてぽかーんとしちゃって、ろくな感想がないんだけど、これほどにクリアな理論と精緻な実験に基づいて調べているテーマが、単に「広告には製品使用の前と後の写真を載せるのがいいか、それともその中間の写真も載せるのがいいか」である、というところが痺れますね。実務的にいえば、正直、そんなの状況に応じて決めるべき話じゃないですか。
より広く捉えると、この研究から得られる教訓は、どんな情報に対してどんなメンタル・シミュレーションが生じてそれがなにをもたらすのはいろんな要因で決まるので、実務への適応を考える際には適用場面を絞ってごく個別具体的に考えないと怖い、ということだと思う。単純に「製品使用中の写真を示すと革新的新製品への評価が高まる」とか「製品評価の妥当性が高まる」という風に一般化するのはまずそうだ。この研究でいえば、写真を5枚から2枚に減らしただけでメンタル・シミュレーションの性質が変わっちゃったり、変化の速度に焦点が当たっただけでメンタル・シミュレーションの効果が反転しちゃったりするわけだから。