読了:Pauwels, et al. (2017) マーケティング・モデルの未来

Pauwels, K., Leeflang, P.S.H., Bijmolt, T.H.A, Wieringa, J.E. (2017) The Future of Marketing. Leeflang, P.S.H. et al.(eds) “Advance Methods for Modeling Markets.” Springer.

 しばらく前に読んだ奴。Advanced Methods for Modeling Markets という、読んで字の如くマーケティングの数理モデルを解説した分厚い論文集があって、これが意外に面白そうで、いつか役に立つだろうと買い込んだはいいが、読もう読もうと思いながら全然読んでなくて(2万円オーバーだったのに!!)、なんだか気がとがめたので、最終章だけむりやり目を通したのであった。
 論文集についてるこういう締めくくりの章は、総花的になりがちで(かつ、本編の寄稿者に気を遣うせいで)つまんなくなることが多いと思うんだけど、これは頭の整理になった。個別にみて新規な話題があるわけではないけれど、整理されているところに価値がある。

1. 概観
 マーケティング・モデリングに未来はあるだろうか?
 我々が思うに、ビッグデータの増大と分析手法の進展により、短期パフォーマンスのモデルと長期パフォーマンスのモデルが分離していくことになるだろう。

  • 短期パフォーマンスとは、クリックスルーとか短期売上のような直接的な指標のこと。この領域では、分析の焦点は予測から分類へと移行しつつある[← マスの動向から消費者間異質性へと焦点が移っているという意味であろうか]。Wedel & Kannan (2016 J.Mktg.)いうところの”Small Stats on Big Data”である。
  • 長期パフォーマンスとは、サリエンスか考慮とかロイヤリティとかのことで、ジャーニーやファネルという構成概念に基づく。こちらの領域では引き続き予測に焦点があり、さらに理解が問題となる。Wedel &ampl Kannan いうところの”Big Stats on Small Data”である。

[WedelってWedel-KamakuraのあのWedelかな? 上手いこというねえ…]

2. バック・トゥ・ザ・フューチャー: 近年のモデリング発展史
 [脚注にいわく、この節と同趣旨のレビューとして以下がある由: Bijmolt et al.(2010 J.Srv.Res.), Leeflang(2011 Int.J.Res.Mktg.), Leeflang & Hunnamen(2010), Roberts et al.(2014). なんだよ、よくみたら著者らの仕事の宣伝か… ]
 Wedel & Kannan いわく、マーケティング・モデルの発展は次の3段階を辿った:

  1. 単純な統計的アプローチで、観察できる市場条件を記述する
  2. 人間の行動についての理論に基づく診断モデルを構築する
  3. 統計的・計量経済学的・OR的モデルを使って、マーケティング政策を評価しその行動を予測し意思決定を支援する

21世紀になると[…中略…]。過去10年において広がりをみせた問題は次の2つ。

  • 内生性。背後にはIVの普及ならびにIV批判の高まりがある。このトレンドはこれからも続くだろうし、フィールド実験のように変数を制御するアプローチも盛んになるだろう。
  • 異質性。混合モデルとか個人レベル需要モデルとか、隠れマルコフモデルとか。

3. ビッグデータ・スモールスタットと短期パフォーマンス
 ビッグデータの時代はデータがいっぱいあるからモデルはシンプルでよくなるかというと、これはそうでもない。データ生成過程が複雑になる分モデルも複雑になる。
 ビッグデータの時代は標本じゃなくて全数が手に入るから伝統的な統計的推測はいらなくなるかというと、これもそうでもない。

  • 現顧客についてさえ、手に入るデータは企業とのトランザクションであって、当該企業以外とのトランザクションや思考・感情はわからない。
  • 企業は見込み客とか離脱客に関心を持つ。

というわけで標本抽出はいまだ重要である。むしろ、古典的な「独立な」標本抽出じゃなくて、レアなイベントとか、社会的ネットワークとかに関心を向けるべし。
 新しい問題として非構造化データが挙げられる。テキストマイニング、アイトラッキング、パターン認識などのデータをどうやって構造化するか。構造化ビッグデータは、Variables, Attributes, Subjects, Time の4次元(VAST)を持つ。ビッグデータに対する解決策として以下が挙げられる:

  1. ハイ・パフォーマンス計算の発達。MapReduceとか。
  2. 単純な記述的モデリング。確率モデルとか、閉計算可能な機械学習とか、モデル平均とか。
  3. 速度改善。変分推論とか、Scalable Rejection Samplingとか、リサンプリングとか、MCMCの並列化とか。
  4. データフュージョンとか、次元縮約のためのサンプリングとか。

実務家は1と2を組み合わせてリアルタイムでインサイトを得ようとすることが多い(Small Stats on Big Data)。いっぽう研究者は3と4に関心を持つことが多い(Big Stats on Small Data)。これからは4つ全部を組み合わせる方向に進むだろう。

4. 因果性と長期パフォーマンス
 短期予測はふつう因果性や実証的一般化にはつながらない。因果分析にはそれはそれで専門性が必要である。なおここでいう因果分析とは必ずしも因果関係の証明ではなく、理由の候補の評価を含む。
 リサーチツールとして以下が挙げられる:

  • サーベイ。より早く簡単になる。
  • Netnography (オンライン定性)。
  • フィールド実験
  • 実験室実験
  • リアルタイム経験トラッキング(RET)
  • ビデオトラッキング
  • 空間移動データ

 因果モデルについて。多変量時系列のモデルが発展している(構造VAR, 状態空間モデル, 空間モデル, 階層モデル・構造モデル)。潜在変数モデルももっと発展するだろう(隠れマルコフ, 混合, PLS, SEM)。
 推定方法も発展するだろう。GMM, ベイジアン, 機械学習, エージェントベースド, マッチング。
 実証的一般化について。ビッグデータのせいで分析がブラックボックス化している面はあるんだけど、実証的一般化に価値があるという事には研究者も実務家も同意している。データベースの整備とメタ分析が両輪となる。

5. 応用分野
[…中略…] 応用分野の発展は3つの次元に整理できる。

  • 研究対象となっている産業・市場。伝統的には北米・欧州のFMCGと耐久財が研究対象だった。いまでは金融・サービス・エンタメ・ヘルスケアの研究も増えているし、発展途上市場の研究も増えている。
  • 説明変数となるマーケティング・ミックス。伝統的には販促と広告であったが、いまでは社会的責任とかCRMとかの研究や、ソーシャルメディア・WoMの研究も多い。マーケティング・マネージャーやマーケティング部門の影響についての研究もある。
  • 従属変数となるアウトカム。伝統的には売上やシェアや購入だったが、いまでは顧客エンゲージメントとか企業価値とか、カスタマージャーニーにおける売上以外の側面とかも注目されている。

云々。

2021/09/25追記: 仕事の都合で再読し、メモを少し修正。