読了:Mayer, Davies, Schoorman (1995) 組織における信頼とはなにか

Mayer, R.C., Davies, J.H., Schoorman, F.D. (1995) An integrative model of organizational trust. The Academy of Management Review, 20(3), 709-734.

 仕事の都合で読んだ奴。
 経営学における信頼(trust)の研究の古典らしい。ボッツマン「トラスト」の注でも引用されていた。google様いわく、被引用件数28473… まじか…。にもかかわらず、前に読んだ東大教育の院生さんの信頼研究レビューでは引用されていない。経営学と心理学のこのギャップってなんなの。

 いわく。
 組織研究において信頼への関心が高まっているが、研究には問題がある(信頼の定義がはっきりしない、など)。本論文は個人間の信頼のモデルを提出し、これらの問題の解決を試みる。

1. 信頼の必要性
 USの労働・組織における最近の以下のトレンドのせいで、信頼の重要性が増している。(1)多様性の増大。対人的類似性と共通経験に依存できなくなる。(2)自主的な参加を重んじる経営スタイル。統制メカニズムが減少し相互作用が増える。
 といいうわけで、組織における信頼のモデルの構築が急務である。

 従来の研究は、信頼に寄与する要因、信頼、信頼の結果、の3つを区別できていない。たとえばDeutsch [紛争解決研究のドイチュね] はリスクが信頼の前提だと述べたが、リスクが信頼の前件なのか帰結なのかはっきりしない。
 社会心理学ではデートのような関係における信頼の研究が増えている。また一般的他者への信頼とか、社会現象としての信頼の研究も多い。しかしそれらは組織内の信頼とは性質が違うだろう。本研究は信頼する側の人々(trustor)とされる側の人々(trustee)がいるような組織内の状況に焦点を当てる。

2. 信頼の定義
 Kee & Knox(1970)の定義によれば、信頼とは、「trustorにとって重要なある具体的な活動を他者が行うということについて、その他者を監視・制御する能力と無関係にtrustorが期待を抱き、それに基づき、trustorがその他者が行う行為に対して脆弱な状態に身を置く意向」である。
 ここで脆弱であるとは、なにか大事なものが失われうるということであり、脆弱な状態に身を置くとはすなわちリスク・テイキングのことである。信頼はリスク・テイキングではなくてリスク・テイキング意向であることに注意。[←ああ、なるほど…]

 信頼と関連する諸概念について。

  • 協力 (cooperation)。信頼は協力行動の必要条件ではない。協力/競争行動は信頼のレベルを反映しない。なぜなら、協力行動は必ずしもリスクを伴わないからだ。たとえば非協力を罰する外的メカニズムがあれば協力行動は起きる。また、たとえば囚人のジレンマのような場面で、信頼とは別の動機や合理性のせいで、プレイヤーは信頼に基づくような行動をとることがある。
  • 信用 (confidence)。信頼研究では、信頼と信用がはっきり区別せずに用いられてきた。いっぽうLuhmann(1988) [おおっと、ニコラス・ルーマンだ] は以下のように区別した。信頼は、一方の側がすでにリスクを認識し受容して関与しているということを必要とする。たとえば、朝自宅を出るときに武器を持っていかないということは信用。他者の行為によって失望する可能性を認識しつつ、自分の選好に従ってある他者に対する行為を行うのが信頼。
  • 予測可能性 (predictability)。信頼と、trusteeについての予測可能性もはっきり区別されてこなかった。しかし、たとえば他者の欲求を常に無視して自己利益に従って振る舞う人々は予測可能性があるわけで、予測可能性は信頼の十分条件ではない。

 ここで信頼のモデルを提案しよう。
 [図で示されている。おおまかにいって4層のモデルである。層1は信頼の諸要因で、能力、思いやり、誠実さ。層2は信頼。層3はリスクテイキング。層4はアウトカム。
 層4から1へのフィードバックループがある。また、信頼の要因であり層1から2へのパスのmoderatorである変数としてtrustorの信頼傾向がある。信頼からリスクテイキングへのパスのmoderatorとして知覚リスクがある]

6. trustorの諸特性
 trustorの状況一貫的な信頼しやすさについて論じている研究も多い。そうした特性が組織内の行動・パフォーマンスと関係しているという研究はいくつもある。
 本研究ではこれを信頼傾向と呼ぶ。なお、Sitkin & Pablo (1992)の「リスク傾向」は違う点に注意。リスク傾向はもっと状況依存的である。

7. trusteeの諸特性: 信頼性(trustworthiness)という概念
 trustee側の特性に注目した研究も多い。初期の研究としてHovland et al.(1953)の態度変容研究がある。彼らはコミュニケーションのcredibilityの要因として専門性と信頼性を挙げた。
 信頼性を決定する要因の研究も山ほどある。[20件ほどの研究を表にしている。メモ省略] 整理すると主に次の3つであろう。

  • 能力(ability)。これは領域特定的である(だから信頼も領域特定的である)。説得研究でいうところの知覚された専門性である。
  • 思いやり(benovolence)。すなわち、trusteeがtrustorに対して、自己中心的な利益とは別の動機で善を為したいと思っている、というtrustorの信念の程度。説得研究でいうところの嘘をつく動機に対応する。
  • 誠実さ(integrity)。すなわち、trusteeがtrustorにとって受容可能な諸原則に従っているというtrustorの知覚。たとえば「全てを犠牲にした利益追求」という原則はtrustorにとって受容可能でないので、trusteeがそれに忠実に従っていると知覚されても、trusteeは誠実でないことになる。

 これら3要因も信頼もすべて連続的であって、要因のうちどれかが低くても信頼は成立しうる。そこには信頼傾向も関わる。
 trusteeとの関係が成立する前でも、trustorは誠実さについて情報を得ることができるが(第三者からとかで)、思いやりについてはそうでない。なので、関係の初期では誠実さ、時間が経つと思いやりが効いてくる。

 [先行研究との比較。メモ省略]

7. 人間関係におけるリスクテイキング (RTR)
 信頼は人間関係におけるリスクテイキング(RTR)を引き起こす。リスクテイキングのすべてが信頼に基づくわけではない事に注意。たとえば農家は苗を植える、つまりリステイキングしているが、気象を信頼しているわけではない(社会学的アプローチの人が「農家は天気予報システムを信頼している」というかもしれないけれど、天気予報が気象を決めているわけではない)。
 リスク評価は多くの文脈要因に影響される。問題領域についての親近性とか、組織的な制御システムとか。
 我々のモデルでいうリスク知覚には、trusteeとの関係の外側にあるtrustorの利得・損失についての知覚が含まれる。これは信頼とは区別する必要がある。
 [モデル図ではリスク知覚は信頼→リスクテイキングのパスに横から刺さる変数、すなわちモデレータになっているが、著者のいいたいことは、信頼の高さとリスク知覚の低さが(加法的に)リスクテイキングに効く、ということなんじゃないかと思う]

8. 文脈の役割
 trustorによる文脈の知覚・解釈が、信頼の必要性や信頼の要因(能力、思いやり、誠実さ)に影響する。[例を挙げて説明]

9. 長期的効果
 信頼の生成を繰り返しゲームを使って説明した研究は多い。モデルでは、RTRのアウトカムが能力・思いやり・誠実さの知覚を更新するという形で示している。

10. 結論と今後の方向
 [まとめ。中略…]
 信頼はタスク特定的である。「xxを信頼できる」じゃなくて「xxがxxすると信頼できる」なのである。

 本理論の限界:

  • 社会システムへの信頼については視野の外にある。
  • ここでいう信頼とは単一方向的である。相互信頼について考えていない。
  • 組織における関係に限定されている。
  • 変数の定義は(同じ変数名であっても)先行研究とちがうかも。

 今後の課題: 信頼が構築されるプロセス(どうやって情報を集めるのか、情報が得られなかったらどうするか)。信頼と協力の関係。
 云々。
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 良く引用されるだけあって、わかりやすい論文であった。
 素朴な疑問だけど、現実には誰もリスクをとることなくバンドワゴン的に構築された信頼ってどうなるんだろう? 「みんなが信頼しているからきっと信頼していいんだろう」みたいな奴。それだってリスク・テイキング意向=信頼ではありうると思うんだけど。このモデルでいう信頼には含まれないのかな? それとも、「みんなが信頼している」という知覚が能力・思いやり・誠実さの周辺手がかりとなるということかな? たぶん後者だろうな。