2019年の暮れに『淪落の人』という映画を観た際、びっくりしてとったメモがあったので、整形して載せておく。
いまやほとんど崩壊してしまったはずの香港映画産業が、なぜ『淪落の人』のような秀作を生みだしちゃったのか? そしてなぜに主演がアンソニー・ウォンなのか、この人は民主派支持を鮮明にし映画界から事実上追放されてしまっているはずで、この映画も本土では上映が難しいだろうに… と不思議に思ったのだが、実は香港では2013年から首部劇情電影計劃(First Feature Film Initiative, FFFI)というプログラムがはじまっており、コンペを勝ち抜いた企画に対して公的資金による支援があるのだそうだ。『淪落の人』はこの資金で制作されたとのこと。香港政府が商業映画に補助金を出すなんて… 時代が変わったということなのだろう。
『淪落の人』のような秀作を見逃すわけにはいかん!というわけで、FFFIで選定された企画のリストをつくってみた。
えーと、コンペはProfessional Group (PG)とHigher Education Institutions Group (HEIG)とに分かれており、前者では1本、後者では1~2本が選出されるらしい。選出作にはベテラン映画人がプロデューサーとして付く由。
以下、WikipediaとFFFIのWebサイト (旧版, 新版)を参考にした。
リストをつくってあらためて感じたのだが、大阪アジアン映画祭の目利きっぷりはすばらしい。山形国際ドキュメンタリー映画祭みたいに、一部を東京でも上映してもらえないものだろうか。ないし、いっそ最初から東京で開催するのはどうだろうか (…?)
第1回(2013)
- PG: 「藍天白雲」Somewhere Beyond the Mist (監督: 張経緯 Cheung King-wai)
- プロデューサーはイー・トンシン監督(『忘れえぬ想い』)。主演は鄧麗欣Stephy Tangという歌手らしい。
- 大阪アジアン映画祭2018で『どこか霧の向こう』として上映。
- HEIG: 「一念無明」Mad World (黄進 Wong Chun)
- プロデューサーは趙崇基Derek Chiu(大阪アジアン映画祭2018で上映された『中英街一号』の監督)、麥曦茵Heiward Mak(『恋の紫煙』脚本)。ショーン・ユー、エリック・ツァンらスターが出演している。
- 大阪アジアン映画祭2017で『一念無明』として上映されグランプリを獲得。2019年『誰がための日々』として劇場公開。DVD, 配信あり(Netflix, amazonなど)。
- 2021/08/14追記: Netflixでの配信は終了したが、amazonで配信中。
- 2024/02/12追記: 残念, amazonでも配信は終わっちゃいました。
- HEIG: 「點五步」Weeds on Fire (陳志發 Steve Chan Chi-fat)
- プロデューサーは陳慶嘉Chan Hing-kai(『男たちの挽歌』脚本)、柯星沛O Sing-pui(『イップマン 序章』撮影)。野球についての映画らしい。ベテラン・バイプレーヤーのリウ・カイチーが出ている。これは観なければ…。
- 国内公開は見当たらなかったが、『あと半歩』としてNetflixで配信されているのを発見。
- 銭俊華「香港と日本 記憶・表象・アイデンティティ」にかなり詳しい紹介がある。
- 2021/12/01追記: とても良い作品であった。残念ながらNetflixでの配信が終了し、現在日本で観るのは難しいと思うが、2021年末に全国5都市で開かれる「香港映画祭」で『最初の半歩』として上映されます。
第2回(2016)
- PG: 「散後」Apart(陳哲民 Chan Chit-man)
- プロデューサーはハーマン・ヤウ監督(『八仙飯店之人肉饅頭』の…って、他の作品名を書いた方がいいかな?)。
- 2019年のデモを真っ正面から描く作品となったらしい。政府のカネでもこういうのアリなんだ…
- 大阪アジアン映画祭2020で『散った後』として上映。
- HEIG: 「以青春的名義」In Your Dreams (譚惠貞 Tam Wai Ching)
- プロデューサーは女優のカリーナ・ラウ。監督は実は『レクイエム 最後の銃弾』の脚本家で、カリーナ・ラウがプロデューサーと主演を買って出たそうだ。観たいよう(泣)
- 大阪アジアン映画祭2018で『青春の名のもとに』として上映。
第3回(2017)
- PG: 「G殺」 G Affairs (李卓斌 Lee Cheuk Pan)
- プロデューサーは何永霖Titus Hoと吳慧芬Flora Gohという人。チャップマン・トーが出ているらしい。これもすごく面白そうだ。劇場公開してくれないかなあ…
- 大阪アジアン映画祭2019で『G殺』として上映。
- HEIG: 「淪落人」Still Human (陳小娟 Oliver Siu-kuen Chan)
- プロデューサーはフルーツ・チャンこと陳果Chan Kuo。香港を代表する大スターのひとり、アンソニー・ウォンがノーギャラで主演。
- 大阪アジアン映画祭2019で『みじめな人』として公開後、2020年2月に『淪落の人』として劇場公開。
- 私は2019年末の先行上映で観たんだけど、チケットを取るのが大変だった(数十秒で売り切れてましたね)。いやこれは本当に素晴らしい映画でした。香港映画には新しい明日があるなとさえ思った。
- 2023/01/07追記: amazonほかで配信中。
第4回(2018)
- PG: 「遺愛」Elisa’s Day (馮智恒 Alan Fung)
- プロデューサーは王日平Wong Yat-pingという人(おそらく『狂舞派』プロデューサー)。
- 大阪アジアン映画祭2021で『エリサの日』として世界初上映。
- HEIG: 「手捲煙」Hand-rolled Cigarette (陳健朗 Kelvin Chan Kin-long)
- プロデューサーは劉國昌Lawrence Ah Mon (aka. Lawrence Lau, 俳優・監督)。FFFIのページでは他に劉嘉璧Cherrie Lauという名前が挙がっているが、IMDb上にはない。ラム・カートンがノーギャラで出演するという記事があった。
- 2021/02/09追記: 大阪アジアン映画祭2021で『手巻き煙草』として上映。ところで話はちがいますが、左記リンク先でこの映画の紹介文を書いておられるソフィ・ウエカワさんとは、ひょっとしてジョン・ウー「マンハント」で派手に射殺される家政婦さんではなかろうか…
- 2022/02/11追記: Netflixで”Hand Rolled Cigarette“として配信が始まりました。残念ながら日本語字幕なし。
- HEIG: 「金都」My Prince Edward (黃綺琳 Norris Wong)
- プロデューサーは「點五步」と同じくChan Hing-kaiとO Sing-pui。大阪アジアン映画祭2020で『私のプリンス・エドワード』として公開。おっと、これも鄧麗欣Stephy Tangの主演なのね。
- 2021/08/14追記: 動画配信サービスJAIHOで配信されているのを発見(2021/07/25から約1か月間)。これはとても面白い映画であった。一言でいえば「彼からの求婚を機に人生を見つめ直す女性の話」だが、背後には生命力あふれる本土の中国人と変化に立ちすくむ香港人との対比があって、一筋縄ではいかない。感想としましては、彼氏さんはどうにも情けない男ではあるけれど(朱栢康Pak Hon Chuという人が好演)、彼もまた彼なりの挫折と、終わらない日常への絶望を抱えている… というところに胸を衝かれる思いであった。
- 2022/09/21追記: JAIHOで再配信中(2022/8/20/から10/18)。
- 2023/09/28追記: 2023年5月から「新世代香港映画特集」と題して全国のミニシアター系で劇場公開。同時に上映されたのは『縁路はるばる』(緣路山旮旯 Far Far Away)。これもしみじみと良い映画でしたね。
- 2024/10/04追記: 現在、amazonほかで配信中です。
第5回(2019)
- PG: 「燈火闌珊」A Light Never Goes Out (曾憲寧 Anastasia Tsang Hin-Ling)
- プロデューサーは 陳心遙Saville Chan(おそらく「狂舞派」の脚本家)。おそらく製作中だが、この記事の写真をみると、えっ、サイモン・ヤムが出ている… セシリア・チョイが出ている… そしてなにより仰天したのは、映画監督にして大女優のシルヴィア・チャンが出ている… なにこれ…!!!
- 2022/09/18追記: 完成しているらしいが、未公開の模様。
- 2022/09/21追記: 東京国際映画祭2022で『消えゆく燈火』として上映される。チケットは取れなかったけれど、良かった良かった。
- 2023/01/07追記: 配給会社ムヴィオラの公式ツイートによれば、2023年国内劇場公開の予定とのこと。素晴らしい。
- 2024/02/12追記: 2024年1月から『燈火(ネオン)は消えず』として劇場公開。私は渋谷のル・シネマで観てきました。近年の香港映画の重要な特徴として、自らの社会を足元から見つめなおそうとする傾向があって、それはときに社会派映画と呼ばれたり(たとえば『白日の下』)、ときにノスタルジックな物語の形をとったりすると思うのだけれど(『七人楽隊』)、本作は後者に属する。その意味で、すごく現代的な映画だと思いました。(などと涙を拭きながら語る中年男)
- 2024/10/04追記: 現在、amazonほかで配信中です。
- HEIG: 「過時・過節」Hong Kong Family (曾慶宏 Eric Tsang Hing-weng)
- 当初題名は「陽」The Dinner。プロデューサーは莊麗真CHENG Lai Chun, Patriciaとある(シルヴィア・チャン監督『あなたを、想う』のプロデューサーとしてクレジットされているのを発見)。製作中とのこと。いや、Eric Tsang Hing-wengって、若手の映画作家としてすでに有名な人じゃないかしらん…
- 2022/09/18追記:「過時・過節」に改題され、釜山国際映画祭2022で上映される模様。
- 2023/01/31追記: 大阪アジアン映画祭2023で『香港ファミリー』として上映される模様。
- HEIG: 「年少日記」Time Still Turns the Pages (卓亦謙 Nick Cheuk Yik-him)
- 当初題名は「遺書」。プロデューサーはイー・トンシン監督。製作中らしい。卓亦謙は『SPL 狼たちの処刑台』などの編集を担当した人。
- 2022/09/18追記: 「年少日記」に改題されたらしい。未公開の模様。
- 2023/09/28追記: 東京国際映画祭2023で『年少日記』として日本初上映。良い映画でした。
第6回(2020)
- PG: 「我談的那場戀愛」Love Lies (何妙祺 Ho Miu-kei)
- プロデューサーは陳慶嘉Chan Hing-kai と秦小珍Chun Siu-chun という人。なお2021年の台湾映画で「我沒有談的那場戀愛」I Missed You というのがあるが、無関係だろう。
- 2023/09/28追記: Instagramによると撮影は終わった模様。
- 2024/10/04追記: 天下一電影の配給で、2024年9月に香港で劇場公開。国内では11月の「香港映画の新しい力 Making Waves」2024 で『ラブ・ライズ』として上映予定。
- PG: 「流水落花」Foster Love (賈勝楓 Ka Sing-fung)
- プロデューサーは李嘉慧Katherine Leeという人。
- 2023/01/07追記: すでに完成しており、2023年3月に香港で公開される予定とのこと。
- 2023/01/31追記: 大阪アジアン映画祭2023で『流水落花』として上映される模様。
- 2024/10/04追記: 11月の「香港映画の新しい力 Making Waves」2024 で上映予定。
- HEIG: 「寄了一整個春天」Blossoms Under Somewhere (葉鈺瀛 Yip Yuk-ying)
- 当初題名は「風景線」(The Wonder)。プロデューサーはフルーツ・チャン監督。
- 2024/10/04追記: ようやく完成した模様。香港亞洲電影節2024のオープニング作品となったようで、期待が持てますね。2024年11月劇場公開予定とのこと。
- HEIG: 「但願人長久」Fly Me to the Moon (祝紫嫣 Sasha Chuk)
- プロデューサーはスタンリー・クワン監督。
- 2023/09/28追記: 完成していたようで、東京国際映画祭2023で『離れていても』としてワールド・プレミア上映。
- 2024/10/04追記: 2024年4月に香港で劇場公開。11月の「香港映画の新しい力 Making Waves」2024 で上映予定。
- 2024/11/09追記: 「香港映画の新しい力 Making Waves」2024で観ました。大陸から香港に移民した父と娘の物語。良い映画でした。ところで、「但願人長久」は流行歌の題名として知られるが、この映画の題名はそちらではなくて蘇軾の漢詩から採った由。
- HEIG: 「電競女孩」Gamer Girls (白瑋琪 Veronica Bassetto, 楊帆 Sophie Yang)
- 当初題名は「電競女孩聯盟」。プロデューサーは廖婉虹Jacqueline Liu(『我が心の香港 映画監督アン・ホイ』プロデューサー)。お、すでにFacebookのページができている。
- 2024/10/04追記: FFFI公式サイト上の表記が「電競女孩」に変わっていた。まだ完成していないようだ。
第7回
- PG: 「情.色.直播」Love & Sex on Streaming (余詩朗 YU Sze-long)
- プロデューサーは葉廣儉IP Kwong-kim(俳優出身で、近年はプロデューサーとしてのクレジットが多い)。
- PG: 「大分瓶」Spare Queens (湯仲星 TOM Chung-sing)
- プロデューサーは陳慶嘉CHAN Hing-kai(「點五步」プロデューサー)。
- PG: 「武替道」Stuntman (梁冠堯LEUNG Koon-yiu Albert, 梁冠舜LEUNG Koon-shun Herbert)
- プロデューサーは陳羅超CHAN Lo-chiu Angus(おそらく、『イップ・マン』を製作した無限動力Entertaining Powerの創立者)。
- 2024/10/04追記: 完成した模様。香港では2024年9月に劇場公開。アクション監督の大ベテラン、トン・ワイさんが俳優として出演しておられる…!
- 2024/11/09追記: 2024年11月の「香港映画の新しい力 Making Waves」2024 で『スタントマン』として上映。
- HEIG: 「被殺的那天」Dead End (林樂騫Isabella LAM)
- プロデューサーはソイ・チェン監督。
- HEIG: 「長洲賓客拯救隊」Eternal Sunshine Life-saving Squad (李心悅LI Sum-yuet)
- プロデューサーはフルーツ・チャン監督。
- HEIG: 「媽樣年華」Bird of Paradise (胡翠兒WU Chui-yi)
- プロデューサーは陳心遙Saville CHAN(「燈火闌珊」プロデューサー)。
更新履歴
- 2021/02/09: 大阪アジアン映画祭2021のプログラムが公開されたのを機に更新。「手捲煙」観たいなあ…
- 2021/08/14: 最近はじまった動画配信サービスJAIHOで「金都」が配信されていることを発見。08/23まで。えええええ。早くそれを教えてよ… そのほか、数か所追記しました。
- 2021/12/01: 「點五步」が年末に映画祭上映されるという話を追記。
- 2022/02/11: 「手捲煙」がNetflixで配信中だという話を追記。
- 2022/09/18: FFFIのページがリニューアルしていることに気づき、少し追記。
- 2022/09/21: 「燈火闌珊」が東京国際映画祭2022で上映されるという話を追記。
- 2023/01/07: 第7回の結果、ならびに他数点を追記。
- 2023/01/31: 大阪アジアン映画祭2023での上映情報を追記。
- 2023/09/28: 東京国際映画祭2023での上映情報を追記。
- 2024/02/12: 「燈火闌珊」をようやく観たので、いくつか追記。
- 2024/10/04: 「香港映画の新しい力 Making Waves」2024のプログラムが公開されたので、いくつか追記。
- 2024/11/09: 「但願人長久」をようやく観たので、いくつか追記。